11月3日に東京・大手町で開催された「ローカルベンチャー・サミット2018」は、自治体間の、そして自治体と企業との連携を軸に、地方での新たな事業の創出を目指して約200人が臨んだ「作戦会議」だった。
▷ローカルベンチャー・サミット2018レポート(1)主旨説明およびオープニングトーク編はこちら
オープニングに続く18もの分科会は、ローカルベンチャー推進協議会を構成する11のメンバー自治体がそれぞれに、また連携してテーマを設定し、企画運営を担当したものだ。テーマは地域ごとの特徴や重点施策の多様性を反映し、観光、防災、不動産、アート、地域福祉から、事業承継、兼業・副業など新しい働き方、交付金に依存しない自治体の資本戦略まで、多岐にわたった。
▷ローカルベンチャー・サミット2018レポート(2)分科会「Reベンチャー~新しい事業承継の形~」編はこちら
レポート最終回は、雲南市の「ソーシャルチャレンジバレー」構想をテーマとした分科会の内容を紹介する。
新たな社会デザインの実証実験 ~雲南ソーシャルチャレンジバレー~
▽登壇者
雲南市役所 政策企画部 部長 佐藤満氏
株式会社竹中工務店 まちづくり戦略室 岡晴信氏
ヤマハ発動機株式会社 先進技術本部 NV事業統括部 NV企画部部長 加藤薫氏
株式会社エムエスデイ/株式会社ラーニング・イニシアティブ 代表取締役 北島大器氏(ファシリテーター)
島根県雲南市といえば、「小規模多機能自治」で全国に知られる自治体だ。この記事を読んでいる方なら、最近注目を集める「コミュニティナース」の発祥の地が雲南であることも、ご存知かもしれない。その雲南に今度は「ソーシャルチャレンジバレー」というキーワードが加わった。これらは一見、それぞれ独立した取り組みのように見えるが、実はすべて「雲南チャレンジ」という一枚の絵の中で語ることができる。
雲南市の現在の人口は3万8千人あまり。ご多聞に漏れず過疎高齢化が急ピッチで進み、2015年に37%まで上昇した高齢化率は全国平均の25年先を行く。こうした状況を「課題先進地」と呼んで変革につなげようとする例は多い。が、雲南はさらに一歩進んで「課題解決先進地」を掲げ、「雲南チャレンジ」でそれを実現しようとしているのだ。
これは子ども、若者、大人それぞれのステージで、チャレンジの連鎖を生むための一連の施策である。ベースは、市が10年以上の年月をかけて作り上げてきた地域自主組織による課題解決型の住民自治(大人チャレンジ)。コミュニティナースを生み出す母体となった「幸雲南塾」という人材育成プログラムは若者チャレンジの核であり、子どもチャレンジでは地域全体を学びの場とした「雲南コミュニティキャンパス(UCC)」というキャリア教育やふるさと学習を通じて“生き抜く力”を育む。
「ゆりかごの前から墓場の後まで、地域の人たちと一緒にやることを目指してきた」と、雲南市の佐藤氏は言う。そして今、さらなるインパクトを求めてその上に「企業チャレンジ」を掛け合わせ、全プレーヤーによるソーシャルチャレンジの生態系を作り出そうとしている。これが「ソーチャレンジバレー構想」だ。
「企業チャレンジ」とは、自社の製品・サービスを通じて新しい社会デザインを目指す企業やNPOへ雲南市を実証フィールドとして提供し、地域自主組織などと結びつけながらプロジェクト化していく試みである。雲南市の募集に対して企業が手を挙げる形もあれば、企業側からの提案もあり得るという。佐藤氏は、「チャレンジしなければ生き残れないと考える企業のみなさんは、ぜひ雲南市と組んでほしい。来てもらったからには、より質のいいサービスを作れるよう一緒に取り組んでいく」と話す。
企業はなぜ自治体と連携するのか
この構想の正式なスタートは2019年度というが、既に雲南と接点を持つ大企業はいくつかある。
生き残りをかけたビジネス戦略としても、またSDGs(持続可能な開発目標)対応の観点からも、チャレンジのフィールドとして地方に注目し、自治体との連携に可能性を見出す企業は多い。が、当然ながらその商材や業態によって関わり方は様々だ。この分科会では、ヤマハ発動機と竹中工務店という異なる業種からゲストを迎え、それぞれのケースを学んだ。
▶ヤマハ発動機と「低速モビリティ」
