プロサッカー選手として所属したのは、コンサドーレ札幌一筋。「ミスターコンサドーレ」と称され、長身を活かしたキレの良いプレーでファンを魅了した曽田雄志氏が、現役を引退したのは2009年のこと。その後も活動の拠点は自身が生まれ育った札幌に置いている。
引退後、コンサドーレ札幌のアドバイザリースタッフなどを経て、MBA取得を目指した彼は英国留学の資格を取得。準備が整い、出発を控えていた矢先、転機はまったく予期せぬ形で訪れた。
東日本大震災——。
津波と原発事故によって、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした先の震災は、被災地にいなくとも多くの人々に“変わるきっかけ”を与えた出来事だったはず。それは彼も同じ。あの震災を機に“行く先”が変わった。
「引退前から英語や経営の勉強をしていて、さぁ、これからというときでした。そんな時に震災が起きて、いてもたってもいられない気持ちになりました。自分にできることは何かを考えたときに、今は留学どころではないと、急遽、予定を取りやめて、すぐに被災地の復興支援を行うプロジェクト(任意団体)を立ち上げました。中心となったのは、アスリートの有志たちです」。
アスリートの「たくましさ」「忍耐力」「向上心」が、きっと被災者の方々の希望になる……そんな思いを胸に、曽田氏は各種目を統括する団体の許可をとり、アスリートに直接連絡をして、協力を呼び掛けた。実行委員や活動パートナーに名乗りをあげた個人やNPO、企業もあって支援の輪は大きく広がり、さまざまな関わりを持つことができたと言う。
アスリートのセカンドキャリアの創出を掲げ、一般社団法人「A-bank北海道」を設立。
復興支援を通してアスリート間のネットワークを築いた曽田氏は、道内のスポーツ産業の可能性を見出し、以降、スポーツ界はもとより、自治体や企業など、さまざまな業界との連携によって、教育や地域振興を図る数々のプロジェクトを手掛けてきた。
2013年には、アスリートたちとのネットワークを活かした社会貢献や、アスリートのセカンドキャリアの創出を手伝う「A-bank北海道」を設立。
「震災支援のプロジェクトを主体的に行ったことによって、社会の課題を解決するためにアスリート同士のネットワークを活用できないだろうかと考えました。さまざまな活動を展開していく中で、北海道、札幌市、教育委員会の方々と話をする機会が多くあり、そこで今、教育現場が抱える問題を知りました。もちろん課題は教科によって違いますが、スポーツの分野だと体育の授業と部活動で自分たちの経験やスキルが活かせるように思いました」。
学校内では指導者の負担が大きく、生徒に専門性の高い指導をしたくても、授業の範囲ではそこまで求められていない。とは言え、部活動では専門的な指導も必要なわけで、そこに矛盾というか……現場の葛藤があると感じました」。
「社会」と「アスリート」、双方が抱える問題を解決する活動こそ、「A-bank北海道」の核になる。曽田氏は確信していた。
では、一方のアスリート側の課題とは?
「セカンドキャリアを確立しづらいという問題です。現役時代よりも長いはずの、引退後の人生設計がなかなか描けない……これは、現役選手も含めて、アスリートたちが抱える大きな不安要素の一つです」。
確かに引退後、メディアに登場してキャスターやコメンテーターの仕事をしたり、指導者として一生競技に関わっていくアスリートはごく一部。かくいう、曽田氏自身も「これからどうやって食べていこうか」と思案した時期があったと言う。
アスリートが培ってきたフィジカルとスキルを北海道の学校教育、地域の力として活かす仕組みを作ることができたら、教育力の向上、スポーツの活性化が叶う。
そうすれば「双方にとって豊かな未来を創ることができる!」
とは言え、学校教育の中に個人はもとより、民間の事業者が介入していくことは容易ではない。行政や教育機関と深く関わっていくのであれば、NPOや社団法人として機能していくほうが、やり取りもスムーズなのではないかというアドバイスもあって、「一般社団法人」として始動したのだと明かしてくれた。
事業化に向けて、仕組みづくりに奔走した創成期。「社会貢献はビジネスになりにくい」現実に直面
A-bank北海道の事業内容の核となる「義務教育の授業、部活動へのアスリート派遣」(=以下、「アスリート先生事業」と表記)は、まず曽田氏の活動拠点である札幌市の小・中学校を中心に展開。教育委員会から、札幌市内の小・中学校に対し、「アスリート先生事業」のチラシがFAXで送られ、各校から希望を募る。
