急速に変化する時代の中で、組織にも早い意思決定が求められるようになりました。
代表をトップにしたピラミッド型の組織から、階級をつくらず、誰もが意思決定できるフラットな組織体制へ変化させる企業も現れています。今回、「ホラクラシー」や「ティール」(※1)などの組織形態を取り入れている非営利組織と企業に、組織変革の背景や現在に至るまでの経緯、個人の力をどのように引き出していったのかを伺いました。
※本記事は、NPO法人ETIC.が運営する求人サイト「DRIVEキャリア」開催のオンラインイベント『SOCIAL CAREER WEEK 2024』の一部を紹介するレポートです(全7回連載の1回)。
<登壇者>
加藤徹生さん 一般財団法人リープ共創基金(REEP) 代表理事
岩附由香さん 認定NPO法人ACE 代表理事
赤木俊介さん 株式会社ネットプロテクションズ 人事 兼 総務&WSDグループ/カタリスト
<ファシリテーター>
鈴木敦子 NPO法人ETIC. シニアコーディネーター
(※1) : 「ホラクラシー」とは、社内の階級や階級をなくし、意思決定や責任を分散させること。「ティール」は組織を一つの生命体として捉え、目的とともにメンバーも組織も成長していくこと。いずれも風通しの良いフラットな組織形態を指す。
「事業拡大を見据えてホラクラシーを導入」―(一財)リープ共創基金 加藤徹生さん
加藤徹生(かとう てつお)さん/一般財団法人リープ共創基金(REEP)代表理事
幼少期の闘病経験から個人や社会の課題を変革の転機と捉えるようになる。ベンチャー投資の経験を経て、社会起業家の支援を行ってきた。東日本大震災の復興支援を経て、財団法人を設立。著書に「辺境から世界を変える」(ダイヤモンド社 2011年)
――一般財団法人リープ共創基金の加藤さんは、ホラクラシーを取り入れた組織改革を推進されています。これまでの経緯と現在地について教えてください。
加藤さん : 数年前から経営や意思決定の型としてホラクラシーを導入しています。最近、ようやく機能し始めたと感じていますが、経営者としては苦しいプロセスだったと思っています。
2015年、300万円の資金をもとに一般財団法人リープ共創基金(REEP)を立ち上げ、現在、1~2億円くらいの基金規模になり、休眠預金も含め年間 億円の資金を提供しています。若手の財団では影響力がようやく出てきたかなという感触を持っています。
>> 「財団ってそもそも何ですか?」新しく財団をつくろうとしているREEP加藤轍生さんに聞いてみた
加藤さんが2015年に立ち上げた一般財団法人リープ共創基金のWEBサイト
事業モデルは、寄付したい方々から想いのある資金をお預かりし、増やしながらNPOへの助成金や奨学金として提供する仕組みで、ミスが許されません。使途の説明責任のための高度なオペレーション能力も求められます。
自分自身は障がい者であり、経営のプロでもあります。これまで心臓の手術を2度ほどしました。経営者としては、もともと中央集権的な組織運営を行っていましたが、術後、どうしても能力の伸び悩みを感じる時期があり、組織規模の拡大期を見据えて自律分散型に踏み切りました。我々にとっては大きなチャレンジとなりました。
意思決定の権限委譲で、スタッフの学習スピードが向上
――ホラクラシーを導入してみて感じる、メリットとデメリットを教えてください。
メリットは、適切な運用ができれば個人が自律的に判断することができ、能力を発揮しやすいことです。スタッフがフリーランスとして活躍している状況が近いでしょうか。
