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点から面へ。地域の創業力アップを目指し、福島県浜通りで創業支援コミュニティ同士の連携が始まった

2020.01.17 

福島県浜通り地方。2011年3月の原発事故は、そこにむしろ「課題先進地」というフロンティアを生み出した。その可能性に惹かれ、この地で新たな一歩を踏み出そうと考える人たちも次々に現われている。そうした挑戦者たちの夢の実現を左右するといっても過言ではないのが、迎え入れる側の体制・環境づくりだ。いま、域内複数の創業支援拠点同士が連携して地域全体の創業力を上げようという、新たな取り組みが始まっている。

田村市に誕生したテラス石森という新拠点

磐越自動車道の船引三春インターを降り、ナビの指示に従って里山の風景の中を進む。10分ほど走ると、高台のふもとに「テラス石森」の看板が見えた。ここは2010年に廃校となった旧石森小学校の校舎を利用し、2018年3月にオープンした「テレワークセンター」だ。

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外観はまるで小学校のまま。玄関でスリッパに履き替えると、昔の理科室にあったのだろう人体骨格模型と、ヒューマノイドロボットのPepperが仲良く出迎えてくれた。ガラス窓から差し込む陽ざし、木の床・木の壁があたたかい。廊下の先には、元教室を改装した個室オフィスや共同利用型(コワーキング)オフィスが並ぶ。ここには、2019年12月時点で県内外10の企業・団体が入居しているという。

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テレワークとは、「情報通信技術を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」(日本テレワーク協会)のこと。テラス石森は、そういう働き方を推進する国のバックアップを受け、「田村市テレワークタウン化構想」の一環として整備されたものだ。

 

しかし、ここは単に「自然に囲まれながらオンラインで仕事をする」だけの場所ではない。地域交流や情報発信はもちろん、子育て世代の女性の雇用創出、空き家の有効活用、企業誘致や企業間マッチング、さらには移住・創業支援の拠点といった役割も担っている。運営しているのは一般社団法人Switch。田村市出身の久保田健一さんがUターンして立ち上げた団体だ。

 

「田村を出ていく若者が多いのは、彼らのやりたいことができる職場がないから。テラス石森をベースに地域外から企業を誘致したり、起業を支援したりして、地元でも多様な仕事を選べるような環境をつくりたい」と、久保田さんはいう。

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▲久保田健一さん

 

実際、テラス石森の入居企業はシステム、ドローン、ECサイト運営、人材派遣、植物工場など、この地域の伝統産業とはいえない業種ばかりだ。久保田さんは、これら企業と地域リソースとのマッチングや求職者との接点づくりを積極的に進め、地域における仕事の選択肢の多様化を実践しつつある。

 

また、田村市では現在、20~30代の起業型地域おこし協力隊3名が活動しているが、彼らもテラス石森を拠点とし、久保田さんらが随時メンタリングを行っているという。「皆さんユニークなテーマで起業に取り組んでいますよ。まだ具体的な出口が見えない方もいますが、我々は地域の方を紹介したり行政とつないだりといった形でも支援しています」

 

こうしたメンタリングやサポートに大きな価値があるのは、久保田さん自身が起業家だからだろう。実は久保田さん、テラス石森の運営会社Switch以外にもうひとつ会社を持つ。同じく2018年に創業したクリエイティブ制作会社Shiftだ。「クリエイティブの力で福島の新たな価値や可能性を創造する」というミッションを掲げる同社もまた、このテラス石森にオフィスを構える。

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▲テラス石森の内部

 

郡山のデザイン専門学校を卒業し、広告代理店でデザイナー、プランナー、ブランディングディレクターとして活躍してきた久保田さん。30歳を過ぎて独立も視野に入れ、故郷の田村市に戻ることを考え始めたとき、「これまで培ってきたクリエイティブの能力を生かせる場が無いことに愕然とした」という。「だったら自分で作ってしまえ」――それがShift起業の理由だった。

 

