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#社会・公共

研究者の知識を漁師に。漁師の感覚や文化を研究者に。漁業と科学の架け橋となる「フィッシャーマン・ジャパン研究所」の川鍋一樹さん

2024.10.22 

リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域に挑戦する起業家、研究者、企業人のインタビューをお届けする「【特集】PLANET KEEPERS 〜住み続けられる地球を次世代へ〜」

 

今回は、漁業をかっこよくて、稼げて、⾰新的な「新3K」に変えることを目指し、次世代へと続く未来の⽔産業の形を提案する「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」の川鍋一樹(かわなべ かずき)さんにお話を伺いました。

 

「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」の活動、そして2024年10月に新たに立ち上げた「フィッシャーマン・ジャパン研究所」の活動と展望について聞きました。

 

この記事は、リジェネラティブやネイチャーポジティブの領域での起業家・研究者支援、次世代人材育成を柱にしながら、推進に必要なリソースが集約され還流するエコシステムを、企業・地域・アカデミア・環境団体と共につくっていく「PLANET KEEPERS」プロジェクト(事務局NPO法人ETIC.〈エティック〉)が発信しています。

 

川鍋 一樹(かわなべ かずき)さん

フィッシャーマン・ジャパン研究所 Co-founder

早稲田大学先進理工学研究科応用微生物化学修了。大学時代は、土壌微生物を利用したCO2とバイオマス資源からPET原料の代替物を合成する研究に熱中。同時期に築地・豊洲市場の仲卸で5年間働き、水産業のカッコよさに惚れる。 IT企業でITコンサルタント・エンジニアを経験した後、水産業や自然環境へのアクションをするために、フィッシャーマン・ジャパンにジョイン。宮城県石巻市に移住し、漁師の担い手育成事業を担当し、地元の高校生に水産業を身近に感じてもらう「すギョいバイト」などを企画。 漁師と共に活動する中で、海の凄まじい変化を目の当たりにした。変化に対して適応するために、海をもっと知る必要があると痛感し、フィッシャーマンと研究者を繋ぐ「フィッシャーマン・ジャパン研究所」を設立。現在は、石巻と南伊勢を拠点に、持続的な水産業・地域の暮らしが営まれることを目指して活動中。

 

研究が進んでいるのに海にはその声が届いていない。海と科学を繋ぐ役割になりたいと思った

――川鍋さんのこれまでの歩みについて教えてください。

 

埼玉県鶴ヶ島市出身で自然や生き物に触れ合って育ちました。大学院では微生物化学を専攻し、環境問題にも関心を持っていました。学生時代は築地市場でのアルバイトもしており、それが水産業との出会いです。振る舞いや、仕事している姿がかっこいい方ばかりで、その頃の経験はとても貴重なものになりました。

 

大学卒業後はITコンサルの企業に入社しました。社内の有志プロジェクト的にCO2見える化などの活動にも携わったりしていたのですが、その仕事が本質的な課題解決に繋がっているという実感を持てていませんでした。そんな時、アルバイト時代の先輩がフィッシャーマン・ジャパンで働いており、宮城県石巻(いしのまき)市の現場を見させてもらいました。そこで実際に現場の課題に触れたことで、解決に向けた具体的なアイデアが何個も思いついたんです。自分の知識を活かせるイメージを具体的に持つことができて、この場所でなら手触り感のある仕事ができるのではないかと思い転職を決断しました。

 

フィッシャーマン・ジャパンでは水産業の担い手育成事業である「トリトンプロジェクト」に携わり、そして2024年10月、海と研究者をつなぐフィッシャーマン・ジャパン研究所を立ち上げました。

 

トリトンプロジェクト時代、石巻市の水産業で働く若手(漁師・水産加工会社)の交流会の写真。2023年1月撮影

 

――フィッシャーマン・ジャパン研究所を始めたのはどんな背景があったのでしょうか?

