個人にできる社会課題への取り組みの一選択肢として、ソーシャルセクターでのキャリアに興味を持つ方は多いのではないでしょうか。
その反面、NPOをはじめとしたソーシャルセクターでの仕事の実態や生活への影響に不安を感じる方もいるかもしれません。その不安や疑問を解決すべく、大企業からNPOへ転職した方の経験談をお聞きしました。
今回は、新卒で入社した商社に約3年勤めた後、NPO法人ETIC.(以下、エティック)へ転職した赤尾紀明さんにお話を伺いました。
赤尾紀明さん
1993年生まれ、東京都出身。2017年立命館アジア太平洋大学卒業。大学時代はアフリカに魅せられ、在学中に6度渡航。大学卒業後は総合商社にて、自動車部に配属。中東向けの完成車輸出事業や、ロシアでの自動車販売会社運営支援、新規事業/新領域の企画・提案を行った。その後、ETICに参画し、1年間世界課題・地球課題に挑む若者のアクセラレーションプログラムの企画・運営を行った。現在はスタートアップの立ち上げや事業開発に関わっている。
学生時代に芽生えた「ビジネスとボランティアを掛け合わせてみたい」という思い
――学生時代アフリカ4か国でインターンを経験し、新卒で商社に入社した後NPO法人エティックに転職され、現在フリーランスとして活動されているそうですね。それぞれのターニングポイントできっかけとなった思いや出来事はどんなものですか?
大学は、面白そうな学校という軸で立命館アジア太平洋大学を選びました。出身が東京で、ずっと都会で暮らしてきたので、どうせ大分に行くなら一番になりたいし、思い切り面白いことをやろうと思っていました。
そんな中、アフリカでボランティアしてみたら面白いんじゃないか、という友達との話からアフリカでボランティアやスタディツアーをするサークルを立ち上げました。
活動の一環で、エジプトで青年海外協力隊の人に会いに行った際に言われて衝撃を受けたのが、『ボランティア活動をするのも大切なことだけど、ビジネスを通した社会貢献のインパクトがとても大きい』という話です。私は経営学部だったので、それまで切り分けて考えていたビジネスとボランティアを掛け合わせてみたいという思いが芽生えた瞬間でした。そこでトビタテ!留学JAPAN※1の1期生として、アフリカ4か国でインターンしました。例えばザンビアでBOPビジネスのマーケティングをしたりして。
インターンを終えて今後のキャリアについて考えた時、それまで築いた人脈や経験を生かしたビジネスも考えましたが、他の人にはできないことやよりスケールの大きいことをしたいという思いから商社を選びました。
商社時代の主な業務はサウジアラビア向けの完成車の輸出や、ロシアの事業会社の運営のバックアップでしたが、業務の合間に新規事業を自発的に立案したりもしていました。
新規事業を考える中で、新しいものを作る難しさや社内政治の難しさを実感しました。中々思うようにいかないこともあり、今の年齢でより成長できるところは何だろうということを考えながら過ごしていました。また、家族が起業しているのを幼いころから見てきたので、1社目は3~4年で辞めて、いつかは起業したいと思っていました。
そんなもやもやを抱えている時に、エティック代表理事の宮城さんの講演を聞く機会がありました。彼はやりたいことのアイディアをたくさん持っていて、それを若者に任せたいと話していました。それって大企業だとなかなかないことだな、と思いました。宮城さんのきらきらした雰囲気も魅力的で、講演を聞いたその日に「会社辞めて僕がやりますよ」と言ってしまいました(笑)。
実はその後一週間くらいすごく迷いましたが、最終的には失うものも全然ないしまず1年やってみようと思い、2019年12月に転職しました。
※1 トビタテ!留学JAPAN 文部科学省が展開する、日本の若者の海外留学への気運を醸成する官民協働の留学促進キャンペーン。公式サイトはこちら
大企業とNPOの仕事の進め方の違い
――大企業とNPOとの業務内容や取り組み方の違いについてお伺いします。業務内容や仕事の進め方で、NPOと大企業の違いを感じたのはどんな点でしょうか?
