DRIVEを通じて未来をつくる仕事と出会った人たちを追うインタビューシリーズ、「DRIVE転職者ストーリー」第3弾! 今回ご紹介するのは、認定特定非営利活動法人ビッグイシュー基金の中原加晴さん。
故郷・鹿児島で学生のころにビッグイシューと出会い、縁を感じながらも一般企業へ就職。「当事者の手助けをしたい」という志を胸に秘め、紆余曲折を経てNPOの世界に飛び込んだ。そんな彼女が実現を願う世界とは。
ビッグイシュー基金・中原加晴さん
「ホームレスの人々の救済ではなく、仕事を提供する」ことを目的とした有限会社ビッグイシュー日本を母体として、2003年に設立された非営利団体。「失敗してもやり直しのきく社会形成へのチャレンジ」を掲げ、ホームレスの自立支援をはじめとしたホームレス問題への解決、ネットワークづくりと政策提案を行っている。2012年、認定NPO法人となる。
「ホームレス」とは一体どのような人たちなのか。知っていますか?
―ビッグイシュー基金ではどのような仕事をしておられるのでしょうか。
全般的に何でもやりますが、主な業務としては相談業務と生活の自立支援ですね。相談業務というのは、雑誌『ビッグイシュー』の販売者さんや、路上生活になってしまって相談に来られた方の話を聞き、一緒に解決策を考える仕事です。
たとえば生活保護を受けたいというのであれば、生活保護の同行申請をしてくださる団体さんに繋いだり、持病を抱えている方があれば必要に応じて病院に付き添ったりもしています。
自立支援については、ホームレスの方向けに定期的な健康診断を開催したり、貯金の奨励などの金銭管理的なサポート、障害認定の手続きサポートなどを行っています。
そしてもう一つ大きいのは、『路上脱出ガイド』の製作です。これは路上に出てしまった人に、自分の道を自分で見つけて立ち上がってもらうための冊子です。
路上脱出ガイド
この冊子は2008年、リーマンショック直後の世界同時経済不況下で、「派遣切り」にあい仕事と家を同時に失った人が続出したことを受けて作られました。とくに、それまで普通に生活していた若者たちが路上に出てしまったら生きていけないんじゃないか、という危惧から生まれた冊子なんです。
どこで炊き出しがあるか、どういう制度が使えるのか、そうした情報というのは、なかなか得られるものではないと思います。
―確かに、いつどこで炊き出しがある、なんて今まで考えたこともありませんでした。
普通の人はそうだと思います。だからこそ、いざ路上に出てしまってもどうしたらいいのかわからないのでしょう。今まで考えたことがなければ、何もできないと思うんです。
―ホームレスの方というのは、どんな方が多いのでしょうか。
皆さんにお伝えするときは、「私たちと何も変わりません」とお伝えしています。ホームレスにいたる経緯として、一番大きな要因が失業。他には、けがや病気などですね。この病気にはいわゆる「うつ」や「依存症」などの精神疾患も含まれます。たとえば病気になって仕事を失ったときに、国の社会保障制度が受けられない方や、制度自体を知らない方もいます。そういったセーフティーネットから漏れてしまった人への情報提供や支援が充分に行き届いていないのが現状です。 また、日本のホームレスの定義は「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所としている者」というものですが、欧米では「安定した住まいのない者」というより広い定義です。ですから、友達の家に居候しているとか、シェルターに入っている人もホームレスという位置づけなんですが、日本はホームレスという扱いではないので支援の手が届きにくいんですね。簡単に言えばネットカフェ難民はイギリスならホームレスだけど日本ではホームレスではない、ということになります。
―だいぶ差がありますね。広義でのホームレス状態にある人たちのなかには「まだどうにかなるから」と思っていて「ホームレス」の自覚がない人もかなり多いのではないでしょうか。
