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「自分の居場所」だと思えた奄美大島で、時代と町の移り変わりを見守っていきたい。地域インターン→新卒移住で見つけた自分らしいあり方

2023.09.04 

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「居心地のいい場所を見つけたい」。そんな思いで行動を起こし、今年春、新卒で移住した地域で「ここに来てよかった」と笑顔を見せる女性がいます。九州地方の南方に位置する奄美大島に在住し、島内の病院で管理栄養士として働く住谷遥夏(すみや・はるか)さんです。

 

住谷さんが暮らすのは、奄美大島の北部に位置する龍郷町(たつごうちょう)の秋名集落。人口は多くて200戸ほど(※)。唯一の小学校は、生徒数が約30名という小さな場所です。

 

「ここに暮らしたい」と移住を決めてから自分で就職先を決めるなど、まさに直感力と行動力で「求めていたもの」を手にしたともいえる住谷さんの今。移住後は、自分らしさを大切にしながら、地域にうまく溶け込んでいく。そんな新生活のつくり方には、居場所にしたい地域と長く付き合うヒントがありました。

 

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住谷遥夏さん

 

聞き手 : 小泉愛子(NPO法人ETIC.)

「自分にとって居心地の良い場所」を求めて

 

住谷さんが「自分にとって居心地の良い場所」を探し始めたのは高校3年生の時。ボランティア活動で行ったカンボジアの農村、そこで出会ったNPO駐在員の言葉に住谷さんは心動かされたのでした。

 

「駐在員の方は私より4つ年上だったのですが、彼は、村に入った瞬間に『ああ、ここが自分の居場所だ』と感じたそうです。すぐに移住を決めて、いま働いているNPOに『ここに住みたいから雇ってください』と自分を売り込んだと言っていました。

 それを聞いて、すごくうらやましく思ったんです。こんなにも『居場所だと思えるところ』があっていいなあと」

 

居場所。それまで意識していなかったこの言葉について、住谷さん自身、初めて考えるようになった瞬間でもありました。

 

「神奈川の地元は、『ここが好き』と自信をもって言える場所ではない気がしました。私は人と話すのが好きで、人とたくさん関わりたいのですが、地元では子どもの頃に一緒に遊んだ子たちとも、成長するに従って距離が生まれて、街で見かけても話しかけづらい雰囲気になっていました。自分から話しかけると迷惑かなと不安になるし。こんなふうに、人との交流が途切れがちになることにさみしさを感じていました」

 

「自分にとって居心地の良い場所を探したい」。カンボジアで駐在員の話を聞いてから、居場所を求める気持ちがどんどん大きくなったと話す住谷さんが、奄美大島に大きく惹かれたのは大学3年の時です。

 

地域ベンチャー留学を通じて、奄美大島で1ヵ月間、現地に住み生活を体験するなかで、「奄美大島の人、文化、空気感がすごく好き」と住谷さんは移住を決意。空き家バンクを利用した自宅、仕事など環境を整えたところで今年4月、移住しました。

「管理栄養士はいかがですか?」と自分から“売り込み”

 

社会人経験を経た移住ではなく、大学時代の経験で得た人のつながりや自身の確信から始まった住谷さんの奄美大島での生活。受け身ではなく、あくまでも能動的。なかでも仕事を見つけ出す過程はまさに運とタイミングを自ら近づけたとも言える経験となりました。

 

「奄美大島には、一般就活用の情報ツールがありません。だから、『奄美大島』『仕事』でネット検索をしてみたら、市役所の公式ホームページで『移住定住』希望者向けの就業支援制度を見つけて、そこに就業体験ができる施設一覧が掲載されていたんです。

 

その一覧表から、今勤めている病院に電話をして、『管理栄養士として働きたいのですが、職業体験をさせてもらえませんか?』と聞きました。最初、病院では看護師さんの求人を出していたらしいのですが、『管理栄養士はいかがですか?』と提案していきました」

 

住谷さんの“売り込み”を受けた病院の答えはこうでした。「ちょうど今の管理栄養士さんが定年になって、新しい人を探していたんです」。それが昨年11月。翌月には、3日間、現場でスタッフに囲まれて職業体験を受けました。

 

「職業体験では、職員さんがみなさん温かく迎え入れてくださって。自分が必要とされているとも感じられてうれしかったです。

 

その後は、いろいろ段取りを踏んで採用が決まりました。私も、みなさんの人柄にも惹かれて、『ここで働きたい』と思えたので、今の病院での就職を決めました」

島の幸せを感じる面もデメリットだといわれる面も受け入れて

 

