SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」では、年齢・居住地・性別等に関係なく、あらゆる人が健康で豊かな暮らしを送ることを目的に、妊婦の死亡率の削減、エイズなどの伝染病の根絶、保健サービスの普及や人材育成等、様々なターゲットが設定されています。
NPO法人ETIC.(エティック)が運営する「Vision Hacker Awards 2021 for SDG 3」は、そんな国際保健・グローバルヘルス分野へ挑む、次世代リーダーを発掘・育成するアワードです。この特集では、ファイナリスト8名の方々にインタビューを行いました。
今回紹介するのは、カンボジアを拠点にコオロギの生産・加工・販売を行なうエコロギー。コオロギを通じて資源循環型の食糧生産システムを構築し、世界の食糧・資源・貧困・健康など、様々な社会課題解決に挑んでいます。代表の葦苅 晟矢(あしかり せいや)さんと池田 健介(いけだ けんすけ)さんに、受賞した「低栄養妊婦の栄養改善プロジェクト」の詳細から、彼らが思い描く新しい生態系へのビジョンまで、様々なお話を伺いました。
代表取締役CEO 葦苅 晟矢(あしかり せいや)
1993年生まれ。早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院先進理工学研究科一貫博士課程に進学後、早稲田大学朝日研究室にて昆虫コオロギの資源化、利活用に関する研究に取り組む。この研究成果をもとに2017年に株式会社エコロギーを設立。現在はカンボジアを拠点に事業開発に携わる。2016年文部科学大臣賞受賞。2019年Forbes 30 Under 30 Japan選出。
COO 池田 健介(いけだ けんすけ)
1992年生まれ。在学中は、中東地域のテロ組織と紛争を研究。その後、富士通総研に入社し、ERP導入のコンサルティングに従事。オープイノベーション推進や新規事業開発の支援を行う。コンサルティング業の傍らで、2017年にエコロギーに参画。2020年初頭よりエコロギー専業化。 現在は主に日本国内の昆虫活用マーケット開拓および日本カンボジア両国の業務オペレーションを統括。
コオロギの魅力をカンボジアから発信
――「昆虫食」に興味を持ったきっかけを教えていただけますか?
葦苅:大学時代に所属していた模擬国連のサークルで、世界の食糧や資源に関する社会課題を知ったことがきっかけです。そこから循環的・分散的に生産できる食糧資源について研究していたところ、昆虫食にたどり着きました。
特にコオロギの栄養価はとても高く、良質な動物性タンパク質、ミネラルやビタミンを多く含んでいることを知り、可能性を感じました。コオロギの生産に必要な水や二酸化炭素は他の食糧に比べて少なく、環境負荷の低い食糧でもあります。また、コオロギは雑食性で、農作物の残渣を餌に育てることができ、資源を循環させながら生産することができるのです。
――2019年頃からカンボジアを拠点に活動しているのですよね。
葦苅:東南アジアはもともと昆虫食が一般的で、特にカンボジアではコオロギを日常的に食べています。油で揚げたおつまみとして親しまれていることが多いので脂質が多く、決してヘルシーとは言えないですが、身近な食材です。もともとカンボジアに連携パートナーがいた背景もあり、2019年頃からカンボジアを拠点に生産・加工・販売を進めています。
分散型・循環型なコオロギ農業
――カンボジアでどんな体制でコオロギを生産しているのですか?
葦苅:僕らが接触できたコオロギ農家はもともと数軒しかありませんでしたが、徐々に農家さんとのネットワークを広げ、現在は50軒ほどの農家さんと連携しています。
池田:カンボジアの農業は、2期作または3期作の米作りが主流です。そうすると収入があるのは年に2〜3回となり、家計的に逼迫する農家も多いのが現状です。コオロギの場合は年に8-10回は収穫できるので、収入のタイミングを増やせます。さらに、軒先など狭いスペースでも生産でき、米ぬかなどの農業残渣(ざんさ)を餌に使えるので、農家さんにとって少ない負担で始められる副業として普及させていきたいと考えています。
コオロギ農家の仕事の様子(提供:ECOLOGGIE)
――食料廃棄物からコオロギを生み出す、循環型の農業が広がり始めているのですね。
葦苅:そうですね。さらに、今はカンボジアに工場を持つ日系お菓子メーカーと連携し、食品廃棄物を餌として回収する取り組みを始めています。廃棄物の量に対して回収できる量がまだまだ少ないのですが、ゆくゆくは多くの工場と連携できるように、体制強化や仕組みづくりを進めています。
カンボジアは社会インフラとしてのゴミ処理が未発達で、産業廃棄物の処理方法に基準がなく、各企業に任されている状態です。整備費用もかかるためどうしても廃棄物処理の仕方に差が出てしまい、公衆衛生や環境保全の観点からも課題があります。そんなゴミ問題の新しい解決手段としても僕らの取り組みが役に立てないかと考えています。
カンボジアで販売されているECOLOGGIEによるコオロギスナック(提供:ECOLOGGIE)
コオロギで妊婦の栄養改善を目指す
――今回受賞されたプロジェクトでは「低栄養妊婦」を対象にしていますね。「妊婦」に注目したのはどんな経緯でしょうか?
