TOP > ローカルベンチャー > “ 個人”が主役の釜石ローカルベンチャーを支えるのは、人間力あふれる現地パートナーたちだった

#ローカルベンチャー

“ 個人”が主役の釜石ローカルベンチャーを支えるのは、人間力あふれる現地パートナーたちだった

2018.11.10 

岩手県釜石市が、「釜石ローカルベンチャーコミュニティ」の名称で「起業型地域おこし協力隊」の募集を始めて3年目になる。地元住民や行政の協力を得ながら、最長3年間かけて起業の準備をするプログラムだ。もっとも、最終的に100%の移住・起業は強制せず、「あなたらしい地域との関わり方や事業のゴールを創る」(釜石ローカルベンチャーコミュニティのウェブサイトより)というスタンスが、オープンシティを謳う釜石らしい。 01釜石LVCキャプチャ

全国の自治体が同様の試みをする中で、釜石ならではの特徴をもうひとつ挙げるとすれば、それはおそらく、「パートナー」と呼ばれる地元の協力者の存在だろう。

何の伝手もない移住者が、ゼロから単独でビジネスを起こすのは至難の業だ。ヨソモノを拒まないカルチャーがある、だけでは足りない。釜石市の場合、大枠の起業テーマを決めて協力隊員を募集し、その分野における地元の事業者をパートナーとしてマッチングしているのだ。

ただし、その関わり方はケースバイケース。事業計画のブラッシュアップを指南してくれるメンターとは違うし、生活面の相談に乗ってくれるカウンセラーでもない。逆に、協力隊員がパートナーの仕事を担うわけでもない。決まったパターンはなく、都度「走りながら形を作ってきた 」(事務局である株式会社パソナ東北創生・石倉佳那子さん)というが、今回その「パートナー」を務める二人の事業者の話を聞いて、思った。どういう形にせよ、こんな人たちがいる地で共にがんばれるということ自体が、釜石の魅力なのだ。

そのお二人を紹介しよう。

郷土への愛をひとつずつ形にしてきた肝っ玉女将

風光明媚な根浜(ねばま)海岸に建つ宿、宝来館の真新しい露天風呂に入ると、張り出した軒と壁とで長方形に区切られた景色が、まるで一幅の絵のようである。東日本大震災を生き延びた松林、その向こうに広がる青い海――。また、風呂からは見えないが、背後の山の向こうには2019年のラグビーワールドカップで使う「釜石鵜住居復興スタジアム」が落成したばかりだ。

02宝来間全景

釜石に関わって宝来館の女将・岩崎昭子さんの名前を知らない人はいない。とにかく明るく、エネルギーにあふれた人だ。従業員30人をかかえて旅館業を営む傍ら、数々の肩書を持ち、語り部として全国へ講演に赴く。自身が津波にのまれて九死に一生を得た話は、いまでも毎朝、聞きたいという客がいる限り、宿のロビーで映像を見せながら語っている。 03ロビーで語る女将1

04ロビーで語る女将2

この日の朝も、10人ほどの客が女将の話に聞き入った。あの津波で岩崎さんの自宅は流されたが、鉄筋づくりだった宝来館の本館はなんとか持ちこたえ、直後は集落の避難所になったという。その後旅館を再建し、今日に至るまでのストーリーは、それだけで本が書けてしまうくらいだからここでは触れない。が、岩崎さんの話の中には、筆者が津波被災地の取材でいつも疑問に感じてきたことの答えが含まれていた。

 

 

 

――あれだけの思いをして、なぜまた、こんな海の近くで生業を営むのか?

