SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」では、年齢・居住地・性別等に関係なく、あらゆる人が健康で豊かな暮らしを送ることを目的に、妊婦の死亡率の削減、エイズなどの伝染病の根絶、保健サービスの普及や人材育成等、様々なターゲットが設定されています。
NPO法人ETIC.(エティック)が運営する「Vision Hacker Awards 2021 for SDG 3」は、そんな国際保健・グローバルヘルス分野へ挑む、次世代リーダーを発掘・育成するアワードです。この特集では、ファイナリスト8名の方々にインタビューを行いました。
今回は、全ての人に信頼できる健康診断を届けるべく事業を展開している、九州大学大学院のアシル・アハメッド准教授(以下、会話文中敬称略)にお話を伺いました。
Ashir Ahmed(アシル・アハメッド)
九州大学大学院システム情報科学研究院准教授・株式会社ソーシャルテック・ジャパン代表
1970年バングラデシュ生まれ。東北大学、米国アバイア研究所(元・ベル研究所)、NTTコミュニケーションズなどでの研究開発活動を経て、2007年九州大学高等研究機構次世代研究スーパースター養成プログラム(SSP)学術研究員(特別准教授)。2011年から現職。
ユヌス氏と出会った翌日に退職願を提出。驚きの行動力が現在のポストにつながった
――アハメッドさんはバングラデシュ出身なんですね。どのようなご縁で来日されたのでしょうか?
アハメッド:私はコンピュータサイエンスを学びたくて大学に行ったんですが、希望の学科には入れず土木系の学科に回されてしまいました。一方で親友は私が希望していたような勉強ができていて、それを自慢げに話してくるのが耐えられなかったんです(笑)。
当時はITを学べる学科がある大学はバングラデシュで1つしかなかったので、どこでもいいから留学して学ぼうと、1日で13ヵ国の大使館を訪問して、奨学金があるか聞いて回りました。その中で、ものすごく親切に教えてくれたのが日本大使館でした。バングラデシュの高校の卒業生向けに新設される、国費奨学金付きの留学生募集があると聞き、第1期生として日本に来たのが最初です。
その後、コンピュータサイエンスを学べる日本の大学や大学院に進んで、東北大学で博士号を取得し、研究開発の仕事に就きました。
――学びたいという強い思いが、アハメッドさんと日本をつないだんですね。今回応募された事業に取り組み始めたのは、グラミン銀行の創設者で、2006年にはノーベル平和賞も受賞されているムハマド・ユヌス博士と出会ったのがきっかけということですが、ユヌス氏との出会いについてお聞かせください。
アハメッド:研究開発の仕事は研究だけで特許を書いて終わることも多く、なかなか実用化や商業化までもっていくことができないというフラストレーションがありました。そんな時期にユヌス先生のノーベル平和賞受賞が発表され、その2週間後に来日される予定になっていたんです。そのときに30秒だけお会いでき、「私も何か役に立ちたい。ITは世界を変えられる!」というようなことを伝えたら、「ダッカに来い」と言われて……私はそれをまじめに受け取って、次の日に研究所に辞表を提出し、ダッカに行ったんです。
――ものすごい行動力ですね!
アハメッド:ユヌス先生はものすごくお忙しかったんですが、他にも20人弱バングラから日本や欧米に留学している学生が来ており、私達のために3日ほど時間を取ってくれました。結果としてグラミン・コミュニケーションズ内に研究所をつくることになり、私が立ち上げのためのディレクターに決まったんです。これは仕事を辞めて来ていたおかげですね。そこからは楽しい日々が始まりました。
九州大学のSocial Tech Labでの様子
とは言えさすがに辞表を出してすぐに辞めるというわけにはいかず、2ヶ月程東京で引き継ぎ業務を行いました。その時期に出会ったのが、九州大学大学院システム情報科学研究院の安浦寛人教授です。新しい社会情報基盤を再構築したいという安浦先生の新聞記事を読んで手紙を書いたところ、実際にお会いして議論する機会をいただきました。そして安浦先生と途上国やグラミン銀行についてお話しする中で、なんと九州大学高等研究機構次世代研究スーパースター養成プログラムへのオファーまでもらったんです。
魅力的なお話でしたが、2ヶ月で立ち上げたグラミンの研究所の仕事もあるので、一度はお断りしようと福岡まで伺いました。すると、「九大で理論を研究しながらグラミンで実践すればいい」と言っていただけたんです。そこから私が橋渡しをして九大とグラミン銀行の共同研究プロジェクトが始まり、バングラデシュでICTに関する様々な調査を行えるようになりました。
1万件の音声分析から見えた課題。健康診断を全世界の「当たり前」に
――ユヌス氏のとき同様、アハメッドさんの行動力が道を拓いてきたんですね。そこから今回受賞された事業にはどうつながるのでしょうか?
