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2030年までに達成したい「ネイチャーポジティブ」とは?生物多様性・気候変動の危機を乗り越えるために―Beyondカンファレンス2024レポート(9)

2024.09.03 

生物多様性1 

5月31日開催に開催されたBeyondカンファレンス2024でのセッションキーノート「生物多様性をめぐる現在地と展望」では、WWFジャパンの内藤さん、東京大学教授の森さん、株式会社エーゼログループの松崎さんが登壇し、生物多様性における現在地と展望を話しました。

 

<登壇者>

内藤 由理(ないとう ゆり) さん WWFジャパン 環境サステナビリティリーダー開発グループ

森 章(もり あきら) さん 東京大学 先端科学技術研究センター 生物多様性・生態系サービス分野 教授

松崎 光弘(まつざき みつひろ) さん 株式会社エーゼログループ Chief Research Officer/創発推進本部 本部長

 

※記事中敬称略。

 

ネイチャーポジティブの現在地とできること

生物多様性 内藤さん

内藤由理さん(WWFジャパン 環境サステナビリティリーダー開発グループ)

 

内藤 : 現在、生物多様性は危機状態に陥っています。あまり知られていませんが、生物多様性の減少による社会への影響は大きいものです。我々の生活は自然資本への依存がとても高く、世界の総GDPのうち約52パーセントは自然資本に依存しています。林業や農業、漁業のように直接的に依存しているものだけではなく、それと繋がる加工業者などのサプライチェーンも含めると、かなりの業界が自然資本無しでは成り立ちません。そのため、生物多様性が減少してしまうと、我々の生活も今まで通りにはいかなくなるわけです。

 

この現状を踏まえて、2030年までに「ネイチャーポジティブ」を達成しようという目標が世の中では掲げられています。「ネイチャーポジティブ」とは2030年までに生物多様性の減少を止めて、そこから好転・回復させようとする目標です。そして2050年には、完全に自然が回復している状態を目指しています。生物多様性の問題はWWFのみならず、世界のリーダーが感じている危機です。

 

世界では生物多様性が減り続けているが、それをポジティブにしていきたい。状況を好転させて復活させるためには、自然の保全や再生だけでは足りず、気候変動対策もしなければいけませんし、自然にインパクトを与えている人間の社会活動も見直す必要があります。具体的には生産活動や消費の在り方を変えて、好転の角度を高めていくことや、世の中全体としてもネイチャーポジティブになっていく社会構造をつくることが重要です。

 

自然資本を直接的に保全することは大事ですし、そこにインパクトを与える私たちの活動(食品として獲る、エネルギーとして利用する)に働きかけることも大事です。例えば、金融面から企業に働きかけてもらうことや、生産消費の在り方を変えるために企業やマーケットに直接働きかけるなどの方法があります。

 

ネイチャーポジティブは地球全体の課題ですので一人ではできません。様々なプレイヤーがそれぞれの立ち場で活動し、どのようにすればネイチャーポジティブに対するインパクトを出せるのかを考えて、新しいイノベーションや共創を起こすことが大事だと考えています。

 

そこで、WWFジャパンでは2024年8月から次世代環境リーダー向け事業支援プログラム「Base for Environmental Entrepreneurs: BEE」をNPO法人ETIC.(エティック)さんと一緒に始めます。環境問題に関係する社会課題を解決するための事業をやっている方の企画をサポートすることが目的です。18歳から35歳の若者を対象として募り、約500名の方から応募がありました。

 

ネイチャーポジティブはWWFだけでは達成できません。色々なプレイヤーの方と協力しながら、この大きな環境問題に取り組んでいきたいですし、次世代リーダーの育成や応援が大事です。

生物多様性の問題は認知度が足りていない

生物多様性 森教授

森章さん(東京大学 先端科学技術研究センター 生物多様性・生態系サービス分野 教授)

 

森 : 現代は第6の生物大量絶滅の時代と言われています。そのため、早急な自然回復が必要となり、ネイチャーポジティブということが言われるようになりました。

 

