年齢もバックグラウンドも異なる者同士が切磋琢磨し、半年間をかけて地域で新しい仕事をつくるための事業プランを練り上げる「ローカルベンチャーラボ」。この春、第3期の募集が始まりました。
「ローカルベンチャーラボ」はこれまでに102人が受講し、受講生・卒業生たちは各地での実践に挑み、それぞれの事業をスタートさせてきました。 受講生の多くは、首都圏出身・在住のビジネスマン層です。地方暮らしや地方の中小企業と関わる経験がなくても、地方での新規ビジネスの立ち上げを、自身のこれまでの経験を生かすチャンスと捉えて挑戦する人が増えています。
では、実際に地方に入る前の備えとして、準備しておきたい心構えとはどんなものなのでしょうか。 昨年6月、第2期の開校式当日、全国から集まった55人のメンバーへ向けて行われた日本人材機構 代表取締役社長の小城武彦さんによる「地方×変革」をテーマにした講義の一部を特別にお届けします。
地域へ行く前に向き合いたい、自分自身を確かめる3つの問い
「地方を良くする」「地方を変える」「一石を投じる」。そんな想いを持った参加者たちを前にして、小城さんは2つの質問を投げかけることから講義を始めました。
1つ目は、「あなたはなぜ一度しかない貴重な人生を現在の仕事のために使っているのか?」ということ。
そして2つ目は、「あなたは現在の仕事を通じて成長している実感がありますか?」ということ。
通商産業省(現経済産業省)に入省し、1997年にはカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)に入社、99年には取締役に就任、その後2004 年に産業再生機構に入社し、カネボウ社長に就任したのち、2007年に丸善社長、丸善CHIホールディングス社長を経たのち2013年に退任し、現在では地方の中小企業のオーナーの右腕になる人材を東京から“口説き倒して”連れていくという日本人材機構の代表取締役社長を務める小城さん。
過去、ベンチャー企業の経営や事業再生に携わり「どのような組織が成長するのか」を研究してきた中で、「この2つの質問にバシッと答える人が多い企業は輝いていて業績もよく、逆にモヤモヤしている人が多い企業は業績が悪かった」と語ります。
「人生色々なので、モヤモヤすることもあると思います。でも、これらの問いに答えられないというときは、何かがおかしいということ。ぜひ皆さんにはこの質問を覚えておいてほしいと思っています。
そしてもう1つ、質問を追加しておきますね。10年後のあなたは、先ほどの質問にどう答えると思いますか?」
地方で仕事をつくるということは、この国の希望をつくるということ
小城さんは、「地方創生」という言葉の本当の意味についても、データをもとに熱く語ります。
「現在の日本のGDPは約546兆円(2017年度)ですが、そこから1都3県と名古屋・大阪の分を引くといくら残るか分かりますか? 答えは317兆円です。この国のGDPの6割は、地方が生み出しているんです。もちろん大企業の工場分も入っていますが、国富が作られている現場の6割が首都圏以外なんです。地方創生はブームが去ったという人もいますが、冗談じゃない。地方創生は課題ではない、希望だと思っています」
2020年までにGDPを600兆円にすると発表している日本政府。その担い手になれる存在こそが地方なのだと、小城さんは続けます。
「地方にこそポテンシャルがある。ですから、皆さんの仕事は“この国の”仕事を作ること。それはこの国の希望を作ることでもあると、強く信じています」
そして、東京一極集中がなぜスローダウンしないのかという原因を、製造業の海外移転、公共事業の縮小によって雇用吸収力が下がった地方において、労働集約型サービス業の雇用吸収が進み、労働生産性・賃金の低下を招いたことで人材流出が起こっているからだと続けます。
「従来の延長線上に答えはありません。このままでは立ち行かない。ビジネスモデルや業務プロセスを刷新する必要があります。そのために地方のオーナーたちは悩んでいて、本気でオーナーとともに考え抜いてくれる人が来てくれることを、地方は求めているのです」
事業の原型が地方にある。企業の心臓になれる、地域の中小企業
地方で働く意味を、小城さんはこう語ります。