若い人ほど、そういう人が多いと思います。「とりあえず今この状態だけど」というその状態が大変な状態だと思っていないんです。だからそこまで支援を求めていない、とおっしゃるんですが、傍から見ればその状態はもう危ないよ、という方がけっこう多いんですよね。 若者のホームレスというところには私たちも焦点をあてていますが、若者が社会から排除され社会経験を積む場が縮小してしまうと、若者の生きる力が弱まってしまうと思います。これは日本という国にとっては大きなマイナスです。
―自覚がない人たちは支援を求めようとはしないと思いますが、そうした人たちに対してはどのようにアプローチするのでしょうか。
こちらから積極的に「○○した方がいいよ」とかは言いません。ただし、使える制度や必要な情報についてわかるようにきちんとお伝えすることを徹底しています。なかなか相談には来ない人たちに情報を届けるために、図書館などの公共の場に「路上脱出ガイド」を配置していただくよう協力を求めたり、最近では、インターネット上の無料広告などを利用したりもしています。
また、相談にいらっしゃる方というのは、生活をどうにか変えたいという意識をお持ちです。そういう方々にはこちらもいろいろとお手伝いできることはあるのですが、やはり大事なのは、本人が「この状態から脱け出したい」という意志を持つことと、そのためにどうするかを自ら選ぶ力を持つことだと思い、そのようなサポートに徹するようにしています。
―先ほど制度が不十分というお話がありましたが、制度を改善するための提案などはしておられるのでしょうか。
ホームレス状態やワーキングプアの状況を変えていく基盤として、住宅手当の充実などの政策提案活動を行っています。昨年12月には『若者の住宅問題』という報告書を発行しています。
若者の住宅問題の実態調査と住宅政策提案書
それをもとに、今年5月には若者の住宅問題と空家の活用方法を市民の皆さんと議論するようなシンポジウムを開催し、約150人にご参加いただきました。
また神戸市では、その報告書をもとに住宅政策の検討が行われるなど、行政への広がりもありました。今後も、現場から見えてきた問題を世間に広く投げかけていく活動を続けていきたいと思っています。
「若者の住宅問題」シンポジウムの様子
「当事者」のサポートをしたい。企業とNPOという選択肢
―中原さんご自身について伺いたいのですが、どのような経緯でこちらに転職したのでしょうか。
ビッグイシューとの出会いは私が学生のときでした。たまたま大学の講義でビッグイシューの話を聞いて、その仕組みに興味を持ち、鹿児島で販売者さんのサポート・ボランティアをするようになったんです。2年ほどボランティアをやっていました。
―そのときからビッグイシューで働きたい、という気持ちがあったんでしょうか。
当時はまったくそのようには考えていませんでした。学校を卒業してからは九州労働金庫に3年勤め、しばらく期間があってから今度は大手衣料ブランドで1年。そこでビッグイシュー基金の求人情報を見て今年の2月に転職、という流れだったんです。ただちょくちょくホームページを見ていたりした、ということは、いま思い返してみればここで働きたいという気持ちがどこかにあったのかもしれません。
― 一般企業への就職を経てNPOに転職されたわけですが、なぜ最初は企業を選択されたのでしょうか。
ビッグイシューのサポーターをしていたときから自分の軸となっていたのが、「当事者の方のサポートをしたい」という思いでした。当事者というのは、今困窮状態に陥っているけれどもその状態から抜け出したいと思っている人たちのことです。
九州労働金庫を選んだのは、就職安定資金融資という制度があって、私が就職する前年にできた融資制度なんです。リーマンショックで派遣切りにあった方に対して、ハローワークと提携して無担保で少額融資を行う、というものでした。まさに今の状態から抜け出したいと考える方の手助けになる仕事だと思ったので、そこを選びました。
