「企業におけるイノベーション創出」というテーマはよく語られていますが、「イノベーションを起こしやすい組織風土」についても、近頃は関心が高まっています。
パーソル総合研究所が2021年に行った「人事評価制度と目標管理の実態調査」の分析によると、イノベーションを起こしやすい組織風土を醸成する2つのポイントとして、
・人事評価制度の整備:心理的安全性を確保するためのポジティブな評価への転換
・副業:異なる風土や知識に触れることで自社内では思いつかない発想を得られる可能性
が挙げられています。(パーソル「【事例付き】イノベーション人材とは?意味や特徴、育成方法を解説」より筆者まとめ)
パーソル総合研究所「人事評価制度と目標管理の実態調査」
今回は、イノベーションを起こしやすい組織風土の参考になりそうなNPO法人ETIC.(以下、エティック)の取り組みをご紹介します。
立場や組織の垣根を超えて繋がり、イノベーションを起こすバーチャルカンパニー「and Beyond カンパニー」
エティックが事務局を務める企業コンソーシアム「and Beyond カンパニー」(以下、aBC)は、ロート製薬、ヤマハ発動機、セイノーホールディングスなど15社の企業・団体が参加しています。
and Beyondカンパニー ウェブサイトより
ウェブサイトには、
立場や組織の垣根を超えて繋がり、イノベーションを起こすバーチャルカンパニー。
and Beyond Companyは、「意志ある挑戦が溢れる社会を創る」をミッションに、立場や組織の垣根を超えて繋がり、一人ひとりの妄想を形にしていくことを目指すバーチャルカンパニーです。
とあります。
参画企業の業種も、製薬、二輪メーカー、運輸、金融、コンサルファーム、製菓、建設、と様々です。
「立場や組織の垣根を超えて繋がり、イノベーションを起こす」とは、実際どういうことなのでしょうか。関係者へのインタビューから紐解いてみます。
ヤマハ発動機の白石章二さんは、2017年、前職のPwCコンサルティング時代に、aBCの前身のプロジェクトに参画。当時はPwCの社員をプロボノとしてaBCに送り出していました。その翌年の2018年、白石さんはヤマハ発動機に転職し、新規事業開発の担当になります。今度はヤマハ発動機として、aBCと関わるようになりました。
新規事業開発のため、志ある社員を応援する手法を学ぶ(ヤマハ発動機)
白石章二(しらいし・しょうじ)さん
ヤマハ発動機 企画財務本部経営改革アドバイザー
白石さん :
社内の新規事業の担当者は、志のある社員を発掘・応援して事業開発に繋げていますが、その具体的な方法をaBCで学んでいます。志ある人を応援する方法を学んで社内に持ち帰って実践しているというわけです。
また、aBCを通じて、社内で発達障害の人が働きやすい職場づくりプロジェクトが生まれました。当事者の社員が「発達障害の人を働きやすくしたい」という想いで「Beyondミーティング」に登壇し、社内外の様々な人の応援を受け始めました。他にも新規事業のアイデアが複数生まれています。
***
「Beyondミーティング」は、何かに挑戦していてアイデアが欲しい人が毎回4名ほど登壇し、参加者はアイデアブレストに参加するというイベントで、これまで50回以上開催されました。コロナ禍でオンライン開催も増えましたが、企業や学校、青年会議所など、全国の様々な場所で行われています。「Beyondミーティング」の開発に関わったエティックの鈴木敦子はこう話します。
鈴木敦子(すずき・あつこ)
NPO法人ETIC.Co-Founder
鈴木 :
「Beyondミーティング」は、挑戦する人を全力で応援するブレスト会議です。評価は一切せずに、ひたすら応援する。登壇者は共感され応援されることでエネルギーを得て、挑戦を続けられます。企業の方には、応援する立場として関わっていただくことで、応援フルな環境づくりを体感していただいていると思います。
***
記事の冒頭で触れたイノベーションを起こしやすい組織風土を醸成するポイントの1つは、
・人事評価制度の整備:心理的安全性を確保するためのポジティブな評価への転換
でした。企業の社員が「Beyondミーティング」で、評価をしない「応援フルな環境づくり」を経験することで、社内の組織風土変革につながる可能性がありそうです。
社会貢献への参加のハードルを下げる「Beyonders」を通じて社員のセカンドキャリアを支援(ロート製薬)
ロート製薬も、aBCの前身となるプロジェクトの参画企業です。東日本大震災を機に、社会の健康への貢献や、社員のウェルビーイングを掲げている企業です。
ロート製薬の徳永達志さんは、aBCを活用して、企業の社員が3ヶ月間の期間限定で地方のプロジェクトに副業的に参画する「Beyonders(旧Beyondワーク)」というプロジェクトを立ち上げました。
徳永達志(とくなが・たつし)さん