「ここに住みたい」と心から思えた奄美大島での暮らし。空き家バンクを利用した自宅は、およそ築40年の木造家屋で、屋外には五右衛門風呂がある「昔ながらの家」。フローリングはキッチンのみで、住谷さんは畳の部屋に囲まれて過ごしているそう。

 

「集落にアパートやマンションはほぼありません。だから、暮らすとなると一軒家になる場合がほとんどです。ただ、奄美大島に移住したい人が増えていて、一方では空き家があってもすぐに住める状態の家はどんどん減っている状態なのでまさに争奪戦です。今の家を見つけられたのは本当にラッキーでした」

 

今の暮らしについては、笑顔でこう話してくれました。

 

「移住してきてよかったと思っています。心がいつも満たされているんです。自信をもって『幸せ』だと言えます」

 

住谷さんが特に幸せを感じるのが、仕事が終わって集落に帰ってきた時。住谷さんが運転する車からいつも見える、家の周りで子どもたちが遊んでいる姿。子どもたちを見ると、ホッとするそう。

 

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子どもたちが水鉄砲で遊んでいたら、隣に住む高校生がバイトから帰宅。

高校生の姿を見つけた瞬間に子どもたちは全力で水鉄砲を打ちながら駆け寄って行ったそう

 

「遥夏おねえちゃん遊ぼう!」と子どもたちが無邪気な声で叫んでくれること、“おじおば”たちと立ち話をしていたら、ご近所さんたちがワイワイと集まってくること。人とのかかわりが多い日々を、「約束をしなくても人に会える。毎日幸せに感じます」と住谷さんは話します。

 

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近所の子どもが書いた日記に、住谷さんとのことが!

 

もちろん良い面だけでなく、そうではない面も住谷さんは冷静に見ています。移住者が増える中、地域住民には、「新しい風」や「地方創生」といった言葉を前向きに受け止めている人もいれば、奄美大島の古き良き文化や慣習を守りたいと不安を抱く人もいる。いずれの思いも、住谷さんは受け入れることを大切にしたいと話します。

 

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スピードを競う奄美大島の伝統行事「船こぎ競争」に住谷さんは今年初参加。

「奄美の人は船こぎ“ガチ”です。準決勝に進めなくて悔しかったけれど、来年も参加します!」(住谷さん)

 

以前から、新しい風も古き良き文化もみんな合わさって地域を良くしていこうという取り組みがされていて、私も賛成したい思いでいます。

 

移住者の私だからこそできることもしたいです。好きなコミュニケーションを通じて、地域住民の方と移住者の方が話しやすくなるきっかけをつくっていけたらと思っています。地域をよく知らない移住者の方に声をかけたり、地域住民の方たちの輪の中に入りやすいような雰囲気をつくったり。そのためにも、島の人たちが大切にしていることを、私も同じ温度感で大切にすることを意識しています

いろいろな価値観をつなぐその先に見える景色

 

奄美大島には、独特の習慣や光景もあります。家族の垣根を越えた、島全体が家族のような密な関係性。近所の子どもが住谷さんの家に入り冷蔵庫からジュースを出して飲む姿もも、ご近所さんから「持って行かない?」と差し入れを勧められることも、奄美大島では当たり前の光景。住谷さんにとっては心地いい日常です。

 

集落特有のしきたり、男尊女卑を思わせる慣習も、住谷さんが奄美大島に根を張って生活をしながら、いろいろな価値観を受け入れ、つなぐその先に、いい塩梅で暮らせる文化や慣習が生まれていくといい。住谷さんはそう思っています。

 

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奄美での七夕

 

「一般的に古いといわれる価値観に遭遇する時もありますが、郷に入れば郷に従え、で私はあまり気にしていません。時代に合わないとみられることがあったとしても、いつかは良い方向へ変わるかもしれないと気長に待ちながら、時代の流れに乗っていけたらいいなと思っています」

「やってみないと分からない」から分かったこと

 

「学歴やスキルではなく、私自身を見てくれるところ」。これは、住谷さんが居場所と仕事探しで重視した点でした。

 

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多くの人が魅了される奄美大島の空と海

 

移住を決めた時、相談した知人からは「今はまだ見えていない地域の一面に抵抗を感じた時のことが心配」とも言われたそうですが、「今のところ、デメリットといわれる面もうまく受け入れられていると思います」と住谷さんは笑顔です。さらに、住谷さんは奄美大島での自分のありたい姿をこう想像しています。

