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16人の起業家に聞いて分かった、地方での起業を後押しした5つの要素と10の分岐点-ローカルキャリアの始め方(最終回)

2024.07.01 

ローカル起業家が地方での起業に至るまでの経緯やその始め方に着目し、紐解いていく「ローカルキャリアの始め方」。本連載ではこれまで、8人のローカル起業家のストーリーを取り上げてきました。

 

最終回となる今回は、連載で取り上げた8人を含む、16人のローカル起業家へのインタビューを経て見えてきた、ローカル起業家を形作る5つの要素と、地方での起業へと至る10の分岐点について解説します。

 

これまでの連載記事はこちらから。

ローカル起業家を形作る5つの要素

調査対象としたローカル起業家のプロフィールは以下のようなものです。インタビュー当時20~40代の男性12名、女性4名にお話を伺いました。

 

 

各事例を時系列に沿って分析すると、意識の変化を受けて何らかのアクションを起こすことを何度となく繰り返す中で、移動や起業、あるいは事業の拡大に至ることが見えてきました。意識の変化は、価値観を揺さぶられるような出会いや、これまでの生き方を考え直すタイミング、自分ではコントロールできないような様々な危機的状況にぶつかること等によってもたらされています。

 

インタビューの中から「地方での起業に至る上で特に大きな影響があると思われる要素は何か」という観点で抽出したのが、①資質(低い失敗脅威)、②身近な起業者、③親の影響、④事業の原動力、⑤地域とのつながりの5つです。この5つの要素について、起業自体への影響が大きいものと、地方で起業するというローカル起業家ならではの性質に結びついているものに分け、簡単に説明します。

 

①資質(低い失敗脅威)

16 事例中 12 事例に見られました。なんとかなるだろう、失敗しても死にはしない、やり直せるといった「根拠なき自信」と、これまでの社会人経験等を通じてある程度のスキル(人的資本)の蓄積が得られたという「根拠のある自信」に大別されます。起業する上で正の相関があると考えられる要素です。

 

②身近な起業者

起業活動をしている同世代に出会った等、身近に起業者がいた事例が13事例ありました。「低い失敗脅威」と同様、都市部か地方かは関係なく起業へのハードルを下げる要素です。

 

地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム

「ローカルベンチャーラボ」では、先輩起業家の活動拠点を訪問。

 

③親の影響

親からの影響に言及があったのは10事例でした。特に親が地域活動に熱心だった3事例はUターン起業という結果となっており、親の地域活動は地方での起業に密接な関係があると予想されます。

また、親が経営者であるため起業へのハードルが低かったというケースは、文化的再生産の文脈からも理解しやすいものです。 一方、親が組織に属して働いている場合も、「自分は会社に人生を捧げるような働き方はしたくない」といった反面教師的な影響があったケースが3事例あった他、転勤族だったために自然と家族で地方移住という選択に至った、父が課題解決志向の人で影響を受けた等の事例がありました。親の影響は、起業志向と地方志向、両方を形作る上で大きな要素となっています。

 

④事業の原動力

この項目は、この地域を何とかしたい、社会構造を変えたい、どうしてもこの事業をやりたいといった、事業を推進する上でローカル起業家の原動力となる強力な思いや課題感を示すものです。起業志向があるケース、「これをやりたい」という強い思いや、「これは自分がするべき事業である」等事業に対する使命感が原動力となっているケースでは事業先行型となりやすく、「自分がこの地域をなんとかしたい・しなければならない」というような地域に対する使命感が原動力となっている場合は移動先行型となりやすい傾向があります(事業先行型、移動先行型については後述)。

「事業の原動力」は、どういった順序でローカル起業家へと至るのか(プロセス)に影響を与える要素であると考えられます。

 

⑤地域とのつながり

調査対象者は全員地方で起業しているため、何かしらの地域とのつながりが全事例で見られるはずですが、拠点地域とのつながりは、出身地であることと、しばしば「ご縁」と称される偶然の出会いに大別されました。 生まれ育った地域に対してどのような思いを抱いているかが、移動タイプ(地元に戻るUターン、配偶者等の地元へ移動する縁ターン、それまで特につながりのなかった地域へ移動するIターンのいずれになるか)に影響を与えていることが伺えました。