ロート製薬 広報・CSV推進部マネージャー
兼 万博連携プロジェクト
徳永さん :
社会人経験が長くなると、自社の仕事に加え「世の中の社会課題により直接的に貢献したい」、「自分の力や経験をもっと役立てたい」という思いが強くなることもあると思いますが、NPOのドアを直接叩いて社会課題に自ら飛び込むのはなかなかハードルが高いと思います。そのハードルを下げるため、企業の社員と、地方のプロジェクトを3か月間お試しで、スキルではなく思いでマッチングするプログラム「Beyonders」をエティックと一緒につくりました。弊社の社員も、第1期8人、第2期7人が参加しています。
***
徳永さんと「Beyonders」を共同開発したエティックの腰塚志乃はこう話します。
腰塚志乃
NPO法人ETIC.コーディネーター
腰塚 :
エティックではこれまで、ソーシャルビジネスに特化した求人サイト「DRIVEキャリア」や副業マッチングサイト「YOSOMON!」を運営しながら、想いを起点にキャリアを選択する機会の創出に取り組んできました。今回、徳永さんの思いを受け、より幅広い年齢・経験・環境の方々が、気軽に挑戦できる機会を一緒につくりたいと考えて「Beyonders」を立ち上げました。興味関心や共感を大事に、期間限定で参加できるこのプログラムは、立場や組織垣根を超えて繋がり応援し合うaBCの基盤・文化があったからこそ、熱量の高い魅力的なプラットフォームになったと思います。
***
記事の冒頭で触れたイノベーションを起こしやすい組織風土を醸成するポイントの2つ目は、
・副業:異なる風土や知識に触れることで自社内では思いつかない発想を得られる可能性
でした。「Beyonders」は、企業の社員の方にとっては期間限定の副業と言えます。これまで関わってこなかった新しい地域、新しい組織に関わることで、全く異なる視点を得られるため、イノベーション創出に繋がる可能性がありそうです。
本当の意味での協働とは。aBCとの共催で「Beyondカンファレンス」を開催することで得たい学び(京都大学浅利研究室)
aBCでは5月26-27日(金・土)に、京都大学浅利研究室が主導する「京都超SDGsコンソーシアム」との共催で、「第2回Beyondカンファレンス」というイベントを行います。
京都大学の浅利美鈴さんは、科学技術振興機構の事業を通じてエティックの山内幸治と知り合い、企業との共創について議論を重ねるなかで、今回のイベントの共催を決めました。
浅利 美鈴 (あさり・みすず)さん
京都大学 准教授
浅利さん :
ごみや環境教育をテーマに、国内外の若者や産学公の幅広い関係者と研究・教育・社会貢献活動を展開しています。「京都超SDGsコンソーシアム」では、企業や行政の皆さんの期待に対し、テーマに合う学生を配置したり、マッチングを行ったりする映画監督のような役割を担いますが、本当の意味での協働には難しさを感じるところもあり、今回の共催企画を通じて、エティックやaBCの進め方を学びたいと思います。
***
本当の意味での協働とは。aBCの他にも、自治体やローカルベンチャーと企業の共創など多数の協働事業をコーディネートするエティックの山内幸治はこう話します。
山内幸治(やまうち・こうじ)
NPO法人ETIC.Co-Founder
山内 :
aBCを運営していく上でこだわってきたことは、特定の誰かだけが事務局を担うような中心的存在をできるだけなくすということです。BeyondミーティングもBeyondersも、多様なプロボノメンバーによって運営されている他、この指とまれ方式で、各社がやりたい共創プロジェクトが多数同時並行で動いています。今回のBeyondカンファレンスも同様で、常に情報をオープンに、誰もが意志さえ持てば、関わっていけるよう門戸を開いています。
***
「Beyondカンファレンス」の基調セッションは「自分たちは、次世代に何を残したいか?」をテーマに、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本版編集長の中嶋愛さんを迎え、複数のセクターが協働して社会システムの変革を起こす「コレクティブ・インパクト」について、国内外の事例を聞き議論します。
また、2日間で約20の分科会が行われます。分科会を主催する日本国空株式会社(JAL)の上入佐慶太さんは、昨年の第1回でも分科会を主催しました。
上入佐慶太(かみいりさ・けいた)さん
日本航空 ソリューション営業本部
兼 社内ベンチャーチーム W-PIT
上入佐 さん :