 

 

 

「人は三陸の自然を見て美しいというけれど、それは里山・里海、つまり人が手入れをしているからこその美しさです。私たちのこの財産を守るためには人間がそこに住み、自然とともに生きていかなければなりません」

 

05根浜海岸の松林

岩崎さんは大震災以前から、山海の恵みを生かした地域おこしを推進してきた。2008年には「毎日新聞グリーンツーリズム大賞」も受賞している。大震災で海岸の風景は一変してしまったが、地域資源を生かして愛する根浜をなんとか再生させたい――。その思いで、2016年夏、一般社団法人「根浜MIND」を設立した。目的は、防災教育・スポーツ・芸術などを通じて、根浜の交流人口の増やすこと。そして2019年ラグビーW杯の会場招致にも取り組み、みごと成功したのである。岩崎さんの頭の中には、地域の理想の図がもう出来上がっているようだ。 06岩崎昭子さん

しかし、本業である宝来館の経営の傍らでこうした構想を実現するのが、どれだけ難しいことか。24歳で家業を継ぎ、54歳で大震災。自身の被災トラウマも乗り越え、旅館再建から今に至る道の険しさは想像に難くない。壁にぶつかるたびに自らの力の無さを感じ、従業員を不安にしてはいけないと、実はつい最近まで、宝来館の経営からは退くつもりでいたという。

「もっと力のある人に社長になってもらおうと、探し歩いたんです。でも、そこまで覚悟のある人はどうしても見つからなかった。だからね、私は決心しました。スポンサーを探してもう一度自分でやろうと。来年はワールドカップ、再来年はオリンピック。その次は大震災から10年。あと3年が勝負です。それまでは宝来館が中心になって根浜をスポーツ交流のメッカにし、世界中から人を呼び込んで自然や文化にも触れてもらえる場所にしたい」

2021年、震災10年の記念イベントのアイデアは、もうある。復興スタジアムも予約済みだという。新しい覚悟を決めた女将さんは、あくまでも笑顔だ。

07根浜海岸2

その岩崎さんが、パートナーとして関わっているのが、起業型地域おこし協力隊1期生の細江絵梨さんだ。2017年7月の着任以来、「海辺の地域づくり」をテーマに生業づくりを模索している。彼女にとってここ1年の集大成ともいえる仕事が、根浜MINDの事業として今年7月末に実施した「根浜海岸 海あそび」という一大イベントだった。岩崎さんは、「このイベントが成功したのは、企画から実施までやり遂げてくれた細江さんの力」だと目を細める。

>細江さんの活躍については、こちらの記事も参照ください。

2年目を迎えた釜石ローカルベンチャー 地域で奮闘する1期生に密着

 

もっとも、細江さんの任務は「女将の右腕になること」ではない。が、岩崎さんは、「彼女が一人のビジネスパーソンとして観光の担い手になることは、私にとってもいいこと」であり、「育てるというより、夢を共有して一緒に歩きたい」と語った。

こんな女将が一緒に歩いてくれるなら、これほど心強いこともないだろう。

復興支援→シャッター街の可能性に魅せられた一級建築士

釜石駅から車で10分ほどの釜石大観音。昔からの観光名所だ。1970年建立、48メートルの白亜の観音は大海原に向かって静かに立ち、世界平和を祈っている。その足元からの海の眺めは、しばし時を忘れるほど素晴らしい。中の展示も、年季は感じるもののそれなりに見ごたえがある。

08釜石大観音

が、平日だったせいか園内の人はまばら。縁結びのご利益で最近「恋人の聖地」にも認定されたそうだが、若いカップルの姿などは見かけなかった。

そして、その参道から続く仲見世商店街は、惨憺たる有様だ。以前は土産物屋や飲食店など20軒ほどが並び、最盛期には人に当たらず歩くことができなかったという賑わいは、今の姿から想像もできない。10年ほど前からたたむ店が相次ぎ、昨年末、最後の1軒が店主の体調不良のため休業。一時は文字通り、完全なシャッター街になってしまったのだ。

09仲見世商店街

その半年後。今年5月末、空き店舗の1つがシェアオフィスとして生まれ変わり、オープンした。

このオフィスの主は、釜石大観音仲見世リノベーションプロジェクト代表の宮崎達也さんである。一級建築士であり、自ら建築事務所を経営する宮崎さんは、大震災後に三重県から釜石にやってきた。震災からの復旧・復興に、まず欠かせない仕事のひとつが「建築設計」だからだ。

