「実際に存在するっていう前例があれば、突破できる課題がたくさんあります。その1つ目の事例になりたいと思ったんです」
こう話すのは、山形県の大朝日(おおあさひ)山麓に位置する人口およそ6,000人の町・朝日町(あさひまち)を拠点に、地域振興コンサルティングとデザイン・企画の事業をおこなう、まよひが企画の佐藤恒平(さとう こうへい)さんです。ビジネスを生み出すオフィスの一つを、公立中学校の生徒が行き交う校舎の2階に構え、普段ここで通常の業務を行っています。
また、このオフィスは、地域と学校がつくるコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)としての役割も担っています。そんな取り組みを佐藤さんがリードしている理由をお聞きしました。
佐藤 恒平(さとう こうへい)さん
地域振興サポート会社 まよひが企画 代表
1984年生まれ福島県出身。東北芸術工科大学大学院デザイン工学専攻修了。2010年に地域おこし協力隊として山形県朝日町情報交流アドバイザーに就任、着ぐるみキャラクター「桃色ウサヒ」による朝日町のPR活動を始める。現在も同町では関係人口人材との協業、義務教育学校の創設などの分野で地域振興プロジェクトを手掛けている。2014年1月、地域振興サポート会社「まよひが企画(マヨイガキカク)」を開業。2017年には、古民家をリノベーションした県内初の公設民営のゲストハウス「松本邸一農舎」を開業。あわせて総務省の地域力創造アドバーザーに就任。2022年5月より、朝日町立朝日中学校の空き教室をサテライトオフィスとしながらコミュニティ・スクール「スキマクラス2.5組」の活動を行っている。
Webサイト : https://mayoiga-k.jp/
「『毎日が職場体験』のようにできたら」
今回、佐藤さんは中学校内のオフィスから取材に応じてくれました。学校でのオフィスの名前は、「スキマクラス2.5組」。「第3の居場所(サードプレイス)より0.5歩だけ学校に近寄った場所」という意味が込められています。
部屋の中央には、高さ2メートルを超える回転式の本棚が配置され、周囲には、ボードゲームや電子キーボード、ランニングマシン、ハンモックなどが所狭しと並びます。廊下に面した水色の扉は、大きな窓と可動式の熱帯魚水槽が組み込まれていて、その隣には電子掲示板も並びます。
オフィス(教室)のドアの前には魚が泳ぐ水槽を設置。これで、中の様子が気になった生徒が、魚を観察するふりをして覗くことができるという。大人の遊び心に隠された「生徒が安心して使えるデザイン」にあふれている場
もともと空き教室だったこの空間で、佐藤さんはデザイン制作やオンライン会議など通常業務を日中に行い、放課後は自習室・フリースペースとしてオフィスを開放し、生徒と交流する時間をつくっています。
また、先生たちの相談にも随時対応します。地域をテーマにした総合学習のカリキュラムを手掛けたり、美術の時間を受け持ったり、修学旅行に同行したり。先生のサポートもコミュニティ・スクールの取り組みとして行うことで、教員の負担軽減につながっています。
「中学校のカリキュラムに町の職場体験というのがあって、僕の会社でよければ毎日好きなときにのぞいてもらってもいいかなと思ったんです。『今はこんなものを作ってるよ』、『今度、こんな町おこしをするんだよ』と、実際に仕事の過程を見てもらいながら、生徒や先生と気軽に話せることは、僕が手がける地域振興にとっても価値があることなんです」
佐藤さんは「スキマクラス2.5組」で様々な大人たちと仕事を進めていて、子どもたちはプロの仕事を間近で見ることができる
佐藤さんの会社と取り引きがある町内の事業所も、プロジェクトなどの打ち合わせは中学校の中で行うことになっているそう。生徒たちは「スキマクラス2.5組」の入り口窓から、働く町の大人たちの姿を気軽にのぞき込むことができるのです。
民間企業が教育現場にオフィスを置く。「前例主義」に必要な“前例”をつくる
佐藤さんによると、実際に教育活動を行っている公立中学校で、民間企業が空き教室を間借りすることは、これまでに例のない取り組みだそうです。「全国の空き教室で『スキマクラス2.5組』のような取り組みが広がってほしい」と佐藤さんは言います。
「学校の中に民間企業がオフィスを借りることって、一見、信じられないですよね。僕もそう思っていましたが、教育委員会と学校の許可があれば特別な資格が必要なわけではありません。うちの会社は妻と僕の2人だけの小さな会社で、中学校内のスキマクラスで働いているのはだいたい僕1人です。1人でも、規模が小さくても、学校とのこんな関わり方ができるんだっていう、1つの前例になれたらと思っています」
