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自治、自由、自立…“自”があつまるまち・北海道下川町

2018.11.09 397view 

下川というおもしろい町がある、ということはずいぶん前から耳にしていた。自然エネルギーの関係者から、あるいは日本の新しい林業を模索している人たちから、地域づくりのコーディネートをしている友人から、何度も”下川”という名前を聞いていた。

地方の町を取材することが少なからずある中で、おもしろい町に共通する空気のようなものがあることを感じてきた。その一つに、「古いのか新しいのかよくわからない空気」というものがある。今回下川町を訪問して感じたのは、その空気だった。とてつもなく古くて大切なものが今も残っているようであり、未来の日本の一つのあるべき姿を示してもいるような町。

北海道の北、旭川空港から車で2時間ほどの距離にある、約3300人ほどが暮らすこの町でお会いした、幾人かの人たちの言葉を拾いながら、その"あるべき姿"を描いてみることにしたい。

”自”転車でも暮らせる町に

「自転車でもけっこう大丈夫な町なんですよ、下川って」

下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部で働いている南崇宏さんは、町の自転車好きが集まるサークル、”リンリン倶楽部”で活動している。休日には仲間といっしょに町の周囲にたっぷりとある自然の中の道を自転車で駆け抜ける。

南さんは、苫小牧で生まれ、商社勤務を経て行政書士の資格を取得。移住フェアで知った下川町が、今の仕事の募集をしているのを見つけた。都市から地方へ、という気運を感じていたこともあったし、なにか役に立てることができたらいいなという思いもあって地域おこし協力隊へ応募。移住を決めた。

下川町では、JRの駅が1989年に廃線になったこともあり、全国の地方と同様、主な移動手段は車である。ただ、役場や学校、病院などの主要施設や商店・飲食店へのアクセスが町の中心にコンパクトにまとまっているため、「自転車でもけっこう大丈夫な町」だと感じているのだ。仕事柄、下川の未来の交通のありかたやモビリティのことにも関心が深い南さんは、実際に出勤も自転車を使うことも多い。

下川町では、産業連関表や町内経済の分析など、地域の状況を把握するために様々なデータの分析を内外の知見を取り入れながら行ってきた。そこから見えてきたのは、いま町外から購入しているものをなるべく町内で調達して循環させていこう、という方向性だった。たとえば町外に頼らざるを得ないガソリンや灯油などの化石燃料を、町面積の9割を占める森林資源で賄えるように転換する木質化を推進してきたのも、そういった歴史的な意思がある。燃料が無くても、身体ひとつで移動できる自転車は、そういう意味では下川にふさわしい乗り物なのだとも言える。

冬の下川を走るリンリン倶楽部の皆さん

冬の下川を走るリンリン倶楽部の皆さん

「あまり知られていないですが、スノータイヤを装着すれば冬でも自転車に乗れますよ。下川の冬はぜひ来てほしいです。マイナス20度、30度になると、雪の白さと空の青がとても綺麗なんです」

ーー下川はどういう人が向いてるのでしょう?

「仕事でも生活でも、流されないものがある人がいいんじゃないかなと思いますね。仕事ももちろん大事ですし面白いですけれども、仕事も生活の一部であり、生活全体を豊かにしていきたいなと思っています」

南崇宏さん

南崇宏さん

”自”分の森、”自”分の中へ

「自分の森を手に入れたんです」

臼田 健二さんは、東京はもちろん台湾などでもその作品が高く評価されている木工の作家さん。若い時分は東京でソフトウェアのエンジニアをしていたが、「消費社会から離れて、自分でカタチのあるものをつくりたくなって」、30歳で旭川の木工の訓練校に入学。それから20年近く東川町で創作活動をしてきたが、2015年に下川町にやって来た。

きっかけは、NPO法人森の生活の麻生さん(*この記事の後半で登場します)が、飛び込みで下川の木材の営業に来たことだった。臼田さんはそれまで広葉樹で作品をつくっていたが、材木屋さんから買ったその材はほとんどが外国産のものだった。日本の森林面積は7割もあるのにおかしいなと思っていた臼田さん。それに北海道にたくさんある広葉樹は9割がチップから紙になっていることも気になっていた。出所が分かる広葉樹で作品を作りたいと思っていたところに、麻生さんが同じような考えでチップになる前の広葉樹を販売していると聞いて、やりたいと思っていたことが、下川ならできる。そう感じて移住を決めた。

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広葉樹とより仲良しになった臼田さんは、作品のテイストもすこし変わったようだ。そして友人といっしょに広葉樹の森も購入する。自分の森で育った木を使って器を創る。春や秋は山菜やきのこも採れる。森の中の道を手入れして、人が集えるデッキも作った。もちろんキャンプもできる。自分の森の中で自分の好きなように遊びながら創作をしている臼田さんは言う。

