TOP > ワークスタイル > 空き家のまちに喜びの循環を。「自分ごと」がまちの景色を変えていく出発点──リビルディングセンタージャパン 東野華南子さん

#ワークスタイル

空き家のまちに喜びの循環を。「自分ごと」がまちの景色を変えていく出発点──リビルディングセンタージャパン 東野華南子さん

2025.09.26 

地方では、ひとつのお店の存在が地域に大きな影響をもたらします。物が売買されるだけでなく、人々の暮らしに新たなつながりや、ポジティブな変化が生み出されています。

 

今回は、長野県諏訪市で古材のレスキューから空間デザインまでを手掛け、リノベーションで諏訪にユニークな循環を生み出してきたReBuilding Center JAPAN(以下:リビセン)の東野華南子さんにお話を伺いました。

 

この記事は、特集「移住して始める、地域にひらかれたお店」の連載として、移住後に地域に根ざした活動を行い、まちに新しいつながりやポジティブな変化をもたらしているお店を紹介しています。

 

東野 華南子(あずの かなこ)さん

1986年生まれ、埼玉県出身。新聞記者だった父の転勤の影響で、幼少期から、上海、ロンドンなど海外での生活を経験。中央大学文学部卒業後、カフェ店長、ゲストハウスでの勤務を経て、2014年より夫でデザイナーの東野唯史さんと空間デザインユニット「medicala(メヂカラ)」を立ち上げる。アメリカ・ポートランドでDIYの聖地として知られる古材ショップ『ReBuilding Center』に出会い、名前とロゴの使用の許可を受け、2016年『ReBuilding Center JAPAN』をオープンさせる。

 

空き家率20%の諏訪にリノベーション店舗が急増中。影の立役者・リビセンの存在

年間5万人ほどが訪れるというリビセン。1階はカフェや企画展、2階は古道具を販売。入り口に立つ華南子さん

 

長野県中央部に位置し、諏訪湖や諏訪神社で知られる諏訪市は、霧ヶ峰高原も近く自然豊かなエリアとして知られています。 

 

しかし空き家問題は年々深刻化し、現在総住宅数に対する空き家率は20%近く。全国平均を大きく上回っています。 

 

そんな諏訪で近年、古い建物をリノベーションして暮らしに根差した素敵なお店を開く人が続出中なのを知っていますか。 

 

四軒長屋をリノベーションした子どもと行きやすい複合施設、貴重な本を取り扱う古本屋、音楽も楽しめる花屋、カフェ併設の雑貨屋、メニュー豊富なおいしいパン屋…すべてが徒歩10分圏内にあり、まちと暮らしを彩っています。 

 

実は影の立役者としてお店を始めたい人の思いを応援し、空間づくりなどでサポートを手掛けているのが「ReBuilding Center JAPAN(リビルディングセンタージャパン)」。通称リビセンです。 

 

この地に拠点を置くリビセンは、捨てられるものをレスキューして再構築することで、次の担い手につなぎ、当たり前に再利用ができる文化を社会につくるために存在しています。

 

リビセン店舗2階でスタッフと話をする華南子さん(左)。時には頼れる姉のようにアドバイスする

 

大量廃棄される古材に新たな命を吹き込み、地方から文化を創造する彼らのビジョンは「ReBuild New Culture」。

 

解体される建物などから発生したまだ使える古材や古道具を、大家さんから依頼をうけ“レスキュー”し、古材や古道具を扱うリユースショップやカフェを営んでいます。また専門のデザイン部門ではそれらを家具や空間に生まれ変わらせ、諏訪に移住してきた方たちのお店で活かされています。

 

リビセンから徒歩5分の花屋「olde」。古材の表面を削り新しい風合に仕上げる内装デザインを行った

 

2016年に夫である東野唯史さんが代表取締役となりご夫婦で始めたリビセンは、今ではたくさんのスタッフが諏訪に移住して一緒に事業をつくりあげる組織に。

 

2022年には地元の諏訪信用金庫、不動産会社と連携した「すわエリアリノベーション社」をたちあげ、空き家の四軒長屋をリノベーションした複合施設「ポータリー」をオープンするなど新しい可能性を地域に灯しました。

 

ポータリーの外観。1階は飲食・物販の店舗、2階は貸しスペースに。現在も建物の改装が行われている

 

“ピンボールのピン”のような存在を目指して。まちを起点に社会をつくる

レスキューした古材を使いうまれた新しいプロダクトブランド「notonly」の前で

 

東野さんご夫婦がリビセンを始めるきっかけとなったのは、新婚旅行で訪れたアメリカ・ポートランドの「ReBuilding Center」に感銘を受け「日本にもこのような場所が必要だ」という思いが湧いてきたことから。 