ネイチャーポジティブは基本的に、下がってしまった生物多様性や自然環境を回復させるだけではなく、元々のベースラインよりも良くしようというものですが、根本的には破壊をしないことが最良です。回復にはお金や時間がかかりますし、どんなに頑張っても元に戻っていないことが大半です。ネイチャーポジティブは、破壊したら戻せばいいという免罪符ではないということを最初に強調しておきます。

 

私たちは知床で自然再生に関わる活動をしています。知床では半世紀ほど前から土地を買い上げて、本来の原生林に戻そうとしていますが、200年くらい要する計算です。つまり、現在活動している人たちは結果を知ることはできません。それでも科学的なデータを評価して、必要に応じた将来予測を立てています。そして、研究を200年後も続けるための人材育成として、子どもたちの自然キャンプなども開催しています。

 

いま、生物多様性の危機と気候変動の危機は同時に始まった環境問題であることから、双子の環境問題と言われますが、気候変動については認知度が高いものとなっています。実際に温暖化が進むと、農作物が不作になるほか、失業率・犯罪の増加、内戦や戦争に繋がるというデータもあります。そのため、企業にとっては温室効果ガスの排出削減に貢献する社会的責任があるわけです。つまり、気候変動対策は未来の世代に対する責任であることが社会に浸透していると言えます。

 

しかし生物多様性が無くなって困るという認識はあまりされていません。自然資本は企業や自治体、国にも関係するものです。それにも関わらず、なかなか浸透していないことが課題であると考えています。生物多様性が無くなることで一体何が困るのかよく分かっていないまま、気候変動と同じような仕組がどんどん出来上がっていますが、生物多様性は私たちに様々な影響を与えています。

生物多様性が与える影響と仕組みづくり

生物多様性2

参加者同士も交流を深めました

 

森 : 例えば、アフリカでは野生動物の種類が多い地域の住民ほど収入が上がっていますし、農業分野では色々な作物を育てることで、害虫を他の虫や鳥が食べてくれることに繋がります。

 

健康面でも生物多様性は重要です。人類共通感染症は野生動物がウイルスを運びますが、生物多様性が失われると、都市に近づくほど生き物から人に伝播する可能性が上がってしまいます。また、自然環境に触れることで我々は免疫を得ているため、生物多様性の豊富な土地で育った子どもの方がアトピーや喘息、アレルギー疾患の被患率が下がります。環境中に色々な生き物がいることで、常在菌のようなものを取り込んで免疫が向上するわけです。

 

双子の環境問題と言われる両者ですが、私の研究を含めて、生物多様性があることで気候変動の問題解決に貢献できる可能性が見えています。従来は、気候変動が進むと生物がいなくなるという考えでしたが、生物多様性の保全によって気候変動の問題が解決できるかもしれません。

 

これは私の研究ですが、色々な種類の樹種が生えている森林の方が炭素吸収の機能性が上がるというデータがあります。そのほか、熱帯林における樹種の多くは鳥が種を運びますが、環境破壊が進み、樹木の分断化が進むことで、鳥が種を運べる距離を越えてしまいます。ある論文では、アマゾンで森林が40パーセント以下になることや森林同士が133m以上離れることによって、森林が回復しなくなってしまう。それによって、炭素吸収が低下するということがわかっています。

 

仕組みの部分では、機関投資家がイニシアティブを持つ「Nature Action 100」が設立されています。ここでは自然環境・生物多様性に影響を与えるような責任を持つ企業が機関投資家から100社指名されており、エンゲージメントを通じた自然回復などを求められています。

 

機関投資家の資産を累積していくと、世界総GDPの三分の一ほどのお金になります。影響力のある彼らが問題への取り組みを促しているほか、ファイナンスの分野でも、それに相当するお金を持った金融機関が生物多様性に関する誓約に署名しています。そのような状況を受けて、多くの企業や自治体がネイチャーポジティブ宣言を出しています。

 

また、国連環境計画の生物多様性条約(CBD)のなかには、ネイチャーポジティブを達成するための23のターゲットが設定されています。そのなかの15番目にあたる「ビジネスの影響評価・開示」では「自然関連財務情報タスクフォース(TNFD)」が話題になっています。

