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NPO・ソーシャルビジネスの「はじめての融資」〜非営利型株式会社Polarisの事例から〜

2015.11.19 

資金調達の1つの手段「融資」の活用事例セミナーとして、非営利型株式会社Polaris(ポラリス)の代表取締役・CEOである市川望美さんをゲストに、ソーシャルビジネスにとっての「はじめての融資」に焦点を当てた公開インタビューを実施しました。

聞き手はETIC.インキュベーション事業部・マネージャーの佐々木健介、そして金融機関として西武信用金庫業務推進企画部・街づくり支援担当の小淵康博さんにご同席いただきました。 活動について説明する市川さん

非営利型株式会社Polaris代表取締役・CEOの市川望美さん

Polarisの事業内容とは

佐々木:はじめに、Polarisさんの事業内容について教えて頂けますか?

 

市川:はい。Polarisは「誰もが暮らしやすく、はたらきやすい社会の実現」を目指し、特に「潜在的な可能性を秘めた地域の女性たちが身近な地域の中で多様なはたらきかたを実現するための事業」に取り組む非営利型の株式会社です。

この会社の事業の根底にあるのは、子育て当事者である女性の働き方への「もやもや」を解決するということへの思いです。子育てをしながら働くことが難しいとか、特別なスキルが無いからバリバリと働けないという悩みを持っている女性たちに対して、働くチャンスを作って、さらに仕事を通じて価値を生み出して認められるようにできたらいいなと考えました。

それは、わたし自身も退職、出産を経て働くことへの「もやもや」があったからです。そこで働く仕組みを自分たちで作りたいと思って、2011年に仲間と3人ではじめた会社がPolarisです。 一度主婦になった方がもう1度仕事に復帰する支援をするイベントを実施

一度主婦になった方がもう1度仕事に復帰する支援をするイベントを実施

現在は、新しい働き方を目指す人のための講座の実施場所であり、かつ拠点であるコワーキングスペースの「cococi」、庶務代行事業の「セタガヤ庶務部」、お引っ越しの下見サービスなどを行う「ロコワーキング(共創マーケティング)」などの事業を手掛けています。

メインの事業となっている「セタガヤ庶務部」では、主婦をメインに現在170名の登録があります。約半数は近隣の方ですが、なかには地方にお住まいの方もいますね。クラウドソーシングでの業務も可能なので、転勤族のご家族も少なくありません。

また、ロコワーキング(*1)事業として展開する「くらしのくうき」というサービスでは、「暮らしが価値になる」ということを実現しています。不動産会社と連携していて、土日などの繁忙期にモデルルームに常駐して、そのまちに暮らす生活者としてのリアルな地域情報やそのまちの暮らしの空気感をお伝えすることで、実際に成約率が上昇するという成果も得られています。

*1:ハワイ語で地元をあらわすLocoとCoworkingの造語。そのまちに住んでいるからこそできる仕事、愛着と誇りを持って行う地域の事業といった意味

融資を受ける以前の資金源は、内閣府のビジネスプランコンペで獲得した資金を皮切りに、地域で活動する団体への支援金、助成金、補助金などさまざまなものを活用してきました。売上は今回の決算で約2,000万円まで成長してきました。

「借金はせずに身の丈に合った起業」から一変。融資利用を決意した経緯は?

佐々木:融資は昨年の秋、500万円を借りたということですが、なぜ融資を受けることになったのでしょうか?

 

市川:メンバーの境遇の変化と組織としての発展が必要だという実感が大きなきっかけとなりました。

昨年の10月に融資を受けることとなり、返済は最初の1年間は元金を据え置き。2015年10月から5年間かけての返済がはじまり、毎月8万円ほどの返済を行うことになります。

実は創業当初、絶対借金はしないと決めていたんです。Polarisを創業したときは、わたしたちはみんな夫の扶養に入っていました。開業はしているので青色申告は行いますし、その範囲内に収めようとしていたわけではありませんでしたが、結果として扶養の範囲に収まっていました。

そんなわたしたちがいきなりここで借金を背負っても難しいだろうと考えていたんです。 ビジネスだし、リスク背負って当たり前と考える人がいるのも理解はできるのですが、それだから働けない人も多かったり、スタートアップが多産多死になっていてなかなか立ち上がらないという側面も日本にはあったりすると思っています。

だから、身の丈に合った起業の仕方でやってみようと考えて、借金をしない、銀行残高30万円(家賃3か月分)を切ったら撤退というラインの設定、という2つのことをとみんなで決めました。 まずは自分たち自身が心地よく暮らし働くために、世間的にこうすべきだではなく、みんなで「これならできるね」というラインを考えた結果です。

なにより、家族との暮らしのために自分たちで仕事を創るのですから、自分たちが納得できるやり方を選びたかったのです。

3年目を迎え、経営メンバーの意識に変化

市川:しかし、事業スタートから3年目を迎えるころから、少しずつ事業の方向性が変化しはじめました。

その背景にはそれぞれの子どもの成長があります。少しずつ子どもたちが大きくなっていくなかで、「子どもが小さいときの働き方」をこれからも続けるのではなく、この仕事を未来も続けて行くためには、きちんと報酬を得て、自分のキャリアと言えるようにならないといけないとそれぞれが考えるようになりました。