移住が先か?事業が先か?2つに大別されるローカル起業家への道のり

続いて、ローカル起業家へと至る経路について説明します。16事例のインタビュー記録を分析したところ、以下の2つに大別することができました。

 

1 まず地方に移動してから次第に事業が形になっていく、移動先行型

故郷や縁の地といった、特定の思い入れがある地域への移住を優先するのが移動先行型です。東日本大震災のように、自分自身や家族、あるいは地域全体の危機的状況へに直面すること等を契機として、地域に対する使命感や、特定の場所と結びつくようなやりたいことが生まれた事例では、移動先行型になりやすい傾向にあります。移動後、地域に根ざした活動の中で次第に事業が形作られていきます。

 

2 先に事業案を固めてから地方へと展開する、事業先行型

一方、事業を形にすること、稼働させることを優先するのが事業先行型です。何かをやりたいという強い思いをもち、事業案を固め、事業に必要な資源やより深刻なニーズを求め、結果として地方へ向かうというプロセスをたどるため、Iターン者が多いのが特徴です。

 

移動先行型か、事業先行型かによって適切な支援策は違ってくるため注意が必要です。

地方での起業に至る10の分岐点

そして、以下が地方での起業に至るまでの経路図です。かなり複雑なものとなってしまいましたが、インタビューにより浮かび上がった10の分岐点をご紹介します。

 

10の分岐点は、移動先行型・事業先行型の両方に共通して見られる分岐点、特に移動先行型で顕著な分岐点、事業先行型で顕著な分岐点の3つに分けられます。まずは、両方に共通の分岐点について見ていきましょう。

 

【移動先行型・事業先行型 共通の分岐点】

(1)地方の個性あるまちで育つ/ベッドタウンや都市圏で育つ (1-1、1-2)

「個性あるまち」とは、固有の産業・歴史・文化や密なコミュニティ、シンボリックな資源(そのまちの名前を聞いたときに多くの人が想起するような建築物や自然資源等)等を保有しているまちを指します。対照的なのが、全国のどこにでもあるような画一的なベッドタウンです。個性あるまちは都市部にも地方にも存在しますが、規模の大きな都市圏において地域と個人とのつながりを感じられる機会は少なく、「自分もこの地域の一員である」というような当事者意識は育ちにくいと考えられます。

 

そこで、次に挙げる地元への誇りや当事者意識をもつことにつながりやすいものとして地方の個性あるまちで育つことを、つながりにくいものとしてベッドタウンや都市圏で育つことを想定しました。

 

(2)地元への誇り・当事者意識をもつ/もたない (2-1、2-2)

自らの出身地に対して、他にはないオリジナルな存在であり、守っていくべき風景や文化等がある、誇れるものがあるという思いをもつこと、そして自身にも地域の一員としてそれを担う責任があるといった当事者意識をもつことが、2つ目の分岐点です。 これは地方の個性あるまちで育ったからといって必ずしも育まれるわけではありません。同様に、ベッドタウンや都市圏で育ったため育まれないというわけでもありません。

 

インタビュー調査の分析から、生まれ育った場所よりも、地域を離れる前に地域から支えてもらったと感じるような経験や、地域の魅力・おもしろさ・課題等を意識する機会があったかどうかに左右されると考えられます。地元への誇りや当事者意識をもつことは U ターン意向の醸成につながり、これがある場合は将来的なUターン希望者に、ない場合は配偶者の地元に戻る縁ターン者・つながりのない地域へと移動するIターン者、そして多くの場合は都市部への完全流出者となる可能性が高まると考えられます。

 

(3)就職活動への疑問をもつ/もたない (3-1、3-2)

就職活動は、基本的には組織に雇ってもらうために行うものです。そのためそこに何らかの違和感をもった場合は、それ以外の選択肢にも目を向けやすくなる可能性が高まると考えられます。そこでこの点を、ローカル起業家への萌芽的な兆候としてとらえました。

 

実際に5事例では、周囲に流されるまま就職活動に臨むことに対して疑問を覚え、多くのアルバイトを経験したり、休学してインターン経験を積んだりといった行動を起こしており、そのうちの2事例では就職はせずに地方への移動を選択しています。

