ローカルベンチャー協議会(事務局NPO法人ETIC.〈エティック〉)が主催した「ローカルリーダーズミーティング2024」は、今年で第3回目を迎えました。今回の舞台は、宮崎県日南市(にちなんし)にある油津(あぶらつ)商店街。
「つながるって、前進だ!」を合言葉に掲げ、地域のプレイヤーや行政職員、起業家など全国から約140名が集結し、ローカルと結びつきの深いテーマを専門とする研究者との活発なコミュニケーションが行われました。
本記事では「人材」をテーマに「特定地域づくり協同組合の(自称)成功事例!今アツい北郷にGO!」と題したフィールドワークの様子をお届けします。ACにちなん事業協同組合が手がける、日南市ならではの事業の特色とは?全国で広がりを見せている特定地域づくり事業協同組合に興味がある方や、地域でのマルチワークという働き方に興味がある方は、ぜひご一読ください。
<訪問先>
南いちご農園
道の駅きたごう
<案内役>
榎本 朱里(えのもと あかり)さん ACにちなん事業協同組合 事務局
<メインスピーカー>
南 浩二(みなみ こうじ)さん 南いちご農園 代表
小道 修平(こみち しゅうへい)さん 道の駅きたごう 駅長
※記事中敬称略。
魅力的な働き方で地域を支える。ACにちなん事業協同組合の取り組み
榎本 : 私が事務局を務めるACにちなん事業協同組合(以下AC)は、2022年11月に設立され、総務省の“特定地域づくり事業協同組合制度”を活用して2023年2月から派遣事業を開始しました。この組合は人口減少が進む日南市において人材不足を解消し、地域の新たな担い手を確保することを目的としています。
現在、組合には19の事業所が加盟し、6名の派遣職員が勤務しています。事業所の職種としては、農業が最も多く、宿泊施設や酒造会社、飲食店なども含まれています。最近ではコールセンターや、日南の観光地のひとつであるサンメッセ日南も新たに加わりました。
組合の大きな特徴は、マルチワークという新しい働き方にあります。地方の企業の多くは、正社員を雇用する余裕がない一方で、繁忙期には人手不足に悩んでいます。この課題を解決するため、複数の業種を組み合わせることで、年間を通じて安定した仕事を創出しています。派遣職員はACに正規雇用されているため、安定した収入が得られるという利点があります。ちなみにACの意味は、Attractive Career(魅力的な仕事)の頭文字を取ったものです。
今回のフィールドワークでは2つの事業所を訪問し、実際にACを利用して感じていることや、成果についてお聞きいただきたいと思います。
経営者の苦手分野のサポートを得るのに有効。一方でアルバイトより割高なので業務とのバランスが難しい部分も
――最初に訪れたのは、日南市北郷町にある「南いちご農園」。1月から5月のいちご狩りシーズンには、年間約16,000人が訪れる人気の施設です。いちご狩りの他にも、ジャムやスムージーといった加工品の製造・販売、さらにはキッチンカーやカフェの運営にも力を入れています。これらの取り組みの背景には、“1年を通していちごを楽しんでもらいたい”という代表の南浩二さんの強い思いがあります。
南 : 私は大分県宇佐市出身で、大学進学を機に宮崎に移り住みました。幼い頃から祖父の農業を手伝っており、自然と農業が身近な存在になっていました。その興味から宮崎大学農学部に進学しましたが、当初は起業を考えていたわけではなく、ただ知識を身につけて祖父の手伝いができればいいと考えていたのです。しかし、大学生活で多くの生産者と触れ合う中で、農作業の楽しさに気づきました。
生産者になると決めたものの、普通に農作物を作って市場に出荷することには面白みを感じられず、そんな中で観光農園の存在を知りました。当時、宮崎県内には観光農園が2、3軒しかなく、ビジネスチャンスでもあると感じて2009年に観光農園をオープン。北郷町を選んだ理由は、宮崎市内や都城市(みやこのじょうし)から車で約1時間の距離にあり、観光地である日南市の特性を活かせると感じたからです。
いちご狩り以外にも、加工品の販売やキッチンカー、カフェと事業を拡大する中で、ACにちなん事業協同組合の存在を知り、すぐに組合員として参加しました。派遣職員さんの中には、将来ご自身もカフェを開業したいという目標を持っている方もいて、メニュー開発やメニュー表の作成など、私や妻が苦手とする分野を全面的にサポートしてもらっています。
正直なところ、当園ではアルバイトで対応可能な作業が中心です。求人サイトに掲載すれば、時給1,000円ほどでアルバイト生が来てくれます。ACを利用すると割高になるため、依頼する際には仕事内容とのバランスを取るのが難しい部分もあります。それでも、カフェの立ち上げ時には派遣職員さんのサポートが非常に助かり、コスト以上の価値を得られました。自社で正社員を雇用することを考えると、社会保険や雇用保険の負担がない分、メリットがあると感じています。
以前は、ACの派遣職員さんを直接雇用したこともあります。その方はシングルマザーで、子育てと仕事の両立が難しく、最終的には退職し福岡にUターンされました。ACでの正規雇用とは異なり、当園ではパート採用だったため、希望する給与を確保できませんでした。私自身も子どもがおり、仕事と子育ての両立の難しさを理解しているつもりです。その時は、十分なサポートができず残念でした。現在、ACには正社員としての雇用形態しかないと聞いています。両親がそろって子育てをしている家庭にはいい制度だと思いますが、ひとり親にとってはフレキシブルな働き方ができた方がいいと思うので、やや不十分に感じます。日南市としても、移住者定住のためのサポート体制を充実させてほしいです。