 

実は、ここ1、2年で石巻では海水温が5度~10度上がり、ホヤや牡蠣、ホタテの養殖が厳しい状況になっているんです。ホヤだと9割死滅している場所もあったり、牡蠣養殖も場所にもよりますが5割程死滅していると言われています。

 

仕事を通して、毎日のように漁師さんとお話をする中でこの状況を目の当たりにした時に、漁師さんたちが直面する現場の課題感と、元々漠然と捉えていた環境問題が自分の中で重なりました。漁師さんたちのためにもこの問題の解決に取り組みたいと思い、フィッシャーマン・ジャパン研究所を立ち上げました。

 

フィッシャーマン・ジャパン研究所WEBサイトより

 

――フィッシャーマン・ジャパン研究所ではどのようなことに取り組もうとしていますか。

 

これまで限定的だった漁師と研究者の関係を繋いでいこうとしています。科学が発展して色々なことが分かってきてはいるものの、それが漁師や水産業に伝わっていない現状があります。現場で課題に感じていることの解決策が既に学会で発表されていることもあり、ギャップを感じていました。

 

もっと漁師と研究者が密接に関わることが出来れば課題解決がスムーズに進むと考え、課題解決を科学者だけに任せるのではなく、漁師側でも色々検証して一緒に研究をやっていくコミュニティやプロジェクトを作っていこうとしています。

 

大学の先生に月1回くらい現場に来ていただき、サンプル採集、現場調査をしています。先生方にはご自身の研究の一環として携わっていただいているので、知見を持ち帰っていただく機会にもしていただいています。他の事例としては、学生にも来ていただいて、調査が卒業論文や修士論文などに繋がっていたりしていますね。

 

私たちは研究に協力してくれる漁師を繋ぎ、フィールドを提供するなどの調整の役割を担っており、漁師と研究者のお互いがWinWinの関係になれるように取り組んでいます。

 

左から、はまのねの亀山さん、東北大学の青木先生(生命情報システム科学)、藤井先生(海洋生態学)、フィッシャーマン・ジャパンの長谷川さん、川鍋さん、もものわの森さん

 

――具体的な活動を教えていただけますか。

 

代表的なプロジェクトのひとつが石巻の蛤浜(はまぐりはま)での取り組みです。蛤浜では海だけではなく、森も含めての研究をしています。以前より森からの栄養が海の生物に影響を与えているのではないかなど、海と森の繋がりについて語られていたのですが、実際に蛤浜の流域で、森が海へどのような影響を与えているのか科学的に確かめているところです。

 

このプロジェクトはフィッシャーマン・ジャパンと長くお付き合いのある亀山貴一さんが自身でシャコやマダコをとっていた中で、昨年は全然とれなくなっており環境の変化が厳しいということで相談を受けたところから始まりました。そこから縁があって東北大の藤井豊展先生の活動とご一緒させていただくことになり、今年の4月から具体的なモニタリングなどが始まっています。プランクトンがどれだけいるかなどの水質調査やこの時期にどんな生き物がいるかなどを海水DNA、海底の泥調査などを通して調査しています。

 

同時に森では土壌を採取しその中の微生物を見ています。また、「海のための森作り」を掲げ林業をされている合同会社「もものわ」の森夫妻にご協力をいただき、海に対してどのぐらい間伐をしていくのが良いのかだったり、人工林で針葉樹のところと広葉樹のところの比較をしてみたりしています。

 

海だと海流の影響が考えられますが、人間が海流を変えることは難しいことです。しかし、陸地であれば、人が手を入れやすいため、陸地で取り組んだことが海にどのように影響するのかなど科学的に証明・知見をためていくことができます。

 

蛤浜はすごく小さな湾になっているため、行動による影響がデータとして出てきやすく、「これをやったらこうなるかもしれない」という仮説、検証がしやすいのではないかと思っています。

 

研究と受け継がれてきた知恵や文化が融合していくことでより良い世界が切り開ける

――どんな想いでいま、取り組まれていますか?

