公認会計士としてのスキル・専門性を活かし、NPO法人Teach For Japan(ティーチ・フォー・ジャパン)でプロボノを行う五十嵐剛志さん にお話をうかがいました。
Teach For Japanは、子どもたちの学習環境の向上と、 若者たちのリーダーシップの育成を目的に活動しているNPO法人です。
Teach For Japanの仲間たちと。左から三番目が五十嵐剛志さん
講演会に参加し、何かできることはないかと声をかける
小川:まず、五十嵐さんがプロボノ*を始めたきっかけを教えてください。
*仕事を通じて培った知識やスキル、経験などを活かして、本業以外の時間で社会貢献に取り組む活動のこと。ボランティアのあり方のひとつであるが、専門的なスキルを用いる点で一般的なボランティアと異なっている。
五十嵐:はい、2013年6月にTeach For Japanの講演会に参加し、その活動に感銘を受け、「何か私にお手伝いできることはありませんか?」と声をかけたのがきっかけです。当初は、個人としてプロボノをしていたのですが、所属するあらた監査法人にその活動の社会的意義を認めて貰って、今ではTeach For Japanへ出向し、組織としてプロボノを行っています。
小川:個人としてではなく、監査法人からの出向の形で、組織としてプロボノをしているのは非常に珍しいですね。
五十嵐:そうですね。非常に多くの方のご支援とご協力のおかげで活動できていることを感謝しています。
小川:では、五十嵐さんがプロボノをしているTeach For Japanの概要についてお話頂けますか?
五十嵐:Teach For Japanは、「すべての子どもたちが素晴らしい教育を受けることのできる社会の実現」をビジョンとするNPOです。素晴らしい教育を受ける機会をより多くの子どもたちに広めるため、優秀で意欲ある若者を選抜し、指導力の高い教師として、そして将来の社会のリーダーとして貢献するための育成・支援を行っています。
小川:Teach For Japanの特徴といえるものは何でしょう?
五十嵐:Teach For Japanの特徴は、4つあります。まず、そのビジョン達成を公教育の中で行おうとしている点です。次に、教育課題の解決の鍵はリーダーシップにあり、可能性を信じる心を重視している点です。 3つ目としては、教育現場のみならず、政治やビジネスなどさまざまなセクターを通じて、社会全体で教育課題を解決する仕組みを創造していこうとしている点です。さらには、教育課題をグローバルな課題と捉え、同じビジョン・ミッションを掲げ、世界30ヶ国以上に展開するTeach For Allというグローバルネットワークを有している点です。
小川:素晴らしいですね。個人的には、3つ目に興味が湧きました。まさにコレクティブ・インパクト**を実践されている感じですね。では、Teach For Japanで五十嵐さんが行っているプロボノの具体的な内容について教えて頂けますか?
**コレクティブ・インパクトとは・・・ 多様なステークホルダーが、セクターの枠を超えて協調しながら社会課題の解決や社会変革を目指すアプローチのこと。
五十嵐:はい。財務を中心とした経営管理の高度化、および組織基盤の強化を担当しています。
小川:具体的には?
五十嵐:具体的には、予算の策定、予算に基づく資金調達目標の策定、財務諸表の作成支援、アニュアルレポート(年度報告書)の作成など、財務に関する業務全般をプロボノとして行っています。その他にも各種イベントで事業説明を行ったり、プログラムそのものの活動支援を行ったりすることもあります。
小川:プロボノにはどのくらい時間を使っていますか?
五十嵐:あらた監査法人から出向してプロボノを行っていますので、週5日フルタイムでプロボノ活動を行っています。
電卓を片手に仕事に取り組む五十嵐さん。Teach For Japanオフィスにて。
NPO でのプロボノ経験は、本業にも役立つ
小川:五十嵐さんがプロボノを行うことで、Teach For Japanにどういった変化がもたされたとお考えでしょうか?
五十嵐:健全な財務管理、透明性の高い財務報告を行い、説明責任を果たしていく ことで、Teach For Japanの信頼性向上に寄与できているのではないかと思います。バックオフィス業務ですので、受益者(Teach For Japanにおいては、子どもたち)にとって、直接的な変化を与えることはありませんが、Teach For Japanの信頼性向上によって、より多くの支援者の方々にご支援いただくことが可能となるため、結果として、より多くの子どもたちへ素晴らしい教育を提供することにつながっていると信じています。
小川:プロボノ経験を経て、五十嵐さんご本人に何か変化はありましたか?
五十嵐:非常に多くの面で成長させていただいていると感じています。まず会計については、Teach For Japanは小さな組織ですので、全体を俯瞰することで財務と活動とのつながりを実感として持つことができました。会計のあるべき姿について考えさせられることも多く、公認会計士として、視座を高く視野を広く保つことが出来るようになったと思っています。それが本業にも活かされていると感じています。
小川:なるほど。大きな組織では、ともすれば自分が本当に貢献できているのか、役にたっているのかが、非常に分かりづらいわけですけれども、NPOでプロボノをすると、社会に貢献しているという実感を得られやすいのかもしれませんね。その他の変化としてはいかがでしょうか?
