2007年夏、音大に通う一人の女子学生と、音楽とは無縁な人生を歩んできた一人の男子学生が出会った。 柴田萌さんと管偉辰さん。その出会いから、株式会社「リリムジカ」(東京都新宿区)が生まれた。
「リリムジカ」は、イタリア語のリリカメンテ(叙情的に)とムジカ(音楽)を組み合わせた造語で「心にひびく音楽」の意味。介護施設などで、音楽プログラムを通じて心地よく楽しい時間や空間を提供している。参加している高齢者だけでなくその家族、そして職員をも笑顔にすることを目指しており、プログラムを担う「ミュージックファシリテーター」という新たな職業も生み出した。大学4年生だった2人がどうやって会社を立ち上げ、ここまで成長させたのか――。出会いからの7年半を追った。
音楽と介護を結びつけたリリムジカの管さん(左)と柴田さん。オフィスにて
音楽療法を必要としている人とつなげたい
出会ったとき、管さんは一橋大学の4年生。IT企業でのインターンを辞め、卒業後どうするか決めかねていた。人と違うことをしたいが、何をしたいか分からない。「やりたいことがないのは才能がないということ。やりたいことがある人と仕事をしろ」。アルバイト先の上司に言われた。
一方、昭和音楽大学で、音楽を使って心身の障害や機能の改善を目指す「音楽療法」を学んでいた柴田さん。最初は反応を示さなかった自閉症の子とコミュニケーションを取れるようになるなど、障がい児や高齢者への実習を通じて、音楽療法が社会の役に立つと実感していた。 同時に、音楽療法士には適切な対価を得られる常勤の仕事が少なく、専門職として働く場も少ない現状を知り、疑問に思った。「どうして音楽療法と、それを必要としている人をつなぐ仕組みがないんだろう」。そんなとき、母が言った。「ないなら自分でつくったら?」
「やりたいことがある人」に出会った
出会いの場は、2人ともインターン先を探した縁があったETIC.の主催する、起業のための勉強会。「音楽療法の会社をつくりたいんです!」と熱く語る柴田さん。管さんはその姿に「覚悟」を感じ、勉強会後も柴田さんの話を聞いた。
音楽療法に対する思い、そして、誰もやらないなら自分がやるという強い決意。管さんは共感した。 起業するなら、自分の視野を広げてくれる人の力が必要だと考えていた柴田さんと、やりたいことを模索していた管さん。2人は、一緒に会社を起こすことを決めた。
起業、しかし、資本金は3か月で底をつく
会社設立は、出会いから8か月後の08年4月。資本金は柴田さんが39万円、管さんが21万円を出した。具体的な内容は決まらないまま、障がい児のいる家庭や療育施設・団体と、音楽療法士とをつなげないかと考えていた。
しかし、顧客の見つけ方も売り込み方も分からない。もっと言えば、会社を起こしたからといって何をやればいいのか分からなかった。唯一の仕事は、柴田さんの大学時代のつてで依頼があった、月1回の障がい児との音楽活動だけ。月商は1万5000円。資本金60万円は、3か月で底をつき、アルバイトで生活をつないだ。
「苦手だった」高齢者に可能性を見いだす
最初の転機は09年初めに訪れた。実は、柴田さんは子供のころから高齢者と接する機会が少なく、大学時代は介護施設での実習を苦手としていた。何を話したらいいか分からなかったのだ。そのため、高齢者ではなく障がい児を対象に会社をスタートしたのだ。
そこへ、知人から「デイサービスでひな祭りのイベントをしてほしい」と声がかかった。「自分にどこまでできるか分からない。でも、音楽療法の『参加型』『昔を思い起こさせる』というところは気に入ってもらえるはず」。そう信じて仕事を受けた。 柴田さんは、利用者のことをよく知ろうと、本番を前に丸1日、施設で過ごした。そのとき、利用者の一人が柴田さんの手を握った。肌で感じたぬくもり。初めて親近感を抱いた。イベントは高齢者がうれしそうに歌ったり、懐かしそうに昔話をしてくれたり、楽しい雰囲気の中で終了した。
同じ時期、管さんは介護福祉士や特別支援学校の先生など、音楽療法の対象となる現場で働いている人へヒアリングを重ね、3か月で50人以上から話を聞いた。見えてきたのは、施設で無為に時間を過ごしている高齢者が多く、その姿に家族も心を痛めていること。職員は状況を変えようにも、人手と予算の不足でできないこと。「音楽療法はこの現状に新しい風を入れられる可能性がある」。方向性が見えてきた。
リリムジカのメンバーと
とはいえ、すぐには顧客は見つからない。「役に立つはずなのに、なんで興味をもってもらえないんだろう」(柴田さん)。苦しい時期が続いた。「早く辞めて、就職しなさい」。管さんは何度も親に言われた。しかし、インターン先を逃げるように辞めた過去がある管さんは、二度と途中で投げ出さないと決めていた。柴田さんは、音楽療法の可能性を信じ続けていた。