 

名称・ロゴの使用許可を得て、帰国からわずか10カ月で諏訪の地にリビセンを開業しますが、最初からこのまちに思い入れがあったわけではなかったそうです。 

 

「諏訪が大好きで移住したわけではないんです。2014年から空間デザインユニット“medicala(メヂカラ)”を夫と立ち上げ、お呼びがあれば全国各地に出向いてその土地に住み、ひとつのお店を地元の職人さんとつくる仕事をしていました。 

 

2014年にデザインを担当したお店のひとつが下諏訪にあったので縁ができて移住し、偶然良いタイミングでリビセンの物件が見つかっただけなんです」 

 

たまたまのご縁から2016年、東野さんご夫婦は諏訪にリビセンをオープンします。“楽しくたくましく生きていける、これからの景色をデザインしていく”。そんな生き方を提案するリビセンには、華南子さんがmedicalaの経験から得た思いが込められています。 

 

「もともと建築のことは全く分かりませんでした。でも、medicalaの活動で初めて壁を壊したとき、ハッと気づいたんです。土壁が落ちてきて、中から竹小舞(たけこまい) (※)が出てくるのを見た瞬間“誰かが作ったものは作り直せるんだ”と。 

(※) 日本の伝統的な土壁(つちかべ)を作る際に、壁の内部に入れる竹でできた骨組みのこと。

 

それまで壁は絶対的な存在で、動かせない、取れるわけがないものだと思っていました。それが“取れる”“作り直せる”と気づいたとき、“社会って作れるんだ”と急に腑に落ちたんです」

 

新たな活用方法でうまれかわったプロダクトたち。額縁にはリビセンスタッフの写真が納められている

 

「例えば、ちゃぶ台の天板だったものが、足をつければテーブルになる。ただの古材と思えば欲しくないけれど額縁に加工すれば欲しくなる。そうすることで、世界の見え方がひとつ変わるんです。リビセンが、何かをきっかけに物事が動き出す“ピンボールのピン”のような存在になれたら良いなと思っています」 

 

創業から約10年。地域で事業をするうえで、地域の人々との程良い距離感を大切にしてきたと華南子さんは言います。 

 

「お店に来てくれる地元の常連さんはたくさんいますが、地元の人かどうかで区別して考えていませんし、長くこの地に住んでいる方々がまちのことを考えてきた量に比べたらリビセンの貢献は全く足りません。

 

それでも、レスキューや空き家活用の相談で力になってほしいと声をかけてくれる人がいるので、そういう人たちの声に応えながら、自分たちの役割を果たしていきたいなと思います。それを『地元の人』がリビセンの役割として認識してくれたらうれしいです。

 

このまちが好きだから何かしたいという気持ちよりも“このまちを拠点や起点として、社会をどうしていくか”という視点を持っています。この地で自分ができることを考え、積み重ねてきた結果が今です。 

 

顔を合わせる人たちが幸せであってほしいので、その人たちを蔑ろにして何かを成し遂げたいとは思っていませんが、この人たちのために何かしたいという動機は美しくも危ういなとも思っています。自然と、お互い喜びあえる存在になれたらいいなと思います」

 

リビセンの価値観に共感し、応援してくれる人の力になりたいというシンプルな姿勢でこのまちに暮らす華南子さんは、年々少しずつ諏訪への愛着が増しているようです。

 

「親が転勤族だったので5年以上同じ場所に住んだことがなかったんです。こんなに長く同じ場所に住んだのは初めてで、まちの景色が変わり関係性が育まれていくのは、おもしろい体験ですね。約10年かけてどんどん好きになっている感じがします」

 

諏訪湖に囲まれたまちなみ

 

諏訪での子育てが広げる、新たな社会課題への視点

諏訪に移住する前は、東京でカフェや宿の女将をしていたこともある華南子さん。長く同じ土地に住んだことがなく、縁もゆかりもなかった諏訪での暮らしですが、子育てをするうえではとても贅沢だと感じているようです。 

 

「本当にありがたい環境です。子どもが通っている幼稚園は、馬がいるので一日のスケジュールの中に馬のケアもあり夢のような場所。毎日車で30分かけて送迎してますが、好きなポッドキャストを聞きながら子どもと過ごす時間がとても好きです。 

 

子どもが生まれたときは事業もまだ3年目で仕事に費やす時間が多く、3歳まではラグビーボールのように夫とスタッフの間を回しながらどうにか育てた感覚でした。今5歳ですが、6歳までは子どもにコミットしようと決めて生きています。

 

子育てが会社を育てるのに良いフィードバックになることもありますし、逆もしかりですしね」

 

リビセンの入り口にある古材でできた来店スタンプ。店内も子どもが楽しめる工夫がたくさんある

 