同時に久保田さんは、田村市が構想するテラス石森の運営にも参画。まちづくりや地域課題解決を任務とするため、その受け皿となる別法人として一社Switchも立ち上げることになったのだ。同社には久保田さんを含めて5名の田村市出身の理事がおり、それぞれユニークな生業を持ちながら経営に関わっている。最近はその理事の一人が独立し、新法人を設立。同じくテラス石森を拠点に子育て世代の女性向けの事業を展開しているという。

 

田園風景の中に佇む元小学校校舎の中に、これほど多様な人や企業が集まっているとは一見想像しがたい。が、一歩テラス石森の中に入ると、あたたかい空間とともに、ここを起点として新しいコトを始めるプレイヤーたちのコミュニティが広がっていた。

3年目を迎える創業支援プロジェクト「ネクストコモンズラボ南相馬」

久保田さんと同様に、「地元に若者が働きたいと思える場所をつくる」ことを目標のひとつに活動してきたのが、南相馬市の小高ワーカーズベースの和田智行さんだ。同社は原発事故の避難区域だった同市小高区で、「100の課題から100のビジネスを創出する」ことをミッションに掲げて活動する。

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▲和田智行さん

 

テラス石森のある田村市も、2011年の福島第一原発事故で東部の都路地区の一部が避難区域となった。これが市全体の人口減少を加速させたことは間違いないものの、強制避難の対象となった住民は117世帯350人あまりで、震災前の市人口約4万人の1割未満。その避難指示は原発20キロ圏内では最も早く、3年後の2014年4月に解除された。

 

一方、南相馬市小高区は区全体が強制避難となり、対象は約1万3千人。2016年7月の避難指示解除まで5年4か月を要した。長期の「住民ゼロ」を経験したこの場所で、避難解除前から活動してきたのが和田さんである。

 

和田さんも小高出身のUターン起業者だ。2014年5月の小高ワーカーズベース(共同オフィススペース)を皮切りに、おだかのひるごはん(食堂)、東町エンガワ商店(物販)、ハリオランプワークファクトリー(ガラスアクセサリー製作)など、これまで次々と事業を手掛けて成功させてきた。2019年初めには「小高パイオニアヴィレッジ」という、簡易宿所付きコワーキング施設を新規オープン。さらに、南相馬市の起業型地域おこし協力隊制度を活用した創業支援プロジェクト「ネクストコモンズラボ(NCL)南相馬」の運営も受託している。

 

▽NCL南相馬の活動についてはこちらの記事もご参考に。

「震災から8年。福島・南相馬で生まれつつある「第二世代の開拓者たち」のコミュニティとは」

https://drive.media/posts/23148

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▲小高パイオニアヴィレッジ

 

現在5名のガラス職人がアクセサリー製作を行うハリオランプワークファクトリー立ち上げの動機を、和田さんはこう語っている。

「若い人が小高に戻ってこない本当の理由は何なのか。よく言われる原発とか放射能とかいう理由よりも、若い人にとって魅力的な仕事がないという、昔からの課題のほうがむしろ大きいのではないか。そういう仮説のもと、手に職がつき時間にしばられず、かつ“おしゃれ”な仕事を、と考えて始めた」

 

またNCL南相馬では、空き家活用、ソーシャルビジネス、馬、海、アートなど10テーマで起業家を募集。スタートから2年あまりで5人の志望者(起業型地域おこし協力隊員)の採用を成功させた(残りのテーマは現在も募集中)。NCLでは、この協力隊員をラボメンバーと呼ぶ。メンバーとは何かの一員ということだ。基本的には孤独な取り組みである起業も、同じ志を持つ仲間やメンターがいれば大きな支えになる。このコミュニティの存在こそが創業支援のカギだといい、NCL南相馬の事務局コーディネーターはこのコミュニティを機能させ、各メンバーのテイクオフまで伴走することに力を注ぐ。

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こうして小高区は、旧避難区域というハンデにも関わらず、いやむしろそのハンデゆえに、起業家が集まる「尖っている場所」として、域内外の認知を獲得してきている。

創業拠点間ネットワーキングが目指すもの

さて、この日テラス石森で行われたのは、「第2回創業支援拠点間ネットワーキング会議」というものだ。取材に来たと告げると、元食堂だったという多目的ルームに通された。

 