池田:どんな人にコオロギを届けたら喜ばれるのかこれまでずっと考えていました。コオロギに含まれる栄養素は骨や筋肉を丈夫にする働きもあるので、はじめはこどもを対象にしようと考えていました。しかし小児科専門医の先生にお話を伺ってみると、好き嫌いの問題や重病のこどもたちには向かないなどの課題も見えました。
一方、その医療機関でのヒアリングでは、カンボジアの妊婦さんの半分以上が貧血状態であること、タンパク質やミネラル、ビタミンなどの栄養不足が大きな課題であることも分かりました。さらにカンボジアの妊婦さんの死亡率、5歳未満の死亡者数、低体重児の割合はいずれも高い状況であることも知り、妊婦さんにとって必要な栄養素を多く含むコオロギができることはたくさんあるのではないかと考え、このプロジェクトを立ち上げました。
――具体的にはどのように妊婦さんに広めていく予定ですか?
葦苅:病院食としての導入や、薬局や病院に併設されてるカフェでのコオロギスナックの販売などを想定しています。2025年までに、カンボジアの妊婦さんの30パーセントにあたる約11万人に1個10円程度で安価に販売できる仕組みを整備する計画です。
コオロギを食べるカンボジアの人々(提供:ECOLOGGIE)
世界中の「深い痛み」をコオロギで解決する
――カンボジア以外の国や、日本での展開についての構想はありますか?
池田:妊婦さんの次は、生まれてくるこどもたちへの離乳食、さらに学校給食へ領域を拡げたいと思っています。また、コオロギの栄養価は糖尿病に効果があるという研究結果もあり、寿命の延びに伴って糖尿病患者が増加傾向にある東南アジア全般の健康課題にも役立てられたらと考えています。
カンボジアで「妊婦の死亡率」という社会課題解決に取り組んでいるように、日本を含む他のエリアでも、まずは「深い痛み」を探すことから始めています。
――皆さんの考える日本の「深い痛み」も気になります。
池田:例えばフィギュアスケート選手など、身体のプロポーションの維持と同時に高い筋肉力も求められるようなアスリートや、身体機能が衰え始めた高齢者などを考えています。さらに高齢者の場合はサプリメントという形より、食品や調味料のように日常的に摂取できるスタイルがいいのではないかなど構想を練っています。また、現在もコオロギから成分を抽出した、コオロギ感のないエキスやペーストを原料として販売しています。
葦苅:僕ら自身にものづくりのノウハウはないので、メーカーと組んだ商品開発を進めています。コオロギの粉末をベースにしたペットフード、粉末を混ぜた味噌などの調味料など、様々な商品を届けていきたいです。
――「痛み」や課題を捉えた上で、コオロギがどのように課題解決に寄与できるか常に考えてらっしゃるのですね。改めて、これからみなさんが昆虫食を通してつくり出したい社会のあり方について伺えますか?
葦苅:人間も含めた生き物全般の健康を考えていきたいです。家畜や養殖魚含む、生き物すべてが必要な栄養素を摂取できる環境をコオロギから普及していきたいのです。これまでは、人間が食べる魚を育てるために餌としての小魚を大量に獲るなど、人間中心の生態系をつくり出してきました。直線的に資源を消費する社会構造に強い課題意識を持っています。ここからいかに新しい生態系システムにつくり変えられるか、挑戦を続けていきたいです。
そのためには、生産体制の強化、食糧残渣の回収のフローの確立、コオロギ農家のネットワーク化による分散的な生産システムの確立など、やらなければいけないことは多くあります。中長期的な視野を大切にしながら、まずは目の前の課題をクリアし続けることで少しずつビジョン実現に近づければと思います。
――これからの皆さんの挑戦、とても楽しみにしています。ありがとうございました!
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