中央集権型だった頃は、全体像は経営者である私の頭の中に描かれていました。しかし、ホラクラシー導入後は自律的な関係性がつくられていき、メンバーから「組織の全体像が見えるようになった」といった声が出るようになりました。関連して、学習のスピードも向上したと感じています。
一方、ホラクラシーがうまく機能しないと感じたこともあります。「最終責任は誰が持つか」わからなくなったり、タスクがこぼれ、大変な思いをしたのです。長年、指示することを得意としてきた私にとって、指示ができない自律分散型はもどかしく、半年から1年ほど我慢を強いられる形になりました。
それでも、スタッフにそれぞれの役割を任せていくことで少しずつ自主的な動きが見られるようになり、今振り返ると「あの時、動き始めた」と変化が生まれた瞬間もありました。その後は、事業推進においてもスタッフの役割や仕組みの構造が意図的に仕掛けられていき、基金を運用する我々団体とホラクラシーとの相性の良さが感じられるようになりました。
「代表と事務局長が同時期に出産」―認定NPO法人ACE 岩附由香さん
岩附由香(いわつき ゆか)さん/認定NPO法人ACE代表理事
14~16歳まで米国ボストンで過ごし、桐朋女子高等学校卒業。上智大学在学中、米国留学から帰国途中に寄ったメキシコで物乞いする子どもに出会い、児童労働と教育を研究テーマに大阪大学大学院へ進学、国際公共政策修士号取得。在学中にカイラシュ・サティヤルティ氏(2014年ノーベル平和賞受賞)の呼びかけた「児童労働に反対するグローバルマーチ」をきっかけにACEを発足させる。その後、NGO、企業、国際機関への勤務やフリー通訳を経て、2007年よりACEの活動に専念。2017年アルゼンチンでの第4回児童労働世界会議では発表を行うなど、国内外のアドボカシー活動に力を入れている。2019年Civil 20(大阪G20サミットに向けた世界の市民社会組織の会議体)の議長を務める。夫と2人の娘の4人暮らし。著書「チェンジの扉~児童労働に向き合って気づいたこと」(2018年、集英社)、「わたし8歳、カカオ畑で働きつづけて。」(2007年、合同出版)。
――認定NPO法人ACEでもホラクラシーを取り入れた組織改革を推進されてきました。岩附さん、導入のきっかけから教えてください。
岩附さん : 認定NPO法人ACEは、児童労働の撤廃・予防と子どもの権利保障に取組むNGOです。昨年、これまでの4事業を2事業に再編し、その中で適宜自由に枠組みを変えられるようにしました。
岩附さんが代表を務める認定NPO法人ACEのWEBサイトより
ホラクラシーの運用は、2023年2月頃から取り組んでいます。組織変革のきっかけは、私と、ACEを一緒に立ち上げた事務局長の2人が4か月違いで出産することになり、2人が同時に休むかもしれない状況になった時でした。リーダー不在によるスタッフの混乱を防ぐためなんとかしなければと2人で頭を悩ませていた時に、対話を通した組織づくりに挑戦できる機会があり、学習する組織(※2)と、NVC(※3)の旅路が始まりました。
(※2) : 学習する組織とは、個人と組織が、目的を持って成長し合いながらその相乗効果を事業推進などに活かしていくこと。
(※3) : Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション。1970年代にアメリカの臨床心理学者のマーシャル・B・ローゼンバーグによって体系化された、自分と内と外に平和をつくるコミュニケーション手法のこと。
研修や学びを積み重ね、スタッフが対話できる土壌をつくる
――どのようなステップで導入を進めたのですか?