テーブルについたのは、久保田さん、和田さんをはじめ、福島県浜通り地方で創業支援を行う、あるいは始めようとしている団体の代表者など7名。彼ら――NCL南相馬のチーフ・コーディネータ一―関宙(いちのせき・はるか)さん、いわき市で実績を積み重ねてきた特定NPO法人TATAKIAGE Japanの小野寺孝晃さんと菊地裕美子さん、富岡町のまちづくり会社とみおかプラスの鈴木みなみさん、楢葉町で起業準備中の地域おこし協力隊員・森亮太さん、そして久保田さん、和田さん――は、互いに面識はあっても、一堂に会してじっくり話し合う機会はまだ稀だそうだ。

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「地域の他のプレーヤーと協働するときの棲み分け・役割分担はどう考えたらいいか」

「さまざまなステークホルダーとの距離感の取り方に悩むことはないか」

「移住起業者のメンタル面のサポートはどうしているか」

「自分たちの活動が地域から本当に期待されているのか、疑問を感じたことはないか」

 

9月の第1回会議で各団体の活動紹介と互いの強み・ニーズ分析を行ったのに続き、第2回のこの日は、共通する課題の深耕と具体的な連携可能性を探る場として設定されたという。まずはそれぞれの課題認識や悩みの共有、そしてそれに対する共感のコメントや助言に熱が入る。こうして支援現場の当事者が直接腹を割って情報交換する機会は、意外なほど少ないのが現実なのだろう。座談会形式のざっくばらんな、しかし濃密な話し合いは2時間ほど続き、最後に参加者からは「ありそうでないこういう場は貴重」という感想も出た。

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▲NPO法人TATAKIAGE Japanの小野寺孝晃さん

 

創業支援、移住支援、地域人材育成、コミュニティづくりなど、公に近い領域でコーディネーター的役割を担う団体は一般に中間支援組織と呼ばれ、各地で重要な役割を担っている。が、その組織同士が広域で有意義に連携するのは言うほど簡単ではない。その中で、立ち上がったこの「ネットワーキング会議」。呼びかけ人である和田智行さんは、会議の目的をこう表現している。

 

旧避難指示区域の可能性に共感した人を一人でも多く受け入れるために・・・(中略)・・・福島12市町村に拠点を置くコワーキングスペースやシェアオフィスが、互いに情報や課題を共有しサポートし合うことにより、各拠点を利用するチャレンジャー同士のネットワーク構築やコラボレーションも促進し、より起業しやすい環境の提供を目指す

 

この文章が掲載されているのは「フロンティア・ベンチャー・コミュニティ(以下FVC)」というプロジェクトの公式サイトだ。経済産業省の委託事業であるFVCは、2011年の福島第一原発事故で避難指示を経験した福島県浜通り地方の12市町村*を、「課題先進地」というフロンティアに見立てる。そこに魅力を感じる挑戦者たちを外から呼び込み、彼らの新たな生業づくりを支援しようというものだ。

(*田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村)

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▲NCL南相馬のチーフ・コーディネータ一―関宙(いちのせき・はるか)さん

 

2017年から始まったFVCは、12市町村側の創業支援拠点などと連携し、事業説明会や現地視察ツアー、福島での事業計画書ブラッシュアップイベントを重ねて、起業を目指す人の発掘と個別の創業支援を行ってきた。それら連携先の創業支援拠点の中で先行しているのが、小高パイオニアヴィレッジ/NCL南相馬のある南相馬市小高区であり、2018年はそれにテラス石森/Switchができた田村市が加わった。また、12市町村からは外れるが、いわき駅前にコワーキングスペースを運営するいわき市のTATAKIAGE Japanも成功している先行事例だ。浜魂(ハマコン)というピッチイベントの実施、実践型インターン、そのほか地域と人材のコーディネートを幅広く手掛け、浜通り南部の一大創業支援拠点となっている。

 

これらに続く動きとしては、駅前再開発でコワーキングスペースやチャレンジショップ設置の計画があり、そこを起点に交流人口拡大や創業支援に力を入れようとしている富岡町。また、楢葉町地域おこし協力隊の森さんも、地域に呼び込んだ若者の活動拠点をつくろうとしている。いずれもまだ構想段階だが、こうした流れは12市町村の他の地域にも波及することが期待される。