組合に加盟するメリットは、適任者がすぐに確保できる安心感
――南いちご農園から徒歩約5分の距離にある「道の駅きたごう」は、2023年10月にオープンした、日南市内で3つ目の道の駅です。この道の駅はゴロウ商店株式会社が、日南市から委託を受けて運営しています。ゴロウ商店は道の駅の運営だけでなく、日本農業遺産に認定された日南のかつお一本釣り漁の認知度向上にも取り組んでおり、その点についてもお話しいただきました。
小道 : 当駅は、昨年10月のオープンから約9ヶ月で、来場者数が25万人を突破しました。当駅の特徴として、インクルーシブ遊具の導入があります。床面が柔らかい素材でできており、広くて高さのない遊具は、障がいを持つ子どもや小さな子どもでも安心して遊んでいただけます。
また、最近の新たな取り組みとして“ネクストクルーザー”という大人一人乗りの小型バギーを導入しました。北郷町内をバギーで周遊してもらい、名所である猪八重渓谷(いのはえけいこく)や北郷温泉を訪れ、実際にその魅力を体験していただいています。当駅は、“遊び”がコンセプトです。たとえば、週末には縁日を開催したり、赤字覚悟の魚の掴み取り大会を実施したこともあります。これからもユーモアあふれる企画を立て、北郷や日南全体を盛り上げていきたいと考えています。
私たちは道の駅と並行して、3年前からかつお料理専門店をブランド化して運営しています。その流れで、道の駅にもかつお料理専門店を設けました。事業の背景には、宮崎県におけるかつおの消費量の少なさがあります。日南市はかつおの一本釣り漁業が日本一であり、農業文化遺産にも認定されていますが、消費量は全国で7位ほどと少なく、多くの人がその魅力を享受できていないのが現状です。地元が誇る海の幸を多くの人に知ってもらいたいという思いから専門店を立ち上げ、かつおの魅力を発信中です。
ACにちなんのサービスを利用し始めたのは、今年の4月からです。以前から加盟していましたが、サービスは利用していませんでした。というのも、現在約40人のスタッフが在籍しており人手が足りていたためです。しかし、今年の4月からはネクストクルーザー事業やコンテナカフェをオープンするなど、新規事業を進める中で人手不足が生じました。募集をかけてもすぐに適任の人材が見つからないだろう、と悩んでいたところ、ACのサービスを思い出しました。
ACから来ていただく派遣職員さんはサービス業の経験がある方が多く、業務を安心して任せることができます。必要な時にだけ来ていただけるのは大変助かりますが、現在の条件では利用時間に制約があるため、もう少し時間に融通が利くと、さらに利用しやすいと感じています。
派遣会社との差別化を図りながら、人材不足に悩む企業の意識改革も担いたい
榎本 : ACの事務局では、主に派遣先と派遣職員との調整を行っています。それに加えて、派遣職員とは月に一度面談を実施し、“今は組合にないけれど、こんな企業で働きたい”といった希望を受けた場合は、関連する企業に営業をかけて組合に加盟してもらえるよう働きかけています。
私たちが目指しているのは、単なる派遣会社にとどまらないことです。ACを選んでくれた派遣職員や組合員の期待に応え、特に職員には、それぞれの興味やキャリアを最大限に活かせる企業で働いてもらうことを重要視しています。
ACの料金体系は、現在は1ヶ月全体で利用する場合、時給1,200円。週末だけなどのスポット的な利用では1,350円です。組合員からの反応は様々で、料金が高いと感じる方もいれば、リーズナブルだとおっしゃる方もいます。来年または再来年には最低賃金の引き上げを理由に利用料も引き上げる予定で、その理解を得られるような新たな繋がりを増やしていくことが課題です。
私がACにちなんで働きながら所属している株式会社ことろどでは「日南しごと仕事図鑑」という地元密着型の求人サイトを運営しており、以前は年間約4万円で取材、原稿作成、写真撮影、求人の一次対応のサービスを提供していました。しかし、人材不足に悩む多くの企業から、費用の負担が難しいという理由で断られたこともあります。また、ハローワークに求人を出しているから必要ない、と言われることも多々ありました。人材獲得のために自分たちでなんとかしなければ!と、ACにちなんや派遣会社などに登録する事業所もいる一方で、自分たちではどうにもできないと、日南市へ補助を求めて声を上げる事業所もいらっしゃいました。
このような経験もあり、人手不足とその対応策は、企業によって大きく異なる一方で、当事者意識を持って積極的に予算をかけるべきではと考えています。ACを通じて、その重要性や人材雇用に対する意識改革のメッセージも込めていきたいと考えています。
ローカルリーダーズミーティングでは、他にも全国の自治体や中間支援組織の参考になるような事例の紹介やディスカッションが多く行われています。気になる方は関連リンクよりまとめ記事をご覧ください。
あわせて読みたいオススメの記事
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
妄想して、行動して、自由に生きたい人のための、西粟倉ローカルライフラボ
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
地域で仕事をつくるには。地域文化を資源として捉え直す(高知大学地域協働学部教授・池田 啓実先生 寄稿)