『DRIVE』を運営するNPO法人ETIC.(以下エティック)では、現在、ダイバーシティー&インクルージョン(以下D&I)の概念を組織や事業に活かす取り組みを進めています。
目指す大きなゴールは、エティックが展開する事業やプログラムを、これまで届けられなかった層にも広く届けること、さらに社会構造そのものの公平性を高めていく動きにエティックが影響力を持って関わっていくこと。
2022年、社内の有志メンバーでD&I推進の自主チームを立ち上げ、活動を進めてきました。今回、専門家をゲストに社内勉強会を開催。ニューヨークを拠点にD&Iコンサルタントとして活動する寶納弘奈(ほうのう・ひろな)さんに、企業での取り組みを通じた気づきやD&I推進の可能性についてお聞きしました。記事では、一部を抜粋してお届けします。
寶納弘奈(ほうのう・ひろな)さん/DEIコンサルタント
異文化コミュニケーショントレーナーになるべくバーモント州の専門大学院SIT Graduate Instituteに在学中から、教育非営利団体VIAでプログラムディレクターとして活動。卒業後はカリフォルニア州立大学バークレー校で異文化トレーニングスペシャリストとして勤務。
帰国と同時に、大手通信企業のグローバル研修担当になり、その後メルカリに入社。D&Iチームを設立し、無意識バイアス研修や異文化コミュニケーション研修を作成。女性やLGBT+コミュニティのメンバーを対象としたソフトウェアエンジニア育成プログラム「Build@Mercari」、組織横断の社内委員会「D&I Council」などの施策を推進し、「Linkedln:今、働きたい会社」トップ10に選出。
専門分野はDEI組織戦略、異文化コミュニケーション&コンフリクトマネジメント。
企業の戦略的D&I推進を支援する
――寶納さんが最初にD&Iへの取り組みを始めたきっかけを教えてください。
私はもともと異文化コミュニケーションのトレーナーとして、大学や企業、NPOなどを対象に、文化背景が異なる人たちが一緒に生活や仕事をするために必要なスキルを習得するサポートしていました。
D&I関連を仕事にするようになったのは、株式会社メルカリに入社してからです。入社当時、メルカリではすでに有志メンバーがD&I推進を始めていて、活動を進めるうちに社内での仕組み化や制度化を視野に入れるなど、どんどん活動が大きくなって、私は経営戦略としてのD&I推進を行うようになりました。
メルカリ退社後は、ニューヨークを拠点に、DEI(※)を推進する日本の企業、特にスタートアップ、これからDEIに力を入れていきたいという企業のサポートをしています。具体的には、ビジネスや事業を拡大させていくうえでDEI推進が追い風になるように、一緒に考える場を提供しています。
(※)DEIとは、「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」の頭文字をとった略称のこと。
――なぜ異文化コミュニケーショントレーナーの仕事をしていた寶納さんが、D&I推進の支援を行うことになったのですか?
異文化コミュニケーションとD&Iは、アプローチは少し違いますが、目指している方向は同じなんです。様々な個性、多様な考え方や価値観を持っている人たちがいかにうまく協働しながら良いインパクトを社会にもたらせられるか、そういったことを考えていくところが大きな共通点です。
チーム体制、役割、定義などD&Iの進め方
――メルカリでのD&I推進は、実際どう進められましたか?
入社当時、メルカリは国籍問わず優秀な人材を多く採用するなど組織が大きく成長していた時で、「みんなで同じ方向を向いて、多国籍・多文化の人たちと良いコミュニケーションを育みながらプロジェクトを推進していこう」とあらゆる策を手探りしていました。
その中で課題も生まれ、私たちは「どうすればD&Iの考え方を組織文化や制度に取り入れながら、良い影響を広げられるか」と真剣に考え、議論しました。そうして、一人ひとりの仕事にD&Iの価値観や価値を取り入れる仕組みづくりが大事だということにたどり着き、部門横断のプロジェクト体制を経てD&I専門の推進チームが立ち上がりました。
――D&I専門の推進チームはどんな体制で活動を進めたのですか?
私を含めた専任メンバーのほか、プロジェクト単位で関わってくれる有志メンバーやボランティアスタッフがあわせてたくさんいて、みんなで協力しながらプロジェクトを進めていました。
――専任メンバーのみなさんは主にどんな役割を担っていましたか?
D&I施策の全体的な戦略、推進プランの立案と全体への働きかけ、経営層とのコミュニケーションです。現場での課題発見と課題解決のための議論は各現場の方々が自走できるように仕組みづくりを工夫していました。その際、議論で重視したいポイントや進め方など指標のようなものは共有し、現場の方には関わり方に合わせて求められる役割を明確に言語化しました。
例えば、私たちD&I推進チームの担当は「ここまで」と範囲を決めたうえで、ボランティアチームに成果の目標と予算を提示し、やり方などは権限委譲するなど自由に進められるように仕組みを作り、活用してもらっていました。
――D&Iの定義はどう決めたのでしょうか。自分たちで独自に作っていましたか?