岩附さん : 自分自身を理解すること、対話や共創的な行動を起こすことを大事に、様々な研修をスタッフ全員が受けました。
NVCでは、感情を受け取り活かす方法を学びます。言葉には表れない相手の感情や、自分の無意識に湧き上がる感情を理解し、適切に伝えることで無用な対立を防ぐことができます。
これらの学びの積み重ねを経て、対話の文化を組織に広げたうえで、ホラクラシーに挑戦しました。自律分散型組織では、起きた問題をスタッフ同士で話し合って解決していかねばなりません。振り返ると、NVC等の研修を受けるステップがなければ、ホラクラシーの導入は難しかったと思います。
我々が取り組む児童労働の問題のように、一人の力だけでは解決できない課題解決に取り組む組織では、自主性を活かしやすいホラクラシーやティールは、相性の良さを感じやすいかもしれません。
「複数社員が短期で離職。自律的な意思決定ができる仕組みで、社員の満足度を高める」―株式会社ネットプロテクションズ 赤木俊介さん
赤木 俊介さん/株式会社ネットプロテクションズ 人事兼総務&WSDグループ/カタリスト
2013年株式会社ネットプロテクションズ入社、NP後払いの顧客対応部門のマネージャーに最年少で就任し、顧客体験改善に従事。スマホ決済「atone」の立ち上げに参画し、与信審査システム・顧客対応チームの初期設計を行う。現在は、人事評価制度設計・新卒/中途採用・オフィス移転の責任者として幅広い領域に関与している。
――株式会社ネットプロテクションズでは、ホラクラシーとティールいずれにも挑戦されています。赤木さん、導入までの経緯から教えてください。
赤木さん : 株式会社ネットプロテクションズのミッションは「つぎのアタリマエをつくる」。事業・組織の両面で革新的な仕組みを作り、広げていきたいと、世界で初となる後払い決済サービスを立ち上げ、通販、対面サービス、実店舗や企業間取引において使えるサービスとして展開。現在は台湾やベトナムなど海外での後払い決済事業の展開も含めて拡大期にあります。
赤木さんが人事を務める株式会社ネットプロテクションズのWEBサイト
創業期は、事業がほぼない状態からのスタートで、トップダウンで意思決定せざるを得ないシーンも一定ありました。しかし、メンバーが次々と辞めてしまうことが2度あり、痛みを伴って作ったのが、今のミッションとビジョン、バリューです。共通言語といえる価値観を決め、自律的な意思決定と行動を起こしやすい環境づくりを実現するため、必要なことをやり切りました。
「自分で決めることを楽しめる」人の採用と経営情報の開示
――「自律的な意思決定と行動を起こしやすい環境づくり」は、どんなことがポイントとなるのでしょうか?
赤木さん : ネットプロテクションズのメンバーは、とても生意気だと思われる人が多いかもしれません。役割を担う前提が、「自分で決めていく楽しさを感じられること」のため、採用活動では素質から可能性を感じられる人を厳選しており、これは自律分散型が順調に浸透している理由の一つだと思っています。今では新卒入社のメンバーは、3年間で9割以上が定着している状況です。
また、権限を徹底的に分散し、メンバー自らが意思決定をすることで、各メンバーの創造性を引き出すようにしています。一人ひとりが納得できる判断・決定を実現するために経営情報も徹底的に開示することは限界まで実践しています。
現在、社員数は300名を超えました。事業の多角化や海外進出に合わせて、自律分散型の推進でも課題が生じてくるかもしれません。東証一部上場企業として、株式市場から求められる成長活動の維持をいかに達成していくか、まさに実験だと思っています。同時に、成立した場合、社会の希望になりそうだとも思っています。社会にロールモデルがない分、自らどうすればうまくいくかを考え続けたいです。
「ホラクラシー」や「ティール」と組織の相性を慎重に見極める
――今回、みなさんにはホラクラシーとティールを活用した組織づくりをご紹介いただきました。改めて、感想をお聞かせください。
加藤さん : ホラクラシーやティールを組織に導入し、成果を感じるまでは、やはり時間が必要だと思いました。慎重に進めながら、自分たちとの相性を見極めることが必要だと思います。
岩附さん : リープ共創基金やACEが実践しているホラクラシーは、意思決定の手順を整えるための方法ですが、「ルールの前ではみんな平等」で、明確なルールのもと進めることが大事だと思います。
そのため、一人ひとりが同じ立場で発言しながら、意思決定に参加できるという風通しのよさも大事なポイントです。例えば一見衝突が起こる恐れのある発言も、自分の意思をのせず明確に理解するための質問方法があるのですが、ホラクラシーは、そういった仕組みが得意で、明確なルールのもと意思決定までたどり着けられるように考えられています。
赤木さん : 加藤さんや岩附さんのホラクラシーと、現在、我々が運用するティールの自律分散型組織はまったく違う性質のものだと思いました。我々の場合、役割や意思決定までの過程を自分たちで決めてもよく、ミッションやバリューに沿っていればやるべきことが変化しても受け入れています。
考え方は近いけれど手段がまったく違う。そうなることで、組織改革の過程もまったく異なることに面白さを感じました。
組織づくりについて、エティックのティール組織に関する記事はこちらから
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