「下川は変わったヒトがたくさん居て、若い子たちも増えてきているからおもしろい。しかも、それぞれがやってることが不思議と被らない。それぞれ好きにやっていて、ゆるくつながっている。やりたいことが自分の中にあって、自分でそれをできるヒトが下川には向いてるかもしれませんね」

*臼田さんのインタビューはこちらも参照:北海道下川町移住交流サポートWEB タノシモ | VOL5.臼田健二さん


「自分の中に入っていく時間をもっている人たちがたくさんいる」

何人かの下川人たちに会って、「なぜこんなにも粒ぞろいで”変人”が多いのか?」と思わず聞いてしまったときに返ってきたのが、長田さんのこの言葉だった。

下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部で働く長田拓さんは、ドイツ生まれの大阪育ち。アメリカの大学で環境学や地理学を学び、まちづくりがしたくて森ビル(株)に入り、札幌を経由してこの地にやってきた。

下川町は、環境モデル都市やSDGs未来都市といった国の選定を受けながら、衰退しつつあった町の再活性に取り組んできた。過去には、国有林を町有林にする(年間予算の7割もの金額で!)ことを決め、決定の翌年にはなんと台風で甚大な被害が出てしまう経験や、平成の大合併では隣町と合併しない選択するなど、いくつもの課題を乗り越えながら、全国でも最先端の取り組みを推進してきた。

そして、この30年ほどの下川のチャレンジにとって重要な役割を果たし、現在の確固たる指針の基礎となったのが、クラスター研究会という民間有志や行政職員も一緒になって町のビジョンを考えるまちづくり活動だった。そこには、移住者でもあった森林組合勤務の才能ある人物や町を真剣に考えるアツい”変人”たちが集まり、外部の知恵も取り入れ、下川の未来のビジョンを、今拝見しても驚くほどのクオリティで作成していたのだ。”変人”とは、もちろん褒め言葉だが、こういう人々が集まる風土はどう育まれたのか。

長田拓さん

長田拓さん

「マイナス30度の冬など、自然の存在がフィルターになって自分が鍛えられるし、試されるんじゃないでしょうか。心が安定していれば、冬の下川の風景は美しいけれども、ぐらついている時はそうは見えない。ついスマホの画面に向き合ってしまったりする(笑)。そうではなく、冬の寒い夜に、たった独りで自分に向き合ったり、ぼーっとしたりする時間を持っている人が、下川にはいるんですね。東京時代に比べ、僕もそういう時間を持つようになりましたが、自分の内側と対峙しているうちにどんどん自分らしくなっていく。幹が太く、強くなっていく。もともと色が強い、原色を持っている人たちが、下川ではさらに強く発色していく、みたいなことがあるように感じています」

自立・自営・自治

「自立自営の人たちが多いんです」

「下川は自立自営の人たちが多い。インターネットで独自の商品を売って稼いでいる人がけっこういたりするんですよ。一言で言うと、雇われたくもないし、雇いたくもない、といった人たちですかね」

こう話してくれたのは、奈須憲一郎さん。北海道大学大学院に在学中、下川の移住者についての調査と研究に取り組み、そのまま下川町の役場職員として移住した。上述のクラスター研究会のメンバーとしても活動し、その構想を実現すべく、2005年にNPO法人森の生活を創設、下川の森を活用した環境教育や様々な事業を展開してきた。

「移住者にとって下川という場所が、やりたいことをやれる場所、チャレンジができる場所になる、そのための受け皿」

そんな場所として森の生活は役割を果たしてきた。移住を検討している人や希望者、実際に移住したきた人たちと町との接続点の一つとして、事業だけではない働きをしている。現在、森の生活の代表は若い世代の麻生翼さんにバトンタッチ。奈須さんは町議員として政治から下川を変えていこうとしている。

「自治を地域で、というのが基本です。コンパクトで持続可能な自治を下川でやっていくこと」

という奈須さんの言葉からわかるのは、研究者である院生として、下川町の自治体職員として、森の生活での経営者として、そして現在の政治家としての活動に至るまで、追求しているテーマは一貫して”自治”なのだろう。

”自”由な働きかた、生きかた

北海道は古くは旧石器の時代(下川町にも旧石器の遺跡が出ている)から、縄文、擦文、そしてアイヌ人たちの文化が、厳しくも豊かな自然の中で花開いてきた。江戸時代になると、この豊かな大地の富をめがけて本土から継続的に人がやってくるようになる。明治には国策として開拓団が各地から道内に入植してくることになるが、彼らはフロンティアを、本州には無い”自”由を求めてやってきたという歴史がある。下川町では、1901年に岐阜県の現郡上市からの開拓団が入植、農業や林業をはじめ、鉱山を切り開いた。”自”由を求めて働くことは、下川町の創生期からずっと響いているテーマであるとも言える。

