フリーランスのファンドレイザーである小野寺達也さんに話をうかがいました。 小野寺さんは、過去に国立大学の周年事業に携わり、百数十億円のファンドレイジングを達成した実績をお持ちです。
現在は、マラソン大会を通じたチャリティ活動、Run for Charityの設計に関わるなど、ファンドレイジングやソーシャルビジネスの事業設計・コンサルティングを行っています。
フリーランス ファンドレイザー・小野寺達也さん
国立大学の周年事業で百数十億円のファンドレイイングを達成
小川:わたしは個人的に小野寺さんのことを日本最高峰のファンドレイザーだと思っていますが、小野寺さんのファンドレイザーとしての活動内容を詳しく教えていただけますか?
小野寺:いきなり最高峰だなんて、とんでもありません。
小川:いやいやご謙遜を! 本当にそう思っていますので。まず、某国立大学でのファンドレイジングについてうかがえますでしょうか。
小野寺:はい。大学のいわゆる周年事業に関わるファンドレイジングでしたが、百数十億円の目標金額を掲げ、3年間のキャンペーン期間中で何とか達成することができました。
小川:百数十億円! あらためてお聞きすると、ものすごい金額ですね。いったい、どうやってそれほどの金額を集めることができたのでしょうか?
小野寺:成功要因は複雑に絡み合っていると思いますが、1番目はトップのコミットメントでしょうか。2番目はスタッフの採用をはじめとして、相当規模の予算を投下したことです。HOWが大事と思われるかもしれませんが、この大前提が無くては、戦略も戦術も実行されないと思います。
実はこの大学は、キャンペーンを開始する時点で卒業生名簿がない、つまり寄付見込者名簿がゼロだったのです。新聞記事を読んで「この人はうちの卒業生なんだ」と知るような状態でした。
そのようなゼロの状態から、各学部を回って学籍情報を1件1件電子化したり、同窓会を個別に訪問して名簿の提供を受けたり、公開情報から卒業生の役員リストを作成したりしていきました。
小川:卒業生名簿がなかったとは意外です。ゼロの状態から小野寺さんをはじめスタッフの方々が地道な作業を行い、それが実を結んだわけですね。
小野寺:経験もスタッフも名簿もないところから立ち上げたものでしたが、総長の抜群のリーダーシップのもとで百数十億円のファンドレイジングを成功させることができました。この体験は、ファンドレイザーという職業の素晴らしさや可能性を実感させてくれましたし、同時に制度面から実務の部分まで、いろいろな課題があることを痛感する機会ともなったのです。
米国の大学の実態を調査していたのですが、トップの大学は数兆円レベルの資産を持ち、年間数千億円の運用益を生み出している。日本のトップの国立大学の年間予算より大きな金額で、キャンペーンや遺贈の規模も桁違い。これはどうしてなのだろうと、疑問に思ったわけです。
小川:その答えは出ましたか?
小野寺:わかってきたことは、彼らは単に足りない資金を寄付で補填しているのではなく、大学に集めたお金を人材育成や社会的課題解決に投資して、卒業生の成功や新規産業創造の果実につなげ、それが大学に還元されてくるといういわば生態系のようなものをしっかりと運営しているということです。
この事実は、日本の現状を見つめ直す機会、そして自分にはいったい何ができるのかを考える機会となりました。
豊かな社会をデザインしたい
小川:では、ここからは少し遡って、小野寺さんの学生時代の話をうかがいたいと思います。
小野寺:最近の学生が聞いたら怒ってしまうかもしれませんが、学生のころは「卒業したら官僚になって、制度を設計して豊かな社会をデザインできたらなぁ、人材育成といったテーマに関わりたいなぁ」くらいにしか考えていなかったと思います。ただ、今振り返ってみれば、そういった感覚は今でもベースに流れていると感じますね。
また、体育会で活動していたのですが、その中で「自分たちがどのような目標を設定して、どのような解決策を見出し、そのために必要な資源(ヒト、モノ、カネ)をどう集めていくか」ということをいつも考えていました。大学に活躍の場を与えてもらって、さらに卒業生や父母の方々の時間、経験、そしてお金(OB会費など)を基盤として部活動が成り立っていたというこの経験も、現在の大きな糧になっていますね。
小川:学生時代から、漠然とはいえ社会デザインについて考えていらっしゃったわけですね。体育会での経験も、現在のお仕事に関係しているように感じます。では、続いて大学卒業後のキャリアについてお聞きしたいです。
小野寺:大学卒業後は、都市銀行行員、会員制ライブラリー事業マネジャーを経て、先ほどお話した某国立大学の寄付募集および卒業生事業企画責任者として着任しました。これが10年前になりますね。
小川:都市銀行員時代に、何か現在のお仕事に結びつくようなエピソードはありますか?
