日本に、馬と一緒に海水浴できる場所があるのを知っているだろうか。
神奈川県三浦市にある乗馬クラブ「ホーストレッキングファーム三浦海岸」の人気企画だ。夏季限定の「海馬(うみうま)コース」がテレビや新聞で話題となり、日本の観光地を紹介する「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」に三浦半島が選ばれた。
京急・三浦海岸駅から徒歩10分。小高い丘をのぼり小道を一本入ったところに、同ファームはある。都心から電車に乗って、日帰りで行ける乗馬クラブとして知られる。
「車ができるまで、人は馬とともに生きてたんですよ」。ファームのオーナー・吉村優一郎さんが、馬舎でくつろぐ馬の鼻をなでながら教えてくれた。
吉村さんは、北海道出身。縁もゆかりもない三浦の地で、乗馬クラブを経営して13年になる。
なぜ吉村さんは馬と出会ったのか。観光や漁業が有名なエリアで、どうやって海で馬に乗るコースを誕生させたのか。集客の工夫は? 馬のスペシャリストである吉村さんに、これまでの歩みや、ローカルベンチャーの経営について聞いた。
誰でも馬に乗れる、会員制ではない乗馬クラブ
吉村さんが、「ホーストレッキングファーム三浦海岸」の前身となる乗馬クラブを引き継いだのは2006年。通常、乗馬クラブは会員制が一般的だが、ここはコース利用料だけで乗馬できるが特徴だ。どのコースも初心者から手ぶらで参加できる。
ファームが大切にするのは、誰でも気軽に馬に乗れること。吉村さんは、「馬に乗ることは特別なことではない」と、会員制のクラブにしない理由を語る。
「もともと6000年の間、馬と人は一緒にいました。乗せる・乗せられるという奇跡のコラボ関係がずっと続いてきたんです。特別な技術はいらない。馬に乗ってバランスに慣れること、馬と一緒に楽しむこと。それが一番の近道です」
「意味わからん」初めて馬に乗った日のこと
そんな吉村さんと馬との出会いは、中学2年生のとき。私立の中高一貫校に通っていた吉村さんが、テニス部を辞めた頃、馬術部の顧問だった英語の先生に声をかけられたのがきっかけだった。
初めて馬にまたがった日のことを、吉村さんは昨日のように覚えている。
「コミュニケーションの取れなさに驚きました。馬と自分の間に、ひとつもカスる部分がなくて、面白かったですね。なんだこれ! 意味わからんって(笑)」
実際、競技大会に出場するまでに1年以上かかった。初めての試合は高校1年生の秋。その後は、頭角を表しインターハイに出場。全国乗馬スポーツ少年団選手権大会で6位に入賞し、馬術部のある京都の大学に推薦入学した。
どうやって馬と生きていく? 子どもたちと出会った大学時代
この頃から、吉村さんは、どうやって馬と生きていくのか考えはじめる。
競技としての「馬術」ではない馬との関わりかた模索していた吉村さん。大学3年生の頃、不登校の中学生の子どもたちの面倒を見ることになった。5回の乗馬コースを通じて、子どもたちの大きな変化を目の当たりにする。
「ひと言も話さない子もいたけど、馬の乗り方なんてみんなわからないから聞くしかない。馬に乗ることで、(子どもたちの)心の中の壁とか檻がくずれていく。馬ってすごいなって思いましたね」
その後、就職活動をして大手企業に内定をもらったが留年し、あらためて本当にやりたいことを考えた。2年間、時代劇の撮影現場で馬スタントマンもやってみた。 三浦へ向かったのは、スタントマンをしていたときに知り合った障がい者乗馬の先生に紹介されたから。吉村さんが24歳のときだった。
接客未経験、いきなり乗馬クラブ経営を始めることに
「ホーストレッキングファーム三浦海岸」の前身となる乗馬クラブに行ってみると、いきなり「ここで働かないか」と打診された。
「外で馬に乗る外乗(がいじょう)をしたことないし、接客したこともなかった。社長に、『赤字にならなきゃいいよ』といって鍵を渡されました。後からわかったんですけど、当時から年間800万円の赤字でしたね(笑)」
こうして吉村さんは、馴染みのない場所で、いきなり経営を実践することになった。
当時、馬は6頭。エサ代や土地代、人件費などで毎月100万円は維持費がかかっていた。
どうすればいいのか。まずはホームページを作り、当時人気だったSNS「mixi」で発信してみたが、1週間に5人しかお客さんは来なかった。
悩んだ吉村さんは、「まずは自分が一緒に楽しめる人、遊んでくれる人を集めよう」と考えた。チラシなど宣伝は色々やってみたが、一番効果があったのはクチコミだった。
