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日本で社会運動を成功させるには?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(2)

2022.01.12 

社会課題が複雑化する中で、より多くの人を巻き込むソーシャルムーブメント(社会運動)の重要性が増す一方、世の中には「成功する社会運動」と「成功しない社会運動」があります。その違いは何でしょうか?

 

「世界を変える偉大なNPOの条件」の共著者であるレスリー・クラッチフィールド氏は、「ソーシャルムーブメント(社会運動)はランダムに起こるのではなく、意図的に起こる」とご自身の研究をもとに語ります。

 

今回、当メディアを運営するNPO法人ETIC.(エティック)では、クラッチフィールド氏をオンラインで招へいし、日本全国のソーシャルリーダーたちとともに、成功する社会運動ムーブメントの秘訣について学びました。

 

前半の記事では、クラッチフィールド氏が考える「成功するソーシャルムーブメントが行った6つの実践」についてお届けしました。

>> 成功する社会運動に共通する6つのアクションとは?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(1)

 

当記事では、「日本の社会を変えるには?」というテーマを中心に行った質疑応答の内容をレポートいたします。

 

プロフィールトリミング後

レスリー・R・クラッチフィールド氏 プロフィール

米ジョージタウン大学グローバル・ソーシャル・エンタープライズ・イニシアティブ(GSEI)のエグゼクティブ・ディレクター。その前にはアショカのマネージングディレクターや、社会変革のための戦略コンサルティングファーム米FSG社で勤務し、同社のシニア・アドバイザーを勤める。共著「Do More Than Give: The Six Practices of Donors Who Change the World」は、”21世紀のフィランソロピーのゲームチェンジャー”と称賛され、FSG社とともにソーシャルセクターの実践や理論のデザインに取り組む。2018年には「How Change Happens: Why Some Movements Succeed While Others Don't」を出版。

日本とアメリカ、社会の変え方の違いを実例から考える

 

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クラッチフィールド氏のスライド資料より。当日は参加者同士でディスカッションも行われた

 

参加者 :  アメリカでは州単位のアドボカシーから全国に広がっていくとおっしゃっていましたが、日本では自治体同士が影響しあったり、横並びで気にし合う傾向があります。アメリカでは、ローカル同士の関係はより独立性が強いということでしょうか?

 

クラッチフィールド氏 : アメリカでは、各州が独自の立法機関や法律を執行しています。そのため、各自治体が互いに影響し合うというのはあまりありません。例えば、コロナ禍では南部を中心にワクチン接種に反対する人が多く、特にトランプ元大統領を支持する人たちがマスク着用を拒否するなど、地域別の傾向もあります。

 

一方、メリーランド州では90%の人がすでにワクチンを接種済みの状況で、同じアメリカでも州によって状況は非常に異なります。こうした背景には、アメリカ国内のワクチン接種に対する強い反対運動も影響していますが、日本ではどうでしょうか?

 

参加者 : 日本のワクチン接種状況は、自治体のリーダーシップによりその率が高まった地域もあります。そうした意味では、日本では自治体同士が互いに影響を受けやすい傾向にある一方、地域特有のリーダーシップの発揮を期待できる側面もあるかもしれません。

 

クラッチフィールド氏 : リーダーシップで言えば、アメリカでは自治体のような伝統的な権威だけではなく、民間の中からも多くのリーダーが発信していることも特徴です。

 

ワクチン接種に反対する人口の多くはアフリカ系アメリカ人ですが、これは過去に白人の科学者が黒人市民に対して医療実験を行い、さまざまな悪影響をもたらしたことが背景にあります。黒人系人口のワクチン接種率を上げるために、黒人系の地域のリーダーや著名人、医師や看護師たちなどがテレビでワクチン接種する姿を放映することで、黒人系市民に安心してもらえるような取り組みも行われています。

 

そうした意味で、リーダーというのは必ずしも既存の権力に限らず、民間やあらゆるセクターの人々がなれるものとものと思います。

 

参加者 : ムーブメントを起こすには、参画しているステークホルダー間でどのような介入策をとるか合意がいると思います。戦略の優先順位は、どのようにつけたらいいのでしょうか?

 

クラッチフィールド氏 : まずはじめに、何百人にもわたる多くの人が集まる共同体では、一つの戦略に合意するということそのものが難しいことです。多くの組織・人が、何をなされるべきかそれぞれに意見を持っていますよね。

 

アメリカのLGBTQ婚のムーブメントリーダーの助言で、物事を前進させるには100%の合意を得る必要はないと言っていました。左派でも右派でも過激派というのは常に存在していて、全ての人を満足させることはできません。そのため、必要なのは物事を前進させるために十分なコンセンサスだけです

 

