地域課題の最前線にいるローカルベンチャーの担い手たちは、どんな課題に挑み、どんな未来を描いているのでしょうか。
地域と企業の共創を考えるオンラインイベント「ローカルベンチャーフォーラム2021〜地域と企業の共創を考える〜」のDAY3・4として、10月26~27日にローカルベンチャーリレーピッチが開催されました。モデレーターはジャーナリストの浜田敬子さん、DAY4のコメンテーターは日南市マーケティング専門官の田鹿倫基さんです。全国各地の担い手によるリレーピッチの模様を6回の連載でお届けします。
最後のテーマは「暮らしの変革を推進するDX」です。DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、単なるIT化による業務効率化ではなく、デジタル技術を取り入れることで生活やビジネスのあり方そのものを変容させていくことを指します。つまり、ありたい地域の未来を実現するためのツールがDXなのです。
もちろんIT技術の進化によって、従来の組織の規模感やスピード感を超えることも可能です。過疎・高齢化により労働人口が減少する中で、資源管理の仕組みを変革したり、健康無関心層の体調変化をいち早く発見したりと、今までリーチできなかった層への身近なサービス提供も始まりつつあります。地域での課題解決において、テクノロジーがもたらす可能性をご紹介いただきます。(会話文中敬称略)
DXは目的ではなく手段。活用の「先」を描くことが大切
最初のスピーカーは、宮城県気仙沼市でデジタル補佐官を務める種子野亮(たねの・りょう)さんです。気仙沼におけるデジタル変革についてご紹介いただきます。
種子野さんプロフィール
種子野 : 私と気仙沼との出会いは、2018年にETIC.(エティック)のローカルベンチャーラボに参加し、フィールドワークで現地を訪れたことがきっかけでした。長年IT業界で培ってきた知見を活かしたいと、気仙沼の水産業や地方創生に携わるみなさんにIT分野のアドバイスをしていたのですが、そのご縁で2021年8月から気仙沼市のデジタル補佐官を務めることになりました。
コロナ禍を契機として自治体でもDX化が求められていますが、デジタル補佐官の仕事は大きく3つあります。1つ目は、市役所の各種行政手続きをオンライン化したり、紙仕事が多い行政の業務をデジタル化したり、様々な面で業務の効率化を図る行政のDXです。
2つ目は産業のDXです。水産業を中心に、気仙沼には様々な企業があります。地元企業がデジタル化に取り組むためのサポートをしています。
3つ目は暮らしのDXです。健康や教育といった分野のデジタル化も進んでいますので、地域で生活する中でどんなことができるとよさそうか、住民や支援団体のみなさんにご意見を伺っているところです。
そもそもDXというのは手段でしかありません。手段に振り回されるのではなく、持続可能な地域であるためにはどのようにデジタルを活用していくべきなのか、その点を一緒に考えていきたいと思っています。
コロナ禍を通じて、遠方であっても同様の思いや悩みを抱える自治体とつながれるということが見えてきました。私自身も、福岡市に住みながら気仙沼市のデジタル補佐官として活動しています。今後も共通の思いをもつ自治体や企業、個人のみなさんとつながりをもちながら、気仙沼市にある様々な地域資本をデジタルでつないでいきたいです。
林業のDX化に挑戦。「勘と経験」の見える化を目指す
続いて、岡山県西粟倉村にて株式会社百森を設立された田畑直(たばた・すなお)さんです。デジタル技術を活用した林業の取組について話していただきました。
田畑さんプロフィール
田畑 : 百森は、西粟倉村でおよそ2,600ヘクタールの森林を管理している会社です。まずはこちらの画像をご覧ください。ドローンを飛ばして自社内で解析を進めているものなのですが、この青や赤の点がスギやヒノキの1本1本を表しています。こういったデジタルツールを活用しながら、間伐をどのように進めていけばいいのか調査をしています。
会社内で多種多様なデータを蓄積する中で課題となっていることの1つが、日報です。林業は昔から職人気質の人が多く、データを取るというよりは勘や経験によるものとされてきました。そこでこれまで「勘や経験」とされていた部分を数値で追っていくために、日報アプリを開発しました。
現場は圏外が多いので、これまでは紙の日報が主流だったのですが、電波がなくてもスマホで簡単に日報を作成できます。日報を一覧できる機能もあるので、誰がどの作業にどのくらい時間がかかっているかを確認でき、生産性管理にも役立ちます。
百森と一緒に何かやってみたいということであれば、山林をフィールドとして提供することもできますし、日報のデータ活用や、日報アプリの開発自体を共同で行うなど、可能性はいろいろあると思います。百森は8人の小さな組織です。我々だけではできることにも限界があるので、多様な方からフィードバックを受けながら、今後も新しいことに挑戦していけたらと考えています。