10宮崎さんcoba前で

2012年、知人の伝手で釜石に入って活動を始めたが、まもなくこの仲見世商店街の存在を知る。すっかり廃れたその姿を見て、“クリエイターの血”が騒いだのだろうか。「ぜひ甦らせたい」と感じたという。まもなく有志メンバーを募ってリノベーションプロジェクトを立ち上げた。2015年5月のことだ。

といっても何から始めていいかわからなかったが、自ら空き店舗の2階に住み込み、周りの物件オーナーたちと関係を築きつつ、まずは人に来てもらおうと様々なイベントを企画した。流しそうめんまつり、ハロウィンコスプレで芋煮会など、タイトルを見るだけで楽しいイベントのほか、セルフリノベーションの勉強会も開催。同時にネットで空き物件情報を発信するなどして、「ここで何かを始めてくれる人」を探した。

が、引き合いはあっても、そう簡単に出店には至らない。実は、釜石ローカルベンチャー1期生の中から出店してくれる起業家を募ろうとしたが、候補者が出なかった。

それならいっそ自分で――。

ちょうど、釜石ローカルベンチャーコミュニティが事務所となる場所を探しているという話もあった。そこで、自ら空き物件の購入に踏み切り、約1年の改修工事を経て、シェアオフィス「co-ba kamaishi marudai(コーバ・釜石・マルダイ)」のオーナーとなったのである。

11ミーティング風景

co-ba kamaishi marudai で定例ミーテイングをする釜石ローカルベンチャーたち

 

ただ、そのシェアオフィスは建物の1階奥と2階部分。通りに面した1階前面はまだ「空き」の状態だ。「ここに店が入って初めて完成する」という宮崎さんはいま、釜石ローカルベンチャー2期生としてこの夏東京から来た神脇隼人さんと協働を始めている。具体的に出店を計画するベンチャーがやっと現れたのだ。「場づくり・モノづくり・ことづくり」という起業テーマを持ち、ここにアクセサリーなどのショップを開くことを考えている神脇さんに対し、宮崎さんは本業であるデザイン設計だけでなく、改修に伴う法的手続きなどでも協力している。

また、同じく2期生として今春活動を始めた東谷いずみさんは、ゲストハウスを開業するという明確な目標を持つ。まずは民泊からスタートしようと、仲見世商店街の空き物件を賃借。宮崎さんのアドバイスも受けながら、着々と準備中だ。

12東屋さんと宮崎さん

ローカルベンチャー東谷いずみさんと宮崎さん

 

こうして商店街再生という宮崎さんの夢も、一歩ずつ現実に近づいている。築40年の物件をリノベしたシェアオフィスが開店したことは、モデルハウス的な意味でも効果がある、という。

「そもそも街並みというのは、全部壊して新しく作るというものではありません。古いものを直しながら、中身を入れ替えながら、次の世代に受け継いでいく。そういう新陳代謝があるのが健全であり、仲見世商店街をその状態に戻していきたい」

13仲見世キャプチャ

往時の仲見世の様子(仲見世リノベーションプロジェクトのウェブサイトより)

 

 

そんな宮崎さんが、ローカルベンチャーたちに期待することはなにか。

「彼ら自身が新しいアイデアを考えるだけでなく、地域のみなさんと一緒に形にしていくことによって、地元の事業者さんたちにとっても刺激になるといいですね。やはり、地場の産業が再生しないことには復興はできませんから。 実は今夜、マーケティングの勉強会を初めて開催するんです。ローカルベンチャーだけでなく地元の商工会などにも声をかけています」

14商店街を歩く宮崎さん

限られた取材時間で質問に答える宮崎さんの語り口は淡々としていたが、仲見世リノベーションプロジェクトのウェブサイトやフェイスブックページを見れば、行間に宮崎さんの思いがあふれている。公的資金に頼らず、民間の力で商店街再生を目指し、そのためには地元住民が釜石大観音を「稼げる観光資源」として再認識することも必要だと訴える。