 

とは言え就職せずに地方へと活動地を求めるケースは少なく、疑問を抱きつつも一度は企業に就職するというケースが多いようです。しかし、特に初職を求めての就職活動はいつ起こるかが明確であり、地方での起業や移動等の促進に向けた施策を講じる場合のターゲティングが容易であることから、分岐点の1つとして設定しました。

 

(4)危機的状況に直面する/しない (5-1、5-2)

ローカル起業家へと至る上で、なんらかの危機的状況が影響したと考えられるケースは11事例ありました。危機的状況は、ⅰ)リーマンショックや東日本大震災のような社会的な危機、ⅱ)人口激減による消滅の可能性といった地域の危機、ⅲ)親の死や実家の倒産等の家庭の危機、ⅳ)大病・大けがに代表される自分自身の危機に大別されます。

 

こうした危機的状況に直面することで、それまでの価値観がゆさぶられ、何らかの使命感をもったり、やりたいことを見出したりする契機となっている事例が複数見られました。危機的状況は自分の意志ではコントロールしにくく、いつ起こるか予測しづらいものです。また、1人の対象者が複数の危機を経験する場合もあります。

 

東日本大震災の復興支援で実施された「右腕プログラム」。

宮城県石巻市の「はまぐり堂」にてリーダーの亀山貴一さん(右)と右腕の宮城了大さん(左)

 

(5)使命感をもつ (6-1)

この分岐点は、「地元をなんとかしたい」といった地域に対する使命感と、「これは自分がやるべきことである」という事業に対する使命感の2つを含んでいます。いずれも危機的状況への直面をトリガーとして喚起され、地域に対する使命感の場合は「地方への移動を決意する」という方向に、事業に対する使命感の場合は事業案を固めるという方向に分岐します。

 

(6)やりたいことを見つける (6-2)

事業案を固める1つ手前の分岐点となるのが、やりたいことを見つけることです。移動先行型の場合には、移動後地域に根差して活動する中で、徐々に事業の種となるような課題感やターゲットとなる顧客層を発見したり、事業に対するニーズへの手応えを感じる経験をしたりする中で、事業の軸とすべき内容が定まってくることが多いようです。

 

一方事業先行型の場合は、これだと思える事業機会や商材に出会うと、比較的早い段階で次の分岐点である「事業案を固める」というステップに移行している事例が多く見られました。

 

(7)業案を固める (12-1、12-2、14-1、14-2)

やりたいことと同様、移動先行型の場合、多くの事例では移動後次第に事業内容が固まっていく様子が伺えました。事業先行型の場合、まず事業ありきでそれを実現できる地域を求めて移動する、すでに形になった事業が何らかの契機で地方へと展開するというケースが見られます。

 

「ローカルベンチャーラボ」北海道厚真町でのフィールドワークの様子

 

【移動先行型に顕著な分岐点】

(8)生活要件(配偶者の理解、生計の目途等)の充足 (8~9)

これは移動先行型に特徴的な分岐点と言えます。上図では、配偶者の理解を得る、生計の目途が立つといった一連の流れをまとめて生活要件の充足としています。事例ごとに地方での起業までのプロセスを追う中で、結局は家族の理解や移動先での生計の目途が立たなければ移動は起こりにくいということが見えてきました。その意味では、住居の確保も充足すべき重要な要件の1つだと考えられます。

 

移動先行型の場合、移動当初は対象者が立ち上げた事業とは別の仕事から収入を得ているケースがほとんどであったのに対し、事業先行型の場合、対象者が立ち上げた事業以外からの収入に言及がある事例はありませんでした。

 

【事業先行型に顕著な分岐点】

事業先行型に特有の分岐点は以下の 2 つです。

 

(9) 起業要件(事業パートナー・商材・事業拠点となる物件等)の充足 (15)

起業要件の充足とは、事業を進める上で決定的となる事業パートナーや商材との出会い、事業拠点となる物件との出会いなど、この条件が揃ったなら事業化に踏み切れるというような、最後の一押しとも呼べるものを指します。これらを都市部で見つけられた場合は都市部での起業となりますが、対象者は事業フィールドを地域に求め、地方でこれらを満たしています。そのため、地方への移動が発生する分岐点と読み替えることもできます。