定義は、中心となる推進チームの草案にフィードバックをもらい、継続してアップデートしていく前提で設定していました。言葉の定義やニュアンスにはこだわるべきですが、それに何年も費やせるわけではありません。だから、どんどんアップデートしていくつもりで始めるのが大事だと思います。
言葉やコンセプトへの理解を組織でそろえる
――活動を進めていく中で最も重視したことは何ですか?
私たちは反省から経験と学びを積んでいった感覚が大きいのですが、D&Iを進める中で大事だと実感したのは大きく2つあります。一つめは、言葉やコンセプトに対する理解を組織内でそろえていくことです。
そのため、メルカリでは全社員に対してトレーニングを行いました。まずは全員の認識をそろえるところから入り、D&I推進の取り組みを進めていきました。
トレーニングで大事だと思ったのは、「チーム内でもこんなに認識が違うんですね」といった気づきをまず実感してもらうことです。関わる人たちの認識を合わせなければ、どんなプロジェクトを始めても様々な場面で理解や納得感などズレが生じていくことを肌感としてもってもらうようにしました。すごく時間はかかりますが、振り返ると効率的な方法だったかなと思っています。
つまずきを最小限に抑えながら、D&Iを組織の価値にするために
D&I推進で最も大事にしたい2つのうちの二つめは、最初に「D&Iを推進することは組織の価値」だという認識を社内外で広げることです。国際社会では人権の視点からD&I推進への取り組みが急務とされていて、日本でもその認識を念頭に議論などを進めていくことが求められていると思います。
また、メルカリに在籍していた頃は、いろいろな企業の方から「D&I推進はどう進めればいいですか?」といった質問をされました。もちろんこの問いは大事ですが、気を付けたいのは、D&I推進は有志メンバー中心に行われることがすごく多いことです。
そうなると、有志メンバー以外は「何をすればいいのかわからない」といった状態になりがちです。でも、それでは活動を広げていくのは難しいし、社員がそろって成長できるせっかくの機会を逃してしまう場合もあります。これではもったいない。
当時、私たちD&I推進チームは、活動期間の4年間、何度か起点に戻って、「そもそもなぜD&Iをやるのか?」と議論を繰り返しました。
でも、どうせやるなら、そもそもの議論を何度も繰り返すことは避けたい。一つひとつ議論や経験を、納得感をもちながら積み重ねるためには、「D&I推進を行うことは組織の価値」だと、社員全員が認識することが肝心です。目指したいのは、D&Iを組織の文化や仕組みにしていくこと。日々の行動や仕事の進め方にD&Iを織り交ぜていくことがすごく大事で、最近企業さんたちともよく話しています。
――具体的に、どう日常にD&Iを織り交ぜていけばいいのでしょうか。
一時期、私たちD&I推進チームが「何でも解決してくれる」と各方面から頼られることがありました。そこで私たちは、みんなで先へ進むために、社員にとっての日々の仕事の課題発見をする場を作りました。D&Iのレンズを通して、自分の仕事にどんな課題があるか、一緒に考えたのです。
例えば、社員の方から困っていることを共有してもらうとすると、「いつも採用で苦戦している」「情報発信の内容がどうしても偏ってしまって。もっと多様なテーマを扱えないか考え込んでいる」といった声が上がることがありました。そのうえで、「これは、よく考えてみるとD&Iの問題ですね」と、それまで意識してこなかった課題への理解が進むこともよくあります。
こんなふうにいろいろな声を出しやすい場を設定することは、D&I推進チームにとって必要なステップかもしれません。ただ、挙げられた課題をすべてD&I推進チームが解決する責任はなく、参加者が自発的に助け合ったりすることで解決できることもあると思っています。
「D&Iは他人事ではない」。どうすれば一人ひとりが認識できるか
――社員同士が自発的に助け合いながら課題を解決していくためにはどんなことが必要だと思いますか?
私たちが一番難しいなと思ったのは、一人ひとりに、「D&Iは他人事ではない」と認識してもらうことでした。担当者だけではなく、全員がD&Iを進める役割を持っていると思ってもらうための声がけや働きがけがすごく大事だと思いました。
D&I推進に関わる全員に「自分事」として考えてもらうためには、先述しましたが、「D&Iの言葉の意味とは?」と認識を合わせることが大事です。
――社内でD&Iを推進していくなかで、当事者意識が生まれたかどうかを可視化するような判断基準は作りましたか?また、具体的にどんな変化が見られましたか?
全社員対象のアセスメントを行いました。質問内容は「D&Iという言葉を説明できるか」「自分たちの会社のD&Iに関する課題を認識しているか」など。質問設定で気を付けたのは、「自分たちが知りたい課題を認識できるかどうか」です。
また、実際、D&Iの課題に対する認識や行動力を確かめるために3つの方法を行いました。
①組織スコアリングにD&Iの項目の追加を検討、②マネージャー360度評価へのD&Iの項目の取り入れ、③グレードに合わせたD&Iの知識・行動の指標の評価軸への盛り込み、です。
③については、「グレードに必要な理解と行動が備わっているかどうか」などを見ました。その際、上に立つ立場の人たちの言動にD&Iが反映されるような仕組みを作りました。役職のある人たちが情報発信の際、社内から指摘されなくてもリスクを想定しながら気づいていけるかなど、ガイドラインを担当チームに作ってもらい、一緒に内容を更新していきました。
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