「スライドをご覧ください。左側は東京の大企業の仕事で、右腕は地方の中小企業の仕事です。 大都市の大企業はすべてが分業で、株主何万人、従業員何万人、お客様も数知れずという状態です。自分が今日やっている仕事と社会との距離感が見えないまま、四半期決算で常に数字に追われ、グローバル競争や社内競争に巻き込まれています。だから、ワークライフバランスと言わざるを得ない。
一方で、地方の中小企業にいると会社のことが全てわかる。株主オーナーなので顔が見える、お客様はしょっちゅう会社に来ますから、名前と顔も一致します。従業員は家族のことまでわかってしまう。会社の規模も小さいので、すぐに結果が出ます。手触り感が満載なんですね。通勤時間も15分、20分。ワークライフ融合と言っていい」
2つの特徴を説明した上で、けれど小城さんは「左も確かに“あり”」だと語ります。
「ただ、右側の世界を知らないで左側を選び続けるのは不幸なのではないかと思うんです。強い言葉かもしれませんが、左側は資本主義・グローバリズム、そして大企業が作ったもの。一方で右側は事業の原型です。
左側も当初は右側だったはず。もし、自分で事業をやりたいなら原型を見ておかないといけない。東京の歯車もいいですが、地方で心臓をやろうよというのが一番大事なエッセンスだと思っています。 心臓になる経験、すなわち言いわけが言えない環境に身を置くと、相当ストレッチできます。自分が頑張れば絶対に企業が良くなる、地域が発展する――東京では、そういった関係は成立しづらいのではないかと思っています」
また、「オーナーという新しいロールモデルに会ってみませんか?」というフレーズが、東京の人材に対する自身の口説き文句だと続ける小城さん。
「きっと皆さんも、これから東京の人を口説いて地方に連れていくことになるかと思うのでお伝えしておきますね。 オーナーというのは、リスク満載の方々です。銀行の借金も個人保証がとられていて、企業が倒産すると個人破産という運命を辿ります。そうしたリスク を抱えながら彼らは会社を支えているんです。地域のオーナーには、転職の自由も転居の自由もありません。地域経済を支え、地域を背負っているんです。 こうしたことは、私自身CCCのオーナーから学んだことですが、著名な大企業のサラリーマン社長よりも、どんなに規模が小さくてもオーナー社長の方を私は心から尊敬します」
それが本来の事業の原型であり、そういった人物に出会っておくことは、本当に人生のためになると小城さんは熱く語ります。
よそ者としての心得1:どうしたらこの地域がよくなるのかという謎を解く
では実際、地域に入っていく際にはどのような心構えが必要なのでしょうか? 数々の事業再生に携わってきた小城さんは、物事・社会を変えるときはこの3ステップが必要なのだと語ります。
「ここから話すことは、日本の企業再生の第一人者 三枝匡氏から学んだことが多いです。特に1番目が本当に大切です。調子が悪い企業では、社員の皆さんは経営陣の批判をしています。リーダーの役割は重要なので、それは一部正しいのですが、でもそういうあなたたちもそれに加担していましたよね? という問いを発することが必要になります。一人ひとりがとってきた考え方・行動が自分の組織を悪くしていたと思わないと、人間の行動は変わらないんです」
そしてそれは、外部の会社に入る立場であれば、一層時間と労力を要すると小城さんは語ります。そして、同じく外から地域に入って行く際にも、この考え方は当てはまると続けます。
「私自身、よそ者として企業に入ったときにいきなり1番目を切り込むことはしません。外部から入った人間がいきなり正論を伝えるのは難しいです。まずは、中に入り込むことを優先します。コミュニケーションのスタイルを戦略的にとった方がいい。ただ、これまでの何がどういけなかったのか、物事の本質は何かというこの1番目のステップを飛ばしてしまうと、ほとんど成果がでません。これからよそ者として地域に入る皆さんにとっても、これが言えるかどうかが肝になってくると思っています。
どうしたらこの地域がよくなるのかという謎を解いてください。従来の延長上に解はありません。延長上にあったら、よそ者が地域に行く必要もありません。その従来のコースを変えることが必要だから、外部の力が地域に求められているのです。『なぜ、なぜ、なぜ?』そういった姿勢で、原因の奥の奥の奥にある真因を探してください」