10/10/10/20=50のプラクティス」も、州や自治体ごとに働きかけるということではなく、戦略に関する考え方です。LGBTの婚姻ムーブメントでは、いくつかの州では異性婚者の婚姻と同じ法律を目指し、他の州ではシビルユニオン(法的に承認されたパートナーシップ関係)を目指すところもあれば、病気の時に病院を訪問できるなどの承認だけ認めさせようと、異なるゴールを設定しました。複数のストラテジーを運動として持ち合わせることで、そこに関わるリーダーたちが自らのストラテジーだけに集中できるようにしたのです

 

さらに重要なのは、これらのトップが互いに協調していました。ムーブメントリーダーは互いに協調していたけれど、すべての組織が全く同じことをしていたわけではないのです。

 

参加者 : 銃規制について、日本の感覚だと銃のない社会の方が社会的には正しい印象があります。アメリカでは銃規制を緩和する動きに動いていたというのは、草の根が強かったということなのか、それとも全米ライフル協会(NRA)が政治的な力を持っていたということなんでしょうか?なぜ規制緩和の方にムーブメントが進んだのでしょう?

 

クラッチフィールド氏 : 多くのアメリカ人は銃規制は厳しくあるべきと信じています。それにも関わらず銃規制の緩和が成功しているのは、草の根のメンバーが政治家に陳情して銃の所有権を認めるよう働きかけ投票していることがあります。銃を規制したい人たちが、それを求めるような動きを行ってこなかったために緩和派が幅を広げてきました。影響を与えたかったら、草の根で集まって投票するといった組織的な動きが不可欠です。

 

参加者 : 夫婦別姓や同性婚など、社会に良いことが何かは明白なのに、人々のメンタルモデルが変わらないために変わらないことが多くあります。いつかは変わる、誰かが草の根をリードしてくれる、いつかは社会が勝手に変わっていくだろうと思いがちですが、動かないと現実は変わらないのでしょうか?

 

クラッチフィールド氏 : メンタルモデルについて、婚姻の自由を求めた運動は、ストレートの人たちがLGBTの人たちに対して持っていたイメージを意図的に変えたことで成功しました。

 

それまでアメリカでは、LGBTの人たちは、結婚を望まない独身貴族というイメージ・先入観がありました。そこでムーブメントリーダーたちは、多くの同性カップルも異性カップルと同じように愛ある家庭を持ち、家庭的な環境で子どもを育てているという実態を新たに社会に広げていきました。同性カップルのイメージを、純粋に愛し合う二人の人間像に変えていったのです。

 

LGBTのリーダーたちは、政治家のマインドセットを変えていくところにも働きかけました。例えばジョー・バイデンは副大統領だった時、同性カップルの自宅に招かれました。カップルとその子どもに出会い、そこには他の家庭と変わらない愛が存在していることを目の当たりにしたことで、カトリック教徒だったにも自身の考え方を変えたのです。このように影響力のある政治家を変えていくこともムーブメントの戦略として重要と思います。

日本で「リーダーフル」を実現するには?

リーダーフル

 

クラッチフィールド氏 : 日本の政治経済や社会的背景において、リーダーフルな状況はどのようにして実現できるでしょうか?それとも日本の文脈にはあまりあっていないなど、どう思いますか?

 

参加者 : 日本で選択制夫婦別姓を推進するムーブメントは、リーダーフルの事例だと思います。この活動は、全国的に組織されている一方、活動は地域単位で行われていて、各自治体の議会で選択制夫婦別姓法案に関する賛成議決を取ってもらえるように働きかけています。

 

実際にいくつかの自治体ではそうした決議も出された県もありましたが、東京の政党本部がその後、県議員に働きかけたことで結局は夫婦別姓に反対する意見書が可決される結果に終わりました。でもこれも、選択制夫婦別姓が影響力あるムーブメントになったからこうした反動があったものと思います。

 

クラッチフィールド氏 : 素晴らしい事例ですね。日本では現在、子どもの権利推進に向けた動きもあると聞きました。リーダーフルなムーブメントを、子ども・若者に関する活動で考えるとどうでしょう?

 

参加者 : 子どもの権利条約には、子どもの声を聞き、子どもの意見を尊重するというものがあります。ですので、ムーブメントの担い手も子どもたちの声を政策提言に反映できるよう、アンケートをとって提言書に盛り込んだり、国会議員と子どもたちが直接対話する場づくりなどを行っています。子どもたちの中には素晴らしいリーダーが存在していて、彼らの声はとてもパワフルに大人に響いていると感じます。

 

クラッチフィールド氏 : ムーブメントに経験の当事者を巻き込むことがとても重要です。この場合には、普段は声がなかなか届けられない子どもと思いますが、彼らをムーブメントのアクティビズムに巻き込んでいると思います。

 

また、3つ目の実践で話した「ハートを変える・政策を変える」 もどのように取り入れられるかぜひ考えてみてください。日本においては、子どもに対してどのようなメンタルモデルが存在しているでしょうか?子どもは権利や意見を持つべきではないと思っているかもしれない大人のメンタルモデルは、どのように変えられるでしょうか?

