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市を挙げて人材育成に取り組む気仙沼市にみる、イノベーションが持続するメカニズムとは?〜イノベーションと社会ネットワークとの関係を考えるセミナーレポート(前編)

2021.08.11 

2021年6月25日、「イノベーションと社会ネットワークとの関係を考える」と題したセミナーがオンライン開催された。主催は「みちのく復興事業パートナーズ」(事務局:NPO法人ETIC.(エティック))。

 

東日本大震災後の東北地方、特に被災3県と呼ばれる岩手・宮城・福島では復興に向けた課題が山積するが、逆に「課題先進地」だからこその革新的な取組みも次々と生まれている。国の復興事業だけではなく、地域の人々による内発的・自発的なイノベーションだ。個別事例をここで挙げることはできないが、そうしたイノベーションが積み重なった結果は、たとえば以下のようなデータにも表れている(資料提供は同セミナー登壇者の一人、東の食の会専務理事の高橋大就氏) 。

 

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こうして地域にイノベーションが生まれ続ける背景には何があるのか?そこには「人のつながり方=社会的ネットワークの在り方」が関係しているのではないか?

 

この仮説を検証するため、2020年度に約半年かけて上記3県4地域で実施されたのが、「東北リーダーの社会ネットワーク調査」だった。本セミナーは、その調査対象のひとつ宮城県気仙沼市にフォーカスし、地域でイノベーションが起こるメカニズムを経営学の視点からも考察を試みたものである。

 

前編ではまず、調査概要および気仙沼市の概況を紹介する。

「東北リーダーの社会ネットワーク調査」のユニークな手法

 

「東北リーダーの社会ネットワーク調査」は、2020年6月から2021年1月にかけて、岩手県釜石市・宮城県気仙沼市・同石巻市・福島県南相馬市小高区の4地域で実施された。人のつながりを可視化するため、当該地域で先進的な取り組みを先導する「リーダー」をまず一人選び、インタビュー調査を実施。その人が「お世話になった人」や「信頼している人」として名前を挙げた(以下「指名した」と表現)つながりの中から、次のインタビュー先となるキーパーソンを特定し、以下数珠つなぎ式に調査範囲を広げていく。

 

図3

 

最終的には、4地域で99人にインタビュー調査し、652人のキーパーソンを把握(うち複数地域からの指名8人)。さらに、それらキーパーソンの中から各地域3名を選び、掘り下げたインタビューを実施した。各人のつながりの形成時期もヒアリングすることで、各地域で社会ネットワークが形成されていく過程が時系列でわかるようになっている。

 

その結果を考察すると、4地域ごとに「人のつながり方」の態様や強度は異なるものの、いずれもハブ(中心)となる人が存在すること、そのハブにはサードセクター(NPO等)や複数セクター兼務の人がなりやすいこと、などが分かった。(全体の調査結果は「東北リーダー社会ネットワーク調査サイト」を参照。

 

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▲社会ネットワーク図の例。円の大きさが多いほど集めた指名が多い、「ハブ」となっている人を表わす

 

市を挙げて人材育成に取り組む気仙沼

 

その中から今回セミナーで取り上げることとなった気仙沼市について、まずは地域の特徴を見ておこう。

 

三陸リアス海岸の中心に位置する気仙沼市。メカジキやカツオの水揚げ量は日本一を誇り、市の製造業出荷額の大半を水産加工品が占める。そんな漁業のまちを2011年、東日本大震災の大津波が襲った。死者・行方不明者は1,200人以上、住宅約1万6千棟が被災。人口は7万4千から6万5千へと急減した。

 

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その気仙沼の復興に大きな役割を果たしてきたのが、地域の中小事業者たちであり、全国から支援に入ったヨソモノたちが興した中間支援的組織であり、そして「人材育成」を復興の柱に据えて「気仙沼まち大学構想」を推進する市行政である。

 

2016年に市長のリードで始まった同構想の目的は、「対話から共創・協働が生まれる仕組みを作り、新しい挑戦やイノベーションが次々起こる、市民が主役のまちづくりを実現する」ことだ。

 

この構想は、「気仙沼まち大学運営協議会」が運営にあたる。市役所と商工会議所、信金、民間チームの混成組織だ。市内では、市が主催する「ぬま大学」や「ぬま塾」といった担い手育成事業のほか、女性対象やシニア対象など幅広い年代のキャリア開発・人材育成事業が走り、民間が提供する同種のプログラムも多い。運営協議会はこれらセクターを超えた連携の場を提供し、母集団の形成や実践支援も行う。

 

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▲気仙沼市の担い手育成事業

 

