2009年に長野県東御市御牧原(とうみし・みまきはら)にオープンしたパンと日用品の店「わざわざ」は、開業してわずか9年で年商1億7500万円の人気店となった。前編では店主の平田はる香さんが長野で暮らす前から開業するまでの話をご紹介した。後編では、これまで平田さんが試行錯誤を続けてきた採用やわざわざが目指すこれからについて伺っていく。
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年商1億7500万円を誇る山の上のパン屋さんの驚くべき経営戦略-株式会社わざわざ 平田はる香さん 前編-【ローカルベンチャー最前線】
たった一人で始めたパン屋が総勢13名の会社に
午前10時。厨房からいい香りが漂ってくると、それまで慌ただしくしていたスタッフたちが一旦手を止め、続々と集まってくる。11時のオープンに向けて、スタッフ全員が厨房のテーブルを囲み、賄いを食べる。わざわざでは日常の風景である。
「賄いは毎日の業務の報告から今考えているアイデアの話、たわいのない話まで、自由に話すコミュニケーションの場なんです。一緒に同じ釜の飯を食べていると、いつもより調子が悪そうだなとか今日は元気だなとか、スタッフの些細な変化にも気づくことができる。私たちが大切にしている時間です」と語る平田さん。
主婦であり母でもある平田さんがひとりで始めたお店は少しずつ仲間の数を増やし、2017年3月に法人化。気がつけば総勢13名の会社になっていた。しかし、ここまで決して順風満帆だったわけではない。スタッフの採用に関しては何年もの間、試行錯誤の日々が続いていた。
平田さんの情報発信は前編でも述べたとおり、すべてオープンにするスケルトン経営だ。「投稿を読むと、まるで自分もわざわざの一員になったような気分になる」とフォロワーから言われることも多く、ここで働きたいという人も後を絶たない。
「おかげさまで多くの人がわざわざに興味を持ってくださり、実際に何度か経験者が入ってくれたこともありました。でも私は一人で開業した上、これまでパン屋で働いた経験がないので、人に教えるということができなくて苦労しましたね。普通のパン屋とはあきらかに仕事の仕方が違うので、長く続く人がいなかったんです」
パン屋の仕事は一見オシャレでゆったりしたように見えるかもしれないが、実際は地味で単調で重労働だと平田さんは言う。重い粉を運び、計量し、生地を捏ねて焼き、洗い物をする、毎日がこの繰り返しなのだ。これまでさまざまな人がわざわざのスタッフとなったが、ノウハウを学ぶだけの人やスタッフ同士の相性の悪さなどから、辞めてしまう人も少なくはなかった。
経験以上に大切なことを知る
平田さんが大きな信頼を寄せる店長の後藤さんは、わざわざのなかでも歴史の長いスタッフだ。わざわざのパンの美味しさに一目惚れした後藤さんが「ここで働かせてください」と飛び込んできたのだ。
よく気がつき、行動力のある後藤さんと平田さんの相性は抜群。それゆえに仲良くなりすぎてしまい、「これはあくまで仕事、私たちは友達ではない」と平田さんから突き放したこともあった。もちろん直後はぎくしゃくしたが、それを乗り越えると友達以上の仲間意識が芽生えた。ほかのスタッフが辞めていっても後藤さんが辞めることはなかった。
わざわざができてからこれまでの間で最大の危機だったのは、2016年のこと。平田さんと後藤さんの出産時期が重なり、同じタイミングで二人が仕事から離れることになってしまった。(平田さんの第2子と後藤さんの第1子の誕生日はなんと一日違い)これまで平田さんを見守り続けて来た夫の徹さんだったが、店存続の危機に会社を辞めてわざわざに入ると言ってくれたのだ。
「夫はもともとエンジニアで、もちろんパンを焼いたことはありませんでした。かなり無理がある状況で引き継ぎましたが、苦労しながらもパンを焼けるようになったんです。でも、彼の姿を見て、大事なのは経験よりも、わたし達と一緒に楽しく仕事ができるか?仕事にフィットするか?を見極めることなのかもしれないと思うようになりましたね」
「面接で会えばみんないい人に見えてしまうし、そんな短時間ではその人のことを100%知ることはできない」と平田さんは言う。わざわざのこと、応募者のことをもっと深く知る方法はないか。そこから平田さんはさまざまな取り組みをかたちにしていく。
「わざわざ」のことをありのまま書いた自費出版の本
平田さんが始めた取り組みの一つが、応募してくれた人全員にわざわざで働いてもらう「一日しごと体験」だ。実施を決めたときには大きな反響があり、希望者も後を絶たなかった。
