2021年5月、28年にわたってNPO法人ETIC.(エティック)の代表を務めていた宮城治男さんの退任に伴い、エティックは自主経営組織の実現に向けて大きく舵をきることになりました。
長らくあった組織のヒエラルキーを手放し、エティックのスタッフ一人ひとりがアントプレナーシップを持って自律的に仕事に取り組めるようにと始まった組織変革の旅は、いつからどのようにはじまり、また現在はどんな変化の途中にいるのでしょうか。エティックスタッフにインタビューし、連載記事(不定期)としてお届けします。
前回までの記事では、エティックがどのように自主経営に向けた変革に向かうことになったかについて紹介しました。
>> 【1】「待ったなし」で組織の変化に向き合う時…痛みからの始まり
>> 【2】「ティール組織」との出会い。期待と裏切りのループからの脱却にむけて
エティックの中で「ティール組織のめがね」をかける人を少しずつ増やすうえで、特に有効だったのが「テンション」とティール組織の「助言プロセス」の2つの共通言語です。この記事では、組織の中でどんなふうに共通言語や共通の問いを持ち、組織の文化として根づかせてきたかについて、書いてみます。
まずは【1】の記事の中でも紹介した働き方に関するアンケート回答(2017年10月実施)の一部をもう一度見てみましょう。
・何か問題提起しても、「起業家精神を発揮しようよ」と言われたり「あなたはどう思う?」と問い返されてしまうため、そもそも問題提起することをやめてしまう。
・アントレプレナーシップを大切にするがゆえに、弱みを出せない、常にポジティブでなければならないという思い込みがあった。(アントレプレナーシップの罠)
エティックでは、設立当初から変革の現場に挑む機会創出を通して、アントレプレナーシップ(起業家精神)溢れる人材を育むことを目的としてきました。そしてその姿勢は、支援する起業家やプログラム参画者にだけでなく、社内のスタッフにもしばしば向けられます。
アントレプレナーシップが人を成長させてくれる論理であることは、間違いありません。ただ、その使い方を間違えると、何かしらの問題提起をしたときに他責と評価されてしまう、あるいは対案のない発言に不寛容な雰囲気もありました。
たとえ対案が思いつかなかったとしても、「ちょっとしんどい」「(その仕事を受け取るには)自分の状況が今つらい」と声を上げられることが大事であり、その人が痛みを感じているとき、必ずしもその人だけの問題ではなく組織構造の問題でもあるかもしれない、ということが「テンション」と名づけられ、あるべき姿に近づくメッセージとして、2018年頃から少しずつ、エティックの中で大切にされてきました。
とはいえ「テンション」は、時にモヤモヤ、不安、怒りといった、ともにいることが難しい感情を伴います。それを扱えるようになってきたのは、次のような共通認識のすり合わせ、共通体験の積み重ねによるものです。
・2018年以降、継続的にティール組織の第一人者である嘉村賢州さんと勉強会を実施。弱音やネガティブな感情を我慢したり蓋をしたりせず、出していいものなんだということを確認。テンションの奥底にあるニーズや願いとは何かを探ったり、起きているテンションを仕分けすることで、弱さやテンションを「組織の宝物」として扱う空気になってきた。
・前回の記事でも紹介したジェレミー・ハンターさんのセルフマネジメントの講座を通じて、自分が今どんな状態にあるか、自覚的になるトレーニングを経験するスタッフが増える。(なお、マインドフルネスにおけるセルフマネジメントは自分自身のマネジメントのことを指し、ティールにおけるセルフマネジメント【自主経営】とは意味あいが異なる)
<参考記事>「感情をマネジメントし、本質的に望む結果を得るには?セルフマネジメント研究の第一人者ジェレミー・ハンター氏に聞く」
・2018年秋、NVC(非暴力コミュニケーション)研修をスタッフ内で体験する。
・2019年、CTIジャパンが提供するコーアクティブ・コーチングの基礎コースを社内メンバーの大半が受講する。ネガティブな感情の奥底に何があるのかを探り、またそうした感情を自己開示したり他者にも働きかけるスタッフが少しずつ増える。
スタッフの全体会議でも、戦略や目標、計画の話だけでなく、自分たちの現在地点を共有し合う時間を持ち、自分と他者の状態に関心を寄せ合うように働きかけました。
(2018年6月の全体会議スライド)
こうした経験の積み重ねにより、スタッフはそれぞれのテンションを出し合い、また相手のテンションの奥にあるニーズに耳を澄ませるようになっていきました。
