定年を迎える前に早めに退職することを、アーリーリタイアと言いますが、今回クローズアップする城戸忠之さんは、それに近い形でキャリアを転換した1人です。
退職前から地方創生といったキーワードに関心をもっていた城戸さんに、様々な地域と関わる「種まき期間」を経て、地域活性化起業人として山形県飯豊町に着任するまでの道のりを伺いました。
この記事は、【特集「自分らしさ」×「ローカル」で、生き方のような仕事をつくる】の連載として、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」を受講したプログラム修了生の事業を紹介しています。
城戸 忠之(きど・ただゆき)さん
山形県飯豊町(いいでまち)地域活性化起業人/ローカルベンチャーラボ6期生
新卒から10年エンジニアとして働いたのち、IT企業(DeNAに転職。その後、子会社の株式会社DeNAライフサイエンス取締役)で22年勤務。2022年に合同会社Door to Cを立ち上げ、KAMACON事務局の他、地方創生をテーマに、アーリーリタイア層がこれまでの知見や人脈を活かしたネクストステップを見出していくために何ができるかを模索。北海道鶴居村での植林活動、自然と共生する日本の里山の暮らしを学ぶ「SATOYAMAツーリズム協議会」の活動、神奈川県横須賀市の“映える駐車場”運営、島根県海士町・隠岐の島町でのワイン作り等、全国各地で様々なプロジェクトに関わる。2024年6月からは、山形県飯豊町に地域活性化起業人として着任。写真は、糸島(ジハングン近く)で撮ったもの。
KAMACONをきっかけにローカルな世界にどハマり!サスティナブルな世界づくりに貢献したい
城戸さんが地方創生に関心をもつようになったのは、知人に誘われ、福岡でFUKUCON(フクコン)というイベントに参加したことがきっかけでした。
FUKUCONでは、地域を盛り上げるようなアイデアを発表し、参加者同士でブレストしながらふくらませ、仲間を募ってプロジェクト化していく場作りが行われています。
このFUKUCONの元祖となるのが、今から11年程前に神奈川県鎌倉市で生まれたKAMACON(カマコン)です。鎌倉市の投票率を上げるための運動や、高校生発案のビーチクリーン活動など、これまで約450ものプロジェクトが生まれています。城戸さんも5年前からKAMACONの運営に携わるようになりました。
1枚目は、カマコンで城戸さんがリード(司会)を務めた際の写真。2枚目は、メンバーの集合写真
「鎌倉だけではなく、滋賀県草津市や長野県上田市など、いろいろな地域に展開しているんですが、サポートするのが心地よくて、純粋に『地方を盛り上げるのっていいな』と興味が出てきたんです。
岸田内閣でも経済政策の柱として『新しい資本主義』が掲げられていますが、利益だけを追求するのではなく、サスティナブルなあり方を目指すことへの関心が高まってきました」
意図せず地域活性化起業人制度の利用につながった、3大都市圏での会社設立
そうして2022年3月に54歳で退職し、ライフステージを転換された城戸さんですが、当時お子さんは高校1年生と高校3年生。教育費の負担が大きくなる時期でもありますが、ご家族はどういった反応だったのでしょうか。
「『え〜〜〜!!』という反応でしたね(笑)。これから1~2年はいろいろな地域を回ろうと思ってるけど、お金は貯めているから心配しないでいいよ、と説得しました」
退職後、城戸さんはカマコン仲間が沢山いて縁のある鎌倉市を登記先として、合同会社「Door to C」を設立します。
「社名には、community(地域社会)、collaboration(協力)、commitment(積極的な関与)といったものへの扉を開く存在になりたいという思いを込めました。あともう1つ、僕の苗字を英語にするとcastle door(城戸)なので、それを逆さにして『Door to C』です(笑)」
合同会社を立ち上げたことは、後に総務省の地域活性化起業人制度を活用するうえで大いに役立つこととなります。この制度は、3大都市圏にある民間企業から地方の自治体へ社員を派遣し、それぞれのノウハウや知見を活かしながら地域独自の魅力や価値を高める事業に取り組むことをサポートするものです。
制度の利用には様々な要件がありますが、偶然にも3大都市圏に所在していること、2年以上勤務していることという要件を満たすことができました。
カマコンで出会った、鎌倉材木座の「ハルバル材木座」というシェアオフィスに入居中。写真奥は店主の伊藤賢一さん
これからはエネルギーの時代だ! ITと親和性の高い分野でローカルとの関わりを模索
地方で活動するにあたり、これまでの自身のキャリアも踏まえて特に重要だと考えたのが、森林やエネルギーといった分野です。
「日本の国土のおよそ3分の2は森林です。僕自身もキャンプが大好きで登山もしますし、山と日本人の関わりは深いのではないでしょうか。木質バイオマス発電など、エネルギー分野とも関連しますし、持続可能な社会を考えるうえで、課題が山積している分野だと思います。
1999年頃に、『これからの時代はインターネットだ!』とビビッときて転職したんですが、まるで当時を思い出すような感覚で、『これからはエネルギーだ!』と首を突っ込んでいます。僕は長年IT畑にいたんですが、調べれば調べるほどエネルギーってテクノロジーやインターネットとの親和性が高いんですよね。
