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利益と社会貢献を両立するには? ソニーグループから生まれた「Arc & Beyond」の挑戦―Beyondカンファレンス2024レポート(1)

2024.07.17 

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会場の様子

 

2024年4月、ソニーグループから新たに「Arc & Beyond」 (アークアンドビヨンド)という一般社団法人が設立されました。エティックも共創パートナーとして参画しています。

 

「Arc & Beyond」は「挑もう。みんなで。新しい方法で。」というタグラインのもと、世界の社会課題を解決するための「事業創出プラットフォーム」です。

 

今回、Beyondカンファレンス2024(2024年6月1日開催)でのトークセッション『「赤字事業はやらない」は正しいのか?企業が社会課題解決に関わる新しい方法を考える』では、「Arc & Beyond」の共同創業者のお二人、代表理事を務める石川洋人さん、業務執行理事の萩原丈博さんが登壇し、ここまでの道のりを話し、ワークショップを行いました。

 

ここでは、セッション前半での石川さんによる「Arc & Beyond」誕生の背景をご紹介します。

アメリカでまったく売れなかったプログラミングツール「MESH」

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石川洋人さん(一般社団法人Arc & Beyond代表理事 / ソニーグループ株式会社 事業開発部門 CSV事業室 室長 / Takeoff Point 執行役社長)

 

石川さん : 実は4月以前は、二人ともまったく別の仕事をしていました。私はアメリカ西海岸にてソニーの100パーセント子会社である「Takeoff Point LLC.」という会社で社長をやっていましたし、萩原さんは専門知識がなくてもセンサーなどを使った仕組みがつくれるMESHというツールを開発したエンジニアで、事業責任者でもあります。

 

MESHは全7種のMESHブロックがそれぞれ違った機能を持っており、それらをMESHアプリと組み合わせることで、ユーザーが手軽に様々な仕組みをつくれて、プログラミングの考え方も学べるものです。

 

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萩原丈博さん(一般社団法人Arc & Beyond業務執行理事 /ソニーグループ株式会社)

 

「Takeoff Point LLC.」は2015年設立ですが、当初のミッションはMESHをアメリカで売ることでした。そのために、アメリカ中の学校や教育関係会社を回って、営業しました。日本では3千校くらいに導入され事業として成立していたんですけど、プログラミング教材の多い海外では入る余地がなく、結局まったく売れませんでした。辛かったですね。

 

販売会社として経営が成り立っていない状況で、どうすればいいのか考え、私たちはアメリカの社会問題に目を向けました。

 

アメリカには、学校に通えず、職にも就けない子どもたちのことを指す、「ディスコネクテッド・ユース(Disconnected youth)」という言葉があります。彼らは家庭内の暴力や犯罪への関与、薬物依存・ホームレス化など、様々な社会問題に巻き込まれた結果、社会との関係性が途切れてしまいます。

 

シリコンバレーはIT教育などが進んでいるイメージもあるかもしれませんが、サンフランシスコ湾の東側は状況が異なります。西側は白人やアメリカ以外からの外国人が多く、裕福な暮らしをしている人も多いのですが、それに比べて東側は、平均所得も平均家賃も西側に比べて安く、失業率も高く、人種構成も黒人やヒスパニックやアジア系が多い地域です。特に違うのは治安。東側のアラメダ郡という地域では、学校の周りでも拳銃を持ったセキュリティがいないと安全が担保されなかったりと、子どもたちを取り囲む生活環境が大きく異なります。また、高校までが義務教育なのですが、その過程を修了できるのは一番低いところで2割か3割ほど。残りの子どもたちは途中でドロップアウトしてしまいます。

 

アメリカでは、16歳から24歳の子どもたちのうち、実に7人に1人がこのような状況に陥ってしまっています。当然ながら、こんな環境でMESHが売れるわけないんです。そのため、私たちはフォーカスを変える必要がありました。

 

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サンフランシスコ東部の現象を説明する石川さんと萩原さん

学校に通えず、職にも就けない子どもたち「ディスコネクテッド・ユース」を減らすことを目的にした

石川さん : 会社に求められていること(MESHを学校で売り、売上をつくること)を続けていてもすぐに事業が立ち行かなくなる。そこで私たちは、開き直って会社ではなく社会に求められていること(子どもたちが学校から離れない仕組みづくり)をやることに舵を切り始めたわけです。

 