あくまで私が働いた中で感じたことになるので、エティックの特徴なのかもしれませんが、1つは、最も熱意がある人が最終意思決定者になり、任せてもらえるということです。なので、やりたいと思った人達の熱意がプロジェクトにそのまま入っていくし、自分で責任を取るからこそ成長に繋がります。そこが大きなやりがいだと思います。
もう1つは、NPOでは利益を上げることが最上位概念じゃないということです。だからこそ哲学的なところとか、みんなが大事にする理想の議論に時間をかけるんです。
――商社も日系大手メーカー等と比べると若手に裁量を与えそうなイメージがありますが、商社にいたころはどんな意思決定プロセスだったのでしょうか?
やはり、最終的に利益を出せるかどうかは重視するポイントです。
また、若手の裁量権は十分あったと思いますが、それでも縦割り的なところは勿論あります。その点、エティックは熱量を持ってやりたいと言い続けていたらそれを応援してくれる環境がありました。
生活への影響
――商社からエティックへ転職したことで収入が減ったそうですね。
収入は前職と比較して50~60%くらい減りました。誰かから金銭的なサポートをされていたわけでもなく、交際費を削ったりもしなかったので、前職を辞めた時にはそこそこあったはずの貯金がすごく減っていることに転職後しばらくしてから気づきました(笑)。
――NPOで働くうえでの経済的な気づきを受けて、ライフプラン、ファイナンシャルプランをどう考えていますか。
30歳くらいまではお金を積極的に貯めるのではなく、やりたいことをやって自分の価値を高めていきたいと思っています。お金は生きていける分だけあればよくて、お金を貯めるより面白いことに挑戦したいです。最近の若い人に多い気がしますが、もし困ってもまた稼げばいいという考え方です。
こう考えるのは、今後必要とされるスキルを得るために時間とお金をかけて人に会うとか、経験・知識を増やしていくということは後々の資産に繋がっていくと思うからです。現に、前職を続けていたら知らなかった世界を見ているし、ベンチャー企業の支援等、会社の中にいたら得られないスキルを身につけられているなという実感もあります。
ただ、そこまで割り切って考えられない人でも、別の関わり方もあると思います。
例えば仕事終わりに1~2時間手伝うとか、個人的に支援をするのも1つの関わり方で、すごく視野が広がる行為です。なので、お金に対してシビアな人であれば、働きながら朝夜2時間でもNPOに関わってみるといいと思います。
――NPOではやりたいことができる分、自分の時間を削って働くイメージもあります。仕事と自分の時間のバランスはどう考えられていますか。
私の場合、基本的に時間の使い方は公私混同した方がいいと思っていて、好きなことややりがいがあることができるからその分仕事する、という考え方をしています。
例えば、前職でも業務時間外に集まって新規事業を考えている時間に残業代は発生しませんでしたが、そこで新規事業を作れることの方がやりがいや価値があると思っていました。エティックでも公私混同の人は多いですが、イベントが多いから平日は休みましょうとか、チームの中で休みを調整しているパターンはよく見られるようです。
また、エティックではリモートワークが浸透しているので、働き方の場所的・時間的な制約は転職してから少なくなりました。
――今後はどんなことをしていきたいですか?
エティックで取り組んでいたプロジェクト・Hack the Worldの大きなイベントを終えて、エティックへ参加した当初の目標が一区切りついたため退職し、今はフリーランスとしてスタートアップを支援しています。将来的に自分でサービスを作ることを目指して構想を練っていす。今後もフットワーク軽く、自分が面白いと思うことに取り組んでいきたいと思っています。
NPOでのキャリアに興味がある人へのアドバイス
――自分が面白いと思うことに従ってキャリアデザインすることは魅力的だと思う反面、不安を感じる人もいると思います。克服するためのヒントはありますか。
転職以外にも当てはまることですが、一度体験してみると実態がわかってすごく楽になると思います。不安に思う人は、少しの時間でもどこかのNPOで働いてみるとか、スタートアップに興味あるならWantedly等で繋がって話してみて、自分の知見がどう役に立つのか発見してみるのも効果的だと思います。少しはみ出してみることで、視野が広がるのではないでしょうか。
一度中に入ってみると、イベントの前など特に力を入れて取り組まなきゃいけないタイミングがあります。それを経験することで決断を迫られて、思いきってこのまま参画しようとか、やっぱり今のままでいいとか、自分の感じ方が実感できると思います。だから、まずはちょっと関わってみるというのはすごく良いと思います。