「都市と地方をかきまぜ、新たな人流を生み出し、日本に生気を吹き込む」をミッションに取り組む「JVP(Japan Vitalization Platform)」の旗揚げの場として、第1回Beyondカンファレンスを活用しました。「JVP」では、2050年までに2,000万人の関係人口創出を目指し、その際に発生する様々な課題を解決するための調査・研究や、納税・住民票などの制度改革に向けて政府に働きかけを行っています。当初数人で始めた取り組みでしたが、多くの方に参加・共感いただき、現在では約90名のメンバーで取り組んでいます。今年は「Beyonders」でマッチングしたJR西日本の方にもご参加いただき、より取り組みを広げるため分科会を行います。
***
また、前述のヤマハ発動機の白石さんは「森あそびラボ」という森林活用のプロジェクトをaBCの中で立ち上げています。昨年のBeyondカンファレンスでは仲間を募り雲南市でのモニターツアー開催という成果を挙げ、今回はインバウンド観光に向けたプラットフォームづくりに挑みます。
aBCの運営は、参画企業の社員の皆さんのプロボノによるものです。Beyondカンファレンス事務局を務める橋本大吾さんは、東日本大震災後、エティックの震災復興支援プロジェクト「右腕プログラム」参画後、宮城県石巻市で一般社団法人りぷらすを起業。ボランティアによる健康体操を広める仕組みづくりや、高齢者向けのリハビリ事業を行ってきました。
橋本大吾(はしもと・だいご)さん
一般社団法人りぷらす代表理事
橋本さん :
東北で起業して10年。昨年、現場をスタッフに任せて長野に移住しました。自分の事業の価値を問い直し、新しいことにチャレンジしたいと参画しました。これまでは医療関係やリハビリ利用者さんとの会話が大半でしたが、ここでは企業のベテランの方や新卒1年目の方、フリーランス、学生インターンと様々な方がフラットに関わっていて、どきどき感とわくわく感があります。経営では不確実要素を減らしますが、実際の世の中は不確実性ばかり。それを許容しながら、押し付けすぎずに進める事業運営のバランスも面白いです。
***
京都超SDGsコンソーシアム事務局の河村翔さんも、橋本さんと同じくエティックの震災復興支援プロジェクト「右腕プログラム」のOBです。
河村翔(かわむら・しょう)さん
京都超SDGsコンソーシアム事務局
河村さん :
会場の京都里山SDGsラボ「ことす」は、廃校になった小学校を活用し、京都市や京都大学、企業のコンソーシアムの活動拠点として2021年秋にオープンしました。今回のBeyondカンファレンスは、京大の浅利研究室およびエコ〜るど京大による環境に配慮した運営と、親子参加割引や、地元の方との交流機会も設けます。京都は有名ですが、「京都の里山」はあまり知られていません。だからこそ可能性があります。2025年の大阪・関西万博、2030年SDGs達成、2050年カーボンニュートラル達成までの道のりを考える機会にもしていただけたらと思っています。
<取材を終えて>
aBCは、エティックのプロジェクトの一つとして認識していましたが、今回改めて、関わっている皆さんの声を直接聞くことで、その価値を深く理解しました。
それぞれの企業や団体に所属する個人が、自社の課題や、自分が得たい成果について認識しているのはもちろんですが、それだけではなく、aBCやエティックについても深く理解し、どのように活用したら自社や自分にとって有効かを考え、その意思をもって関わり、使いこなしている印象を受けました。
最後に、Beyondカンファレンス実行委員会広報事務局として、一緒に取材を進めてきたアビームコンサルティングの松原有美さんの感想を紹介したいと思います。松原さんは社会人4年目から5年目になるタイミングで、プロボノとして参画しました。
アビームコンサルティング株式会社 コンサルタント
松原有美(まつばら・ゆうみ)さん
皆さんのandBeyondカンパニーや、Beyondカンファレンスへの思い、また、それぞれ取り組まれている事業に対する熱い思いを開催前のタイミングでお聞き出来てよかったです。私自身、今の働き方や将来のことを考え直すきっかけになりました。
普段と異なる環境で、多様な価値観に触れながら一緒にプロジェクトを進めるaBCの周囲でどのようなイノベーションが生まれるのか、今後も期待したいと思います。
ご関心をお持ちの方は、「ともに挑戦を応援し合う、熱くカオスな二日間」である第2回Beyondカンファレンスにぜひお越しください。
第2回BeyondカンファレンスWEBサイト
https://andbeyondcompany.com/bc2023/
プレスリリース :
「第2回Beyond カンファレンス2023 5/26-27(金土) 京都市で開催。ロート、竹中、ヤマハ、JALほか2つのコンソーシアム、計20以上の企業・団体が登壇。」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000170.000012113.html
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