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▲とみおかプラスの鈴木みなみさん

 

そうした動きをとらえて会議を呼びかけた和田さんは、その課題意識をこう語る。

「旧避難指示区域の可能性に共感した人が起業を考えてやってくるタイミングは、今しかない。今の小高には多くの人材が集まってくれるが、何らかの理由で小高ではやりたいことができない場合もある。その際、諦めて帰ってもらうのではなく、域内の他の場所での可能性も提示できなければ」

 

また小高、田村の例でわかるように、創業支援成功のカギは起業者周囲のコミュニティの存在だが、その活性化は拠点ごと「1か所だけのリソースでは限界がある」という。つまり12市町村全体、点ではなく面で受け皿をつくる必要があり、そのために拠点同士のコラボレーションを構築しようというのが、このネットワーキング会議の目指すところなのだ。

浜通り地方全体の創業力アップを目指して

地方創生が始まって5年、日本各地であの手この手の移住促進・起業支援策が実施されている。中には、移住者数や創業件数の多さがニュースになるような地域もあり、それに比べれば、福島県浜通りの取り組みは規模とスピードにおいては「周回遅れ」にも感じられる。やはりここは特殊事情を抱えた「特別な場所」なのだ。

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▲楢葉町の地域おこし協力隊員、森亮太さん

 

それでも、いやだからこそ「福島で起業したい」と名指しで来る人がいる理由のひとつは、チャレンジャーの意欲をこれ以上かき立てる場所はないからだろう。住民ゼロからスタートした正真正銘の課題先進地は、日本中にここしかない。見方によっては、「余白だらけで伸びしろしかない」(和田さん)「やりようはいくらでもある。可能性を追求するには最適」(久保田さん)の場所。もちろん国の支援メニューが充実しているのも魅力といえる。

 

しかし、おそらく最も特筆すべきなのは、先行者たちの並々ならぬ努力によって、ここには「チャレンジャーを孤独にしないコミュニティ」が形成されていること。そして、その大切さを知っている創業支援拠点(および準備中の拠点)同士がいま、単なる形式的な”連携“にとどまらない、真の広域コラボレーションの基盤づくりを模索し始めたことだ。この新しい動きによって、福島県浜通り12市町村は別の意味で「特別な場所」になり、全国のチャレンジャーを魅了するフロンティアとなっていく可能性がある。

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そのために、まず拠点同士が「今までよく知らなかったお互いの現状、共通する課題や悩みを共有できた意義は大きい」(NCL南相馬・一関さん)

このネットワーキング会議は、これから連携可能性の具体化を進め、年度内にも県外の先行事例を学ぶための合同視察を行うという。

 

12市町村間で起業人材の面的受け皿をつくり、地域全体の創業力を上げるという理想に向けて、この日テラス石森に集まった福島の創業支援拠点のリーダーたちは、たとえ小さくとも決定的に大切な一歩を踏み出したようである。

 

※本記事は、フロンティア・ベンチャー・コミュニティ(FVC)事業より制作料をいただいて作成しました。


 

▽福島県12市町村での起業に興味がある方は、下記へお問合せください。

 

▶フロンティア・ベンチャー・コミュニティ(事務局:一般社団法人RCF)

『福島12市町村×事業づくり説明会 FVCカフェ』

1月23日(木)@東京RCFオフィス、2月20日(木)@東京RCFオフィス

いずれもオンライン参加可能です。

2019年度内は2月に最終回開催予定のためご関心ある方は下記リンクよりご確認ください。(1月下旬をめどに公開予定です)

https://fvc-fukushima.com/event/

このほか、個別の創業相談(チャレンジサポート)も随時受け付けています。

https://fvc-fukushima.com/information/

 

▶ネクストコモンズラボ南相馬(事務局:株式会社小高ワーカーズベース)

http://nextcommonslab.jp/minamisouma/

▶テラス石森(事務局:一般社団法人Switch)

https://switch-terrace.com/

この記事を書いたユーザー
中川 雅美(良文工房)

中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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