――副業やプロボノなど、関わり方の選択肢が増えている中、少しずつ試してみて、どんな形が自分に合っているか見極めるというのはチャレンジしやすいですね。
はい。ただ、試しにやってみるつもりが抜けられなくなる可能性は結構あります(笑)。 なのでとりあえず一生懸命やって、何か1つでも結果を出したらやめるといった、自分の中で終わりを決めておく、というのは大事なことだと思います。
――自分に何ができるか確認する意味で、自分はどんなスキルがあって何ができるかを振り返っておくのは重要かもしれませんね。
そうですね。商社のキャリアはある意味すごくジェネラリストです。そこで、人間関係を大事にすることは意識しました。例えば商社1年目の時は会ったことのない人が来る誘われた飲み会には全部行って、出会った人の興味・関心事をメモしていました。その人に関係する記事を見つけたら送る、とかしていましたね。
いろんな人と交流を持っていたら一緒に仕事しようと言ってくれる人もいるし、自分の知らない自分のできることを指摘してくれる人もいます。それこそ、エティックで1年間仕事して、何のスキルがついたか自分ではわからないなと思っても、周りの人からのフィードバックで気づけることもあるので、振り返りと周囲の人からのフィードバックは大事にしています。
――NPOや個人で働くにあたり、人脈を大事にするスキルも重要になってきそうですね。今いる環境からなかなか動き出せないという人の中には、今いる会社しか知らないせいでスキルの言語化ができず、結果として自信が持てないことがネックになっている人もいるように思います。赤尾さんはご自身のスキルとして他にどんなものを考えていますか?
事業開発とか、考えること、それから実現に向けてみんなを巻き込んでいくことが好きです。そこから躊躇なくアポ取るとか、他の人がやりたくないことをやるのも1つの特技だと思っています。いろいろとやっていく中で自分の分野ができていきますし、幅を広げることで自分のやりたいこととできることの重なりが大きくなり、結果、創出できる価値も大きくなると思います。
――赤尾さんほどはっきり言語化できない場合、そこから脱するファーストステップとして、例えば転職エージェントに会ってみるのもいい方法かもしれませんね。最後に、NPOに向いている人はどんな人だと思いますか?そもそも向いている/いないと区切る必要はないでしょうか?
そうですね、区切らなくていいと思います。NPOの取り組む課題の多くは一部の人のものではなくて、本来誰もが知るべき話だと思います。NPOには、資本主義の中ではうまく機能していなかったり、今の政治だと対応できていなかったりする社会問題にしっかりアプローチした意義のある活動をしている所が多いです。ただ、運営に課題を抱えているNPOも多いので、例えば財務や広報などの知識が少しでもあるような若手が入ることですごく機能していくと思います。各自の今持っているスキルを活かせる可能性はたくさんあります。
それに、もし特筆できるスキルが現時点でないと思っても、人が足りてない団体がほとんどだから、やってみたいですと手を挙げてもらえたらすごく助かると思いますよ。
大企業の人/NPOの人っていうようなカテゴライズをし過ぎず、いろんなバックグラウンドの人がコラボしていけたらいいですね。私がエティックで取り組んでいたプロジェクト・Hack the Worldのチームでも、外資系コンサルファームから出向してくれた方が、同じ業界のバックグラウンドをお持ちのお客さんとの調整に際して的確に対応してくれる一方、エティックの中のことを知っている人がいることで方向性が定まったりして、コラボの力を実感しました。
――NPOで果たして自分に何ができるだろうと思ってしまうこともありますが、自分にも何かできることがあるという気づきが広まればいいなと思います。
そうですね。あと、動機が純粋な社会貢献じゃなくてもいいと思います。例えば自分の経歴書を立派にしたいから、でもOK。やってくれること自体がすごく助かることなので。よほど組織にとってマイナスになることをしなければ、どんな人でも役立てると思います。
――動機や形は問わず、まず関わってみることの持つ意味が大きいですね。本日はありがとうございました。
「一度体験してみることで実態がわかる」「関わり方は1つではない」という赤尾さんの言葉が印象的でした。
NPOでのキャリアに興味があるけれどなかなか踏み出せない人の背景も人それぞれだと思います。今の環境から飛び出す自信が持てない人や、生活への影響が気になる人……。
本業+αのトライアルから始めて自分にできることを知ったり、自分に合った関わり方を見つけたりして、より多くの人が参加していく。そしてNPOでのキャリアが「一部の人のもの」ではなくなることで、社会に与えるインパクトを大きくしていける、そんな可能性を感じました。
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