そして今も、自由な働き方をする人たちが下川にはたくさんいる。奈須さんが語っている自立自営の人たちもそうだ。働くことだけでなく、働くことと暮らすことが一体になった生きかた、といったほうが正確かもしれないが、例えば町の中心から少し離れたところにある、インドカレーの店「モレーナ」の栗岩さんがそうだ。

モレーナの看板

モレーナの看板

絵に描いたようなすてきな小屋に構えた店。人懐こい犬や猫たちが周りで遊び、店の前には10年以上も農薬を使っていない自然栽培の小さくも美しい畑が広がる。店主の栗岩さんは、静岡県出身の73歳。100カ国以上も世界を旅して、最終的な住処として1991年に下川に落ち着いた。のちに本格的なインドカレーの店をオープンし、下川町民や遠くから来るたくさんの人たちの舌を喜ばせている。今は昔ほど動くことはできなくなったけれど、冬場は店を閉めて旅をするという働きかた、生きかたをしてきた栗岩さん。好きなことをとことんやってきた人の懐の深さと孤高の強さ。カレーは、もちろん絶品である。

*栗岩さんのインタビューはこちらもどうぞ:北海道下川町移住交流サポートWEB タノシモ | VOL1.栗岩英彦さん

あるいは、今回の取材のコーディネートもしてくれた、本人も1年半年前に移住したばかりの立花実咲さん。編集とライティングの仕事をしている時に下川に出会い、ここに滞在しながら執筆するという新しい働き方で移住してきた。自転車好きな南さんと同じ「下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部」の広報担当として地域おこし協力隊に着任。町のPRをしながら6月には下川町内の空き家をリノベーションした”プレゲストハウス「andgram」”をオープン。下川にあるものと、自分の中にあるものを活かした自由な働き方だ。

「下川にはひとりで生きていく力がある人が多い気がします。個人としての成熟度が高い人たちが多い」

と立花さんは言う。御本人ももちろん、ひとりで生きていく人たちの仲間として、下川で暮らしているのだ。


富永紘光さんと富永宰子さん

富永紘光さんと富永宰子さん

もうひとり、互いに移住者の富永夫妻も、自由な働きかた、生きかたを体現して暮らしている二人。夫の富永紘光さんは宮崎県出身。学生時代、東京で環境問題に関わる活動をしていた紘光さんは、2011年、震災ボランティアで石巻に行った。被災した状況の中、自力でサバイバルしていく人たちを見て、自分もそういう力を身につけ生きていきたい、と思ったそう。そして2012年、縁があった下川に移住。下川の個性的な人たち、自分でいろいろなものを創っている人たちと接する中で、「自分もなにかを生産したい」と考え、薪をつくることにした。下川の森の資源を使えるし、冬期のエネルギーとしても欠かせない大事な生活必需品である薪。移住してから勤務していたNPO法人森の生活での本業に加えて、副業としての薪作りをスタートする。副業への許容度が高いのも下川ならではだろう。そして2017年に、独立を果たす。

「薪屋では、下川の木に関係するいろいろな仕事をしています。薪をつくることをメインに、大きな業者では扱えないような小さな木のニーズにも応えたいなと。たとえば庭木保護用の杭材を山から集めたり、キャンプ時の焚き火用のスウェディッシュトーチをつくったり。あと最近は、自宅の薪ストーブで必要だけれど、薪を自分で作れなくなっている人が増えているので、薪割りの代行などもしています」

奥さまの富永宰子さんも、自分の仕事として得意の英語を活かした英会話教室を旭川や下川で開催しつつ、薪屋ブランドでエプロンを作って販売している。得意なことを活かし、やりたいことをやって、複数の収入の入り口をつくっていく。先述した立花さんと同じく、地域での働き方の新しいかたちが見える。

紘光さんは、下川という町の未来についてはどう考えているのだろう?

「僕個人としては、これからの町がどうあってほしい、みたいな大きな視点は今はあまりないんですよね。それより下川にいるそれぞれの個人が、自分の暮らしや仕事をがんばるのが大事というか。そういう個が、必要な時につながってやっていくのが大事かなと思っています」

モレーナの栗岩さんが描いてくれた絵

モレーナの栗岩さんが描いてくれた絵

”自”由に使えるお金は減っていく

「自由に使える町のお金は当然これから減っていきます」

下川の未来を担う一人として、こう語ってくれたのはNPO法人森の生活の代表である麻生翼さん。全国の地方都市と同様、この町も人口減少と高齢化の大きなトレンドの中で、税収も国からの交付金も減っていくことは避けられない。

「そうなると、これまでのように行政がビジョンを描いて、ハードの整備をしながらそれを実現していく、というやりかたは難しくなります。いま転換点を迎えているのかなと思います」

下川はこれまで、行政が中心となって”環境モデル都市”、”環境未来都市”などの大きなビジョンを描き、それを実現していくような地域づくりを進めてきた。これからはそれが変わっていく。だとしたら、どんなやりかたになっていくのだろう?