「ここにきて楽しい人が、友だちを連れてきてくれて、パンフレットを持って帰って、誰かに渡してくれればいい。会員制じゃないけど、週1回来てくれる人を30人作ろう。30人の後ろには100人いる。みんなに仲良くなってもらおう」
コミュニティという言葉がまだ馴染みのなかった時代。吉村さんが作ろうとしたのは、自分を中心とした馬でつながるコミュニティだった。
吉村さんの乗馬テクニックも、乗馬好きの人たちを納得させた。1年後、コアなリピーターが増えて、気づけば赤字は半分に減っていた。
漁業の町・三浦の海岸で馬に乗る。地元の理解につなげる
三浦の街並みや海をまわる「外乗コース」は、看板コースのひとつだが、馬が砂浜を歩くことに、当初は地元の人たちから意見をもらうこともあったという。
道路交通法では、馬は軽車両扱いになる。浜辺を走っても法律上の問題はない。もちろん、吉村さんは県や市、警察などに事前に挨拶してまわったが、広く一般の人に理解してもらうには時間がかかった。
「誰の海で走ってんねんって声が最初は届きましたね。3〜4年はあったかな。でも『すみません』とはいいましたが、絶対に『やりません』とはいわなかったです」
吉村さんは、馬を連れて歩くときは、通りすがりの人たち全員に欠かさず挨拶した。もちろん、馬の糞(ボロ)は毎日拾った。ときには、地元のスナックをまわり一緒に歌を歌ったこともあるという。
次第に、1人2人と理解者が増えていった。 子どもがきっかけで、地元の人たちとの会話が始まることもあったという。
「三浦のハーフマラソンに引き馬を出していて、お孫さんが『馬乗りたい!』っていったんです(笑)。おじいちゃんも『おう』って。次の日から挨拶するようになりました。毎年、お孫さんは馬に乗っています」
孫や子ども、甥っ子姪っ子たちの「馬に乗りたい」という無邪気な思いが、地元の人たちとの架け橋になった。ゆっくりと時間をかけて、馬のいる日常が浸透していった。
「海馬コース」人気コースの誕生で、夏の売上が3倍に
馬と一緒に海水浴する人気企画「海馬コース」ができたのは2009年。「この年から、夏の売上が3倍になった」と吉村さんは転機をふり返る。
夏の三浦海岸は、海水浴場になる。馬に乗って砂浜を歩くだけでは、お客さん集まらず、馬もへばってしまう。だったら、馬と一緒に海に入ればいいと思いついた。
「乗馬は、繁忙期であっても受け入れられるキャパに限界があります。梅雨や台風など天候によっても売上は左右される。(鞍をつけない)裸馬を思いついたことで、真夏のデッドポイントが潰せた。経営が安定して、黒字化しました」
いまでは、新しいマリンスポーツのひとつとして「海馬」がある。
赤字だった乗馬クラブが観光スポットに。三浦海岸に“馬のある風景”が生まれた。
2019年のいま、三浦の街に馬のいる風景がある。キャベツ畑を抜け、砂浜を駆ける馬の姿が、街に溶け込んでいる。
なかったものが、当たり前になった。それは地道に、時に泥臭く、三浦の人たちと一緒の時間を過ごしてきた吉村さんの努力の賜物ではないだろうか。
赤字だった乗馬クラブを、街の観光スポットに育てた吉村さん。そのポイントを「誠実に、最低5年、地道にやってきたこと」だと話す。
「地方で事業を興すということは、お金の有無ではなく、地元の人の理解が大事。文化、蓄積にどう乗っかっていくか。おじいさんおばあさんと酒が飲めるか。一発稼ぐのは地方には合わない。続いていくことが成功だから」
「これからは、本当に馬と向き合いたい」。地域と真摯に向き合ってきた吉村さんは、そういって笑った。
後編に続く。
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ローカルベンチャーPROFILE
ホーストレッキングファーム三浦海岸 (株)Y’ism
所在地:〒238-0101 神奈川県三浦市南下浦町上宮田1751-3
設立:2014年8月(創業:2006年)
資本金100万円
売上:2600万円(2017年度実績)
従業員数:4名(2019年2月現在)
事業内容:ホーストレッキング、ツアー企画・運営、各種イベントの企画・主催、催事出展など
(取材・文:笹川かおり 写真:ホーストレッキングファーム三浦海岸、くどうまさき、笹川かおり 編集:山倉あゆみ)
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