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思いでつながる、小さな映画館 -日田シネマテークリベルテ 原茂樹さん 前編-【ローカルベンチャー最前線】

2018.04.25 

変わらぬ日常を続ける大切さ

 

学校のチャイムが鳴り響いたのを合図に照明が落とされ、スクリーンが動き出す。そうして、大分県日田市にある小さな映画館「日田シネマテークリベルテ」(以下、リベルテ)の1日が始まった。昔ながらの映画館が消えていく中、支配人の原茂樹さんが地元の映画館を引き継いで今年で9年目。この変わらぬ日常を続けることが、小さなまちでの大きな挑戦である。

リベルテ

階段をあがって2階が劇場のエントランス。

大分県北西部に位置する日田市は山々に囲まれた盆地で、豊富な水源に恵まれた「水郷(すいきょう)」である。人口は約6.6万人。江戸時代には幕府の直轄地となり、町人文化が花開いた。いまも往事の町並みが残るように、その後も文化の薫るまちとして栄えていく。昭和のころには市内には7つの映画館があり、原少年が幼いころから映画にふれて育つ土壌は十分にあった。

時代が移り変わり、映画の主流がフィルムからデジタルに変わるころ、デジタル化の費用負担や来場者の減少を苦に、廃業する映画館が全国的に増えた。日田市も状況は同じだった。

市内に残った最後の映画館を引き継いでほしいと、前オーナーから頼まれたのもそのころ。ボランティアで運営の手伝いをしていたこともあり、原さんの人柄を知ったオーナーが申し出たのだ。2009年のことである。

映画はもちろん大好きだったが、生半可な気持ちでやることではないと一度は断った。

支配人の原茂樹さん

支配人の原茂樹さん。リベルテを引き継ぐことに周囲からは反対を受けたという。

かつての映画少年とはいえ、映画業界とは無縁の世界で生活してきたのだからムリもない。高校生までは野球に明け暮れ、白球を追いかけてきた。同級生が一様に進学することに疑問を抱き、両親を説き伏せて進学する代わりに福岡でひとり暮らしを始めた。それ以降の経歴は、ミュージシャン、大手のレンタルビデオショップ、家電量販店のカメラ売り場担当など。どれも映画とリンクする仕事だが、映画そのものを扱う仕事ではない。まして経営の経験もなかった。

映画館の手伝いを続けていると、再び継いでほしいと打診された。1度目とは違い、ここで迷いを振り払い、古い映画館を「リベルテ」として再生させる意志を固めた。背景には、故郷に対する思いと「誰かがやらなければいけない」という使命感があった。

「失われてしまうと、再び元には戻りません。もちろん、すべてのものを残すことはできないけど、残すべきものは残さないと。そうすることで自分を育ててくれた日田に恩返しをしたかったんです」

映写機

デジタル化によって消えつつある映写機も失われゆくもののひとつだ。

失われてしまったものとして、原さんは2006年に閉校した日田市の「自由の森大学」を例に挙げる。日田市出身のジャーナリスト筑紫哲也さんが学長を務め、講演会や演劇などを通じて、新しい文化的な土壌を築くことに取り組んでいた市民大学だった。失われて大切さに気付くのは閉校から2年後に、筑紫さんが亡くなったときである。

「自由の森大学には、1000人を超える関係者がいたのに、筑紫さんが亡くなったのに誰もなにもしなかったんです」と原さんは振り返る。自由の森大学が存続していれば、筑紫さんをしのぶ大きな動きがあったかもしれない。だが、市民大学というプラットホームが失われたことで、新しい文化の芽は大きな実を結ばなかった。

目指したのは「神社のような空間」

 

同じように、映画館というコミュニティースペースが失われようとしていた。ひとたび消えてしまえば、再び復活させるのは極めて困難になる。そんな状況が原さんの決断を後押しした。

映画館を再生させるために、まず始めたのは事業計画書づくり。10年後までをイメージしていたといい、「本気のコミュニティースペース」としてあり続けることを思い描いた。また、採算や経済性だけを考えるのではなく、「リベルテ」が、社会と対峙するカウンターカルチャーであることをいまも意識しているという。

