「日本はやばい」――将来の日本を憂う本が書店に平積みにされる中、世界70ヵ国を見た末に日本に戻ってきた人がいます。「地上に楽園をつくりたい、という思いがずっとあって」というその人は、鹿児島県沖永良部島(おきのえらぶじま)を楽園の地に選びました。
なぜ沖永良部島なのか。どんな夢をみているのか。お話を伺いました。
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食とエネルギーを自給自足できるエコビレッジをつくりたい
沖永良部島は、鹿児島県の奄美群島の一つ。九州本島から南に552km、沖縄から北に60kmのところに位置するサンゴ礁が隆起してできた島です。もともと琉球王朝時代には王国の一部だったこともあり、文化や方言が沖縄によく似ています。
「花と鍾乳洞の島」とも言われ、年間を通じて亜熱帯の花が咲き、島には200~300の鍾乳洞が存在します。近年では、洞窟を探検するケイビングツアーも人気が上がっているのだとか。
えらぶゆり(提供:和泊町)
沖永良部島最高峰の洞窟・銀水洞(提供:一般社団法人 沖永良部島ケイビングガイド連盟)
海はウミガメとふれあえるほど美しい(提供:自然体験アクティビティ専門店『Feel it』)
金城(きんじょう)真幸さん(53)は、2017年に沖永良部島に移住しました。両親は沖縄出身ですが、金城さんは神奈川育ち。移住前は旅行会社で19年、海上自衛隊の後方支援業務で3年、世界各地を回っていました。訪れた国は、約70ヵ国にのぼります。
「もともと安住の地を探したいと思ってまして。いろんな国を見て回ったんですけど、そんな所はどこにもないな、と思ったんですよ」と、金城さん。
「豊かであるとは、不安がないことだと思っていて。不安っていろんな不安があるじゃないですか。でも、大きく分けるとお金と人間関係だと思うんです。貧困地の方が、ものを分け与えたり、人に優しくできる人が多かった。経済的に豊かでない土地で、お金の不安のない新しい持続可能な社会をつくる、というのが自分のテーマになりました」
夢は、「食とエネルギーが100%自給自足できるエコビレッジをつくる」こと。このビジョンに照らし合わせると、「沖永良部島は、すごく可能性がある島なんじゃないかなって思ったんですよね」と、金城さんは語ります。
サステナブルアイランド。沖永良部島のもつ可能性
金城さんが移住する4年前、沖永良部島に持続可能な社会づくりの光を見出し、移住された方がいました。石田秀輝さん(68)。東北大学名誉教授で、東北大学での勤務以前はLIXILグループで取締役CTO(最高技術責任者)を務めていました。環境問題を勉強するうちに「地球環境と経済は両立しない」ことを知り、2004年に会社を退職。東北大学大学院環境科学研究科教授として環境と経済が両立できる新しい暮らし方とものつくりの概念『ネイチャー・テクノロジー』を提唱、その実践のために2014年に沖永良部島へ生活の拠点を移します。
移住のきっかけは、島の90歳の方々へのインタビュー調査でした。調査の結果、心豊かに自然と共生するのに必要な文化が、沖永良部島に色濃く残っていることを発見。石田さん自らその文化を体感し、学び、次世代へ伝えようと移住されました。
移住した2014年から、石田さんは、持続可能な島づくりのための実践塾「酔庵塾」を毎月開催しています。モットーは「子や孫が大人になったときにも笑顔あふれる美しい沖永良部島つくり」。2021年8月で77回目を迎え、今では「行政ではなく住民が主役の自治」「エネルギー、食、教育、経済を可能な限り自足すること」「島自慢できる島人を増やすこと」の3つを活動の柱に立てています。
例えば、大学がなかった沖永良部島ですが、「酔庵塾」メンバーの働きかけにより、2017年に星槎大学サテライトカレッジが開校しました。島内の野菜を流通させたり、米づくりをしたりして食の自給率を上げる取り組みも行われています。また、新調される知名町庁舎では、島独自の再生エネルギーの導入も検討。この島では持続可能に向けた先進的な取り組みが、数々行われています。
お小遣いを使ってゴミ拾いする小学生「うじじきれい団」