例えばスマートメーターは、電力などの使用量をリアルタイムで計測し、そのデータを供給会社に自動送信することができます。使っているエネルギーがどこからきたものなのか見えるんです。見えるということは切り替えられるということでもあります。災害や事故といった危機の際には、地域の中だけで電気をまかなえるようコントロールすることもできるんです。
僕がこれまでやってきたこととマッチするなと感じて、積極的に調べたり、実際にエネルギー事業に関わったりしています」
飯豊町で里山ツアーを開催したときの集合写真
ローカルベンチャーラボの仲間がつないでくれた、山形県飯豊町とのご縁
退職前後で地方創生業界のリサーチを進める中、城戸さんが実際に全国各地を訪れるきっかけとなったのが、NPO法人ETIC.(以下、エティック)が運営するローカルベンチャーラボ(以下、LVラボ)への参加でした。
LVラボは、地域に特化した6ヶ月間の起業家育成・事業構想支援プログラムです。インターネットでたまたま受講生募集を知った城戸さんは、2022年6月からプログラムに参加しました。
「LVラボではとにかくいろいろな人と知り合いになれて、実際に地域に足を運ぶことができました。コロナ禍ということもあり、リアルな場は多くはありませんでしたが、LVラボと関わりの深い岡山県西粟倉、北海道下川町、島根県雲南市といった自治体とつながれたのは大きかったですね」
中でもLVラボの同期生である後藤武蔵さんから、後藤さんの故郷であり地域おこし協力隊としての活動地でもある山形県飯豊町に誘われたことは大きな転機となりました。
「2022年9月から12月は月イチペースで飯豊町へ通っていました。武蔵くんとは20歳くらい離れているんですが、『今度はこの人とごはん食べてくださいよ!』という感じで、協力隊メンバーや事業をされている方、行政の方など、町のいろいろな人につないでくれたんです。起業してから2年間いろいろな地域に行きましたが、こんなにつながれたのは武蔵くんがいたからですね」
おきたま新電力 後藤博信社長と、LVラボ同期の後藤武蔵さん
中でもおきたま新電力株式会社の社長とはすっかり意気投合し、2023年1月からお手伝いするようになり、再生可能エネルギー導入計画の立案に携わる他、決裁サービス導入の比較検討、Webサイトのリニューアル、Slackの導入等々、前職で培ったスキルをフルに活かしてDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に取り組んでいます。
システム周りに限らず、普段の業務の中で起きたトラブルやミスの振り返り、再発防止策の検討、ミッション・ビジョン・バリューの再構築など、これまでの経験を活かした貢献ができているそうです。
ローカルの世界へ飛び込むためには種まきの期間が必要。シニアミドル層の助けになる情報を発信したい
再生可能エネルギーの導入事業に関わることで、城戸さんの飯豊町におけるネットワークもさらに広がっていきました。そんな中、環境省の脱炭素先行地域づくりに関する交付金への申請に向け、プロジェクトマネジメントをお願いしたいという話が出てきます。
どんな形で関わるのがいいか模索した結果、2024年6月から飯豊町に地域活性化起業人として着任することが決まりました。着任後は、開庁日の半分程度飯豊町に滞在することになります。
「公共の仕事は住民合意がすごく大事なので、住民説明会を行ったり、議会に諮ったりといったプロセスがあります。こういうことは事業会社ではしないので、新しく学ぶことが多かったです。住民利益で動く世界なので、どう利益を還元できるかというのを考えなければいけませんし、売上重視で動く組織とはまったく違いますね」
飯豊町役場での、町長、副町長との打ち合わせ
ビジネスの世界とは違う論理で動くローカルの世界へ飛び込んだ城戸さん。最後に、アーリーリタイアから地方創生分野へのキャリアチェンジを検討されている企業の方や、LVラボへの参加を検討されている方へ、メッセージをいただきました。
「僕の場合、結果的に2年くらいは種まきの期間になりました。地域とつながるきっかけの1つとして、やはりLVラボの存在は大きかったです。いろいろな地方を回ってたくさんの人と会ったことで、ローカル業界は横でつながっているんだということも見えてきました。自分で調べたり実際に足を運んだり、縁もゆかりもない地域で活動するには大なり小なり種まきが必要なのかもしれません。
こういった種まきの活動は在職中でもできると思うんですが、情報がどこかにまとまっているわけではないんですよね。様々な分野のノウハウ本やビジネス本がありますが、その地方創生版は案外ない。地方移住の体験記はそれなりに見かけますけど、網羅的ではないので、自分のケースに応用できるかというとちょっと難しいんです。
そこでシニアミドル層向けに、地方で仕事を立ち上げるためのハンドブックのようなものを書こうと思っています。そういうものがあれば、在職中にちょっとずつでも種まきを始められるかなと思って。ローカルに興味をもっている人の助けになるようなものが作れたらと思っているので、楽しみに待っていてください」
城戸さんが受講されていた「ローカルベンチャーラボ」では、例年3月から4月に受講生を募集していますので、気になった方は公式サイトをご覧ください。
▽ローカルベンチャーラボ公式サイト▽ https://localventures.jp/localventurelab
▽X(旧Twitter)▽ https://twitter.com/LvSummit2020
▽Facebook▽ https://www.facebook.com/localventurelab
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