近代製鉄の発祥地として昔から先進の気質があったという釜石。オープンシティという言葉ができる前から外来者に寛容だったというが、こんな「ヨソモノの先輩」が活躍していることを知れば、後に続くベンチャーたちもきっと勇気づけられるに違いない。

自らもベンチャーとして伴走、釜石DNAを体現する事務局

これら地域パートナーとローカルベンチャー(地域おこし協力隊員)たちを結び付けているのが、事務局を担う株式会社パソナ東北創生だ。人材派遣大手のパソナグループの社内ベンチャーとして2015年4月に誕生した会社である。

15釜石LV事務局3人

パソナ東北創生の代表・戸塚さん(中央)、石倉さん(右)と林さん(左)

 

 

3人の社員のうち、創業当初から釜石で活動してきた石倉さんは、2016年のローカルベンチャー事業スタート時から、間近で挑戦者たちを見てきた。いま、1期生4人が2年目を迎え、今夏に2期生4 人が着任したところだ。

「起業型地域おこし協力隊員」のタイムリミットは3年。その間に具体的な出口を固める必要がある。冒頭にも書いたが、釜石市では、その出口は人によって多様な選択があり得ることを前提としている。精いっぱい起業に挑戦した結果、最終的に二地域居住的な関わり方、あるいは当面は就職という選択になったとしてもいい。その人らしい「釜石への関わり方」を応援していく、というスタンスなのだ。

もっとも、正解はないだけに各々に合わせたサポートは簡単ではない。が、石倉さんは、「その都度、いちばん大変だけど高い目標に敢えて挑戦するのが釜石のDNAだと思う」といい、事務局自身も手探りを重ねてきた。その成果のひとつは、既になんらか釜石と縁のある人が多かった1期生に対し、2期生は募集を見て初めて釜石を知ったという人が多かったこと。「ここでは新しいことに挑戦しやすそうだから、という理由で応募する人が増えて、とても嬉しかった」と石倉さんは笑う。

16石倉さん

富山出身の石倉さん。大学時代には途上国の教育やソーシャルビジネスに興味を持ち、バングラデシュ のNPOで活動していたこともある

 

事務局としてのサポートは現在、隊員同士が進捗を共有する月例会、個別面談のほか、チームビルディングを目的とした年数回の合宿を実施している。同じ協力隊員でも20代から40代まで、経験もフィールドも、「やりたいこと」の固まり具合もみな違う。が、何にしても一人でやりつづけることは難しい。だからチームづくりが大切ということだが、これも試行錯誤を経てわかったことだ。

「釜石には昔から気骨のある人が集まっていて、ラグビーでいう“one for all, all for one”の精神が生きているように思います」

岩崎さん・宮崎さんのような魅力的な地域パートナーとともに、自らが移住者・起業家としての経験を持つ事務局チームが伴走してくれる釜石のローカルベンチャー。仕組み自体も進化を続けながら、新メンバーを通年で募集している。少しでも心の琴線に触れた人は、ぜひ挑戦してみてほしい。

釜石ローカルベンチャーコミュニティのウェブサイトはこちらです。

 

Facebookページ「ローカルベンチャーラボ」、Twitter「ローカルベンチャーサミット」では、ここでご紹介したような地方でのチャレンジに関する情報を日々お届けしています。ぜひチェックしてみてください。

 

この記事を書いたユーザー
アバター画像

中川 雅美(良文工房)

福島市を拠点とするフリーのライター/コピーライター/広報アドバイザー/翻訳者。神奈川県出身。外資系企業で20年以上、翻訳・編集・広報・コーポレートブランディングの仕事に携わった後、2014~2017年、復興庁派遣職員として福島県浪江町役場にて広報支援。2017年4月よりフリーランス。企業などのオウンドメディア向けテキストコミュニケーションを中心に、「伝わる文章づくり」を追求。 ▷サイト「良文工房」https://ryobunkobo.com