希望していた融資担当に配属になり、業務自体も面白くはあったのですが、やはり金融機関なのですべてを支援することはできないんですよね。返済計画を一緒に練る一方で個人の状況を加味することなく督促もしなければいけない。だんだんとこのシステムでは解決には至らないのではと考えるようになり、別の方法を探すために退職しました。 このとき実感したのは、自分が困難の当事者になる経験をしていないと深い共感はできない、ということでした。困難とは何なのかを知らない人から「頑張りましょう」と言われても説得力は生まれませんよね。
九州労働金庫を辞めた後に、次に就職するなら厳しい環境と言われている会社に入ろう、そう思っていました。そうして就職したのが当時非常に厳しい職場で有名だった大手衣料ブランドでした。 実際働いてみて、本部から求められる目標達成のための現場の大変さや、長時間労働の疲労から体調を崩して休む人の多さなど、多くの人がおかれている労働現場の厳しさを身を持って感じることができました。
ただ、頑張ればその分、数字になって返ってくことに面白さを感じていたので、ビッグイシューへの転職を決めたときも、そのまま続けるのも面白いかもしれないとは思っていました。
―それでも転職を決意されたのはなぜでしょうか。
やはりビッグイシューが好きで、たまたまそこの求人があったときに今がチャンスだと思ったからだと思います。ある意味で、厳しい環境の「当事者」に自分が身を置いたことで、その経験が活かせるとも思いました。
背中を押してくれたのは、家族と転職を経験した人たちの言葉だった
―DRIVE経由の転職と伺いましたが、DRIVEは元々ご存知でしたか。
最初から「NPOで働きたい!」と思っていたわけではないので、「NPO 転職」みたいな検索はしなかったんですよ。DRIVEの存在も知りませんでした。ただ、ビッグイシュー基金のホームページに求人情報があって、そこからDRIVEにリンクが貼られていたんです。それでDRIVEに飛んで、掲載されていた「転職者インタビュー」を読んだんです。
そこに「毎日とても楽しいです!」とあって、ほんとかな? と思ったんですが、本当でした(笑)。転職者インタビューのいいところは、迷っている人が自分に重ねて読めるところだと思います。 ―NPOへの転職ということで不安はありましたか。
しいていえばお金の心配でしょうか(笑)。たぶん迷っている人はみんなそこを心配していると思います。逆に仕事の内容が不安という人はそんなにいないんじゃないでしょうか。 おそらくそれは、NPOの仕組み自体を詳しく知らなかったからだと思っています。
―それでも転職したわけですが、収入への不安はどうやって乗り越えましたか?
ひとつには、前職のときはお給料をもらってはいても、実際に使う時間がほとんどなかったので、何のためのお金なんだろう、と思うことはありました。そう思うくらいであれば、それは決して生きていくために必要なお金じゃないんだ、必要最低限のお金があれば大丈夫かな、と思えたことですね。お金があっても使わないで殺伐としているよりはいいかな、と思ったんです。
そして一番大きかったのは、結婚した相手が「お金の心配よりも、やりたいことをやったほうがいい」と言ってくれたことですね。そのまま仕事を続ければキャリアアップして収入は増えるかもしれない。でも今やりたいことがあるなら、そこに自分を賭けてみるべきじゃないか、と背中を押してくれたんです。
―家族の理解は大事ですよね。
そうですね。子どもがいなくて養わなければいけない家族がいない、というのは大きいと思います。だれかを養わなければいけないという状況だったら躊躇していたかもしれません。
―逆にNPOから結婚して一般企業に移るという人も多いと思いますがどうでしょうか?