「前例」に対する考え方について、佐藤さんはこう続けます。
「社会では一般的に、『前例のないこと』を断りの文句として認める『前例踏襲主義(ぜんれいとうしゅうしゅぎ)』が浸透しています。慎重に物事を進めていくためには悪いことではないからこそ、僕は自分の役割として、その前例主義のために活かせる『前例』をつくりたいんです。
前例があったとしても、『じゃあやろう』という状況にすぐにはならないと思います。ただ『自分たちは何を選択すべきか』を、前例さえあれば同じ土俵で話せるんです。もちろん、スキマクラスも最初から簡単にオフィスが置けたわけではありません。企画の見せ方や提案のタイミングなども工夫をしました」
生徒たちが授業以外の学びや興味関心を広げる「スキマクラス2.5組」の取り組みは朝日町に新設される学校でも期待されている
2028年(令和10年)4月、朝日町立朝日中学校は町内3つの小学校と統合し、9年制の「義務教育学校」となる方針が決まっています。佐藤さんは、メインコンセプトの設定など新学校の設立に深く関わる義務教育学校創設準備室にも所属しています。3年前に始め、コツコツと育ててきた「スキマクラス2.5組」も、「新しい学校に導入したい」と前向きな話が出ているとのこと。
そんな「スキマクラス2.5組」を始めた大きなきっかけは、学校運営に地域の人が関わる「朝日町コミュニティ・スクール」の運営委員に選ばれたことでした。学校見学をしている中で、空き教室が活用されずもったいない状態になっていることや、教職員が忙しく、困りごとを外部の人に相談する時間を持てないことに気づいたのです。
「自分にできることとして、学校の中でいつでも気軽に話せる雰囲気をつくることが必要なのではないかと感じたんです」と、佐藤さんは振り返ります。
あたらしい学校、きょういくを大切にしたい
「朝日で始まるきょういくと 未来へつながるまた明日」
これは、佐藤さんも関わっている義務教育学校創設準備委員会で作った、約4年後に義務教育学校として生まれ変わる新しい学校のメインコンセプトです。
山形県朝日町は2024年11月1日、町制施行70周年を迎え、その記念式典で新しい学校名の発表とコンセプト解説が行われた
「『きょういく』は『教育』を表すのですが、ひらがなにしたのは、『今日行く』とも読めるようにしたかったからなんです」
佐藤さんは、コミュニティ・スクールを通して中学校と関わる中で、学校に毎日登校することが決して当たり前ではない現状を知ったと言います。ただし“田舎”といわれる地方では、フリースクールなどのオルタナティブな学びの場は十分には整備されていません。結果として学校に行かないことで、社会とのつながりや未来の選択肢が極端に狭くなるとも感じたそう。
教壇にも立つ佐藤さん。いろいろな子どもと関わる機会も多い
新しいコンセプトの「きょういく」には、子どもが朝起きてから「今日、学校に行きたい」と思えることの大切さ、「今日学校に行く」ことを子どもたちがワクワク思える学校づくりへの願いが込められているそうです。
「『スキマクラス2.5組』の存在も、多様な子どもの『今日(学校に)行きたい』という理由のひとつになれたら嬉しいです。子どもにとっての学校がある楽しい日常をつくり出すことを一番大切にしたいんです」
中学生に、未来を描けるローカルリベラルアーツを
新しい学校のメインコンセプトにある「未来へつながるまた明日」に込められているのは、「自分が生まれた町で『こんなことを学べた。明日も学びたい』と子どもたちに思ってもらえたら、との希望です。いま自分がいる町で、子どもたちが未来を楽しく描けるように、佐藤さんは現在の「スキマクラス2.5組」にもたくさんの工夫を仕掛けています。
木製の回転式本棚は中央の柱を軸に部屋を4つに仕切ることが可能。自習に来た子どもたちはグループや個人に分かれて過ごせる
生徒が自分の過ごしたい時間を過ごせる空間を実現。こうしたデザイン的な仕掛けを組み込めることは、佐藤さんのデザイン会社としての強みになっている
「スキマクラス2.5組」の運用コンセプトとして掲げているのは、「ローカルリベラルアーツ(※)」という考え方です。
(※)リベラルアーツとは、古代ギリシャで生まれた教育の概念で、人間が「こうあるべき」といった固定概念や常識から解放され、自由に生きるための手法を意味するもの。
過疎地域に生まれると、都市部との圧倒的な体験格差を感じざるを得ない状況が生じます。例えば、多様な人に関わる経験や学校外での学びの機会など。「そんな中でも子どもたちが自由に未来を創造するために『学ぶこと』に価値を見出してほしい」と、佐藤さん。いまの地域の現状に適した(ローカライズされた)教養をローカルリベラルアーツと定義し、「中学校のときに知っておきたかった」と思う、学校の教科にはない学びの書籍や漫画などを本棚いっぱいに並べています。