ヤマハといえばオートバイのイメージだが、実際には電動自転車、ボート、除雪機から無人ヘリ、産業用ロボット、樹脂製プールまで幅広い製品を作っている。そのヤマハが成長戦略のひとつに据える分野が、「低速モビリティ」だ。時速20㎞未満、走行場所にもよるが自転車と同程度以下のスピードで走る小型の乗り物のことである。その典型のひとつがゴルフカートで、実は日本のゴルフカートの8割はヤマハ製だ。そこでは20年以上前から自動運転の技術が作り込まれてきたという。
「私たちが考える未来のまちのキーワードは、“スロー・スマート・セイフティ”。そこにはエコで低速な乗り物が必須だという仮説を立て、国土交通省や経済産業省と協力して地形や気候の異なる各地で実証実験を進めています。そこでは自動運転技術もきわめて重要な要素と捉えています」(加藤氏)
その実証実験の動画を見れば、この「低速モビリティ」の可能性がわかる。車幅が狭いので狭い道でもOK。ゴルフカートのパワーで急こう配も走行でき、多少の積雪でも大丈夫だそうだ。(ただし、現時点では公道での完全な自動運転は認められておらず、実証実験でも監視と緊急対応のために運転者は乗車している。)
この低速モビリティがパーソナルな乗り物として、たとえば免許を返納した高齢者にも提供できるようになれば、「新しいまちづくりにつながる可能性がある」と加藤氏は言う。今年から接点を持った雲南市とは、「人の賑わいを作り出すような楽しい乗り物について一緒に考え始めている」ということだ。
こうしたチャレンジは、しかし、ヤマハ単体でも自治体単体でもできるものではない。「有効なネットワークをどんどん作っていきたい」(加藤氏)という思いで、NPO法人インスパイア、同ETIC.とともに「まちノリ☆ラボ~ノリモノで超絶まちづくり」という活動も開始した。加藤氏は、「今日ここにいる人たちとも一緒に考えていければ」と締めくくった。
▶竹中工務店と「健築」
足元は好況の建築業界だが、中長期的に見れば人口減少で建物需要が落ち込むことは明らかだ。建設事業が売上の9割を占めるゼネコンにとって、この課題意識は大きい。そこで今、竹中工務店は「まちづくり総合エンジニアリング企業」を標榜し、建物と周辺環境を合わせてサステナブルなまちづくりの戦略を考えているという。
「まちづくりに関する30の専門領域を磨いていく取り組みで、これは同時にSDGsにも合致するものです」(岡氏)
その一例である「森林グランドサイクル」は、地方の森林資源を使って都市部にビルを建て、その収益を山に返していく取り組みだ。「いまや主要構造が木造の20階建てビルがつくれる時代。我々が中大規模木造のサプライチェーンとして新しい市場をつくり、国産木材の利用を拡大することで、森林資源と経済の好循環を目指したい」と岡氏はいう。
雲南市との連携で模索しているのは、「健康」の分野である。建築会社がなぜ「健康」か? 岡氏によると、人間は人生の約9割は建物の中で過ごすと言われている。つまり、「建物は健康に大きな間接的影響を与えているわけで、そこから私たちは『健築』というコンセプトを導き出した」(岡氏)というのだ。
その「健築」プロジェクトは、「いるだけで健康になる空間の創造」を掲げ、健康に関する知見は専門家のサポートを受けながら、企業やNPO、官庁や自治体と連携して様々な可能性を探っている段階だという。そんな中、岡氏の所属する「まちづくり戦略室」がまちづくりの事例を探していて出会ったのが、雲南市のコミュニティナースの取り組みだった。
「コミュニティナースは、コミュニティに寄り添って住民の言葉を拾い、異なるものをひとつにまとめていくのがとても上手です。そんな彼らに、縦割りの弊害に悩む企業のオフィスに入ってもらったらどうなるか。そんな実験をできればと考えています。もちろん、社員の未病の発見にもつながる可能性もある。コミュニティナースを入口として、様々な健康分野での連携可能性を探ろうとしているところです」(岡氏)
企業x自治体の連携は利益につながるか
ヤマハ発動機と竹中工務店。既成の商品を持っているメーカーと、基本的には受注産業であるゼネコンとでは、自治体との連携の仕方は当然異なる。しかしいずれも事業体である以上、その協働が収益につながるのか、そして収益を生むまでの先行投資期間がどこまで許容されるのか、これらは避けて通れない論点だ。
ファシリテーター北島氏による問いかけも、企業人が大勢を占めた会場からの質問も、おのずとそこに集中した。