よそ者としての心得2:政治性を理解して、まずはその社会に尊敬を持って入り込む
また、よそ者であることで何が難しいのか、どう戦略を練ればいいのかを、小城さんは以下の要素を挙げて語ります。
「日本の多くの社会は政治性の塊です。これに初めから衝突すればろくなことがありません。だからうまく入らないといけないのですが、まずは正論や批判を言う前に中に入り込む努力が必要です。これは私の方法論なので唯一の正解ではないですが、私は中に入り込むまでは正論や批判はひかえます。なぜならば、入り込む前に批判などを展開してしまうと情報が一切入ってこなくなってしまうからです。 特に大切なことは、これまで頑張ってこられた方々への敬意です。どんなに真因が見えていても、どんなに悪くても、一生懸命やっている。それをリスペクトしないといけません。
地域に入るときには、地域の様々な歴史を学ぶことを強くお勧めします。私は企業に外から入るときには、その企業の歴史を一所懸命勉強してから入るようにしてきました。そして、『お前、意外とええやっちゃな』と言われるようになってきたら、頃合いをみて正論を伝えます。この順番を間違えると、だいたいが締めだされて終わってしまいます」
よそ者としての心得3: データを活用する
続いて「アーリーウィンの重要性」について、小城さんはこう語ります。
「何か案を提案しても、『言うことはわかるけどさ』と必ず言われると思います。ですからその際に役に立つよう、小さくてもいいから成功を仕込んでおくことが大切です。インサイダーになっていく努力をするなかで、同時にどうやったらアーリーウィンが出るかを考えておきます」
正論批判を言い出すタイミングで、新たな提案をして実行し成果を出すことができればいい。その際、ぶつかることもたくさんあるが、現実として力を持つ「データ」を活用することが鍵になると小城さんは語ります。
「年齢や職歴で『お前の言うことは気に食わん』と言われることもあります。でも現実は現場しかありませんから、データをもって説得することが一番です。政治性が強いと好き嫌いで仕事をしている場合が多く、データに弱い相手が多いです。足で稼いでデータを集めて提案するというコミュニケーションをとると、突破できると思います」
よそ者としての心得4: 外科医・内科医・心療内科医・漢方医という4つの視点を持つ
最後に、インパクトの出し方について小城さんはこう語ります。
「企業再建のときもそうですが、組織は全てが一気に変わることはあり得ません。全て一気に変えようとしたら、スローダウンしてしまいます。まずは局所でいいので、これで進めましょうと不均衡を起こすことが重要です。どこでもいいので、ここだと思う部分でダントツの成功例を作っていくのです。そうすると皆が見に来るので、『なるほどこうやればいいのか』と、その事例を通して理解してもらうことができます」
また、「自分自身の持論で、あくまでも参考に」という前置きをしながら、組織変革に必要なものについて以下のように小城さんは語ります。
「私は、組織変革には外科医、内科医、心療内科医、漢方医の4つの医者の目が必要だと思っています。地域を見るときにも、ぜひこの4つの医者の目を持ってみてください。
- 外科医の役割は、バランスシート改善と事業ポートフォリオ再構築です。そして実は、残りの3つが大切です。
- 内科医としては、意思決定メカニズムなどの組織運営の改善策を探ります。
- 心療内科医としては、人々の心に火をつけるような新たなビジョンを提示します。
- 最後の漢方医は、体質改善を狙います。組織に根付いている行動規範、リズム感、厳しさ(ディシプリン)などを変えていくということですね。
これらの視点を絶えず自分の頭の中に置きながら進むというのが、私の組織を変えるときのやり方です」
ただ場所よりも何よりも、「なぜ働くのか?」「それは自分らしいのか」と問うことが大切だと語る小城さん。
「本当の自分らしく働いていますか?」。U-turn、I-turnではなく、Self-turn。すなわち、本当の自分自身に帰って自分らしい働き方を探そう――そう締めくくりました。
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