とくに男性に多いですね。やはり、自分が支えていかなければという意識が働くからでしょうか。
―生活は変わりましたか。
大きく変わったと思います。前働いていたときは、何のために働いているかが直接的にわかるものじゃありませんでした。以前は「これが私のやりがいだ」と決めてやらないとやりがいを感じるのが難しかったんですが、ここで働いていると、例えば販売者さんが仕事を見つけて就職されたとか、すごくわかりやすいやりがいが見つけやすく、毎日の仕事の励みになります。
収入が減った分やりがいが増えたと思います。生活に対する満足度は確実に向上しましたね。私は、それでよかったなと思っています。
企業とNPOの違い。それぞれが抱える課題とは
―実際に企業とNPOの両方を経験してどのような違いを感じますか。
企業にいたときは数字やデータで、売り上げという分かりやすい成果が現れていましたが、NPOではそうではない難しさがあると感じます。何かをサポートしたところで、それが本当にどの程度その人や社会の役に立ったか正確にはわかりません。 例えば、販売者さんが仕事をみつけてビッグイシューを卒業したと聞くと良い結果のように思えますが、就業先は不安定雇用で、すぐにまた職を失うことも多かったりします。
そのため、その仕事に就くという選択が本人にとって本当に良い選択だったのかどうかは、誰にも分からないと思うのです。
―企業とNPOが協力しあって、ビジネスとして成功させる一方で、不足している部分をNPOが補完できる関係がもっとたくさん築けるといいですね。
そうですね。最近ではNPOをメディアで目にすることも多くなってきたし、NPOの立場はちょっとずつ向上しているんじゃないかとは思っています。代表が若い世代のところも増えているし、企業からNPOに入って来られる方というのもこれから増えるんじゃないかなという気がしています。
―NPOって年次報告書はあがってますけど、ほかの企業と比べると見えてくる情報が少なく、なんとなくのイメージしかわかないふわっとしたところが多いですよね。
確かにホームページなどでは内部があまり見えないところもありますよね。それで転職をためらっている方も多いと思います。
―とくにソーシャルを意識していない人にとっては、まだまだNPOが身近ではないのが現状です。転職しようと考えている人の多くは、大手の転職サイトをまず見ると思いますが、そこにNPOの情報があればもっとNPOを志望する人も増える気がします。
確かにそうですね。アメリカみたいにNPOで働くのがかっこいいという風潮ができればいいんですけどね。やはり収入のところで二の足踏んでしまうというのが一番の問題かなという気はしますね。
市民が市民を支える社会。そのプラットフォームを作るのがNPO
―ビッグイシュー基金ではホームレス問題をテーマにしていますが、制度面以外ではどのようなことが必要だと思いますか。
ビッグイシュー基金は、「誰もが包摂される社会」を目指しています。最近、ダイバーシティという言葉がスポットを浴びるようになり、主に障がいを持った方やLGBTの方が話題の中心となっています。私たちはそうした人たちと共に、ホームレスの方や引きこもりの方たちも含まれると考えています。
私たちが目指す社会というのは、社会的に不利困難を抱えている人も皆、すべて包摂される社会です。たとえばホームレスの方が社会に復帰しても、そこで受け入れられなければまた路上に戻ってしまうかもしれません。社会がそれを受け入れられる、市民が市民を支えられるような社会を作りたいと思います。
―確かに職場で「この人は元ホームレスです」と言われたら、どう接したらいいかわからないですもんね。
ビッグイシュー基金では7月にダイバーシティカップというのを開きました。これはいろいろな背景の当事者の方が集まってフットサルをしようという交流会です。そのとき、参加者の方々が「こういう社会ができるといいな」と言っていたんです。参加した人同士が「きっとみんなが何かの当事者なんだ」と思いながらも「あなたは何の当事者ですか」とか聞くことなく、ひとつのボールを蹴りあう。
「なにものであってもいい」と認め合い、同じ時間を共有する。そこに温かい空気が生まれてそれが心地よかった。それがビッグイシューの目指す社会の在り方に似ていると思いました。
―素晴らしい試みですね。ただ、水を差すわけではありませんが、そういう場に来られる一般の方というのは、少なくとも日ごろからダイバーシティに対して関心を持っている方がほとんどだと思います。だからこそ、「積極的な無関心」でいられるわけですが、今後そこをいかに「ダイバーシティ」と無縁の人を巻き込んでいくかがカギではないでしょうか。 ダイバーシティの重要性については、昨今よく議論されていますし、賛同者は多いと思いますが、その本気さにおいては、かなりの温度差はまだまだあると思います。
確かにその通りです。だからダイバーシティなんか知らないよ、という人がきても、場の空気が壊れない空間をつくる努力をしないといけないと思いますし、こうした考えがちょっとずつ浸透していくといいなと思っています。
当事者が集って行われたフットサル
―当事者でない人が当事者に関わろうとしたときに、どのように接したらいいのかわからない人も多いのではないでしょうか。
そうですね。実は『路上脱出ガイド』も市民の方からの請求がたまにあるんです。お話をうかがうと、家の近所の方にお渡ししたいということだったりして。こういう方が増えると嬉しいですね。私たち自身は何かをしてあげるということではなく、そうした手を差し伸べることができるようなプラットフォームを作っている、それがビッグイシューなんだと思っています。
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