一病息災の健康づくり。支援モデルを社会に
最後の登壇者は、島根県雲南市などと連携事業を行う、名古屋市の株式会社PREVENT(プリベント)の萩原悠太(はぎわら ゆうた)さんです。テクノロジーを駆使した健康管理サービスについて教えていただきました。
萩原さんプロフィール
萩原 : PREVENTはデジタルヘルスを領域とする、大学発のスタートアップ企業です。中でも病気を抱える方への健康づくり支援をミッションとしていることが特徴で、一病息災をスローガンに掲げています。
生活習慣病を抱える人への健康づくり支援、いわゆる重症化予防事業を提供しており、企業の健康保険組合や自治体を中心に、全国120以上の団体で導入実績があります。
例えば一口に高血圧と言っても、塩分の取りすぎや飲みすぎ、喫煙、運動不足、ストレスなど、原因は人それぞれです。Aさんは運動習慣から、Bさんは減塩からというように、弊社ではスマホアプリを通じて、一人一人に合わせた生活習慣改善プログラムを遠隔で提供する、「マイスター」というサービスを提供しています。
マイスターは、EBPM(Evidence Based Policy Making)といってデータに基づいた保健事業を実施していること、医療を専門とするプロフェッショナルチームによる支援を行っていることなどが特徴です。バイタルや食事写真などの記録を取りながら、専門のスタッフが電話やチャットを活用し、全国数千名の利用者の健康づくりをサポートしています。
こちらは、とあるプログラムの成果を棒グラフにしたものです。300名以上の方に半年間の健康づくりプログラムを実施したところ、将来の生活習慣病関連の重症化リスク軽減や、予測年間医療費の抑制などが期待できる結果となりました。
また、今年度は住友生命とパートナーシップを組んで、雲南市にて本サービスの実証実験も行いました。今後もヘルスケアや医療費適正化でお悩みの自治体と連携していければと考えています。
人手不足はDX推進の追い風
田鹿 : DXに関しては日南でもよく地元企業から相談を受けますが、その際は必ず「御社は何のために存在しているんですか?」という質問をしています。先ほどもDXは目的ではなく手段だという発表がありましたが、企業のパーパス達成にあまり貢献していない時間を極力減らし、その分本来の事業目的達成に注力できてこそのDXです。
DXのためにまず何をすればいいのかではなく、そもそも自社の存在意義は何かというところから考えると、結果としてスムーズにDXを推進していけるのではないでしょうか。
浜田 : コロナ禍の中、いち早く特別定額給付金関連のDXを実現した兵庫県加古川市の事例など、逆に地方の方がDXが進んでいるケースもあります。DXが早く進む自治体とそうでない自治体の差はどこにあるのでしょうか?
田鹿 : IT分野に明るい職員が1人いるだけで状況は変わるので、一概には言えませんが、総じて日本はDXしやすい環境にあると思います。特に地方は、そもそもDX化できていないので伸びしろの塊です。
また、人手不足も大きな追い風になっています。職員が多ければ、DXによって仕事がなくなる人達が反対し始める場合もあるでしょうが、幸か不幸か多くの自治体は人手不足です。仕事を減らすことに対するハレーションは起こりにくいため、DXを進めやすい環境にあると思います。
危機感の広がりは、新たな挑戦に向けたチャンスでもある
浜田 : 以上で6テーマすべてのピッチが終了しましたが、全体を通じての感想はいかがですか?
田鹿 : いろいろな課題があるんだな、というのが率直な印象です。日常生活の中ではそれほど気にならないことかもしれませんが、環境や時代の流れといった要因が合わさった結果、様々な社会課題として噴出していると感じました。
浜田 : 日本の地方はどこも課題先進地域ですが、特に東日本大震災の被災地では多くの課題が10年前倒しで表面化したと言われています。だからこそ、東北では復興の先にある未来を見据えたイノベーションに積極的に取り組んでいることが改めて感じられました。
田鹿 : イノベーションが起きやすい環境はいくつかありますが、危機感というのは大事な要素ですね。「まだまだ大丈夫でしょ」という空気の中では事を起こしにくいものですが、「このままだとヤバいかも」という危機感が地域に広がっていくと、新しいことに挑戦しやすくなります。このままでは都市部も地方も持続可能性が危ういと、多くの人が気付き始めている今こそ、新たなチャレンジのための環境がそろいつつあるのかもしれません。
浜田 : 田鹿さん、解説ありがとうございました。
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