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セクターを超えた協働で「子どものヘルプ信号」をキャッチする~つくば市とNPO法人Learning for All の協働~

2021.07.30 

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首都圏屈指のベッドタウンであり学園都市としても有名なつくば市(茨城県)。一見、便利で快適な生活環境のようにも思えますが、困窮する方も多く存在しているとのこと。特に「子どもの貧困問題」は他の地域と同様、つくば市でも喫緊の課題です。

 

今回は、つくば市のこども未来室の室長中澤真寿美さんとNPO法人Learning for All (以下、LFA)の入澤充さんに、つくば市の子どもに係る課題と公民連携についてお話をうかがいました。

 

行政とNPOが連携することで、つくば市の子どもはどう変わったのか、同じ目的に向かいながらシナジー効果を高めていくにはどうすればよいか、立場は違えど同じ志を持つお二人の語りの中につくばの“未来”の光を感じました。

 

NPO法人ETIC.(エティック)は2019年度より休眠預金等活用法に基づき、資金分配団体として「子どもの未来のための協働促進助成事業」を推進しています。全国の子どもを支援する団体が、協働による地域の生態系醸成を実践すること目的に、そのモデルとなりうる実行団体に対して資金的・非資金的な支援を実施中です。

>>助成事業について詳細はこちら

事業開始から2年目を迎え、6つの採択団体(実行団体)およびその連携団体へインタビューし、6回のシリーズで活動の状況を紹介していきます

経済格差が「学習機会」の差に。可変的な子どもの課題には大人の意識合わせが大事

 

つくば市は近年、どのような課題に直面しているのでしょうか。

 

中澤 : つくば市というと沿線開発も盛んで、子どもの人口も増えており、豊かなイメージを持たれることが多いと思います。しかし、実は生活に困窮する問題を抱えている世帯も数多く存在しています。光が当たらない部分があるのです。

 

困窮世帯といっても、度合いも状況も様々です。子どもの発達に障がいがある、移動手段を持たない交通弱者であるなど、将来の貧困リスクにつながる課題を抱えている場合もあります。

2017年に実施したつくば市の実態調査の結果には、所得の違いが学習環境の違いとして現れていました。また、2018年の調査では、就学支援や生活保護の対象となる子どもは、1200人を超えることがわかりました。

 

また、子どもの支援には「親」への働きかけも必要だと思っています。親が子どもの教育に関心がなかったり、親の精神面が不安定であったりすると、子どもの学ぶ機会に差が生まれる可能性が高まります。子どもだけを見ていても見えてこない問題にもアプローチしなければ、学習機会を失った子どもを拾い上げることはできないでしょう。

 

入澤 : 私も常に子どもの現場に立つものとして思うのは、子どもの貧困問題とは一筋縄ではいかないということです。また、子どもの成長に応じて課題も異なり可変的です。その時に必要なサポートを提供しなくてはいけないので、簡単なことではありません。

子どもの課題というのは、親や周りの大人の問題でもあります。親がしんどいと思っても、声をあげられなかったり、周りが問題を理解しようとしなかったり。それぞれが違う視点を持ったままでは解決にはつながりません。大人同士の視界合わせが不足していると課題が深刻になることがあります。

 

つくば市で顕在化している問題と、具体的な取り組みを教えてください。

 

中澤 : 2018年に、子どもの貧困対策を目的に「こども未来室」を設置しました。そして、子どもたちの学習支援をはじめとする居場所づくりに向けて取り組んでいます。

当時、私に室長としての内示が出たとき、正直びっくりしました。私に務まるのか。最初はとにかく学ぶことに専念しようと、着任直後、まずは箕面市や西成区などに足を運び、前例を視察しました。そこでは、データのとり方や具体的な取り組み事例を勉強。さらに、先ほどお話した、つくば市の実態の把握のための実態調査も行いました。

 

こうした取り組みの結果を受け、2019年には、「つくば市こども未来プラン」を策定しました。プランの策定には、こども未来懇話会を設置し、委員として、学識経験者、児童生徒の保護者、つくば市民、公立小中学校長、主任児童委員、各種支援団体の代表者及び、つくば市からは、副市長、保健福祉部長、教育局長、こども部長などが話し合いを重ね、部局横断的に取り組みました。あらゆる視点を取り入れることで、子どもに本当に求められる支援を検討したのです。

 

つくば市こども未来室では、主に次の4つの事業に取り組んでいます。

●つくばこどもの青い羽根基金(・・・市民からの寄付)

●つくばこどもの青い羽根学習会(・・・学習支援の機会提供)

●みんなの食堂事業補助金(・・・誰でも参加し食事ができる居場所づくり)

●青い羽根のいえ(・・・困難を抱える子どもの居場所支援)

>>つくば市こども未来室の事業の詳細はこちらから

 

青い羽根学習会は、こども未来室が設置される前の2017年10月からモデル事業として、小学校4年生から中学3年生までの生活困窮者を対象に学習支援の場を提供していました。開始当初は、2か所だったのですが、今では小学4年生から中学3年生までと同じ世帯に属する小学1年生から3年生及び学習支援に参加していた高校生まで対象を拡大し、市内16か所で開設されています。

