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#ローカルベンチャー

全ては合併拒否から始まった―ローカルベンチャーから新しいコモンへ(1)

2021.12.27 

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西粟倉村役場(右)と併設の「あわくら会館」(左)。2020年4月オープン。

西粟倉村の山で育てられた木材がふんだんに使われている。

 

岡山県の最北、鳥取県と兵庫県に接する西粟倉村(にしあわくらそん)。村の面積の9割以上を占める森林を村の資産として次世代につなげる「百年の森林(もり)構想」が始まったのは、2008年のことだった。村のホームページにはこうある。

 

「地域には捨ててはいけないものがあります。(中略)約50年前に、子や孫のためにと、木を植えた人々の想い。その想いを大切にして、立派な百年の森林に育てていく。そのためにあと50年、村ぐるみで挑戦を続けようと決意しました」

 

道上さん

西粟倉村・前村長の道上正寿さん

 

構想立ち上げ時の村長、道上正寿(みちうえ・まさとし)さんには「山という地域資源を使って小さな経済や雇用を作り出す」という想いがあった。いや、小さな村独自の経済を創出しなければならない状況だった、と言ってもいい。

道上さん含む関係者の方々から、西粟倉村の挑戦について伺った。

合併はしない。「木の村」として進む覚悟

 

全ては2004年の「平成の大合併」を拒否したことから始まった。道上さんは、その時の想いをこう振り返る。

 

「他の自治体は『合併ありき』で、そもそも『なんのための合併なのか』の議論はなかった。合併すれば、小学校の統廃合は進み、過疎になるシナリオは見えていました」

 

3回目の住民アンケートで合併反対が58%になったことで、道上さんは腹を決めた。合併を選ばなかったことで、合併特例債なども使えず、財政的には厳しくなることは目に見えていた。だったら、自分たちは何をやるべきなのか。村役場の職員を集めて議論を重ね出てきたのが「木の村」という事実。山をテーマにしたのは必然だった、と道上さんは語る。

 

戦後の復興の中で、住宅不足解消のために全国的にスギやヒノキが植えられ、西粟倉村でも積極的に植林が進められた。結果、岡山県内でも有数の財政的に豊かな自治体になった。だが、その後状況は一転。海外から安い輸入材が入ってくるようになり、木材単価は急落、森林の価値は目減りしていった。

 

手入れしてもお金にはならないとなれば、山は手付かずになる。本来資産になるべきものが「負の資産」になっていた。

 

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あわくら会館内の図書館

 

森から生まれるビジネスと雇用。大事なのはストーリーを作ること

 

こういった状況になった背景には、西粟倉村ならではの事情もあった。

 

もともと村にあった80ヘクタールもの国有林が村民に払い下げられていたことで、ほとんどの住民が何らかの形で森林を所有していた。自分では手を入れないが、村が手入れや管理を代行してくれ、自分の持分に応じて少しでも収入になるならと、村の財政から森林管理に予算を拠出することに反対の声はなかった。

 

現村長の青木秀樹(あおき・ひでき)さんはこう話す。

 

「村がどのぐらい森林に投資すれば、どのぐらい価値が上がるのかという目算は正直なかったが、西粟倉がやれば、日本中の放置されている森林を今後どうすればいいのかという道筋は見せられるという想いはありました」

 

青木村長

西粟倉村・現村長の青木秀樹さん。西粟倉村出身。民間企業勤務を経て、Uターンして家業の食品会社に従事した後、平成23年、村議会議員5期の途中で村長選に出馬。現在3期目。

 

現在、村の予算から年7000万円の支出に対して、収益は4000万円ほど。その収益は「村と住民で折半している」(青木村長)という。これだけだとマイナスに見えるが、現在村の森林事業関連の売り上げは約8億円にのぼる。森林資源を活かしたビジネスや雇用が生まれているということなのだ。

 

「村だけでは、ここまでできなかった。村の想いに共感して村外からやってきてくれた若い人たちが、いろいろな事業を起こしてくれたからこそ。自分たちの価値は自分たちだけではわからない。外から来た人だからこそ、わかるものがあるのです」

 

住民の森林を村が預かり、現場の管理は森林組合が請け負った。そして、その価値を高め発信する存在として、木材を加工してフローリング材や床貼り用タイルとして製品化し、流通を担ったのが株式会社「西粟倉・森の学校」だ。森の学校は実際に村の資源を使ったビジネスを立ち上げただけでなく、その後多くの若い人を呼び込む中核的な存在ともなった。

 

大橋さんIMG_3234

西粟倉村・元総務課長の大橋平治さん。現在は、NPO法人じゅ〜く代表理事として、「ごちゃまぜ社会」をテーマに障害者の就労支援や放課後デイサービス、相談事業等に取り組む。

 

「森の学校がなければ、西粟倉にこれほど多くの若い人がやってこなかった。(創業者の)牧大介(まき・だいすけ)さんの存在も大きい。牧さんがいるなら、とIターンしてきた人も多いのです。合併を選ばなかったからこそ、村の外の人に注目され、交流も増えたと実感しています」(元村役場総務課長・大橋平治(おおはし・へいじ)さん)

 

道上さんはこう語る。

 

「大事なのはストーリーを作ること。西粟倉には森林があり、職人もいる。どう組み合わせて挑戦するのかという。ブレそうになったら、何度も森を見に行きました」

 

(2)へ続く

>> 「稼げる村」だけでは弱い。開かれた森で真の循環型経済を目指す―ローカルベンチャーから新しいコモンへ(2)

 


 

西粟倉村役場では、現在スタッフを募集しています。詳細はこちら!

 

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この記事を書いたユーザー
浜田 敬子

浜田 敬子

ジャーナリスト / 前 Business Insider Japan 統括編集長。 1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。記者として女性の生き方や働く職場の問題、また国際ニュースなどを中心に取材。米同時多発テロやイラク戦争などは現地にて取材をする。2004年からはAERA副編集長。その後、編集長代理を経て編集長に就任。編集長時代は、オンラインメディアとのコラボや、外部のプロデューサーによる「特別編集長号」など新機軸に次々挑戦した。 2016年5月より朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーとして、「働く×子育てのこれからを考える」プロジェクト「WORKO!」や「働き方を考える」シンポジウムなどをプロデュースする。2017年3月末で朝日新聞社退社。2017年4月より世界17カ国に展開するオンライン経済メディアの日本版統括編集長に就任。2020年12月末で退任。 「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターや、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。

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