「ティール組織」の本の中で「テンション」について触れられているのは、ほんの一部です。ただ、近しいことは全体性(ホールネス)の重要さの中で何度も語られています。たとえば、第Ⅱ部・第4章「全体性を取り戻すための努力/一般的な慣行」や、第Ⅲ部・第1章「必要条件」(411ページ)には、「弱さと強さは反対なのではなく、互いを補強し合う両極だ、ということである。」という一説もあります。
続いて、2つ目の「助言プロセス」についてです。助言プロセスとは、ティール組織の本の中で次のように紹介されています。
原則として、組織内のだれがどんな決定を下してもかまわない。ただしその前に、すべての関係者とその問題の専門家に助言を求めなければならないのだ。決定を下そうという人には、一つ一つの助言をすべて取り入れる義務はない。目的は、全員の希望を取り入れて内容の薄くなった妥協を図ることではない。しかし必ず関係者に助言を求め、それらを真剣に検討しなければならない。判断の内容が大きいほど助言を求める対象者が広がり、場合によっては、CEOや取締役の意見も求めなければならない。通常、意思決定者はその問題や機会に気がついた人、あるいはそれによって最も影響を受ける人だ。
(「ティール組織」第Ⅱ部―第3章 自主経営/プロセスより)
一部のスタッフの中には合意を取らない意思決定プロセスを採用して大丈夫だろうか?という心配もありましたが、やってみるうちに実際には関係者がきちんと意見を述べてもらうプロセスがある分、知らずに決まっていた、ということが起きにくいことがわかってきました。
どうしてもおかしいと思う人がいれば、なぜそれについて違和感があるのかをきちんと伝えることも約束の一つとしました。つまり、「なんか漠然と不安」「そのやり方はうまくいかないんじゃないか」といった抽象的な反対を禁止するということです。話し合いを積み重ねても結局合意できず物事が前進しない、というのが当時の組織の悩みの一つでもあったため、助言プロセスによって意思決定を早める意図もあったといいます。
この助言プロセスは、比較的スムーズにエティックに受け入れられていきました。その理由は大きく3つありそうです。ひとつには、宮城さん・鈴木さん・山内さんのディレクター3人がこの新しい意思決定プロセスを好んで自ら進んで実行したこと。
2つ目に、いきなり組織全体に関連する大きな意思決定に用いるのではなく、各事業部内での意思決定に助言プロセスを用いたこと。つまり助言を求める対象者の範囲が明確だったので、勤務年数に関わらずいろんなスタッフがプロセスを進行できたのです。
3つ目に、助言プロセスのやり方についてのサポートを根気強く行ったこと。形骸化しがちなプロセスについて、なぜ大事なのか、なんのためにするかを伝え、よりうまくいく方法を番野さんをはじめとする組織の未来創造チームが中心となってフィードバックし続けました。
「テンション」を大切に扱うこと、意思決定の方法として「助言プロセス」を採用したことに加え、自主経営組織に向けてスタッフ全員が「共通の問いを持つ」ことも並行して大切にしてきました。
まず、2018年4月の全体会議で確認されたのは「どうすれば皆が起業家精神を発揮できるのか?」という問いの限界です。
個人に問いの矢印を向けることで、前向きな解決や個人の成長が後押しされてきたことは紛れもない事実です。一方で、冒頭にあるような、解決策を伴わない問題提起に不寛容な雰囲気が育まれていました。さらには、弱音を吐いたり、ネガティブな意見を言うスタッフは「起業家精神の不足」と暗黙のうちにみなされるという弊害も起きていました。
そこで、個人とともに組織にもその矢印を向けるべく、「起業家精神を発揮できる構造をどのようにつくっていけるのか?」という問いの転換の提案が番野さん(組織の未来創造チーム)からスタッフにありました。
しかし進めていくうちに、再度行き詰まりを迎えます。ティール組織に向けて推進する「組織の未来創造チーム 対 他のスタッフ」という構造が生まれてしまったのです。組織の変革に対する合意はあったものの、それは組織の未来創造チームの仕事であると、無意識に皆が考えてしまっていたのです。そこで、2018年11月の全体会議では、2度目の問いの転換が提案されました。
「皆が起業家精神を発揮できる組織をどう皆で作っていけるのか」という問いをもとに、じわじわと各事業部内や組織全体に変化が拡がっていきました。ただし、同様のプロセスを導入すればどんな組織も自主経営に向かえるのか?といえば、そんなにシンプルなことでもなさそうです。
起業家だけが頑張ってもよい社会をつくることは難しいということは、これまでの起業家支援の経験からわかってきました。起業家だけでなくその組織のスタッフ一人ひとりもアントレプレナーシップ(起業家精神)を持ち、社会づくりに参画していくかこそが鍵であり、エティックの目指す社会像です。理想とする社会像を、エティックの中でどのように実現するか。自主経営への変革は、そうした問いへの答えでもあり、そのプロセスといえば、とにかく辛抱強くやり続けるしかありませんでした。
