複雑な社会課題と向き合うリーダーたちは、目の前の困難を抱える当事者と対峙しながらも、ともに働くスタッフ、活動を支える支援者など、多様なステークホルダーとつながりながら、事業を推進していかなくてはなりません。
それは通常のビジネス以上に難しく、成果が見えるまでも、非常に時間がかかることでもあります。こうした長期戦が避けられない「社会変革」のゲームでは、能力やスキルの向上、同じ志をもつ仲間といったアイテムに加えて、リーダー自身の進化が求められるようです。
NPO法人ETIC.(エティック)では、2020年から世界最大の対面型コーチトレーニングスクールのCTIを日本で展開する株式会社ウエイクアップ と連携し、非営利組織の経営層、リーダー層16名に対し、プロコーチ11名によるエグゼクティブ・コーチングの3か月無償提供をおこなってきました。プロコーチとの関わりの中で、その人自身のリーダーシップが磨かれ、思考が進化し、より大きなアクションが生み出されることを期待しておこなっている取り組みです。
このプログラムに参加した非営利組織の経営者、リーダーたちと「コーチングはどんな体験だったか」「リーダーがコーチングに取り組むことで、どんな価値やインパクトがありそうか」について対話をしていただきました。そこであがった声や、アンケート結果もご紹介しながら、非営利組織のリーダーたちへのコーチングには、どんな価値があるのかをひも解いてみたいと思います。
9割の方が自分自身、そして、団体へのインパクトを感じている
エグゼクティブコーチングは、およそ2週間に一度のペースで実施され、毎回1時間~1時半、コーチとの対話セッションで進んでいきます。
アンケートで「この投資は、ご自身のインパクトにつながるものだったか?」さらに「今後の活動や団体のインパクトにつながるものだったかそうか?」とたずねたところ、いずれも9割のかたが「つながっている(つながっていくイメージがある)」と答えていました。
それは具体的にどのようなものだったのか、参加者より寄せられたコメントをいくつかご紹介したいと思います。
リーダー自身の心が整うことで、組織内の関係性にもよい影響がある
コーチングでは、コーチからさまざまな視点での問いが投げかけられます。例えば、事業を進めていく上での不安や怖れが現れてきたときに「それはどんなことですか?」「それが起きるとどうなりますか?」「そこであなたが大切にしたいことは何ですか?」といった具合です。
こうしたコーチとの対話の時間をつくることで、混乱のなかでもリーダー自身の心が整い、そのことがチームや組織との関係性にも良い影響を与えているようです。また、家族との関係が変わったという声もありました。
コーチングの機会を通して、混沌と混乱、不安にみ込まれず、丁寧に向き合うことができました。また、未来に向けて実現したいことについても、イメージが明確になりました。
自分のネガティブな面も大した問題ではないと感じた。うまくいかないときも必要以上に落ち込まずに切り替えられる術だと感じた。ネガティブな自分がでてきたときもかわせるようになれば、よいパフォーマンスが発揮できるようになると感じた。
自分が無理しない心地よいと思える状態で、チームのメンバーや家族とよい関係性を築いていくことができると感じた。
自分の思考のくせを、それがどういう状態になると発動するかという地点から知ることができ、周りへのネガティブなインパクトを回避できるのではないかと感じました。
他者を優先しがちなリーダーこそ、自分の原点を取り戻す
自分自身が立ち上げた団体であっても、困っている人にたくさん出会ったり、多くの仲間を巻き込んだ活動になればなるほど、自分よりも他者への貢献を優先する傾向もあるようです。
それが行き過ぎると、リーダー自身も目的を見失ったり、モチベーションの置きどころを保てなくなることもあります。
コーチングの機会があったことで、客観的に自分の状態を見つめなおし、そもそも何を大切にしたかったのか、原点に立ち返ることができるという声が多く聞かれました。
今回のコーチングを通して、自分のコミュニケーションスタイルを開発することができたと感じています。性格的に、背負いすぎる傾向が強かったのですが…背負いすぎず、背負わなさ過ぎない…流れるように一部にいる、というスタンス(在り方)で、他者及び自分自身とむかいあっていく経験ができました。