昨年は体育の授業と部活動を合わせ、年間400回以上アスリートを派遣。派遣数は学校によって異なるが、少なくとも年間に3〜4回、部活動に限ると20回ほど派遣した学校もあるという。「学校教育の現場に出向く時は単発ではなく、基本的には継続的な事業として受注しています」。
アスリート先生を単なる(イベントの)ゲストにしない座組みも彼のこだわりの一つ。指導要領や教材作りなどもしっかりと行った上で、担当の先生と相談をしてプログラムを作っていくプロセスを大切にしている。こうした努力の甲斐あって、リピート率は非常に高い。近年はモデル事業としても注目されるようになり、自治体や議員の視察も増えている。
それでも「ビジネス的な可能性が見出せたのは、ここ1〜2年のこと。それまでは本当に身を削って、社会貢献しているという感覚でしたね」と笑顔で振り返る、曽田氏。
中でもアスリートの派遣に伴うリスクヘッジと、資金繰りはアスリート先生事業のスタート以来、彼が向き合ってきた大きな問題だった。
「学校にアスリートを派遣して、授業や部活動の一部を担当させていただく機会はとても貴重ですが、教員免許を持つアスリートはほとんどいません。もっと言えば、大学を出ていないアスリートもたくさんいます。彼らが子どもたちの教育に定期的に関わるリスクは、当初から懸念としてありました」。そこを払拭すべく、まずは教員免許を持つ曽田氏自身がモデル授業をたくさん行い、指導要領や教材作りなどに積極的に取り組んだ。教育現場との連携を図るため、担任や顧問の先生たちと密なコミュニケーションも欠かさなかったという。
「最初は本当に手間がかかりましたね。さまざまな方たちの協力を得て、公教育である体育の授業や部活動に継続的に入る貴重な権利をいただいたわけですから、信頼される仕事で返していかなければという気持ちで取り組みました。今はコーチング、教育認識、スキルのベースを共有し、事務局メンバーのチェックの元、アスリートがそれぞれの個性で味付けして指導してもらっています」。
そして最大の課題がもう一つ、「活動資金の調達」だった。A-bank北海道の設立時からは「考えている事業内容は素晴らしいけれど、お金はどこから出るのか」という声がないわけではなかった。
実際、曽田氏も「この事業に対して行政がお金を払ってくれるわけでもないし、企業がスポンサーになってくれるわけでもない。社会的な課題を解決するということ自体はとてもいいことだけど、“いいこと”には、なかなかお金がつかないというのも現実なんですよね」と語った。
だがすぐに「ただ僕はそこにニーズがあって社会の課題も解決できるのだから、粘っていれば必ず勝てるという確信もありました」と続けた。信じた道を切り拓いていく強い精神力に、アスリート・曽田雄志が垣間見えた気がした。
(後編につづく)
この特集の他の記事はこちら
>> ローカルベンチャー最前線。地域資源を活かしたビジネスの“今”を届ける。
現在、自分のテーマを軸に地域資源を活かしたビジネスを構想する半年間のプログラム「ローカルベンチャーラボ」2021年5月スタートの第5期生を募集中です!申し込み締切は、4/26(月) 23:59まで。説明会も開催中ですので、こちらから詳細ご確認ください。
ローカルベンチャーPROFILE
会社名 : 一般社団法人 A-bank北海道
所在地 : 北海道札幌市中央区南1条西4丁目13番地 日之出ビル9F ドリノキ内
設立 : 平成25年10月24日
従業員数 : 6名
事業内容 :
1.義務教育の授業、部活動へのアスリート派遣
2.海外へのアスリート派遣
3.アスリートへの教育
4.アスリートの講演に関するコンサルティング
5.アスリートのセカンドキャリアコンサルティング
6.スポーツ、教育に関する調査及び研究
7.イベントの企画、演出及びコンサルティング
8.アーティストに対する、上記アスリートと同様のコンサルティング
URL:http://www.abankhokkaido.jp/
取材・文/市田愛子(Office Mercato) 編集/伊藤衝
あわせて読みたいオススメの記事
#ローカルベンチャー
守れたはずの命の教訓〜石巻で震災伝承ツアー、商品開発に賭ける未来〜
#ローカルベンチャー
大企業の持つ資源を地域課題の解決にどう活かすか?日本郵政・セイノーの取り組み〜地域と企業の共創の未来(1)
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー