前回記事「コペンハーゲンの観光客を11%増加させた、世界一のレストランNoma」に続いて、コペンハーゲンを世界に冠たる美食都市に変貌させ、観光客を11%増やした「世界一予約の取れないレストラン」、Noma(ノーマ)をとりあげます。
今回は、創業者であるクラウス・マイヤー氏にフォーカスしてお伝えしたいと思います。 現在Nomaの経営を離れている彼は、複数のレストラン、デリ、ベーカリー、ホテル、ビール工場などを経営しており、小麦粉やコーヒーなどスーパーに並ぶ商品もプロデュースしています。
マイヤー氏の目的はフードビジネスで成功することではなく、ましてや富裕層に食の楽しみを提供することでもありません。彼のモチベーションは常に「自国デンマークの貧しい食文化を変えること」にありました。
いくつかのインタビュー記事や彼が作成した「新しい北欧料理(Nordic Cuisine)のためのマニフェスト」を読み解き、マイヤー氏の起業家としてのルーツとビジョンにせまってみたいと思います。
クラウス・マイヤー氏の生い立ち
マイヤー氏は、1963年南デンマーク生まれ。14歳のときに両親が離婚し、母親と一緒に暮らしました。当時は「冷凍野菜に缶詰の肉を日常的に食べて育った」そうです。
その後フランスの学校に通うことになって豊かな食文化に触れ、デンマークの食文化の貧しさに気づいたことが、彼の人生の大きな転機となりました。
「デンマークは病気だったことに気づいた。人々は笑って食事をとっていないし、一緒に食事もとらない。これを変えていくことに決めた」と彼は語っています。
マイヤー氏は母国デンマークに戻り、コペンハーゲンビジネススクールに入学。自身が入学した大学の食堂を買い取り、1日に700食以上の料理を提供しました。彼の斬新なメニューは瞬く間に話題となり、コペンハーゲンのフードシーンに火をつけます。
その後、1991〜1997年の6年間、テレビの料理番組に出演したり、料理本を多数出版したりと、シェフとしての知名度を上げていきます。そして、2003年にレネ・レゼピ氏とNomaを創業するに至ります。
マニフェストを通して新しい北欧料理を提案
マイヤー氏の目的は、単にレストランを成功させることではありません。
彼はNomaを創業して間もなく、新しい北欧料理(Nordic Cuisine)のためのマニフェストづくりにとりかかります。食に関わるあらゆるステークホルダーを巻き込み、北欧料理の歴史やコンテクストだけではなく、産業を構成するバリューチェーン全体のバランスやそれぞれの役割、産業としての方向性、人々の生活や社会を良くしていくためにはどうしたらよいかということを踏まえ「北欧料理とは何たるか」を議論し、最終的にフードマニフェストを10の項目にまとめました。
マニフェストが目指す新しい北欧料理は、一部の人に支持されるニッチなレストランではありません。国家や言語の障壁をこえた協力関係の下、デンマークだけでなく北欧諸国全体を巻き込み、北欧閣僚会議が正式なプログラムとして採用することになりました。 作成されたマニフェストは年々更新され、最新のマニフェストはNORDIC FOOD DIPLOMACYで読むことができます。 以下、日本語訳の最新のマニフェストです。
- 地域を思い起こさせるような純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、そして倫理観を表現する
- 季節の移り変わりを食に反映する
- 地域の気候、土地、そして水が生み出す素材を基礎にする
- 健康に暮らすための知見と美味しさを両立する
- 多様な北欧の生産者とその根底にある文化を広める
- 動物への配慮や海、農地、土地における健全な生産を広める
- 伝統的な北欧料理の新たな可能性を追求する
- 外国からの刺激と、北欧料理の伝統を両立する
- 地域の自給自足と高品質な生産物の共有を結びつける
- 料理人や農家、漁師、卸売小売業者、研究者、教師、政治家、行政の全てが北欧諸国の人々の利益に貢献する
メイヤー氏は50歳を過ぎて自身の財団を設立しました。今後10-15年はビジネスの世界に少し距離をおき、彼の知識やノウハウ・時間、そして資本を社会のために役立て、世界を良くするためのよりよい方法を探りたいという考えからだそうです。
最近の彼は、受刑者に料理を教えたり、子どもたちに食育をしながら、ボリビアに2人のデンマーク人シェフを送ってフードプロジェクトを立ち上げています。これからも、食を通じて世界を変えていくメイヤー氏の活動から目が離せません。
おまけ:TED Unfolding the potential of indigenous food cultures: Claus Meyer at TEDxCopenhagen 2012
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