組織の未来創造チームの宮城さん・鈴木さん・番野さん・高橋さん・高野さん・杉浦さんのメンバーは、ティール組織の第一人者である嘉村賢州さんのサポートも受けながら、例えば次の全体会議でどんな打ち手を提案するかという内容についてだけでなく、組織の中で今どんなことが起きていて、その解決のためには何が大切か、ひたすら対話を重ねました。個々の認知の前提となる価値観のすり合わせを延々と繰り返し、ティールへの理解を深めたのです。
その結果、担当する現場が自主経営組織に向けた実践の場となり、チームメンバーでの対話が、振り返りの場になっていました。宮城さん・鈴木さんのふるまいが変わることで、小さくとも確かな変化があることもわかってきました。ティール組織に対して懐疑的な相手を無理やり説得しても、決して組織全体は良くなっていきません。番野さんは「望む結果が、どのようにすれば手に入るか?」というジェレミー・ハンター氏による問いを何度も繰り返し問い、操作主義的な自分の癖を必死に保留したと言います。
宮城さんの代表退任がスタッフに発表されたのは、約3年弱の忍耐強いプロセスを経て、「起業家精神を発揮できる組織を皆で作っていく」手応えが組織内に生まれつつある2020年末のことでした。そのタイミングでのエティックは、自主経営組織化に向けて順調ではあるもののまだまだ未完成だった、と番野さんはふりかえっています。ティール組織の3つの突破口と言われる「自主経営(セルフマネジメント)」・「全体性(ホールネス)」・「存在目的(エボリューショナリーパーパス)」のうち、自主経営と全体性については理解も実践も進んでいるが、存在目的(エボリューショナルパーパス)についての実践は不十分で、ピンときていないスタッフも多くいたそうです。
存在目的は経営メンバーから提示されるものではなく、一人ひとりのスタッフが集って果たす役割が存在目的であり、毎回耳を傾けるものとティールの本には書いてあります。エティックに集まっているスタッフ一人ひとりが力を合わせて社会に何を創り出していくのか?メンバーと社会が変われば、当然存在目的も変わります。今もなお、エティックでの経験年数やこれまで担ってきた役割を超えて、粘り強く対話を続けているプロセスの途上のようです。2023年9月に発表された新しいエティックのタグラインの見直しやパーパスの設定とも繋がっています。
最後に、ティール組織の本の一節を紹介します。
もちろん、自主経営(セルフ・マネジメント)組織では、進化型(ティール)の原則と慣行を組織内に根づかせるべく、だれもがCEOのように意欲的に取り組む必要がある。とはいえ、だれもかれもが進化型(ティール)の視点から世界を眺めなければならない、というわけではない。これは組織の魔法である。社員の個人レベルでは高い意識に基づく行動ができなくても、進化型(ティール)組織のプロセスを通じて社員の意識レベルが上がり、そうした行動ができるようになるからだ。ある組織の多くの人々が進化型(ティール)の視点を持てるようになると、その空間を保持(ホールド)できる人の数も増えていく。しかし、ほかのだれにもできないと、最終的にその仕事はCEOに戻ってくることになる。おそらく組織内の社員の大半、あるいは全社員が進化型(ティール)の視点を理解できる日が来るかもしれない。そうなると、「(進化型の)空間を保持(ホールド)するというCEOの役割はもはや必要なくなるのだろう。そのときが来るまで、この役割は欠かすことのできないものとなるはずだ。
組織の未来創造チームメンバーをはじめとして、これがティール組織の空間だと実感する人たちが少しずつ増え、その空間を保持できる人たちが増える。頭では理解できるものの、実際にその経験を一つひとつ積み上げることを想像すると、気が遠くなるようなプロセスでもあります。エティックではそれをCEO(宮城さん)ひとりではなく、チームで取り組めたことが何よりの推進力だったのかもしれません。
次の記事では、こうした組織の変化をどのように受け止めているのか、ローカルイノベーション事業部のスタッフたちの声を聞いてみたいと思います。
※今回の記事は、辰巳によるインタビューの他、2021年7月に長谷川奈月さん(エティックスタッフ/ローカルイノベーション事業部・シニアコーディネーター)が番野さん・高橋さんに実施したインタビューも参考にして構成しています。
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