「コミュニケーション能力の高さや仕事にへの向き合い方など、一日その人と一緒に過ごすと面接よりもずっとその人のことがわかりました。実際に仕事体験から2名の人がわざわざの仲間になってくれましたが、『旅行のついでに働きにきた』みたいな人も増えてきたのと、受け入れる側のスタッフが疲弊してきたので半年でやめてしまいました」
次に平田さんが形にしたのは自費出版の本。これまでWebで書き続けてきたお店のことや経営のこと、仕事に対する考え方などをまとめ、じっくり読んでもらえる冊子にしたのだ。
「採用条件に『この本を読むこと』を加えることにしました。課題図書のようなものです。本の価格は1,200円。興味本位で応募する人はお金を出してまで買わないと思うんです。応募前にわざわざがどんな店なのかを知っていただき、それでも応募したいという人と出会うことができればと思いました」
初版2000部はまたたく間に売り切れ、さらに増刷した分も完売。加筆修正したものを制作し、2018年5月に第3版がリリースされた。
新しい拠点でさらに成長を続ける
わざわざの仕事は、パン製造を担当する「パンづくり部」、実店舗・オンラインストアを担当する「おみせ部」、注文の発送を担う「おとどけ部」、商品の企画開発を行う「ものづくり部」等に分かれている。
スタッフが増えたことに比例し、パンの製造量や日用品の取り扱い、売上も年々増加。在庫管理を手がける「おしなもの部」やイベントを企画する「おまつり部」、Webで発信する「つうしん部」など新しい部署もできた。しかし、今の店舗の広さでスタッフの数を増やしながら成長を続けるためには、店舗の広さがそろそろ限界に近づいていた。
そんな時、運良く地元の方から近所の工場を紹介してもらう。かつて製麺所として使っていた場所で、約100坪のスペースがちょうどいい広さだった。かなりの手直しは必要だが、ここなら新しい事務所が作れるし商品の在庫も管理できる。今の厨房だとみんなで賄いを食べるにはそろそろ狭くなるからキッチンスペースもつくらないと……。平田さんの夢が一気に膨らんだ。ここをわざわざの新たな拠点に決めたのだ。
しかし、床や壁など予想以上に痛んでいる箇所も多く、そのままでは使えない状況だった。改装工事のボランティアを集うなど、毎日少しずつ工事を進めていたもののそれだけではなかなか進まない。そこで平田さんは2018年3月にクラウドファンディングを実施。多くの方の支援を集め、わざわざの新たな拠点は完成した。
これからわざわざが目指したいこととは
四六時中考えを巡らせ、本を読み、さまざまな経営パターンを頭に入れながら独自の方法を模索し続けてきた平田さん。トップダウンで業務ごとに階層を分けた組織や業務のパワーバランスを円で表したものなど、わざわざの成長に合わせて組織図も書き換えてきた。
「新しい拠点ができた今、わざわざは『長屋』のような組織になればいいなと思っています。長屋って日本独特の家屋で平家で部屋と部屋がつながっていますよね。あの風通しの良さやヒエラルキーのないフラットな関係を目指せたらなと。部署を超えた連携やお互いをフォローし合えるような組織にしていきたいですね」
来年度の売上を3億円程だと予測している平田さん。新たな仲間と新たな拠点でどんなことを企てようか、すでに頭の中はこれからのことでいっぱいだ。平田さんの頭の中がどのような形で公開され、具現化されていくのか。これからもますます目が離せない。
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ローカルベンチャーPROFILE
平田はる香さん
株式会社わざわざ代表取締役。1976年東京生まれ、静岡育ち。夫の転勤を機に長野県に移住。2009年、趣味のパンづくりと日用品のお店「わざわざ」を御牧原にオープンし、2017年3月には「株式会社わざわざ」に法人化した。2018年からは新たな事務所兼倉庫として元製麺所の改装。同年3月に実施したクラウドファンディング成功により新たな拠点がオープンした。
株式会社わざわざ
所在地:〒389-0403 長野県東御市御牧原2887-1
設立:2017年3月(創業:2009年9月)
資本金:500万円 売上:1億7500万円(2017年度実績)
従業員数:13名(2018年4月現在)
事業内容:パン製造及び日用品の販売、ECサイトの運営、商品企画・開発、各種イベントの企画・主催、書籍の出版
URL:http://waza2.com
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