酔庵塾で事務局を勤める竿(さお)智之さん(43)は、都会で美容師として働いた後、2010年に沖永良部島にUターンしました。今は島の美容室「PEACE CUTS」のオーナーで、3姉妹と末っ子長男の4児の父です。
竿さんは、CSR(Corporate Social Responsibility)ならぬFSR(Family Social Responsibility)を家族理念に掲げ、酔庵塾で学んだことを日々の暮らしや子育てに取り入れながら世界に発信。
子どもたちは、「うじじきれい団」という名前で毎日、うじじ浜でゴミ拾いをしています。ゴミを拾うだけでなく、ゴミ袋やゴミの処分にかかる費用を自分たちのお小遣いから捻出しているそう。
うじじきれい団の子どもたち
今はマイクロプラスチックを拾い集めて環境教育キットとして販売し、活動資金に宛てているそうです。
活動を続けて3年を経た今、新聞やテレビにも取り上げられる機会が増え、島内外の大人や子どもたちを巻き込みながら活動が大きく広がっています。活動を始めた当初、お小遣いから捻出していたゴミ処理代やゴミ袋の費用も行政から支援いただくことが増えました。
竿さんは、共生学会の論文の中で、子どもたちに向けて次のように記しています。
「一途に学び、問題を改善する取り組みを続けることでしか見えてこない『何か』、それはお金だけでは決して解決しない、人として大切な『何か』を、沖永良部島の自然のフィールドの中で遊びながら見つけ育み、そして、将来沖永良部島のリーダー的存在に成長して欲しい」
自然が育む、人間関係の豊かさ
「自然の中で一緒に遊べるっていうのは大きいのかもなぁ」。金城さんは、沖永良部島のもつ可能性の1つに、豊かな自然が育む人の距離の近さを挙げます。
「都会で今の社会を変えようとしても難しいなって思ってて。1人でできることは限られているから、必ず仲間が必要。でも、都会は人との距離が遠いし、みんな普段の生活でいっぱいいっぱいになっちゃうところもある。
ここだとバーベキューもすぐ出来るし、距離的にも集まりやすくて話しやすい。ちっちゃな無人島があるんですけど、そこにシュノーケリングで行って深い話したり、打ち合わせしたりしたこともあります。『この島に来たら、みんなが受け入れてくれて、そこがすごくよかった』って、島外から来る人たちがみんな言うんですよね」
仲間とマリンスポーツを楽しむ金城さん(中央)
「沖永良部の人は、島の中と外をへだてる心の壁が低い」と話すのは、天野雄大さん(24)。東京で働きながら、沖永良部島の名産「えらぶゆり」を使ったオリジナルクラフトビールをつくっています。大学時代の友人が沖永良部島出身だったことから、友人3人で事業をスタートしました。
クラフトビール「MUNI」のクラウドファンディングサイト。120万円を超える寄付が集まっている
「僕は、埼玉出身。沖永良部に親戚はいないんですが、すごくウェルカムしていただいた。島の飲食店さんからSNSでDMがきて、『ぜひ一緒にやりたいです』と声かけてもらったりとか。フレキシブルに新しい人が入っていける環境があるな、と感じています」
「島に関わった人は、島のことが好きになる。行ったら分かる魅力がある」と話す天野さん。観光としての楽しみ方もある中で、なぜ天野さんは仕事として地域に関わるのでしょうか。
「“遊び”と“働く”の境界線をなくして、ワクワクしながら“自分ごと”として働ける環境をつくりたいって思ってまして。都会と比べて地域の方が、課題が見えやすい。自分が役に立つことや、これをやったら楽しそうだな、というのが分かりやすく、自分ごとにしやすいんです。その意味で、地域っていいなと思ってますね」
移住の入口に。『えらぶ島づくり事業協同組合』がスタート
課題が分かると、何をしたら自分が喜ばれるのか分かります。課題のある地域には“関わりしろ”があるのです。
「新しく移住してくる人が、島のことを知る入口にしてほしい」。2021年7月、金城さんは、『えらぶ島づくり事業協同組合』の事務局長に就任しました。
『えらぶ島づくり事業協同組合』は、いわば沖永良部島が運営する人材派遣会社。農業法人や病院、老人福祉・介護事業所、総合スーパーなどの8事業者に人材を派遣します。夏は観光、冬は農業というように、繁忙期と本人の適性に応じて仕事を組み合わせることが可能です。
この事業は、島の人手不足の課題解決も兼ねています。2021年7月から事業を開始し、今も人材募集中です。
「『自分の仕事は誰かの役に立っているんだろうか』と虚しさを感じている方とか、都会で息苦しさを感じている方がいたら、この島にきてくれたら、自分が役に立つっていうことがすごく分かると思うんですよね。
都会だと、自分が役に立つことを感じられるのって仕事場くらいじゃないですか。でも、この島だと、日々の暮らしの中でお手伝いできることがたくさんあるんです。少し清掃活動したりとか、おじいちゃんおばあちゃんの面倒みてあげたりとか。コンピューターの使い方を教えてあげたりしたら、すごく感謝されるし。
足が速かったり、歌がうまかったりしたら、駅伝やちょっとしたお披露目の場など、いろんなところから引っ張りだこになりますよ」
『えらぶ島づくり事業協同組合』は、期間の定めはありません。希望すれば65歳の定年まで勤めることも可能です。しかし、金城さんは、「ずっと派遣を続けるというよりは、お試しワーク的に使ってほしい。この仕事をきっかけに島の人と仲良くなったり、島の課題を見つけたりして、自分のやりたいことを見つけてもらえたら」と語ります。
地球環境は限界。ライフスタイルの転換に残された時間は、あと10年
2020年11月15日、第1回島暮らし・デザイン・フォーラムがオンラインで開かれました。資本主義と地球環境の限界が社会の閉塞感を招いていること、環境問題の深刻さにより、これまでの延長線上に豊かさは存在しえないこと、2030年までに持続可能な社会へ転換しないと大変なことになること、沖永良部島のこれまでの取り組みとこれからの新しい豊かさのこと。島内外の方々や中学生も交えて熱く議論が繰り広げられました。
この記事を執筆している8月中旬。テレビではオリンピックのメダル獲得と、過去最多のコロナ感染者数と、観測史上最大の雨量となる豪雨災害が報じられています。東京オリンピック・パラリンピックも9月5日で閉会です。1964年の東京オリンピックでは、都市インフラが整備され戦後からの復興を世界に印象づけました。2021年、私たちはオリンピック後に、どんな社会をつくりたいでしょうか?
金城さんは、『えらぶ島づくり事業協同組合』の募集について次のように話してくれました。
「大きなことを言うと、次の時代にどんな社会をつくりたいかっていうのを一緒に取り組んでもらえるような人にきてもらいたい。一緒に目の前の仕事に取り組みつつ、未来を見据えて、いろんな実験もしていきたい。ここに面白さを感じてくれるメンバーを集めたいなと思ってますね」
もしあなたの目指したい世界があるのだとしたら、真剣に耳を傾けてくれる人たちが、きっとこの島にはいます。
最後に、島の良さがよく伝わる動画があるのでお届けします。もしも、何か感じるところがあるのならば、沖永良部島とつながってみてはいかがでしょうか?「地上の楽園」は出来あいのものではなく、自分たちの手でつくるものですから。
<参考文献・資料>
石田秀輝(2021)『危機の時代こそ心豊かに暮らしたい』KKロングセラーズ
石田秀輝(2020)『バックキャスト思考で行こう!』株式会社ワニブックス
竿智之(2019)『子供たちと考える未来の沖永良部島の暮らし』共生科学10 巻 , 10 号
公益財団法人日本環境協会 「2019年度(平成31年度)再生可能エネルギー電気・熱自立的普及促進事業 第二次公募採択事業概要一覧」
< https://www.jeas.or.jp/uploads/prom_22_09_02.pdf > (アクセス日:2021/8/17)
第1回島暮らし・デザイン・フォーラム アーカイブ動画
< https://www.youtube.com/watch?v=8g2UfehpxD0 >(アクセス日:2021/8/17)
Salmons「島からつながるエコヴィレッジ|オーストラリア+タイ+マレーシア|金城真幸」
< https://salmons.work/workstyle/locally-employed/crcs-okinoerabu-kinjomasayuki/ >(アクセス日:2021/8/17)
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