沢山のディスコネクテッド・ユースに接しながら調査してみて分かったのは、彼らが学ぶ楽しさを味わったことがない・学ぶことは意味がないと思っていることでした。たとえば、学校に通うくらいなら、バイトをしてご飯代を稼いだ方がいいとか、学ぶことは自分には無理だと思っている子どもたちが非常に多いんです。これを解決するために、まずは学ぶ楽しさを知ってもらおうとしました。

 

もちろん、学校がその役割を担えていれば一番良かったのですが、学校にはその機能がなかった。そこで私たちは、全く売上にはならないのですが、ボランティア活動として自分たちでMESHを使ってプログラミングを教えはじめました。つまり、MESHを売るのではなくて、MESHを使ったプログラミングのやり方を教えることにしたんです。

 

方法としては、日本でいう児童館や公民館のような場所に子どもたちがたむろしているのですが、そこでMESHを使ったプログラムを実践し、子どもたちに学ぶ楽しさや自分たちにもできるという感情を抱いてもらうというものでした。MESHを使った授業でプログラミングを覚えることによって、身の回りにある問題の解決に向けたビジネスを考えることを大人と子どもが一緒になって実践しました。

 

アイデアを子どもたちが出して、フィードバックを大人がきちんとしてあげる。たったそれだけのことでも、すごく評判が良く、アラメダ郡で次々に依頼が増えていきました。しかし私たちはボランティアでこの活動を続けていたので、気がつけば2週間に1回の活動では回らなくなるほどでした。それ以外にもコンティニューエーション・スクール(continuation school)という、様々な理由で通常の学校に通えなくなってしまった子どもや少年院の更生プログラムからも依頼がありました。

 

ボランティア活動での問題は、教える人間と教材の不足でした。解決しようにも、自分たちにはお金も人も足りない。そこで、色々な人を巻き込むことにしました。まず、インストラクタープログラムというものを立ち上げ、ディスコネクテッド・ユースを減らすことに賛同してくれる人やリタイアした人、夏休み中の学校の先生などにボランティアでMESHの講習を受けてもらいました。結果的に、彼らを色々な所に派遣することで、より多くのプログラムを実施できるようになりました。

 

また、教材については、現地の教育局と組んで、学校の先生や学生にTakeoff Point LLC.でインターンをしてもらって一緒に教材を作りました。インターンのお金は教育局が出してくれたので、売上のないTakeoff Pointとしては助かりましたね。学校の先生は、その経験から教育的価値や教えることの難しさを分かっていますから、その観点から参加し、学生たちは、教材を使って楽しく学ぶ観点。そして我々がビジネスの観点から、教材を広げる方法を考えました。例としては、教材をフリーでダウンロードできるようにすることで、認知を広げ、先生も増やしていくというものです。

 

最初は、「MESHを買って下さい」とお願いしても、誰も買ってくれませんでした。しかし、「ディスコネクテッド・ユースを減らすため協力してください」とお願いすると、みんな目的に共感して協力してくれるんですよね。そのおかげで、MESHがアメリカで広がっていきました。

 

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セッションを聞く参加者の皆さん

企業の存在目的を売上から社会課題解決に変え、共創していく

石川さん : Takeoff Point LLC.の存在理由(パーパス)とは何かと考えたとき、もともとは売上と利益を創出することが目的でした。しかしそこから視点を変えて、ディスコネクテッド・ユースを減らすための会社であると位置づけて事業展開をしていくことで、売上が発生するサイクルを作り出せるようになりました。

 

その活動が評価され、アメリカの下院議院から議員表彰をいただきました。また、ディスコネクテッド・ユースを減らすことに貢献し、子どもや大人に対して職業機会を与えていることが評価され、記事にもなりました。今ではアメリカの9つの地域で展開されている活動に成長し、改めて視点と目的を変えること、共創することの重要性を感じています。

 

例えば、Oppro(オプロ)という事業は、もともとはビジネス化されていないブロックチェーン・ベースの技術だったのですが、そのお金にならない技術を社会課題解決に活用できると思い、ディスコネクテッド・ユースを減らすためにも事業化してきました。

 

アラメダ郡では就労支援・教育支援・住宅支援・食糧支援などが行政主導で行われています。しかし、肝心の子どもたちがその支援のことを知りません。たとえ申請しても、その手続きが複雑すぎて支援を断念する子どもたちが多いんです。そのせいで、毎年のように行政が支援に充てる予算が削られてしまうというネガティブスパイラルが起こっています。

 

それを解決するために、ソニーの技術を活用しました。一つのプラットフォームに情報を集約し、デジタル化して、簡素化、効率化・可視化を図ることで、子どもたちでも簡単に行政サービスを受けられるようにしました。そうやって、Opproでは技術を使ってディスコネクテッド・ユース支援の仕組みを変えることに貢献できました。