そこで、事業をより成長させたいという方向に経営メンバーの意識が変化してきたのです。 意識の変化によって、お金に関わる部分ももちろん変化が求められました。元々は手を動かした分だけ…というかたちで、活動にかけている時間や役割によってお金も分け合っていましたが、そうするとどうしても短期的な視点でしか活動ができなかったり、長期的なプランを実行するための備えができなかったりということも当時実感しはじめていたタイミングでもありました。

それでもしばらくは、助成金や小規模事業者の活性化のための補助金を使用していましたが、こうした資金源は申請した目的のためのみに資金の使用が許されることに加え、必要以上の成果を出すこともできないというデメリットがありました。そこでいよいよ、融資という選択肢が現実的になったわけです。

「ソーシャルエリート」しか、融資なんて受けられないと思っていた

佐々木:実際には活動資金に苦しんでいたというわけでもないですし、借金をしないと決めていたのにも関わらず大きく方針が変わることになったんですね。このときの心境の変化や、方針の転換をするにあたって改めて考えたことなどがあれば、より詳しくお聞かせいただけますか?

 

市川:わたしたちは元々子育て支援のNPO出身ということもありますし、今よりもずっと地域のNPO的な発想で事業をしていました。それこそ、1件数千円程度の規模の案件からはじまっているので、融資だなんて想像もつきませんでした。 「わたしには、一生無理かも…」という思いがあったほどです。

ソーシャルビジネスで融資を受けるだなんて、コンサル会社出身でソーシャルベンチャーを立ち上げているような、いわゆる”ソーシャルエリート”のような存在の人たちしかできないものだと感じていました。 そんなタイミングで、たまたまETIC.のソーシャルビジネス事業者向けの研修に参加する機会があって、そこで同じように事業を次のステージに進めなければいけない創業者や二代目の方、NPOやソーシャルベンチャーの方たちとお話をして、やっぱり自分たちも次のステージに行くためには覚悟を決めないといけないと感じました。

そして、ETIC.がサポートをしてくれるという環境もあったため、最終的に融資獲得のためのチャレンジを決めました。 それまでは、”ソーシャルエリート“の人たちが、わたしたちと同じように地域を軸にしていると言っても、なにかわたしたちとは違うという思いが心のどこかにあったんですよね。

でも実際に接点を持ってみたら、同じように突き詰めたいテーマがあって、彼らのことを身近に感じる部分も増えました。そうした経験もあって、わたしたちもちょっと負荷をかけてでもやりたいなと思えるようになってきましたね。 当日の様子

試行錯誤の末、1年かけて使い道を決定

市川:そこからの動きは速かったです。調べたところ融資受付の締切も迫っていたので、すぐに相談をスタートし、昨年の夏ごろに事業評価委員会の面談審査を経て、採択されたのが9月です。

採択の返答は条件つきで、プランの甘いところに関して追加の資料を提出する必要がありました。それで融資を受けたのが昨年の10月のはじめ、という流れです。

今回融資で獲得したお金は、人件費や諸経費などの運転資金に使う目的ではありましたが、すぐに必要なお金というよりも、この先3年、5年、10年…と長期的な視点で使うべき大事なお金だと思っているので、具体的な使い道をETIC.に相談しながら慎重に進めてきました。

融資がスタートした当時は11人コアメンバーがいて、みんなでこの500万円を自分たちにとってどうしたら一番良い使い方になるか、合宿を行い話し合いました。組織が中長期的な目線で動き出すなかで、どれだけコミットできるかを話し合った結果、メンバーが抜けるという出来事もありましたが、試行錯誤を経てようやく具体的な使い方が決まったのが融資スタートから1年経った最近です。

融資を受けるときにも、「会社を信頼して託すお金だから」と言われましたし、組織を変えていくためにじっくりと考える必要があると感じていたので、1年間というのは必要な時間だったと思っています。

融資で得た資金を「どう増やしていくか」で組織が変わる

佐々木:融資をきっかけに、今までの資金計画が短期的だったのに対し、長期的な視点を持つようになり、また資金を増やして行く計画に変化していますよね。実際にどう使うか、だけじゃなく、自分たちの今後のプランが変わっていくというのは大きな変化だと思います。Polarisさんの事例を拝見して、そこはわたしたちも気づかされた点ですね。

 

市川:そうですね。今回の融資をきっかけにわたしたち自身にも変化が求められました。一番大きく変化したことの一つが、今年の1月からそれぞれ夫の扶養を抜けて自分たちで保険を払いはじめたということです。今まではいつでも引き返せる状況だったところから、覚悟を決めて自分たちで全部やっていこうね、と決めました。

 

佐々木:少し突っ込んだ質問ですが、連帯保証などはどうされているのでしょうか?