また、この学習支援は、学校内外で実施されています。運営面では、NPOをはじめとする団体や株式会社の方にお力を借りています。

 

なお、2020年7月から新たに「青い羽根のいえ」という居場所の提供を始め、こちらの運営をLFAさんにお願いしています。こちらは、学習する場所というよりも、学校などの社会生活に難しさを感じる子どもたち向けの居場所です。

 

さらに、つくば市は市では珍しい取り組みとして基金も設置しました。市内には課題が山積していますが、ほかにも課題があるので限られた予算では限界があります。基金で集まったお金は、活動を広げていくために活用しています。また、市民から、何かしたいけれどどうしたらよいのかという声もありました。ありがたいことに基金設置以降、多くの市民が寄付してくださっています。

 

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写真中央がつくば市こども未来室の中澤室長、未来室の職員との議論の様子

 

公民連携のモデルとしてさらなる発展を目指す

 

つくば市の取り組みの中でLFAはとの連携は、どのようなものなのでしょうか。

 

入澤 : つくば市は、もともと小学校から中学校までが一貫校になっているなど、子どもの教育には熱心かつ先進的な取り組みをしてきたエリア。しかし、やはりそこから零れ落ちる子どもたちが出てしまうのも事実です。LFAは、つくば市との事業協定書に基づき、学校内外での学習支援を実際に運営しています。指導員を配置して子どもたちの勉強を見たり、生活面での話を聞いたりと、幅広くサポートしています。

 

LFAが取り組んでいる学習支援の特徴は、子どもの自立を促す指導を心がけているところ。いわゆる「勉強」に関する指導も行いますが、それに加えて大事にしているのが「個人」に向き合い成長を支えることです。具体的には、自分が将来どのようなことをしていきたいのかを一緒に考えたり、その子のよいところをみつけ褒めたり、自己決定力や自己肯定感が高まるような働きかけをしています。学習支援は、「塾」の代わりではありません。もっと、深く子どもの生き方に寄り添うことを目指しています。

 

中澤 : 勉強だけでなく、「自立」を促すような学習支援の輪は今後もっと広げていきたいと思っています。現在、LFAさん以外の事業所も、学習支援を実施していただけるようになってきましたが、子どもへの対応や指導内容については、もっと底上げをしていく必要があると思っています。

 

入澤 : LFAも、他事業所による学校内外での学習支援の機会を広げていくことに協力したいです。そのために、LFAのノウハウを活用したガイドラインの作成や研修などを実施しています。新たに立ち上がる団体を支えたり、背中を押したりと、もっと積極的に取り組んでいきたいですね。

 

一般的に公民連携の難しさを耳にすることがありますが、つくば市とLFAさんとの連携ではどのような困難がありましたか。

 

中澤 : 実は、LFAさんを知ったのは、2017年の実態調査の実施をご依頼した時。それまでは、NPOそのものが、子どもの支援に対して何をしているのかぼんやりとしかわかっていませんでした。LFAさんが、指導員の研修をしっかりおこなうなど、真摯に取り組まれているところを拝見して大変感銘を受けましたね。こども未来プランを実現する連携先として信頼できると思いました。

 

入澤 : こども未来室さんとの協働が決まり、学校を含むあらゆる団体さんとの連携を進めるとなったとき、正直どこまで、学習支援の必要性を理解していただけるのか不安でした。LFAをはじめとするNPOは、活動場所が異なればまだまだ知られていないことがあります。

 

しかし、せっかくこども未来室からいただいた機会を無駄にしたくありませんでした。何度も会合を重ね、丁寧な説明を繰り返しました。また、学習支援を始めてからも、学校など関係者への細かな報告を行っています。子どもの見立てをしっかりしたり、学力の向上を可視化したり。おかげさまで、今では市内での理解が深まりつつあり、活動への協力していただけるようになってきたと思っています。

 

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写真一番右がLFAの入澤さん、普段の熱心に活動に取り組む様子

 

「学習支援」を通じて自己肯定感を高め、どんな未来でも自立できる人になってほしい

 

事業を進めた結果としてつくば市の子どもたちや取り巻く環境に変化はありましたか。

 

中澤 : 学習支援につながった子からは、親との関係がよくなったとか、進学先で問題なく学校生活を送れた、自分に自信がついた、居場所を見つけた、勉強が楽しくなったと感じるなど、様々な報告を受けています。

 

例えば、ある子どもは学校では友達とも話さず給食を食べにだけきているような状態で、支援員が訪問してもにらみつけるような状態でした。しかし、青い羽根のいえにくるようになり、そこでは大変リラックスしていたのです。学校での様子とは全く違うのに驚きました。同時に、その子にとって自分らしくいられる「居場所」になれているようでうれしかったです。

 