 

例を挙げましょう。LGBTによる結婚の自由を目指した運動では、社会一般がLGBTの人たちに対して持っていたメンタルモデルを変えることに働きかけました。彼らの実態について社会に伝えていくために、SNSで愛し合う同性カップルとその子どもの写真を投稿していきました。この活動そのものは、ストレートの人たちを対象としたメディア戦略で、LGBTの人々について正しい理解を深めることを目的としていました。

 

日本における子どもの権利の場合、反対する人たちは誰でしょう?どうやったら彼らのメンタルモデルを変えられるでしょうか?メンタルモデルを変えるには、子ども自身が話すだけでなく、宗教グループや地域のリーダーたちがメッセンジャーになることの方が効果的な可能性もあります。

 

参加者 : リーダーフルの実現にパートナーシップが重要だということは理解しつつ、競合関係がどうしても存在します。パートナーとして一緒の方向を見る必要がありつつ、実際には競合関係にもあるということをどう理解したらいいでしょうか?

 

クラッチフィールド氏 : 英語ではコーオペティション(co-opetion) という協力(cooperation)と競争(competition)を掛け合わせた造語があります。競争関係にある者同士が、お互いの利益を得るために協力するというのは、どの国にもあることと思います。

 

アドボカシーやソーシャルチェンジの分野では、「永遠の友人も、永遠の敵もない。あるのは永遠の関心だけ」という表現があります。重要なのは、自分自身のインパクトとエンドゲーム(目的)にフォーカスし続けるということです。そのためには時として、自分の協力者とパートナーシップを組むこともあれば、対立することもあります。自分自身のエンドゲーム(目的)にフォーカスし続けることを忘れないでください。

 

参加者 : アメリカ社会は非常に個人主義が強いという話もありますが、一方で日本社会は、責任を一箇所に集中させる傾向があると感じています。例えば子育ては全て親とか、教育は先生など、サービスによって責任を分散させたり無責任であることにネガティブな反応があると感じます。個人主義が強いアメリカ社会では、責任に対してどのような捉え方をしているのでしょうか?

 

クラッチフィールド氏 : アメリカにおける個人主義は、個人の権利を非常に重視していると思います。個人の権利を保障を重視するからこそ、集団(コレクティブ)のために犠牲を払うということに躊躇する傾向が強いともいえます。例えば、ある人が銃を所有する権利というのは、他の人が銃がなくて撃たれる危険性のない社会に暮らす権利よりも大切だという主張が通っているのです。

 

また、企業に対して特別大きな権利を認められていることもアメリカ社会の特徴です。企業に対する規制が弱いために、個人が綺麗な空気や水を享受するよりも、企業の権利の方が優先されるという状況にあります。

 

日本はどうでしょう?集団のためであれば、個人の自由を犠牲にしてもいいという傾向があるように感じます。

 

参加者 : よく言えば共同体を優先するカルチャーだと思いますが、時として極端な場合もあると感じています。例えば私も我慢しているからあなたも我慢しましょう、私も頑張っているからあなたも頑張りましょうと言ったふうに、共同体を優先するがあまり、個人の自由を侵害するシーンが多くなっている傾向が最近はあるかもしれません。

 

クラッチフィールド氏 : 社会運動を通じて得られる変化やイノベーションは、対象者を超えてより多くの人に恩恵をもたらすなど、社会をよりインクルーシヴにする可能性を秘めています。日本の共同体を重視する文化は素晴らしいと思いますし、ぜひ皆さんがそれぞれに目指すソーシャルインパクトの追求を続けられることを応援しています。

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終わりに(編集後記)

 

日本国内でも多くのソーシャルリーダーたちが発信を続ける中で、ムーブメントの中にはヒットするもの、意図したような成果が出ないものとさまざまあります。今回のイベントでは、ムーブメントの対象、手段、方法を戦略的に選ぶことで、変化は十分に可能であるということを学びました。

 

アメリカの事例でありながら、日本にも十分取り入れられる学びがあったとともに、日本の集団を重視する文化などがムーブメントの推進にポジティブに働く可能性もあります。今回の学びが、日本社会にまた新たな変化が生まれるきっかけの一つとなったことを願います。

 


 

【今回のイベントレポート記事の前半はこちら】

>> 成功する社会運動に共通する6つのアクションとは?―「世界を変える偉大なNPOの条件」の著者と学ぶ社会の変え方(1)

 

※本企画は、eBay Foundationが助成するGlobal Give: Rapid Responseプログラムの助成のもと実施されまました。この助成は、コロナ禍で社会課題解決に取り組む世界中のNPOを対象に、eBay Foundationが支援しています。

 

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川島菜穂

アメリカ、ドイツへの留学、インドネシアでの国際協力インターンシップの後、日本へ帰国。前職では、日本と外国の非営利セクターの若手プロフェッショナルを対象とした国際交流事業の企画実施に従事。多様なステークホルダー間の理解促進に貢献したいという思いのもと、2020年4月よりETIC.に参画。「異なる他者の対話」をテーマに、ファシリテーションやコーチングスキルを研鑽中。