仕事や生き方に触れる本、高校や大学進学で出会える面白い学問のマップと解説書…。本棚には、様々な未来につながる書籍や漫画が並んでいる
「進路は文系・理系だけじゃないよ」「苦手だからと避けている学びも、つぎの進学で必要になるかも」……etc. 子どもたちがイメージや苦手意識の先行ではなく、少しでも必要性を理解したうえで未来を選択できるよう、本棚には、手に取りやすいラインナップを揃えています。
朝日町の現状に合わせた選書も、ローカルリベラルアーツのポイントの一つ。町内に若者が服を買うお店がないので『私服の買い方と選び方』、町内に神社仏閣がたくさんあるから『世界の宗教の分布』の本などを並べています。
また、部屋内に配置された電子ピアノやペンタブレット、プログラミングに活かせるパソコンなどは、「スキマクラス2.5組」の運用コンセプトに賛同した有志からの寄贈品です。「スキルアップのきっかけになれば」と、一つひとつ増えていきました。
「学びと体験から子どもたちの未来を思い描く力が育まれ、『明日もまた学びたい』という気持ちにつながっていくことを願っています」
再現するなら「この2つ」。子どもが欲しいものと、先生とのコミュニケーション
「もし、自分の学校にも『スキマクラス』をつくりたいと思う方がいたら、大事にしてほしいことが2つあります。
1つは、『自分が子どもの頃に必要だった、ほしかったものは何か』です。コミュニティ・スクールは地域と学校が協働で行う取り組みですが、関わるのはあくまでも『人』。だからこそ自分自身の経験を最も大切にしてほしいのです」
何かに夢中になる、その集中力はいつか未来をひらくスキルになる
「『自分が子どもの頃に知っておけば、より人生が開けたであろう経験・知識』に、いまの子どもたちが出会えること。このことを軸に活動することが、継続のための一番のモチベーションになります」
「もう1つは、先生とのコミュニケーションです」と、佐藤さん。
「スキマクラス2.5組」での佐藤さんの大切な仕事の一つに、教師たちとの時間があります。「学校は先生たちが主役の職場である」。そんな側面を常に意識しているとのこと。
学校の先生が「スキマクラス2.5組」に集まって子どもたちの話をしたり、雑談をしたりする時間も佐藤さんは大切にしている
「スキマクラスがあることで、学校の仕事がより増えて面倒になったとなることだけは絶対避けなくちゃいけない。コミュニティ・スクールを運営する意味がなくなるから。先生たちがやりたいことを聞き、サポート役をしながら、先生視点で生徒一人ひとりの長所や得意を教えてもらい、子どもたちとの交流に活かしています」
「小規模なまちの持続可能な地域づくりは、『教育』を核とした人材育成がとても重要です」と佐藤さん。職場としての学校を捉え、仕事しやすい条件を整えていくことで、先生たちの「きょういく(教育・今日行く)」を充実したものにする役割も果たそうとしています。
「職場でも学校でもない第3の居場所サードプレイスは、人生を豊かに生きていくために大切ですが、人口が少ない町では、つくったとしても移動や時間の確保が難しいのです。『スキマクラス2.5組』は学校内にありながら地域×生徒・先生が交わる第3の場所になります。生徒にも先生にも『学校の中の居心地いい地域』だと思ってもらえると嬉しいです」
放課後になると、「スキマクラス2.5組」に生徒たちが入ってくる。何をやるか、それは自由
地域住民の一人として学校内に入り、教育づくりにも携わっている佐藤さんが予想しているのは、「今後、コミュニティ・スクールのような、地域が学校の運営に入る取り組みが増える」ことです。
「2018年に文部科学省のコミュニティ・スクール推進員(CSマイスター)導入が始まったように、コンサルティング人材や学校に配属される地域おこし協力隊も、地域づくりの核としてもっと増えるでしょう。
そんなとき、1人から、会社の仕事をしながらスタートできる『スキマクラス2.5組』の取り組みは、コミュニティ・スクールの手軽な実践の事例になります。大きな組織を立ち上げなくても、学校の空き教室を活用すれば費用もかからない。先にあげた2点さえ大切にしてもらえれば、あとは自由にいろんな形に横展開しやすいと思うんです」
後編では、「スキマクラス2.5組」の起点として欠かせない、佐藤さんが学生時代から追求し、自ら仕事をつくってきた地域振興×デザインの取り組みについてご紹介します。
(※近日公開予定です)
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