非営利セクターのリーダーは、孤独で背負うことが多くなりがちだと思いますので、コーチングによって、背負っているものを見つめなおす機会があることは、大切なコトだと感じました。多くの非営利セクターのリーダーは、「社会のために、団体のミッションに関わる他者のために」を考えることは多いと思います。それ故に「自分自身を考える」ということは意外と少ないのかもしれません。
非営利セクターでは、複雑な社会課題に対峙していたり、今までの組織論やマネジメント論では通用しない場合が多いと思います。だからこそ、リーダーとして、自分が何をしたいのか、どう考えるのか、何を大切にしているのかを自覚して発信することが大切だと、今回コーチングを受けて感じました。
参加者のお一人、サステナブルな里山農業を目指し、女性農家コミュニティの運営を手掛けるwomen farmers japanの佐藤可奈子さんは、作りたい社会の実現のために活動を組織化したのですが、もともと他者と働くことに苦手意識があり、今回のコーチングを受けました。
women farmers japanのメンバーと(佐藤可奈子さんは一番右)
エティックが主催する社会起業塾にも参加し、「 “誰かのため” に頑張っている人をみて、単純にすごいと思っていたけど、今まさに自分は、それをしている。それなりに楽しんではいるのですが、常に “誰かのため”の選択をしていて、自分が決めているようで、じつは決めていなかったのかもしれないです」と胸の内を明かしてくださいました。
社会と自分の両方に向き合い、自分の軸をアップデートする
社会起業家は、事業をつくっていく過程で「誰の、何のためにやるのか」を徹底的に問われる場面があります。あるべき社会の姿から取り組むべき課題を明らかにし、さまざまな仮説をたてながら、試行錯誤を繰り返していきます。
ところが「自分がやりたい」と強く思っていたはずの活動に、少しずつ気持ちのズレを感じることも起きるようです。
茨城県つくば市で、障害のある人が活躍する農場「ごきげんファーム」を運営する伊藤文弥さんは、ご自身の体験から「自分と社会に向き合うこと」について語ってくださいました。
NPO法人つくばアグリチャレンジ・ごきげんファーム 代表理事 伊藤文弥さん
「活動を始めた当初は、こういう社会をつくりたい!という気持ちが強くあって、事業を頑張ってきました。だけど続けていくうちに、どんどん自分が苦しくなってきたんです。身体も壊しましたし、何のためにやっているのかわからなくなりました。
そこで、“自分を大切にする”、 “自分が楽しむ” ことに焦点を当てるようになりました。すると事業もうまく回るようになったんです。自分が楽しむことで、事業が良くなっていく、自分を大切にしてもいいんだ、と気付きがありました。
そんな自分の軸ができつつあるなかで、コーチから “その先は、また社会に向き合っていくのだろうね。実際にその手前まで来ているよ” と言われ、ハッとしました。確固たる自分はあるけれど、それを手放していった先の未来に、“社会に向き合う”という選択肢が現れてきた感じです。
活動当初に言っていた“社会に向き合う”という言葉は、嘘ではないけれど、正直に言ってリアリティがなかったんです。だけど、いま活動を10数年やってきて、リアリティをもって“社会に向き合う”と言える。自分自身も次のトランジションに向かっているのではないかと思っています」
最後に、伊藤さんからコーチングに興味がある非営利組織の皆さんに、メッセージをいただいたのでご紹介したいと思います。
「すごく考えて、悩み抜いたことであっても、その考えをもとに数年活動をしていると、その考えをアップデートする必要性が出てくると思います。前の考え方が間違っていたわけではなく、自分や組織や社会の状況によって、アップデートをしなくてはいけない部分が出てくるんだと思います。僕自身、変わると思っていなかった部分が変わりました。この部分が変わってきたことで、きっと組織の運営にも長期的にはとても良い影響が出るんじゃないかと思っています」
非営利組織のリーダー対象「プロコーチによるエグゼクティブ・コーチング3か月間無償提供」は、2022年度も開催予定です。メルマガ「ソーシャルイノベーションセンターNEWS」でお知らせ致しますので、ぜひご登録をお願い致します。>>ご登録はこちら
※プログラムの特性上、受け入れできる人数に限りもあります。ご了承くださいませ。
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