 

(10)縁が生まれる (17-2)

最後の分岐点は、一般に「ご縁」と称される人や地域との偶然の出会いを指します。これにより、起業後地方への事業展開が見られたケースが3事例ありました。この分岐点は、何らかの危機的状況への直面(17-1)と抱き合わせのような形で作用することも多いようです。

 

30歳というライン

これは分岐点ではありませんが、「30歳」というラインも1つの目安として意識されていることが伺えました。社会人経験を積みある程度スキルが身についたこと、未婚の場合は身軽に動きやすいこと、仮に失敗しても転職でやり直せるチャンスが多いことなどから、「やるなら今しかない」という思いが働きやすいようです。

 

このことからもわかるように、30歳という年齢を意識しているのは単身移動者が多くなっています。実際、半数に当たる8事例では3 歳前後(26~31歳)に移動または起業しています。上記で挙げた多くの分岐点とは異なり、時系列的に予測しやすいポイントであるため、移住や起業の促進施策等を考える上では有用な目安だと言えます。

タイプにより異なる起業支援策

最後に、移動先行型と事業先行型それぞれの特徴を踏まえた支援策について触れたいと思います。

 

起業塾は地域のキーパーソンや地域資源との橋渡しを担ってくれる

(「ローカルベンチャーラボ」岡山県西粟倉村でのフィールドワークの様子)

 

1.移動先行型を対象とした支援策案

移動先行型に対して有用だと考えられるのは、Uターン移動者の潜在候補である地域内の次世代に向けて、地元への誇りや当事者意識が醸成されるような働きかけを行うことです。これにより、Uターン潜在層の母数を上げることができます。 画一的なベッドタウンや都市圏よりも、守るべき文化や地域に対する個人の影響力が見えやすい地方の「個性あるまち」の方が、こういったアプローチは有効かもしれません。

 

また移動先行型は、事業を立ち上げるよりもまずは地方へ移動することを優先しています。そのため、移動を検討しやすいタイミングである30歳前後の層をメインターゲットとし、この層が「これなら移動したい」と思えるような施策を講じることも有効です。移動先行型の場合、生活要件の充足が分岐点となるため、彼らが希望するような仕事や住宅に関する情報をわかりやすく提供することが基本的な施策となります。

 

2.事業先行型を対象とした支援策案

事業先行型の中には、自力で事業案を固め、つながりのない地域で事業実施に必要な資源の獲得に動いているケースもあります。しかし通常、こういったことを達成するのは至難の業です。そこで有効だと考えられるのが、地方の現場等で開催される起業塾です。

 

起業塾の運営者が間に立ち、ローカル起業家予備軍と地域のキーパーソンや地域資源への橋渡しをしてくれるため、事業アイデアが短期間で形になりやすいというメリットがあります。また、一線級のビジネスパーソンをメンターとして迎えている点も効果を発揮しています。 地域のリアルな課題に触れたり、運営者やメンターの励ましを受けながら考え抜いたりする中で、ローカル起業家に不可欠な要素である「事業の原動力」が自覚されやすくなる点も、起業塾の大きなポイントです。

 

 

「ローカルリーダーズミーティング in 宮崎県日南市」でお会いしましょう!

以上、16人のローカル起業家へのインタビューから見えてきた、ローカル起業家を形作る5つの要素と、地方での起業へと至る10の分岐点及び支援策について、簡単にまとめてみました。

 

2024年7月13日(土)~14日(日)に開催予定の「ローカルリーダーズミーティング in 宮崎県日南市」では、「DAY1 ロカデミック・まーけっと!」のコーナーに筆者も登壇予定です。 地方での起業を考えているという方や、起業家を呼び込みたい自治体の方、起業家予備軍をサポートする中間支援組織の方、学生のみなさん……様々な方と一緒に、地方での起業を促進するためには何が必要か、ざっくばらんに議論できればと思いますので、ご関心のある方はぜひお申込ください!

お申込はこちらから。

 

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茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。