本記事は、東北リーダー社会ネットワーク調査の一環で行なったインタビューシリーズです。
宮城県気仙沼市で、震災後の学びと出会いを糧に、海外での新規事業や学校と地元企業を巻き込んだ協働での教育事業、そして地域での人事採用の事業に取り組む、株式会社菅原工業の菅原渉さんにお話を伺いました。
菅原 渉(すがわら わたる)さん
株式会社菅原工業 代表取締役
1975年宮城県気仙沼市生まれ。北海道工業大学工学部で道路工学を学ぶ。卒業後は就職し道路整備事業に約6年間携わる。2003年水道整備事業を営む家業に戻り、土木・道路工事を行う。震災では津波に遭い一晩倉庫の屋上で過ごす。その後は、重機を集めて道路の啓開や瓦礫処理に尽力する。2013年インドネシア技能実習生の受け入れを開始。2014年に経営未来塾に参加。またインドネシアを初訪問。2015年からインドネシア事業を展開し、その後合弁会社を設立し代表取締役に就任。2019年インドネシア料理店を開店、「ムショラ」(礼拝所)も開設した。2020年「菅原工業人事部」事業を開始。
自社だけから、地域と海外に広がった視野
――菅原さんは、北海道で道路整備の会社で修行後、気仙沼のUターンされたのですね。
そうです。戻って家業を継いでからは、自信を持って気仙沼が嫌いだ、と話していました。いつ札幌に帰ろうかなと(笑)。でも、震災後気仙沼商工会議所の全国のネットワークで、我が事のように涙を流してくれる方と出会い、そして各地から気仙沼を思ってご支援くださる方がたくさんいる事を知って心を入れ替えました。
――震災後の気仙沼での出会いや取り組みで、ご自身に大きな影響を与えたことは何でしたか。
大きなきっかけの場になったのが「東北未来創造イニシアティブ 経営未来塾」(以下、未来塾)への参加と「気仙沼商工会議所青年部」(以下、YEG)での活動ですね。
未来塾は、東北未来創造イニシアティブが支援して2012年から実施されたもので、主催は気仙沼市と気仙沼商工会議所。約半年間、リーダーシップや事業構想を学び、メンタリングしていただきプランを作るというものでした。5年5期まで続きましたが、自分は2年目の2期に参加しました。
視野が広がったきっかけは、入塾式後の懇親会の場でした。未来塾でリーダー育成をされている講師がたまたま目の前に着席。その時に「道路舗装では日本のシェアをどのくらいもっているの?世界の72億人を相手にみてはどうか」と声をかけていただきました。この時の会話から日本の道路舗装事業の限界に気づくと同時に、視野が世界へと広がりました。その後、気仙沼との縁が深いインドネシアでの事業開発とその実践につながったのです。
経営未来塾で学ぶ
――海外での事業開発への大きなきっかけになったのですね。
そうなんです。加えて未来塾では「地域の人は何を必要としていて、あなたは何のために仕事をしているのですか?」と問われました。弊社は公共工事が多いのですが、予算を出すのは市役所でありそれは税金から、その税金を納めているのは市民の皆さんだと。そう考えると「当たり前の日常の提供とまちの活性化」が最優先課題だなと。これが達成できないと会社も地域も持続可能にならないと思いました。
――卒塾後も2期メンバーで報告会をされていると聞きましたが。
毎年1月に経過報告会を開いています。以前メンバーに「みんなが感じている課題を聞かせて欲しい」と自分の思いを伝えたところ、各自の課題の共有の場にもなりました。面白いのが、課題と課題を組み合わせるとビジネスの種になることです。そして、この報告会ではどの経営者も自然に「地域にとってどうか」という視点で事業を話せています。
菅原工業のインドネシアのプラント
――ではYEGでの活動を教えてください。
はじめの頃は幽霊会員でした(笑)。でも、未来塾でインドネシアでの海外展開の構想を考え始めて意識が変わりました。気仙沼にはインドネシアの技能実習生がたくさんいるし、お祭りでのインドネシアパレードを約20年前からYEGが主催している。また、震災でインドネシアの大統領から気仙沼市に1億2千万円もの寄付をいただいたり。これらから自分がYEGでできることがあると思いました。その後、地域連携委員会を立ち上げて委員長になり、地域内の若手事業者をつなげる活動に取り組みました。
――地域内の若手事業者や経済団体をつなげるとは。
青年会議所(JC)、商工会青年部、商工会議所青年部(YEG)の3団体とも「まちを良くしたい」という点では同じ思いです。だからこそお互いのいい所を活用して勉強会を開きました。今では顔が見える関係になり、いろんな事業でサポートし合っています。
またJCさんは加入資格の年齢が40歳までですがYEGは50歳まで。JCの後にYEGに入っていただこうと働きかけていて、賛助会員になっていただいた方もいます。実はこれは大きなことなんですよ!