五十嵐:はい、会計だけでなく、Teach For Japanのミッションと関連する教育課題についての理解も、日々深まっていると感じています。また、Teach For Japan には、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が集まり、同じビジョンに向かって活動しているので、多様性 の理解にもつながっていると思います。
インタビューに応える五十嵐さん
プロボノ参加の前に、期間・頻度・業務内容を決めることが大切
小川:プロボノを行う上で気をつけたことはありますか?
五十嵐:2つありました。まずは、社内規定を自分なりに確認したことです。その上で、人事部に相談した上で、最終的にマネジメントの許可を取りました。次に、財務情報を取り扱うので、Teach For Japanと秘密保持契約書を締結しました。プロボノといえども重要なことだと思います。
小川:Teach For Japanには多くのプロボノが関わっていると思います。 五十嵐さんはTeach For Japanでプロボノを受け入れる側でもあると思うのですが、受け入れ側として気を付けている点はありますか?
五十嵐:はい、プロボノ志望の方とは、あらかじめ、期間、頻度、業務内容を決めて、書面で合意をとるようにしています。お試し期間をもうけて、徐々に慣れてもらうような配慮もしています。お互いが無責任にならないようにすることが大事だと思います。Teach For Japanのビジョンやミッションに共感してくれる方にプロボノをしてほしいと思っています。 小川:では、五十嵐さんがプロボノを行う上で苦労されていることはありますか?
五十嵐:「会計の専門性を活かしてTeach For Japanを支援する」といっても、本業で培った専門性がそのまま適用できるわけではありません。企業会計とNPO会計は、本質のところは同じでも微妙に異なる部分もあります。新たに勉強すべきことも多いですが、研修などもないため、実務の中で自ら学んでいかなければならない点に苦労しています。また、企業会計は日々目まぐるしくアップデートされていきますので、Teach For Japanの支援を行いながら、企業会計のアップデートのキャッチアップも同時に行っていくことにも苦労しています。
2013年より「社会に貢献する公認会計士」となった日本公認会計士協会のタグライン
小川:五十嵐さんが工夫されている点は?
五十嵐:企業会計とNPO会計の両者をリンクさせて理解することです。当初は、両者の違いが気になっていましたが、最近は、両者がお互いに歩み寄っているような感じもしています。本業をどうプロボノに役立てるか、プロボノをどう本業に役立てるか、ということを常に意識するようにしています。
本業では出会えなかった人たちに出会えることが魅力
小川:プロボノを経験されて、率直な感想はいかがですか?
五十嵐:思っていた以上に大変だというのが率直な感想です。企業とNPOは多くの前提が違います。その前提の違いを理解することがとても難しいです。しかし、前提が違う組織で働くことは、自分が無意識で置いている前提を理解する良い機会にもなると思います。これはちょうど日本人が海外へ行ってかえって日本のことを理解することができるのに似ているかもしれません。
小川:その他の感想としてはいかがでしょう?
五十嵐:人脈が広がりました。本業では出会えなかった多様な方々とつながることが出来たのは、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)の観点からも良かったと思います。
小川:五十嵐さんのプロボノとしての今後の目標を教えてください。
五十嵐:プロボノで得られた知見を体系化し研修などを実施することで、より多くのプロフェッショナルがプロボノを行う社会の実現に貢献したいと考えています。既にあらた監査法人の中で勉強会などを開催していて、30名程度に参加していただいていますが、これを業界全体で100人、200人…と増やしていきたいです。
NPOの健全な財務管理、透明性の高い財務報告を通じてアカウンタビリティを果たしていき、NPOの信頼性が向上すれば日本にも寄附文化が根付き、人々が共に助け合う持続可能なより良い社会の実現に貢献することができるのではないかと考えています。
小川:素晴らしいですね。では、最後に読者の方にメッセージをお願い致します。
五十嵐:人口構成等の変化、政府の財政健全化の要請などから、NPOの役割期待は増す一方ですが、NPOは資金面、人材面、信頼性において多くの課題を抱えています。プロボノは自分も組織もNPOも社会もwin-win-win-winとなる仕組みであり、上記課題を解決するための一つの有効な手段となり得ると思います。
日本におけるプロボノはまだ始まったばかりで私も分からないことだらけです。興味関心のある方は、ぜひ勇気を出して一歩進んでみてください。より良い社会の実現のために一緒に道をつくっていきましょう。
小川:五十嵐さん、貴重なお話、ありがとうございました。
五十嵐:ありがとうございました。
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