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「日本初、東京でのコンサルタント会社勤務から地方の温浴施設経営者へ」株式会社温泉道場代表取締役 山﨑寿樹さん―地域での働き方図鑑vol.3

2015.02.09 795view 

さまざまな移住の情報や政策によってにわかに盛り上がりをみせている「地方」というキーワード。しかし、東京で働く社会人にとって「地方で働く」ということはまだイメージしやすいものではありません。今回は実際に東京の大手コンサルティング会社から地方へ移住した方のキャリアをご紹介しながら、地域での多様な働き方をお伝えします。

日本で唯一、コンサルタントから温浴施設経営者に転身

山﨑寿樹さんは埼玉県出身。大学卒業後、船井総合研究所のコンサルタントとして勤務していました。現在は、株式会社温泉道場を設立し、埼玉県ときがわ町で温浴施設を経営されています。

山崎寿樹さん

― コンサルタント時代はどのようなお仕事をされていたのですか?

もともと両親が商売をやっていたので、将来的には独立したいと思っていました。力をつけるために選んだ就職先が船井総研だったんです。

組織の構造としてチームのなかで一番にならないと意味がないと思い、まずは所属していた温浴ビジネスチームで一番になることを目標にしていました。入社してから4年目には、チームの中で一番売上(フィー)を出せるようになりましたね。

それと同時に自分でもいろいろ企画ができるようになったけれど、働き出して4、5年目にはストレスがまったくなくなってしまって。やはり、サラリーマンとして働いているとお尻に火がつくような経験は滅多にない。「このままではチャレンジできなくなる」という危機感もありました。

― 何かにチャレンジしたいという想いを、ずっと持たれていたのですね。現在は当時のコンサルティング先の事業を引き継いで経営されているということですが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?

ちょうどコンサルティング先として担当していた温浴施設のなかで、売り上げがなかなか上がらない企業があったんです。そこに投資していた会社から、どうしたら採算が取れるようになるのかと質問をうけたとき、「自分が社長をやるしかないと思います」と答えたのがきっかけでした。

― すごいですね! 不安やリスクは感じなかったんですか?

いずれは起業したいという思いがあって、何の事業をやるかとなったときに、一番数字が分かっている分野がいいと考えていたので。

また、事業を引き受けることになった時点で数字上では採算が取れそうな見込みも立っていたので、大丈夫だろうと。無事に2011年に会社を設立して、3月から今の温浴施設の運営を引き継ぎました。

でも、今思うととんでもないリスクですね。最初は借入をせずに、その月の売上で翌月の支払いを賄っていたので、普通に考えれば自転車操業です(笑) 最初の月の売り上げが10%でも下がっていたら、アウトだったと思います。

温泉道場露天風呂

― それは綱渡りでしたね。会社を設立されて、生活は変わりましたか?

会社を設立してからも、2年くらいは東京都内の自宅から埼玉まで片道60キロの道のりを高速道路で1時間かけて通勤していました。そんななか、忘れもしない2月に出張で行った東北の高速道路で、自動車事故を起こしてしまったんです。車も廃車になるような事故で、ケガはなかったんですけど一歩間違っていたら本当に危なかった。

それがきっかけで、通っていた2年間体力的に厳しかったというのと、結婚もしていたのでお金を貯めたくて、引っ越しを決意しました。奥さんは当時働いていて結構稼いでいたのですが、仕事を辞めてついてきてくれました。とても負担をかけたなと思いますね。

それでも、埼玉に引っ越してから毎月の支出が15万円くらいは違うんですよ。部屋の広さは倍になったのに、家賃は半分になっています。駐車場代は10分の1くらい(笑)

温泉道場で修業した人が起業できるような環境をつくりたい

― コンサルタント時代と比べて、ときがわ町との関わり方は変わりましたか?

コンサル時代はときがわには来たことはなかったんですよ。 最初はすごいギャップがありましたね。当時は丸の内で働いていたので、余計ですね。こんなに山の中にあるのかと。

― 来たことがなかったというのは驚きです。今では町の観光パンフレットを作られたりと、とても地域に入り込まれている印象ですが

「お風呂屋さん」という立場があったのも、地域には入りやすかったですね。元コンサルタントが来たぞということで、町役場の方や、議員さんからも町の観光施設などについて意見を聞かれることもありました。

― 実際に経営者としてときがわ町に入って、東京で働いていたときと違いはありますか?

外部から関わるよりも、自分でやったほうが圧倒的に面白いです。ただ、言葉を選ばないで表現すれば地域のビジネスレベルは東京ほど高くないので、自分で情報感度を高めていく努力は必要ですね。そうしないと田舎時間に流されてしまう。今は意識して、同じように起業しているメンバーと定期的に会ったり、他の地域に出張したりしています。

最近になってやっと、地域のなかにもバリバリ仕事をして、頑張っている人たちがいるということが分かってきました。地域に入っていくうちに、もともと地元にいた人たち含め色々な人から、「この人となら話が合うのではないか」と紹介してもらえることが多くなってきました。

若いときに都心で働く経験は必要だと思いますが、地域を中心として働く人も必要だと思います。東京で得たスキルや得意分野を活かして地域に入っていくというのは、結構大事だと思いますし、面白いですよ。

― いま東京で働いている方の中には、自分のスキルは地域で活かせないのではないかと思っている方もいらっしゃるのではないかと思います

今までの経験が特殊な分野で、一から切り崩せない人もいると思います。ただ、そんなときに、自分一人でゼロからやろうとするのは結構大変。地元で応援者になってくれるような、一緒に切り込んでくれる人とともにチャレンジしていくことが大事だと思います。

― 最後に今後の展望を教えてください

今後、会社としては地域経済を回るようにしていきたいですね。人とお金が集まる場所を作らないと、地元に根をはっている我々のようなお店は売り上げが上がりません。同じように地域を盛り上げてくれる人が移住してきてくれたり、移住でなくても関わってくれたりするような場所にしたいですね。

温泉施設

あとは、東京近郊でありながら田舎感もあるので、二拠点居住のプラットホームも作っていきたいと思っています。

また、将来的には、観光などの切り口で起業できる人を育てたいと思っています。もちろん、うちで修業してもらったあとは、どこの地域に行ってもらってもいいと思っている。温泉はどこでもあるので。

ただし、だいたいどこに行っても厳しい。特に公がやっているところはそうですね。そんななかでも、地域での売り上げのかさは大きいので、30人雇用されていたりする施設もある。そういった施設をより有効活用して、地域経済を活性化させていけるような人材が育ってくれたらいいですね。

この記事を書いたユーザー

瀬沼 希望

瀬沼 希望

NPO法人ETIC. チャレンジ・コミュニティ・プロジェクト事務局 コーディネーター/1989年新潟生まれ。新潟育ち。大学在学中から、地域コーディネート団体でのインターンシップを経験。地域の中小企業と大学生のマッチングイベントやインターンシップのコーディネート業務などを行う。ETIC.参画後はチャレンジ・コミュニティ・プロジェクトにて「地域コーディネーター養成講座」の企画運営など行う。全国のおいしい日本酒を飲みながら地域の面白い話を聞くのは楽しみの一つ。

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