三重県尾鷲市早田(はいだ)町は、人口150人の小さな漁師町。この小さな集落は、過疎高齢化の道をたどっています。「この町を残したい」という地元の人たちの思いから、女性が働ける場所をつくるために、「合同会社き・よ・り」を設立しました。「合同会社き・よ・り」は、海の仕事がすでにある早田に、陸でできる仕事をつくることをめざしています。会社を起業し、そうした取り組みを進めている、地域おこし協力隊の石田元気さんにお話をうかがいました。
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漁師になりたい若者がやってくる町
早田町は、熊野灘の入江に位置する小さな漁師町。ここでは漁業だけが唯一の仕事で、他に商業と呼べるものはありません。日本の他の地域よりも早いペースで過疎高齢化、一次産業の後継者不足が進みました。
「このままでは、ふるさとがなくなってしまう」という危機感をもった地元の人たちが立ち上がり、2009年からまちおこしの活動が始まります。 その活動の一つが、「早田漁師塾」。地域外の人が1ヶ月間早田町に暮らしながら、漁師の仕事を体験するプログラムです。
このプログラムをきっかけに、10年前に1人だった40代以下の漁師は、今では10人を超えています。早田町は、漁師を目指す若者の移住を受け入れる町として、全国から注目を集めるようになりました。
早田の人たちも若手漁師をあたたかく迎え、漁港には活気が戻ってきています。しかし、依然として3人に2人が65歳以上という高い高齢化率は変わらないまま。漁業には天候や相場に左右される不安定な側面があり、近年は収益も減少傾向にあります。
集落の営みをつなげるために、起業する
「町を残していくためにはまだ道半ば。漁師をはじめ、若い人たちに定住してもらうためには、子育てをしながらでも女性が働けるような場や居住環境の整備がいる」
そう考えたのは、約10年前に早田町の区長に就任して以来、早田漁師塾をはじめとした活動に取り組んできた岩本芳和さんです。漁師が海に出ている間に町に残るのは、女性。暮らしを安定的に続けるとともに、若い女性にも移住してもらい、家族で安心して暮らせる町にするためには「漁業+α」の仕事が必要ではないか。早田町のために先頭に立って町を引っ張ってきた岩本さんが次に必要だと感じたのは、女性の雇用をつくることでした。 その仕事を任されたのが、石田元気さんです。
石田さんは、2014年7月に地域おこし協力隊として、早田町に移住して以来、岩本さんと二人三脚で取り組みを進めてきたそうです。
“慣れない仕事が多く、答えが出ないようなことを考えて疲れてくると、岩本さんが仕事終わりにビールを買ってくれたり、家で夕飯をごちそうしてくれたりしました。そうした中で聞いた岩本さんの早田にかける思いがとても力強く、「なんとしてもこの町を孫の代、それ以降まで残す」という意思が伝わってきました。”
そうした中で、女性が活躍できる会社を目指して「合同会社き・よ・り」を設立しました。「一か八かの商売をするつもりはないんです。自然に『営み』としてやれることでないと、続かない」と言って、早田の暮らしの営みの中で「確実に続けられること」を積み上げて、事業計画を練りました。 主な仕事は、魚の会員制通信販売と車での移動販売です。早田の魚を町の外の人たちに買ってもらおうと考えています。これまでに成果を上げている漁師塾の運営方法を伝える「漁師塾学校」も始める予定とのこと。
早田の魚を届ける事業がスタート
2016年3月には、「うみまかせ」会員制の魚の通信販売がスタートしました。実際に事業を始めてみて、たくさんの課題にも直面しているといいます。 天候や運、その他の自然の作用に左右される要素が非常に多い漁業。
“鮮魚の通販を始めてみて、思ったように魚種がそろわなかったり、漁価が安定しなかったり、配送日になると天候が常に気がかりだったり、あげればきりがないほど課題が浮き彫りになっています。”
石田さんの地域おこし協力隊としての任期はあと1年半。石田さんの話からは、焦る気持ちを抱え、壁にぶつかりながらも、挑戦していく意志が感じられます。
“協力隊の任期中に軌道に乗せたいと考えています。残りの短い時間で実践・修正・軌道修正を幾度となく繰り返していく必要があると感じています。”
「魚を買ってみたい」という人を増やすために、早田の魚を自分でさばいて、食べてもらう「さばき会」というイベントにも力を入れているそうです。これまで、東京や三重県内などで開催し、これまで魚料理を作ったことがないという人たちにも「魚を自分でさばくと、楽しい」「こんなに魚がおいしいと知らなかった」などと好評です。
新しいネットワークを紡ぎ出すために
“多くの地域で「危機感がない」と言われますが、それはたぶん普通のことだと思っています。ふだん生活しながら町に対して「危機感」をもてる人は、ほんの一握りです。あとは、周りからの協力をいかに得ていけるのかが課題だと思っています。なくなる一方だった町で新しい仕事を始めたので、どのように興味をもってもらえるか、考えています。“
石田さんのこうした思いは、「き・よ・り」という会社名にもつながっています。漁師が破れた漁網を修繕することを「網をきよる」といいます。海を仕事場とする漁師が、明日の漁に備えて、陸の上で行う大切な仕事です。
「漁師が網をきよるように、人口減少が進む早田に新しいネットワークを紡ぎ出したい。150人しかいない漁村だからこそ、これまで関わりのなかった人たちとのつながりを増やしたい」という思いが込められています。そして、早田の人たちや自然の魅力、魚のおいしさを知って、興味をもってくれた人が「来寄る」町にしたいという意味もあるとのこと。
“地区外の人との関わりも増やしていければなと思っています。個人的には、自分から協力を頼むことが苦手なので、何よりもそれがいちばんの課題です。町の内外ともにつながりを増やせる面白い企業になっていけばと思っています。”
石田さんは、「若者が早田で暮らし、働いてみたいと思うためには、まず町を知り、関わってもらえる環境が必要」だといいます。「き・よ・り」が町の会社として定着すれば、そうした若者が二拠点居住や移住を決めたときの受け入れ先となるかもしれません。また、仕事がないなどの事情で早田町を離れてしまった人たちが帰りたいと思ったときに、安心して帰ってこられる場所を用意できる可能性もあります。
「き・よ・り」の取り組みは、まだ挑戦の途中。その取り組みは、同じような状況にある他の地域にとっても、ヒントを与えるものになりうるかもしれません。 漁師が漁網をきよるとき、破れた箇所の二つ手前からきより始めます。そして、二つ先の目まできよります。それは、網を強く、長く使うための知恵。「き・よ・り」と早田に関わる人たちも、ねばり強く、長く、町の営みを残すための挑戦を続けていくのではないでしょうか。
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