喜び、満足し、また参加したくなるプログラム
介護施設での最初の顧客は09年5月。ヒアリングをした人からの紹介だった。そして同年末ごろから、紹介や施設での音楽発表を見た人からの申し込みがポツポツと増え始め、プログラムの実施回数は10年度には年間160回、11年度には326回と順調にいった。
リリムジカでは、評価よりも本人が喜びや満足度を感じ、また参加したくなるプログラムづくりを心がけた。太鼓をたたきたくなかったら、その気持ちを尊重する。その代わり、やりたくなるような声かけを工夫したり、楽器以外のアプローチがないかを考えたり。認知症の方や麻痺がある方でも恥ずかしさやためらいを感じず、心地よく参加してもらえることを重視した。その姿勢が、高齢者や職員からの信頼を育んだのだ。
「音楽療法」から「場づくり」へ
同時に、プログラムを通じ、利用者に「今日は音楽の先生が来るからパジャマじゃ恥ずかしいかな」という気持ちが生まれたり、習字が得意な人に職員が「歌の歌詞を書いてみない?」という新たな提案をしてみたりと、利用者や職員に変化が見られるようになっていた。外からの風が利用者の社会性を育み、職員の「できないよね」という思い込みを少しずつ取り払っていったのだ。
音楽療法では、音楽の時間にその人に対してどれだけ効果があったかを「評価」する。でも、介護施設では利用者が穏やかに楽しく過ごせることを重視する。2人は次第に、「数値的な効果を出すことはそれほど大事ではないかもしれない」と思うようになった。 そして、利用者だけでなく、利用者の日常生活や介護現場全体の環境へもいい影響を与えている点にリリムジカらしさを見いだした。その場の利用者だけではなく、利用者の日常生活や介護現場全体へのアプローチまでを考えて取り組むことを重視するようになった。
音楽プログラム風景
そんなとき、支援を求めに行った先で言われた。「あなたたちがやっていることは、音楽療法というよりも、場づくりだね」。その言い方がしっくりきた。12年5月から、音楽療法ではなく「ミュージックファシリテーション」(音楽の場づくり)、音楽療法士ではなく「ミュージックファシリテーター」と呼ぶようになった。
楽しみを「当たり前」に
「利用者の方がこんなに喜んでいる姿をはじめて見た」「音楽を通じて、利用者についてこれまで見えてこなかった面が見えた」。音楽プログラムを導入した介護施設の職員からは、こんな言葉が寄せられている。そして、20代から50代まで幅広い年代のファシリテーターも皆、音楽という特技を生かして人の役に立てる、やりがいのある仕事を得てイキイキと働き、受け持つ現場に応じた収入を得ている。
リリムジカの信念は「音楽を通して人が自分らしく生きられる社会をつくる」。管さんは「施設の利用者と家族、施設の職員はもちろんのこと、ファシリテーターも自分の居場所を見つけて自分らしく生きられる社会を広げていきたい」。柴田さんは「介護を受けるようになったときに、楽しみがあるのは、今はラッキーなこと。それが、ラッキーじゃなくて当たり前の世の中にしたい」と語る。 これから、さらに多くの介護施設で「リリムジカ」が奏でられていく。
※この記事は、2015年01月21日にヨミウリオンラインに掲載されたものです。
リリムジカは、社会起業塾イニシアチブ(以下”社会起業塾”)の卒塾生です。社会起業塾は、セクターを越えた多様な人々の力を引き出しながら、課題解決を加速させていく変革の担い手(チェンジ・エージェント)としての社会起業家を支援、輩出する取り組みで、2002年にスタートしました。興味のある方は、ぜひチェックしてみてください!
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株式会社リリムジカ共同代表/管 偉辰
1986年生まれ、東京都出身。一橋大学商学部経営学科卒。亡き祖父が老人ホームの書道の時間に「 四面楚歌 」と書いたことを知り、介護施設・高齢者住宅における参加型音楽プログラムのプロデュースに注力。会社全体では通算3000回以上プログラムを実施。2008年、NEC社会起業塾特別メンバー。12年、SVP東京の投資・協働先として採択される。
株式会社リリムジカ共同代表/柴田 萌
1985年生まれ、群馬県太田市出身。昭和音楽大学で自閉症の子供や認知症の高齢者などと音楽を共にする。音楽療法の素晴らしさと可能性を実感し、起業の道を目指す。日本音楽療法学会認定音楽療法士、ヤマハエレクトーン演奏グレード5級、ヘルパー2級。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2015」(日経BP主催)の「次世代をつくる、20代若手リーダーたち」に選出。
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