小野寺:お金を扱うということに求められる責任感、経営を財務から眺める力、経営者とお会いする機会などはすべて現在の私の基礎となっています。
また、行員時代に官庁に出向した経験からは大きな影響を受けましたね。もともと「社会を良くしたい」という関心がありましたが、官庁の皆さんの、毎日真剣にランチの時間にも日本のあり方を語り合っている姿に接して、自分もこういった視点で生きていきたいと思いました。 小川:社会を良くしたいという思いが、より強くなったと。
小野寺:はい。その後、人材育成をキーワードに自分のキャリアをもう一度考え直すこととなり、会員制ライブラリー事業を展開する企業に転職しました。そこで、会員制ライブラリーというコミュニティビジネスを経験することになります。そこには、今で言うノマドで、独立独歩のナレッジワーカーがたくさんいました。職業観が大きく変わりましたね。 そして、大学に移り、教育研究、社会貢献、ファンドレイジングの仕事に出会うことになるわけです。
小川:お聞きしていると、学生時代に考えられていたことが実現しているような印象です。 ところで、その当時は、ファンドレイジングという言葉・概念は、まだまだ一般的ではなかったように思うのですが。
小野寺:そうですね、少しずつファンドレイジングに注目が集まりつつあるといった時代でした。「大学がチームを作ってファンドレイジングを行う」ということ自体が、珍しかったと思います。
ちょうどそのころ、鵜尾雅隆さん(日本ファンドレイジング協会代表理事)や佐藤大吾さん(一般財団法人ジャパンギビング代表理事)を始め、その他多くのソーシャル・アントレプレナーと出会う機会に恵まれました。
鵜尾さんの言葉を借りれば、「善意の資金循環」を劇的にレベルアップして、社会全体の意識や構造を変えていこうという思いを共有できたことは、今では非常に大きな財産となっています。
「Run for Charity」の設計を通して、ファンドレイジングのインフラを育てる
小川:最近は、マラソン大会を通じたチャリティ活動に関わっていらっしゃるそうですね。
小野寺:ここ数年、マラソン大会を通じてチャリティ活動を展開する「Run for Charity」の設計に携わっています。 昨今シティマラソンは人気が高く、一般枠は先着順だったり抽選だったりして、希望しても走ることができないランナーが多くいるわけですが、それとは別にチャリティ枠というものを設けて、NPOなどに一定の金額以上を寄付してくれた人にも走ってもらおうという制度です。最近は日本でも多くの大会で採用されるようになりました。
小川:確かに多くの大会で採用されていますね。
小野寺:このあいだ、東京マラソンでの寄付が1回の大会で初めて3億円に到達したという記事が出ていましたが、世界最大のロンドンマラソンでは1回で90億円もの寄付を集めています。
小川:1回で90億円ですか! いったい、その差はどこにあるのですか?
小野寺:日本では、Run for Charityという「参加方法」はかなりランナーの間で浸透しつつあるけれども、「憧れの大会に参加できた」ということ以外の良さを実感してもらえていないのではないか、というのが現在の私の認識です。 まだまだ「マラソンを走りたい人のためのスポーツ大会」なんですね。
小川:なるほど。では、小野寺さんとしてはどうすれば良いとお考えですか?
小野寺:Run for Charityに参加してくれたランナーに、「寄付してよかった」と思ってもらうにはどうすればいいのかということですよね。まずは、ランナーが褒められること、感謝されることではないかと考えています。
私が関わっている大会では、ランナーと寄付先の団体の接点を積極的に増やしたり、ランナーの家族や友人も一緒に楽しめるための仕掛けをしたり、そういったアプローチを強化していきたいと思っています。
マラソン大会に参加される小野寺さん
小野寺:スポーツや健康というテーマは、私たち一人ひとりにとってとても身近なものでありワクワク感があるものですよね。チャリティという、一見崇高で難しそうな活動に触れるきっかけとして非常に有効だと思っています。
最初は「寄付金を負担してでも走りたい」というモチベーションだったとしても、それをきっかけにチャリティについて考える機会を持てるかもしれない。多くのマラソン大会がファンドレイジングのインフラのような存在に育つように頑張っていきたいですね。
社会課題の解決にこそファンドレイジングというシステムを
小川:最後に小野寺さんの今後の目標をお聞きしたいと思います。
小野寺:10年前に出会ったファンドレイジングを、自分の核としてこれからも研鑽していきます。そして将来的には、人材育成、サイエンス、スポーツといった分野での経験を活かして、アジアそして世界に還元できるような新しい社会事業をプロデュースしていきたいと思っています。
日本は、誰に頼まれるのでもなく相互扶助が営まれ、特段の階級社会でもなく、市民一人ひとりが「遊び」を享受できる文化生活水準があって、世界レベルの企業もたくさん存在しています。
これまでは企業活動と公共予算さえあれば社会的課題を解決できたのかもしれませんが、現在私たちが直面している少子高齢化に伴う社会保障システムの揺らぎ、ICTの急速な発展に伴う人間の価値の激変、近未来を描くことができない不安など、課題が山積しています。
それらの課題の解決のためには、市民一人ひとりが自律分散的に、そして協調しながら行動を起こしていく、そういう行動や適応ができる人材を育成していく必要があります。そのためにはファンドレイジングというシステムがまさに必須であり、今後、皆さまと共に真の寄付文化を醸成していければと願っています。
小川:素晴らしいですね! 応援しています。小野寺さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。
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