自身もベンチャーとして株式会社ラーニング・イニシアティブを創業、ベンチャー企業数社の経営を支援した経験も持つ北島氏は、企業が地域と関わる際に、「コストセンターではなくプロフィットセンターの事業として、社内の位置づけや成果の見せ方を考える必要がある」という。端的に言えば、「なんでうちでやるの?それ稼げるの?」という疑問に答えられなければならないということだ。
ヤマハの低速モビリティの普及事業は、現時点でまだキャッシュを生んでいない。加藤氏は、「あくまで私個人の考え」と断った上でこう答える。
「1~2年のうちに売上を計上して5年内でほぼペイできれば理想でしょうが、おそらくそれは難しい。そもそもこの手の事業はインフラを作るものですから、小売り中心だったビジネスモデルからの転換の契機として、長期スパンでイメージしています。ただ、自動運転というのはホットなキーワードですから、この追い風をうまく利用できたら前倒しできる可能性はある。その鍵はチームを作ることです。地域によっては役場と住民の温度差があったり、既存の交通インフラ提供者が脅威を感じたりするケースもありますから、一緒にやっていく仲間をいかに増やしていくかが大切です」
一方、短期的には好況に沸く建設業界で「まちづくり」という超長期の事業に挑む竹中工務店はどうか。
「いまの好況は一時的なもので、その後に厳しい時代がやってくること、それに備えて今からチャレンジが必要なことは社員全員よく分かっています。ただ、現実には現業の社員を巻き込むまでには至っていません。また長期といっても、やはり3年くらいで一定の手ごたえは欲しいところです」
自治体と組むのは企業にとっては忍耐力という意味でも「チャレンジ」であることは間違いないが、であればなおさら、どの自治体を相手に選ぶかも大きなポイントのはずである。一口に自治体といっても、その気候風土、人口構成から産業構造まで実に様々だ。雲南市との協働に2社が感じている魅力とはどんなものなのか。岡氏も加藤氏も指摘したのは、「意思決定の迅速さ」だった。
サイズでいえば、たしかに人口3万8千というマーケットは「成果が見えやすい」(佐藤氏)規模なのだろう。ただ、雲南が企業にとって絶好のテストフィールドとなり得るのは、単に小回りが利くという理由だけではなさそうだ。佐藤氏はいう。「企業と自治体が組むときは規制改革の問題が必ず出てきますが、全国一律の規制がうまく働かないなら代わりにどういうルールで運用すればいいか。その実験場として、市民参加でオープンな検証ができる我々と組むメリットがある」。
さらに、「これまで企業と自治体が関係を持つには入札という文化しかなかった」(佐藤氏)ところを、ソーシャルチャレンジバレー構想の中で市民自らが地域の課題解決のパートナーを選ぶような仕組みを作れれば、企業が地域とダイレクトに関係を持つことも可能になるという。これこそ、住民自治が名実ともに機能している雲南だからできる「チャレンジ」といえよう。
また企業にとっては、雲南で実証実験した成果を生かせるのは同規模の地方市町村だけに限らない。岡氏は、「その知見を都市部にも持ち込みたい。都市部と中核地方との間で資源と経済をぐるぐる回すようなビジネスを作っていかないと、自分たちのビジネスも成り立たない」のだと語る。
そんな魅力的な実証実験のフィールドとして、雲南市にアプローチする企業は両社の他にも多い。お互いにとってメリットのある組み方を模索しつつ、「小さなきっかけで実証実験が本当のビジネスに変わる瞬間」(北島氏)を、雲南ではこれから数多く目にすることができるだろう。
さらに、資本力を持つ大企業がこうして地域に入って活動することは、古くからの地場産業や現地で起業したローカルベンチャーたちにもきっとポジティブな影響を与えるはずだ。それは単なる資金面の話だけではない。地方の小さなコミュニティ内での活動は、とかく目の前の「誰か」に意識が集中しがちだが、大企業は桁違いに大きなマーケットへリーチし、理念を語りビジョンを伝えるノウハウを持っている。こうした大企業の持つ知見こそ、今年折り返し地点を迎えた本ローカルベンチャー推進事業の次の課題である、「ベンチャーたちの1から100への飛躍」のヒントにもなろう。子ども×若者×大人×企業、全プレーヤーのチャレンジの生態系が誕生しようとしている雲南市は、その意味でローカルベンチャー推進事業の未来の姿を体現しているともいえるのだ。
雲南ソーシャルチャレンジバレー構想のスタートに注目したい。
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