 

元々生き物が好きで何か関わる仕事がしたいという想いがありましたが、「生物は仕事がない」と高校生の時に言われたり、大学で微生物の論文を出してもこれで何か社会が変わるのかと疑問に思ったりしたので、1度は少し離れたところに身を置きました。そういった過去の想いがありながらの今なので、自分の力の試し時だと感じています。

 

まだ分からないことばかりの中で、知りたいことが山のように出てくるので、活動を通して学ぶことができていて楽しいです。また、自分がお世話になってきた漁師さんや研究者の方たちのようなかっこいいなと思う人たちに対して、何らかの価値を提供できるようになれたらいいなと。自分の取り組みで影響を受ける人たちが目の前にいるので、その人たちの喜ぶ顔を想像しながら働くというのがモチベーションになってると思います。

 

活動を進める中できっと大きな壁にぶつかることもあると思いますが、楽しんでやっていきたいですね。

 

 

――川鍋さんが考える未来について教えてください。

 

調査で分かったことをオープンにしていくことで漁師さんに有効活用していただけるような未来を作っていきたいと考えています。蛤浜だけでなく、現在は三重県南伊勢町、東京都利島村(としまむら)という伊豆諸島の島など各地で活動をしているため、各地域で溜まったデータを還元し、フィードバックをいただくことで、漁師にとって意義のあるデータの提供を行っていきたいです。より多くの方に興味を持っていただく中で、少しずつ行動が変わり、大きなムーブメントにつなげていけたらいいなと。

 

また、これまで受け継がれてきた漁村の文化や知恵、漁師の感覚が本当に重要になってくると考えています。一緒に漁に連れて行ってもらう中で、網を張る位置や網角度、ロープの長さなど1つ1つに知恵が込められていると感じました。小さい漁村がなくなりかけている場所もある中で、人が紡いできた文化を途絶えさせてはいけないと思っています。科学的に裏付けをしながら後世にデータとして受け継ぎ、使っていくことでより良い世界を切り開けるようになっていったらいいなと思います。

 

研究者の知識や研究と漁師の感覚や歴史、それぞれから学ぶことはたくさんあると思っています。お互いに学び合うことで、研究を深めていったり、研究内容を漁師の方の現場に活かされていったりするのかなと思っているので、関わる方々が対等な関係を築きながら取り組みを進めていきたいという想いが根本にありますね。

 

目指すところは海に関わるさまざまな課題解決

――今後はどんなことに挑戦していきたいですか。

 

現在は、フィッシャーマン・ジャパン研究所として、海が変化していくという環境的な要素を中心に研究していますが、それだけがテーマではなく、ネイチャーポジティブ、カーボンニュートラルや環境変化への適応、人権、ダイバーシティ、DX、技術革新といった多様な研究を進めていきたいと思っています。

 

研究だけではなく、いろんな視点を取り入れて、オープンで垣根のない場所を作っていきたいという想いで取り組んでいますが、いろんな視点を入れるからこそ複雑になっていくことが予想されます。調査だけでなく、社会実装までを行うことが重要ですし、私のやるべきことだと思っています。すごく難しいことですが、様々な人を巻き込みながら一丸となって進んでいくことができると、一つのうねりのようになって社会を変えていけるのではと思いますね。

 

――やりたいことがあるけれど迷っている方にアドバイスをするならどんなことを伝えますか?

 

人それぞれの背景はもちろん異なりますが、私の場合だと先輩が現場に連れていってくれたのがきっかけで前進することができました。まずは、その分野に取り組んでいる人にコンタクトをとったり現場に行ってみる。そこに突っ込めるかどうかは大きな決断になるかと思いますが、それで人生が終わるわけではないですし。私自身はどこでも生きていけるような自信はなんとなくあったので、そういう考え方は挑戦するときの後押しになるのではないかと思います。

 

――最後に、いま、どんな仲間を求めていらっしゃるでしょうか。

 

現場の課題解決に関心がある研究者、学生の方をはじめ、民間企業や研究所、自治体の方々など、多様な方にぜひ参画いただきたいです。蛤浜では森と海両方のフィールド体験ができますので企業研修なども実施していきたいです。水産業に関わる方々と一緒に、現場で試し、考えていけるような体制がどんどん広がっていけば嬉しいです。

 


 

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