 

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奄美大島の最北端、あやまる岬の芝生の上に寝転がりながら見上げた星空。

「天の川も見えてとてもきれいなんです。ガイドブックには載ってないおすすめスポットです」

 

「地元の人から『あれ?遥夏ちゃんって移住してきたんだっけ?』と言われたいです。今、伝統的な民謡を頑張って覚えているのですが、民謡も方言も地元の人と同じくらい上手になって、『もともと奄美大島にいなかったっけ?』と言われるようになるとすごくうれしい」

 

「ここではないどこかへ」。そう心が求めた時、そんな自分の状態を受け入れる。それだけではなく、居場所だと感じた環境に自分を順応させていく住谷さんの経験は、とても現実的にも感じられます。

 

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秋名集落のシャッターに秋名在住の画家が描いた作品。

秋名で今でも行われている国の重要無形民俗文化財「ショチョガマ祭り」と「平瀬マンカイ」が描かれている

 

では、住谷さんと同じように、居場所を求めている人が「ここが自分の居場所かもしれない」と感じる場所を、「自分の居場所」と言えるために必要なことは何なのでしょうか。

 

「やってみないとわからないと思っています。今回の移住もいろんな人から心配されましたが、もともと私自身、人と違うことをするのが好きなのもあって、やってみないと分からないし、どうにかなると思って行動してきました」

 

今の自分に対しては、「初志貫徹できていることを誇らしく思える」そう。

 

「もし、居場所にしたいところが見つかったら、まずは1ヵ月くらい住んでみることをお勧めします。私は奄美大島の人が好きだから、みんなに会える集落に住みたいと思って移住しました。まずは実際に生活をしてみて、地域の人たちと触れ合うことで見えてくることがあると思います」

 


 

<奄美大島のコーディネーター 村上裕希さんから住谷さんへメッセージ>

住谷さんがインターンシップに飛び込んできてくれた2021年の夏、あの頃はコロナ禍真っ最中でした。ミッションは、「本物の奄美の暮らしを体感するモニタープログラム」の立ち上げでしたが、コロナ禍で行事も中止、あらゆる生活様式が変わってしまっているなか、彼女たち自身が奄美の人たちとどれだけ交流できるのか、地域の様子を見ながら手探りで受け入れたことをよく覚えています。

 

そんな心配をよそに彼女たちは、持ち前の明るさとコミュニケーション能力の高さで、互いに支え合いながら、地域にあっという間に溶け込み、1ヶ月とは思えない濃密な時間を私たちに与えてくれました。

 

インターン後も、住谷さんたちと奄美は特別な関係になるだろうと思っていましたが、まさかこんなにも早く奄美を“居場所”として選んでくれるとは(笑)。

 

しかし、若いうちにやりたいことにすぐ挑戦するリズムを持つことは素晴らしいことですし、そんな住谷さんの姿勢を応援しています。自分がやりたいと思う気持ちに邁進しながら理想的な暮らしを実現しつつ、住谷さんのように地域とも溶け込み、ここを居場所にしたいと思う人たちへの呼び水であり潤滑油のような存在になってくれたらと期待しています。

 

一般社団法人E'more秋名 代表理事           村上裕希

 


 

 

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奄美大島から大島海峡を越えて南隣にある加計呂麻島での夕焼け

 


 

 

住谷さんが奄美大島への移住を決めるきっかけとなった、地域ベンチャー留学について興味をもった方はこちらをご覧ください。

>> 地域との挑戦はわたしを強くする。「地域ベンチャー留学」

 

(※)龍郷町の移住ガイドセンター運営WEBサイト「住もうディ!」内の「龍郷町の集落概要」を参照

写真提供 : 住谷遥夏

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たかなし まき

愛媛県生まれ。松山東雲短期大学英文科を卒業後、企業勤務を経て上京。業界紙記者、海外ガイドブック編集、美容誌編集を経てフリーランスへ。子育て、働く女性をテーマに企画・取材・執筆する中、2011年、東日本大震災後に参画した「東京里帰りプロジェクト」広報チームをきっかけにNPO法人ETIC.の仕事に携わるように。現在はDRIVEキャリア事務局、DRIVE編集部を通して、社会をよりよくするために活動する方々をかげながら応援しつつフリーライターとしても活動中。いろいろな人と関わりながら新しい発見をすること、わくわくすること、伝えることが好き。

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