そんな華南子さんに、今後地域でやってみたいことや関心のあることを伺ってみると、今の彼女ならではの答えが返ってきました。 

 

「関心があるのは、学童のような環境づくりです。子どもを産んで良かったと思うのは、子どもにまつわる社会問題への解像度が上がったこと。当事者にならないと分からない、子育て中の苦しさってありますよね。 

 

子連れでお店に入るのが気を遣うということも知らなかったし、おむつ替えができる場所があるだけで全く違うと初めて知りました」

 

リビセン1階のカフェ。訪問時は建具ガラスを再利用した小牧広平さんのコップが展示販売されていた

 

「カフェのキッズスペースを大きくしたり、ベビーカーごと入れるトイレを設置したのも子どもが生まれてから。子育ての大変さを実感することで同じような保育者を助けたいと思い、小さな課題を解決する方法をみつけられるようになりました。

 

知らないと親切になれないし助けることもできなかったので、育児を通して気づけたことはすごく良かったなと思っています。学童問題だけでなく、子どもが育ちながら出合う社会課題にひとつずつ向き合っていくのが楽しいですね」

 

カフェの奥には隠れ家のようにキッズスペースがあり親子が周囲を気にせず安心して過ごせる

 

「自分ごと」が地域の景色を変える。一粒で三度おいしくなる循環

華南子さんが大事にしている感覚に“一粒で三度おいしい”という感覚があります。それは1回で3回楽しめるという“効率の良さ”だけを指しているのではないようです。

 

「“一粒で三度おいしい”という感覚が自分にはとても大切。私にとっては仕事を通して“自分がうれしくなり、社会も良くなり、喜んでくれる人もうまれること”。

 

自分ごとと思えばこそ、長い時間モチベーションを維持しながら取り組めると思うんですよ。誰かの期待を背負うと重荷になるし、急いで作ろうとすると大変だし疲れてしまいますよね。

 

自分の視点やアイデアが個人的なものじゃなさそうだぞ、地域の人やこの土地を訪れてくれる人と共有できそうなものだぞ、というところから、何があると一番助かるかな、と、地域に必要なことをやりたいという気持ちが湧いてきます」

 

沖縄から移転してきた古書・言事堂。華南子さん念願の上諏訪にできたこの店には貴重な本が並ぶ

 

「私は昔から読書が好きで、近くに本屋さんが欲しいと公言していました。すると古本屋さんをやりたいという人がでてきて、リビセンで依頼を受けてデザインして、近隣に本屋さんができました。それは私自身の生活も楽しくなりレスキューできるものも増えて喜ぶ人も増えるという素晴らしい体験です。

 

学童問題も自分ごとになったから関心が湧きました。車椅子やベビーカーで入れるトイレを作ろうと思ったのも、周りの個人商店は小さなお店ばかりで、車椅子ごと入れるおむつ替えができるお店がないから。“じゃあうちがその役割を担おう”と思いリノベーションました」 

 

自分が本当に必要だと思い、暮らしがもっと楽しくなること。そんな自分起点の先に、地域の課題解決やニーズの対応が自然と現れてくる。“一粒で三度おいしい”という言葉は、確かな納得感を実践の原動力にしている彼女の指針のようにも思えます。 

 

「地域に必要なものに対し、その時々で自分たちの姿を変えながら続けていくのが好きなのでこれからもそうしていくでしょうね。 

 

自分だけが欲しくても、地域に不要そうだったらモチベーションは上がりません。私もあると楽しいしうれしい、地域にも必要でそれがあることで喜んでくれる人の顔が思い浮かぶ。すべてが同じ熱量になったときに発射する感じです。そういう順番であれば長く正しく続けられると思うんですよね」 

 

一粒で三度おいしいという感覚を大事に華南子さんはまちに新しい景色を少しずつ増やしてきた。 

 

自分の暮らしが楽しくなれば、誰かにも喜びが波及していく。その自然な連鎖が、諏訪で次の10年を形づくっていくのかもしれません。小さな気づきから社会を変えていく華南子さんのしなやかな実践がこれからどう広がっていくのか楽しみです。

 

この記事に付けられたタグ

移住
この記事を書いたユーザー
アバター画像

芳賀千尋

1984年東京生まれ。日本大学芸術学部卒。 20代は地元と銭湯好きがこうじ商店街での銭湯ライブを開催。 1000人以上の老若男女に日常空間で非日常を満喫してもらう身もこころもぽかぽか企画を継続開催。2018年からETIC.に参画。

Events!DRIVEオススメのイベント情報

キャリア

東京都/NPOサポートセンター(東京都港区) or オンライン

2025/08/31(日)