この事業の企画段階から関わっている市役所の小野寺憲一氏は、構想が生まれた背景についてこう説明する。「日本全国で人口減少が進む中では、市人口(の回復)を復興のバロメーターにすることはできない。では、どうすれば市民は復興を実感できるか?それは新しいものができたり、過去からの課題が解決されたり、新しいチャレンジが生まれたりして、未来に向けた明るい気持ちになることだと考えた」(小野寺氏のインタビュー全編はこちら)

 

そうしたチャレンジの一例が、菅原工業の菅原渉氏だ。家業の土木工事業を営む菅原氏は、市が主催した「経営未来塾」(後編参照)を受講。そこで海外展開の可能性に気づくと同時に、家業の将来と地域の持続可能性との相関を明確に認識。未来塾で得た繋がりを基に、地域内の若手事業者をつなげる活動に取り組み始めた。

 

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▲菅原工業のホームページ

 

また、菅原氏は、震災後に移住者が立ち上げた団体と組んで「地域教育事業」を2016年に開始。これは地元企業の経営者が中学校を訪問して会社紹介する活動だが、これを聞いた当時の中学生が5年後に自社に入社するという経験を得て、菅原氏はさらに「地域の人事部」事業もスタートした。人事機能を持たない他の中小企業の採用を支援するという、新たな取り組みだ。(菅原氏のインタビュー全編はこちら)

 

気仙沼まち大学運営協議会のチーフコーディネーターを務める成宮崇史氏は、こうして新しい挑戦が次々と誕生するのを目の当たりにした市民の間に、「気仙沼はチャレンジが生まれやすい町なんだ、という共通感覚が少しずつ根付いてきたと感じる」という。(成宮氏のインタビュー全編はこちら)

 

イノベーションが持続するメカニズムとは?

 

さて、そんな気仙沼における「人のつながり方」にはどのような特徴があるのか。「東北リーダーの社会ネットワーク調査」結果では、以下のように総括されている。

 

●気仙沼は、今回の調査対象4地域の中で最も多くの指名を受けたハブが存在する。それらはサードセクターや複数セクター兼務が中心で、そこに様々なセクターがバランスよくつながっている。

●気仙沼における社会ネットワーク形成のピークは東日本大震災直後であり、多くの支援者を地域として受け止めていったことがわかる。

●企業・行政・NPOといったセクターを越えて育まれたつながりの中で、「人が育つ」ことに焦点を合わせた多様なプロジェクトが実施されている。そこからさまざまな挑戦が生まれ、挑戦する人同士がつながり、協働する環境がつくられている。

 

イノベーションが持続するメカニズムは、被災地の地域経営のみならず、現代の企業経営に求められることでもある。これを踏まえ、今回「イノベーションと社会ネットワークとの関係を考えるセミナー」を企画した主旨を、主催者事務局のNPO法人ETIC.の山内幸治は次のようにまとめる。

 

「この10年、東北の被災地では多様なイノベーションが生まれたが、その土台となる地域社会のあり方に注目したいと考えた。いろいろな活動や施策が積みあがって続々と新たな挑戦が生まれる地域と、積みあがらずに点で終わってしまう地域がある。その違いはおそらく、人材育成への投資を通じて、当事者意識(腹落ち感)や経営理論でいう「知の探索」(後編参照)の姿勢が、地域の文化として確立しているかどうかではないか。それは当然、企業経営の要諦とも共通する。本セミナーでは気仙沼をテーマにその仮説を検証したい」

 

後編では、多彩な登壇者が示唆に富む議論を展開したセミナーの内容を抄録する。

「イノベーションと社会ネットワークとの関係を考えるセミナー~『東北リーダー社会ネットワーク調査』分析結果から」 登壇者(プロフィールはこちらを参照。以下、文中敬称略)

 

▪ 早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール) 教授/入山章栄氏

▪ 大阪市立大学大学院文学研究科准教授/菅野拓氏

▪ 一社)NoMAラボ代表理事、一社)東の食の会専務理事・福島県浜通り地域代表/高橋大就氏

▪ 気仙沼市産業部産業戦略課/中居慶子氏

 

(後編につづく)

 

関連記事:東北リーダー社会ネットワーク調査の記事一覧

※東北リーダー社会ネットワーク調査は、みちのく復興事業パートナーズ (事務局NPO法人ETIC.)が、2020年6月から2021年1月、岩手県釜石市・宮城県気仙沼市・同石巻市・福島県南相馬市小高区の4地域で実施した、「地域ごとの人のつながり」を定量的に可視化する社会ネットワーク調査です。

調査の詳細はこちらをご覧ください。

 

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この記事を書いたユーザー
中川 雅美(良文工房)

中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com

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