アハメッド:今回私が提案したのが、「薬局2.0」というすべての人に健康診断を届けるプロジェクトです。九大で行った数々のリサーチの中でも、グラミン・ファミリーの1つである「グラミンフォン」が実施していた、携帯電話を使った音声での医療相談サービスに注目しました。1万件程の電話相談の音声データを分析したところ、様々な課題が明らかになりました。
医師が電話相談を受けるのですが、バングラデシュでは体温計や血圧計が普及しておらず、診断に必要な基本的情報がわかりません。電話相談でカルテも作れないので、同じ患者が後からかけてきても記録は引き継がれず、また始めから。電話料金とは別に3分15円の相談料金がかかるので、「診療を長引かせてお金を取るためにやっているのでは?」と、ユーザーからの不信にもつながります。
一方で社会的インパクトは大きく、日に1万5千件もの相談がありました。医療相談のニーズ自体はあるものの、音声だけでは限界があるんです。私自身も農村出身なので、低中所得国の農村部では、健康診断や医療サービスへのアクセスが制限されていることは大きな課題だと感じていました。
そこで開発したのが、ポータブル・ヘルスクリニック(PHC)システムです。バングラデシュではどこにでも薬局があり、農村部では患者の6割がまず薬局に相談すると言われています。ですが偽薬や素人診断等も横行しており、提供される医療の質が高いとは言えません。
PHCボックスは、測定機器やタブレット等17種類の道具が持ち運び可能なパッケージとしてまとめられており、どこでも遠隔健康診断や遠隔診察ができます。きちんとバイタル測定ができるヘルスワーカーを育成して各地の薬局に派遣することで、患者のデータを正確に収集できるのです。
収集したデータを基に、基準値超過で医師による対応が必要な人を選別するトリアージを行います。これにより、本当に必要としている人だけを病院等に送ることができるので、医療コストの削減につながるのです。
PHCシステムでデータを入力すれば、緑は健康、赤は重症というように、今自分がどのような状態にあるのかがユーザーにも一目瞭然でわかります。必要であればその場で処方箋を発行してもらうことも可能です。音声相談の際には聞き間違いも多かったのですが、このシステムならそういった医療ミスも大幅に削減できるようになりました。
眼科診療にもこの仕組みが応用できるのではないかということで、同じくVision Hacker Awardsでシード賞を受賞したOUI Inc.(ウィーインク)とのコラボレーションも検討中です。
「困っている人のところへ出向く」姿勢を重視。ビジネスとして持続可能な事業を目指す
――受賞を機に、今後はどのように事業を展開していきたいとお考えですか?
アハメッド:これまでインド、パキスタン、カンボジア、マレーシア等で実証実験を行ってきましたが、どこの国でもサービスとして提供してほしいという声をいただきました。それを受けて、「株式会社ソーシャルテック・ジャパン」という会社を登記申請中です。
実証実験の中で、日本のメーカーへの信頼度は非常に高いと感じました。会社名に「ジャパン」と入れたのはそういった理由からです。
グラミン銀行が手掛ける事業の多くは、サービスがあるところに来させるのではなく、困っている人のところに出向いていくという姿勢が貫かれています。
PHCシステムも同様で、「歩く病院」としてニーズのあるところにサービスをもっていけるという点が特徴です。
現在、世界人口の約半分が必要としているヘルスケアにアクセスできていないと言われていますが、PHCシステムは1つの解決策になるのではないでしょうか。
また、ビジネスとして持続可能な形にすることも非常に重要だと思います。貧困問題が解決ができれば解決できるという課題も多くあります。チャリティーではなく、自分で稼ぐ力をもった人を増やすというのは、グラミン銀行が大切にしている方針でもあるのです。
この事業が拡大すれば、それだけヘルスワーカーや薬局のオーナーとして自立できる人も増えるので、ソーシャルビジネスとしても可能性のある事業だと思っています。
――アハメッドさん、ありがとうございました!
Vision Hacker Awardsについて詳しく知りたい方は、WebサイトやFacebookページ、Twitter「Vision Hacker Awards(VHA)」をご覧ください。
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