 

市川:毎月の返済額である8万円なら、困ったときはみんながバイトをしてカバーすることもできますし、何もないところからわたしたちは活動をやってきているので、それならそれでどうにかする方法も知っています。今は物件を3つ持っていますが、もしものときはcocociを離れて固定支出を減らすということも可能ですから、どうにかなるだろうと良く話し合った上で前向きに考えていますよ。

また、メンバーは子育て中の人が多く、長いスパンでの約束は難しいため、子どもや家庭の状況に合わせて半年ごとにコミットすべき内容をセルフチェックで見直していく運営方法に改めました。

これまでは、やれる範囲でいいよとか、子供が病気したら家庭優先になるよね…という感じだったので、実際にできると言った仕事量が守れないことも多かったと思います。

ですが、それだけだと未来の食いぶちは作れないですし、やっぱりお金を5年間かけて返していく以上は、もっと頑張れる人を増やさなければいけない状況になりました。 メンバー同士で「もうちょっと頑張れるラインってどこにあるかな」とか、「時間差し出すんじゃなくて成果を差し出すとしたら、どこまでできそうかな」とか。役割としてのキャラクター設定と、自分の興味ある業務の範囲と、成果を決めてもらって、合宿ですり合わせていくということを行いました。

 

佐々木:つまり融資に向き合うことで組織のモードチェンジみたいなものがあったんですね。

 

市川:そうですね。1年間返済がないという点に助けられて、その期間を通じて組織の方針をしっかりと変えることができました。いきなり来月から返済と言われると、やっぱりもっと短期的な動き方をせざるを得ないのですが、この1年間の猶予があったので、ひとまずじっくり準備しようと思えたことが大きいです。

また、融資を受けた500万円があることで、日銭を稼ごうとか、節約に走ることで組織を保とうとすることはしないで済みます。これまでは、手弁当でいいじゃんとか、みんながフリーランスで関わるから自己負担だよねとかしていたところも、曖昧にせずに組織で負担できるようになりました。それだけに留まらず、口座に500万円あることでお金をもっと動かそうと思えるようになったのは本当に大きな変化です。 cococi4周年の様子

運営するコワーキングスペースcocociの4周年記念イベント

信頼関係の蓄積が融資につながる。

佐々木:Polarisさんの事例を踏まえて、西武信用金庫の小淵さんからも専門家としての意見をいくつか頂きたいと思います。まず、Polarisさんは非営利型株式会社というかたちで運営をしていますが、法人格の違いは融資にどう影響するのでしょうか?

 

小淵:正直なところ、創業間もないNPOに融資する金融機関は、東京都内でも数えるほどだと思います。NPOに対する見方というのはまだまだ金融機関の中において温度差があるのは事実です。

 

佐々木:他の資金調達の手段であれば、クラウドファンディングとなるとNPOの方がやりやすいですよね。

 

小淵:そうですね。NPOか、株式会社かという法人格の選択にはメリットデメリットがありますから、お困りの場合にはそうした点についてもご説明はさせていただきますよ。

 

佐々木:そうですね。それから、ソーシャルビジネスに携わる組織の金融機関の使い方や、どのようにコミュニケーションをとったら良いかについて、お聞かせいただけますか?

 

小淵:みなさん実際に金融機関に行って融資の相談をされたことってありますか? 多くの方は金融機関への相談に対して、敷居が高いイメージを持たれている気がしていますが、実際には、どんどん相談に行った方がいいと思っています。 当日の様子2 はじめは担当者がいないので、時間がかかる点もありますが、一度担当者が決まればそれ以降はその人にアポイントメントをとって、何度でも相談ができるようになります。 担当者とのコミュニケーションをとっていくことで、信頼関係が蓄積されていきます。

具体的に融資の審査に入るときには、人柄なども見ています。ですから、コミュニケーションをとるプロセスで、経営者として、そしてお金を貸す相手としてもじっくりと見られていることを理解して、わからないことや悩んでいることは遠慮せずにどんどんコミュニケーションをとった方がいいと思いますね。

 

市川:わたしはこれまでの経験から、上手にコミュニケーションがとれたり、テーマが決まったりするまではいろんなところに相談に行った方がいいのではと思っています。その1つの選択肢に金融機関もありますよね。 こうやって融資を受けるに至るまでに、事業フェーズによって相談する人が変わってくると実感しています。

誰が今のわたしたちに伴走してくれるのか明確にしていくためにも、さまざまな人とコミュニケーションをとった方が良いと思いますよ。  

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村上 萌

1988年静岡県生まれ。高校卒業後、管楽器の修理人を3年間経験後一念発起して大学へ。法政大学卒業後は人材系企業で自社運営の新卒採用求人サイトの大学・学生向けプロモーションや、中途採用人材紹介の法人営業に従事。2015年3月より、配偶者の転勤により南アフリカ共和国在住。現在はクラウドソーシングでコラム執筆などを行っている。

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