「経済性だけで考えると、都市部と比べて人口の少ない日田では難しいと思われていました。ただ、僕の場合は中心にあったのは、日田に対する恩返しという思い。経済社会を否定するわけじゃないですが、ケーザイ、ケーザイするのとは違う、もうひとつのベクトルをつくりたかったんです」

リベルテの内観

目指していたのは神社のような空間だ。原さんは休みの日にふらりと訪れるほどの神社好き。境内の清々しい雰囲気や、静かに自分と向き合える空間に惹かれている。

「伊勢神宮や明治神宮のように年間で何百万人と訪れるのは、神社がとても気持ちのいい空間だからです。きれいに掃除されて、だからといって何かを押し付けるでもなく、静かにそこにある。リベルテを通じて、そんな場所をつくりたいと思っていました」

そのために用意したのが広々としたカフェスペース。映画を見終わった余韻や熱を語り合ったりしていると、近況や悩みまで飛び出てくるという。取材中も女性がやって来て原さんの話を聞いていた。原さんの「映画は人生そのもの。そして人生こそ素晴らしい」という言葉をふと思い出す。心地良い時間が流れていく。改装前はのんびり語らう空間もなく、上映が終わるとそのまま帰るだけだったのとは対照的だ。

気持ちのいい空間づくりが実を結び、リベルテに思い入れを抱く人たちが映画館を盛り上げていく動きも生まれた。ロビーに並んでいる展示販売やカフェでのイベントである。親交のあるアーティストや友人が、原さんに声をかけてくれた企画ばかりだ。

リベルテのカフェスペースと階段。

カフェスペースだけでなく、日当りのよい階段も気持ちのいい空間。

 多くの人の思いがつまった劇場で上映される作品も、心を豊かにしてくれるものばかり。作品選びにも原さんの人柄がにじみ出る。スクリーンに映し出されるのは、いわゆるスーパーマンだけではなく、自分たちと同じような等身大の人間たち。悩み、葛藤し、困難を乗り越えようとする姿。あるいは、また明日もがんばろうと思ってもらえるような、夢や希望を抱ける作品を選んでいるという。ちなみに取材した日は「希望のかなた」「エンドレスポエトリー」「花筐」の3つの映画が上映されていた。

作品選びの基準を原さんにうかがうと、上映前に鳴るチャイムの意味がわかってくる。劇場は学校、スクリーンを躍動する登場人物は先生であり、そこで観客は人生を学ぶのである。

よい作品だけでも、よい空間だけでも、人が集うとは限らない。両方がそろっていても、すぐには実を結ばなかった。それでも「本気のコミュニティースペース」づくりを続けた。やがて原さんの思いに共鳴し、力を貸してくれる仲間が現れ、増えていく。リベルテという空間を通して、筑紫さんの思いは確実に引き継がれている。

 

後編は、映画業界が苦戦を強いられる中、原さんがどのようにリベルテを運営しているのかを紹介します。

 

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ローカルベンチャー PROFILE

原茂樹(はら・しげき)

映画館「日田リベルテ」代表。リベルテはフランス語で自由の意。35mmフィルム映写技師。映画館で映画を観て何かを感じてもらいたいという想いが大きな活力源。ほかに、ヤブクグリ広報係、きじぐるま保存会会員、コラム連載(現在2誌)、大学講師やアートディレクションなど活動も様々。映画館が1日でも長く楽しく存続できることを願っている。温泉好き。

会社名:日田シネマテークリベルテ

所在地:大分県日田市三本松2丁目6-25

設立:2009年

従業員数:2名(パート、アルバイト含む)

事業内容:映画館の運営

 

 

 

<取材:坂田賢治 ライター:若岡拓也>

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若岡 拓也

石川県金沢市出身。ランナー、ライター、ニュースエディター。南米、アフリカのジャングルや砂漠、国内外の山岳などで開催される250kmのランニングレースを走っています。2018年は3つの砂漠と南極のレース、モンブランをぐるりと1周する大会にチャレンジ予定。

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