インドネシア料理店
子どもや若者に地元企業の魅力を伝え、担い手を育成
――視点とアクションが、地域内、地域外、YEGの活動にも広がっていったのですね。他にも見えてきたことがありますか。
地元企業の重要な課題に人材不足があります。多くの場合、大企業と同じ就職情報誌などの媒体に高いお金を支払い採用活動をしています。本当は気仙沼の子どもたちがUターンして就職するのが近道なのですが・・・。でも、先生も保護者も地元企業との接点がないのです。そこで、若者育成の活動をしていた一般社団法人まるオフィスのリーダーたちと出会って「地域教育事業」をはじめました。
――YEGとまるオフィスの協働事業になっているのですね。
YEGは思いがあるものの、子どもたちを集めて継続的に盛り上げていくプログラムづくりが難しい。まるオフィスは復興期終了に向けて自主事業の拡大を目指し、地域教育におけるコーディネート業務やワークショップ技術を買ってくれる相手を探していました。そこで、YEGが事業委託をすることで相互の悩みが解決し、生徒・先生・まるオフィス・YEGみんなにとっていい事業になりました。
――地域教育事業はどんな活動ですか。
わたしたちYEGの若手経営者が中学校に行って会社の紹介をします。その際、生徒が理解しやすいように企業の説明資料を作成。そこで企業は自社をふりかえるという学びが生まれています。その後は、関心を持った子どもたちを職場体験で受け入れています。
――この活動での変化や成果を教えてください。
5年前の地域教育事業で話を聞いてくれた中学生が、2021年4月に弊社に入社してくれることになったのです。めっちゃ嬉しかったです!工事現場の話だけでなく地域の日常を守り、地域に貢献できる仕事であることを伝えたところ、感銘してくれたようです。
菅原工業の舗装工事
――嬉しいですね。
そうなんです。なので、2020年から実験的に「菅原工業人事部」という事業に力を入れています。この事業では、気仙沼から仙台の大学などに進学した学生や、気仙沼に関心を持つ学生なら誰でも参加できるイベントを毎月実施。そこに地元企業を3社程度お連れして学生と面談し、気仙沼でのインターンにつなげます。この事業から、2021年春には弊社に5名の大学生が入社することになりました。
――「菅原工業人事部」の事業では、自社だけでなく他社の採用もサポートされるのですね。
地元の企業は、人事機能を持っていない所が多く採用は重要な課題です。だからこそ、「地域の人事部」として事業化し、法人化しようと考えています。「地域教育事業」で中学生と企業の出会いの機会を作り、その後は「地域の人事部」で採用などに取り組む流れが見えてきました。
――気仙沼で「地域の人事部」をどのように広げたいとお考えですか。
自分が学んだ「経営未来塾」の卒塾生は5期で89人です。今では各企業が事業を拡大し新規事業に取り組んでいて、雇用が生まれる段階に来ているので、ぜひ連携したいと思っています。今後は、全国の商工会議所とも協力をして各地での展開を目指しています。青年部は全国に418あり、3万4千人の仲間がいますから!
菅原工業のスローガン
――菅原さんのビジョンとYEGの活動が循環していますね。地域での様々なつながりをどう見ていますか。
震災後のたくさんの出会いから、その人の顔や活動・事業が自分の引き出しに入っています。この課題だったらこの人につなごう!という感じで(笑)。このようにできたのは、お互いの課題感を話し合って、情報をストックさせているからかもしれません。
民間で事業を立ち上げ、共創協働事業に育てる
――では、今後の気仙沼がどうなっていったらいいと思いますか。
まず企業の経営者も職員もどんどんチャレンジすること。そうすることで魅力的な産業が生まれていくと思います。その過程では、会社と職員のビジョンをしっかり考えていくこと。もしビジョンと事業が一致していない場合は、新規事業を立ち上げるのも一つでしょう。
そしてコロナ後を考えると、これまでの関係が深いインドネシア等とガッチリやって欲しいです。国内の旅行者を取り合うのではなく、ターゲットを東南アジアに定めるのがいいと思います。
あとは、仲間内の動きをさらに外に広げる行動が大事だなと。自分としても、未来塾の2期生やYEGなどの仲間内で動きがちなので(笑)。ただ、いろんな団体同士の総意を創るのは難しいので、まず自社で動いてその後に賛同してくれる方々と業界を超えて事業展開していきたいですね。
――行政との連携はどのように考えていますか。
震災後お世話になったご縁から、何でも率直に相談できる市役所の方がいるので、ありがたいです。ただ行政は公平・平等が基本なので、時には一緒に動きにくいこともあります。だからこそ自分たちは民間で誰もやっていない尖った事業にチャレンジしたいです。
――今後に向けて取り組んでいる事はありますか。
2021年度はNHKの朝の連続テレビ小説で気仙沼がロケ地になるので、ふるさと納税の返礼品の仕組みを活用したアイデアを練っているところです。過去のロケ地である、岩手県久慈市や福島県福島市のYEG仲間ともつながって。これからも民間で工夫して事業モデルを作り、その後に行政と協働していくことが地域の持続可能性につながると考えています。
――ありがとうございました!
【イベント情報】6/25(金)、入山章栄さん(早稲田大学)、菅野拓さん(大阪市立大学)、高橋大就さん(一般社団法人東の食の会)によるオンラインセミナー『イノベーションと社会ネットワークとの関係を考える ~「東北リーダー社会ネットワーク調査」分析結果から~』を行います。参加は無料です。ぜひご参加ください。
※東北リーダー社会ネットワーク調査は、みちのく復興事業パートナーズ (事務局NPO法人ETIC.)が、2020年6月から2021年1月、岩手県釜石市・宮城県気仙沼市・同石巻市・福島県南相馬市小高区の4地域で実施した、「地域ごとの人のつながり」を定量的に可視化する社会ネットワーク調査です。
調査の詳細はこちらをご覧ください。
NPO法人ETIC.では、未来をつくる人の挑戦を支える寄付を募集しています。
Facebookページ「ローカルベンチャーラボ」、Twitter「ローカルベンチャーサミット」では、地方でのチャレンジに関する情報を日々お届けしています。ぜひチェックしてみてください。
あわせて読みたいオススメの記事
#ローカルベンチャー
熱意の連鎖がサスティナブルな町をつくる。北海道厚真町役場のケース
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
#ローカルベンチャー
「やる」と決めるから仲間が集まる。釜石で地域と都市の橋渡しをするパソナ東北創生・戸塚絵梨子さん