子どもたちには無限の可能性があると思います。いい大学を出て大企業に就職することも大事ですが、同時に自立し生きる力を備えることも大事。困窮世帯で自分だけキャンプに行ったことがないとか、勉強ができなくて学校で手を上げられないとか、肯定的な経験が不足していることがあります。学習支援では、子どもたちを褒めるよう、指導員にはお願いしています。こうした、褒められる経験というものが、のちにその子どもの自己肯定感につながるものと信じています。

 

入澤 : つくば市にある課題は、特殊なことではありません。現在の日本の多くの地域で起こっていることではないでしょうか。つくば市で実践している取り組みが、今後ほかの地域へのモデルになるようにと期待しています。

 

また、先ほどもお話ししたとおり、学習支援の活動は広がりを見せています。LFA以外が運営する学習支援やみんなの食堂は10か所以上あります。どんどん自発的に取り組みたいと思う団体が増えていることも成果のひとつですが、まだまだ市内の子どもの数に対して十分とは言えません。今後、もっと広がってほしいですし、LFAはその広がりをサポートしていきたいですね。

 

今後、つくば市の子どもたちのためにどのような支援を進めていきますか。

 

中澤 : すでに問題が顕在化している「赤信号の子」は、誰からみてもわかります。支援もしやすい。しかし、まだ問題が表立っていない「黄色信号の子」にも、支援をのばさなくてはと思います。学校に来ているので安心してしまい、支援は必要ないと放っておくと、いつのまにか課題が大きくなり「赤信号」になってしまうからです。

 

こうした「黄色信号」の子どもたちをキャッチしていくためにも、直接触れ合う人たちには敏感に心のうちを汲み取ってもらいたいと期待しています。こども未来室だけでは、アンテナを張り切るのは難しいので、そこは力を合わせて見つけていきたいですね。

 

また、先ほども少しお話しましたが、今後は親への働きかけにも注力したいです。親が変わらなければ子どもが変われないですからね。子育て相談員やSSW、みんなの食堂と協力しながら、助けてほしいと直接訴えてこない親子にアプローチしていきたいです。さらに、子どもへのアンテナを張るには学校の協力も欠かせません。学校との協働も、さらに深めていきたいと思っています。

 

入澤 : つくばこども未来室は、対応がスピーディーであり柔軟です。また、子どもに関するデータベースも個人情報の保護を保ちながらもしっかりと管理されています。こうしたデータベースの仕組みがあるので、大変な状況にある子どもの情報にアクセスできるようになっており、私たちも活動が本当にしやすくなっています。

 

ただし、困窮の状態というのは可変的なのもの。今月は大丈夫だけど、来月はわからないなど、不確実性が高い。登録されているデータも合わせて更新されていかなくてはいけません。そのためには、教師、NPO支援者、地域の大人など周りの気づきが重要。何かあったときに、情報をあげることができれば、データベースも更新されていくでしょう。そして、LFAのようなNPO団体と連携することで、セーフティネットの網の目を細かくすることができると思います。

 

中澤 : こども未来室は、これからもひとりでも多くの子どもを支援につなげていきたいと思っています。未来室の取り組みの結果が出るのは、何年も先のことで私も退職していない時かもしれません。しかし、今の取り組みひとつひとつが、こどもの将来に向かっての道筋になってもらえたらーーそういう想いがあります。何かひとつでも子どもの心に残ってほしいと日々取り組んでいます。

 

入澤 : つくば市のような先進的な取り組みをされている自治体と協働できたことが大変光栄であり、感謝しています。未来室の皆さんのような子どもへの真摯な想いがある人たちとの出会いは多くはありません。これからもお互いの想いを共有し合いながら、ともにビジョンを作り、実現していければと想います。子どもに関わる大人が、子どもの貧困という課題に気づき、当事者意識を持ってアクションを起こせば、状況は良い方向に向かうはずです。既に日々活動している行政の支援職の皆さん、地域のNPOの皆さん、学校の先生たちはもちろんのこと、まだ連携できていない地域の皆さんや地元企業の方など、多くの大人を巻き込んで、支援の輪を広げていきたいと考えています。

 

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インタビュー中は、終始なごやかな雰囲気

 

――聞き手より

「大人の意識合わせ」という言葉が印象的でした。想いのある人がセクターを超えて同じ目標に向かうときに、足し算を大きく超えた相乗効果があること体現しているプロジェクト。結果がでるまで長い期間がかかる事業だからこそ、市民を含めた多くの人が支えるネットワークの必要性を実感しています。

 

<お話いただいた方>

茨城県つくば市こども未来室室長 : 中澤真寿美氏

NPO法人Learning for All  : 入澤充氏

 

<聞き手>

エティック : 本木裕子

 

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望月愛子

フリーライター。 アラフォーでフリーランスライター&オンラインコンサルに転身。夫のアジア駐在に同行、出産、海外育児を経験し7年のブランクを経るも、滞在中の活動経験から帰国後はスタートアップや小規模企業向けにライティングコンテンツや企画支援サポートを提供中。ライティングでは相手の本音を引き出すインタビューを得意とする。学生時代から現在に至るまでアジア地域で生活するという貴重な機会に恵まれる。将来、日本とアジアをつなぐ活動を実現するのが目標。 タマサート大学短期留学、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修了。