「一人ひとりユニークでおもしろい人たちが、小さな実践を積み重ねていって、ボトムアップでさまざまなことを実現していくほうがいいと思っています。そして、周りの人たちがおもしろがって応援したり、巻き込まれたりしていきながら、各自が自らのやりたいことを実践していく。そういう現象が下川の中で増えていくことが大切かなと」

*麻生さんのインタビューはこちらもどうぞ:北海道下川町移住交流サポートWEB タノシモ | VOL10.麻生翼さん 

薪屋の富永紘光さんが言っていた、「それぞれの個がつながっていく」という話とも通じる、未来の下川のありかたが少し見えてくる。

これまで見てきた人たちがそうであったように、ユニークな個人たちが、自由や自立、自営や自治など、それぞれの”自”を突き詰め、磨きながら、繋がって成長してきた。”クラスター”という下川のひとつのキーワードは、そうした事態を指している言葉なのだろう。

”自”然の中で生きること

「自然の中で、自分の意思がはいった暮らしを」

”森のキツネ”の工房

”森のキツネ”の工房

下川での生きかたについてこう語ってくれたのは、家具工房”森のキツネ”の河野文孝さんだ。埼玉県に生まれ、東京で就職するもモノづくりの道に進もうと決意し、北海道の北見の学校で木工を学び、2016年に下川に移住してきた。

工房を構え、暮らしている一の橋地区は、下川の中心街からはすこし離れたよりワイルドな自然に近い場所だ。河野さんの「意思の入った暮らし」とはどんなものなのか。アトリエを訪ねてみると、道路の入り口に「クマ注意」の看板が立っている。つい最近この場所で熊が出たのだという。下川では珍しくない。

「小屋の周りにあるアリの巣とハチの巣を駆除して、草刈りをして、人の匂いでマーキングして、彼と私の世界の境界線をつくるようにしていました」

と熊との関係の話をしてくれる河野さんは、すこし嬉しそうだ。去年は小屋の裏でキツネが子育てしていたと、写真を見せてくれる。人間と動物で、お互いの存在を認知していられる関係が理想なのだという。工房のすぐ裏には美しい川が流れ、時間がある時はフライフィッシングも楽しむ。

今年はこのアトリエを引っ越して、すぐ近くの元グループホームの施設に移り住むことになった。むかし診療所があったその場所で、「家具乃診療所」を開く準備をはじめているんだ、と話してくれた。

「使い込まれた家具を修理する「家具乃診療所」を作ります。選ぶ・相談する・直す。与えられるのではなく、自分の意思が反映され、暮らしを一緒に作り上げる生活の診療所です」

*河野さんは現在、暮らしの変化に合わせて家具を“治療”する、「家具乃診療所」をつくるためのクラウドファンディングを募集中です。

豊かな自然、という言葉では言い足りないほど美しく、そして圧倒的な大きさで存在する下川の森や川。そこに生きる動物や植物の領分を尊重しながら、人間の生活を確保し、ご飯を食べながら、自分のやりたいことを、遊び心も混ぜながらやり通す。河野さんの”意思”というのはそのようなことなのかもしれない。

こうした感覚は、きっと”古い”時代に生きていた人たちが持っていたはずのものだろう。動物や植物の世界と自分たち人間の世界をあまりはっきりと分けすぎず、もちろん自然を制圧しようとすることもなく、共に生きていくというこのあり方は、古く、そして新しいものだ。

「人間の生活は大切ですが、それはいのちが生きることの一部分でしかないと私は考えています」(谷川俊太郎)

働くこと、暮らすこと、という人間の営みが重要であることは言うまでもない。でも下川で生きる人たちは、それだけではない、もうすこし大きなものにいつも触れて生きているようだ。河野さんの熊やキツネへの親子への眼差し、カレー屋・栗岩さんの静かな佇まい、長田さんの冬の夜の自分の時間、森の中をゆっくり歩く臼田さんの足どり、薪を割る富永さんが振り下ろす腕。仕事や家事、宿題やスケジュールといった日々の生活だけではない、それを丸ごと包んでいる自然と生きること。それはいつも古くかつ新しい。下川という町の可能性は、たくさんの”自”を育む自然の上で今日も新しく生まれているのだ。


【下川町での求人情報】

NPO法人森の生活では、木や森に関わる幅広い業務を担う人材を募集しています。

詳しくはDRIVEキャリアの募集ページをご確認ください。

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