 

そして今度は、日本のディスコネクテッド・ユースの心を変えるチャレンジとして、日本の少年院における職業教育の改革に携わっています。2021年から、萩原さんと一緒に法務省に行って、アメリカの少年院でやってきたことを説明したんです。しかし最初はなかなか教育の効果を信じてもらえませんでした。

 

そこで、まずは新潟で模擬授業をやって、それがどんな反応を得られるか確かめてみることになりました。法務省と法務局の方々に一生懸命に説明をして、またその後も、日本全国の少年院を周り、ボランティアでの模擬授業を繰り返しました。

 

すると、とにかく反応が良かったんです。子どもたちも法務教官も喜んでいました。子どもたちは、もっとやりたいと言ってくれて、法務教官は「子どもたちが今まで見たことのない顔で嬉しそうにしていた」と言ってくれました。そこからはどんどん広がり、これまでに6施設で実施していて、その後、あらたに9施設向けに指導者講習を行い、今後も広げていきたいと考えています。

 

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参加者も、自身の身近にある社会課題を発表しました

赤字事業はやってはいけない。事業からの撤退

石川さん : ここまでは、いい話です。ただ、現実は厳しいものです。Opproの場合、2年間の実証実験をやって、2年連続ビジネスとして赤字でした。その赤字も、僕の給料より安いくらいの赤字だったのですが、「赤字事業はやってはいけない」ということで、事業からの撤退を命じられました。

 

MESHも同様です。学校ではビジネスとして成り立っていましたが、少年院は施設の数が限られるため、マーケットとしては小さいんです。そのため、それを事業として行うと、赤字になってしまいます。MESHは事業として行っているため、当然売上を出すことが重要です。

 

しかし、これを使っていた子どもたちはどうなるんでしょう。食事にありつく、家にありつくためのアプリが使えなくなって、路頭に迷ってしまう子どもたちが出てしまいます。そのなかで、この事業を赤字だからといってやめていいのかという問題意識が、私たちの中で生まれました。

 

どうにかしなければいけないと、萩原さんと一緒に考え始めましました。我々が感じていた疑問は、社会的ニーズがあるのに、利益が出せないことを理由に事業継続を諦めてしまってよいのだろうかということです。もちろん、株主のことを考えれば利益は大事ですが、企業は社会的責任も担っています。そこのバランスをどう考えるべきか。Opproは社会的ニーズを無視して、利益を取ったという形になってしまいました。果たして、これは正しいのでしょうか。

 

我々が目指すべきは、利益と社会的ニーズの両方を目指す仕組みではないか。

 

世の中で解決されない社会課題のほとんどは、儲からないからどの企業も参入しない。それでも、誰かがやらなければいけないことは確かです。そのうえで、私たちは「Arc & Beyond」を今年4月に設立することにしました。

セッション後半では

セッション後半では、ディスコネクテッド・ユースをへの取り組みを機に生まれ、事業と社会的インパクトの両立を目指す「Arc & Beyond基金」の紹介の後、参加者とのワークショップが行われました。各々が関心ある社会課題を出し合いマッピングし、関心領域の近い参加者同士が集まり、課題解決についてディスカッションしました。

 

参加者はこの過程で互いを知り、繋がりが生まれ、「みんなで社会を変える、みんなで社会課題解決に挑む」という「Arc & Beyond」が大切にすることを共に体験していたようです。Beyondカンファレンスのテーマ「握手から、はじめよう」の通り、"見えない壁"を取り払い、社や立場を超えた繋がりが生まれる、「共創」の始まりを感じさせる熱量ある場でした。

取材を終えて

企業経営における利益創出は避けて通れない道ですが、同じくらいに大事なことが、社会にとって必要な会社であるかだと思います。ソニーグループおよび「Arc & Beyond」は、その両方を担う革新的な取り組みの真っただ中にいます。

 

取材・文・写真 : 浅野凛太郎

 


 

これまでのBeyondカンファレンスについての記事はこちらからお読みください。

 

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浅野凜太郎

2001年千葉県生まれ。大学でジャーナリズムを学んだ後、サッカー記事を中心にフリーライターとして活動開始。音楽や映画、サーフィンにバイクなど趣味も多い。将来的にヨーロッパへ住んでみたいと考えており、目標は世界中を飛び回ること。なお、学生時代は焼き栗を売り歩いていた。

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