 

TNFDによって提唱されたLEAPアプローチでは、企業全体の活動における環境インパクトを数値換算し、どれだけ生物多様性が失われているかを評価、報告することが望まれます。しかしTNFDでは、自社の経営や価値にとっての影響を注視しがちで、実際に企業の活動が自然に与えるインパクトについてはフォーカスが当たっていないのではという懸念もあります。

ネイチャーポジティブに向けた課題

森 : 資本主義社会における経済活動では、環境負荷が伴ってしまいます。そのため、ネイチャーポジティブ実現に向けた国や企業の取り組みには根本的な矛盾があるわけです。例えば、ネイチャーポジティブを宣言したアパレルブランドには、買ってもらわないと利益が生まれないが、生産によって環境負荷が生まれている矛盾が含まれています。

 

ネイチャーポジティブにはプラスを生み出すことが必要です。しかし個々の事業体や自治体のレベルでそれが可能でしょうか。現状はマイナスを減らすパターンが多い。大企業のプレスリリースでも一部のプラス部分に焦点を当てるだけではなく、企業全体におけるマイナスも見せていく必要があります。今後カーボンニュートラル同様に、それが一つの企業レベルで求められるようになると思います。そしてこのような活動を200年先の次世代にどう受け継いでいくのかも問題です。

松崎さんによるまとめ

生物多様性 松崎さん

松崎光弘さん(株式会社エーゼログループ Chief Research Officer/創発推進本部 本部長)

 

松崎 : エーゼログループの松崎です。弊社でもネイチャーポジティブに向けた取り組みとして、田んぼにウナギを放流する「うなぎ食べ継ぐプロジェクト」(うなつぐプロジェクト)などを行っています。私からはここまでのお話の整理だけさせていただきます。

 

【内藤さんのトークの要点】

  • 生物多様性の損失が危機段階である
  • 世界総GDPの約52パーセントが自然資本に依存しているため、アクションは急務である。
  • 2030年までにネイチャーポジティブを目指す。
  • 気候変動リスクと生物多様性のリスクを考え続ける
  • 自然資本の保全だけではなく、圧力になるような経済活動に対して金融や市場の立場からアプローチがされている。
  • 次世代環境リーダーの育成をWWFジャパンはしている。それは環境と関連する社会課題の解決に取り組む人たちを育てる必要があるため。

 

生物多様性4

松崎さんによるまとめ

 

【森さんのトークの要点】

  • 知床ではデータを採る、分析する、人を育てるという3点セットを揃えて再生に取り組んでいる。
  • 気候変動の危機と生物多様性の危機について、気候変動の問題にはみんな認識があるが、生物多様性はまだまだ不十分。
  • 気候変動およびその対策によって生じる社会の矛盾に対してどうアプローチするか。
  • 企業は金融界からの圧力があり、TNFDのような話もあるが、具体的にどうすればいいか、それを企業の活動のど真ん中に据えるかといった点ができている。
  • 基本的には生物多様性が下がることによって、良くない影響がたくさんある。
  • 企業の活動などが自然に与えるインパクトをきちんと評価できているか。

 

経済活動と環境負荷がトレードオフになりがちですが、我々はマイナスを減らすことだけではなく、プラスをつくるという双方からアウトカムを生み出すことを、個々の事業体や自治体でも達成していかなければいけません。今回のお話を参考に、今後もみなさんと議論を深めていければと思います。

 

(取材・文・写真 : 浅野凜太郎)

 


 

これまでのBeyondカンファレンスについての記事はこちらからお読みください。

 

この記事を書いたユーザー
浅野凜太郎

浅野凜太郎

2001年千葉県生まれ。大学でジャーナリズムを学んだ後、サッカー記事を中心にフリーライターとして活動開始。音楽や映画、サーフィンにバイクなど趣味も多い。将来的にヨーロッパへ住んでみたいと考えており、目標は世界中を飛び回ること。なお、学生時代は焼き栗を売り歩いていた。

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