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確定した現状をくつがえすプロセスにこそ希望がある。希望学のフレームワークから考える、地域社会の未来。

2024.07.08 

みなさんは、「希望学」について聞いたことはありますか?希望学とは、2005年に東京大学社会科学研究所(通称「東大社研」)の10人の研究者によって始まった、希望と社会の関係を考察する研究プロジェクトです。希望に関する思想研究、「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」等に代表されるデータ収集と分析、岩手県釜石市を対象とした包括的な地域調査の3つを柱として、様々な研究がなされています。

 

今回は、世界遺産・石見銀山の町として知られる島根県大田市大森町にて、石見銀山みらいコンソーシアムの理事を務める伊藤俊一さんに、地域の未来を考えるヒントがつまった希望学についてお話を伺いました。

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伊藤俊一(いとう・しゅんいち)さん

石見銀山みらいコンソーシアム 理事

2017年、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校の卒業論文調査のために、島根県大田市に位置する人口約400人の大森町を訪問し、卒業後の2018年から移住。2022年から上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科に文化人類学を専攻として入学。2024年に修士論文「希望の場所」を提出し、現在は島根県と千葉県の二拠点生活をしながら大森町で石見銀山未来コンソーシアムの理事を務める。「地域一体型経営」のガバナンスと地域の文化をどう結びつけるかを仕事のテーマとしている。

希望学との出会い

 

伊藤さんが希望学について知ったのは、アメリカの私立の名門・デューク大学の文化人類学者である、アン・アリソンの著書『Precarious Japan(不安定な日本)』がきっかけでした。

 

「アリソン氏は現代日本社会を研究されている方で、同書は2009年頃から書き始められたものです。バブル経済崩壊後の長引く経済停滞を受けて、ニートや引きこもりが問題視されるようになり、2011年には東日本大震災も発生……と、まさに日本社会が全体として大きな不安に直面する時期をとらえた本なのですが、その中で取り上げられていたのが、希望学を研究されている東大社研の玄田有史教授でした。

 

カリフォルニア大学サンディエゴ校では現代日本の社会問題について学んでいたんですが、バブル経済以降は雰囲気として日本社会に希望がないというか、ずっと『不安』について勉強しているような感覚だったんです。そんな中、『希望』をテーマとした勉強があるというのはフレッシュでおもしろいなと思いました」

 

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カリフォルニア大学バークレー校で学ぶ伊藤さん

 

その後、大学3年生でカリフォルニア大学バークレー校へと転校した伊藤さんは、引き続き人類学の領域で、現代日本におけるオルタナティブな生き方について学びを深めていきました。

 

「いい大学に入り、部活のつながりから就職して、そのまま定年まで勤めるというようなライフプランは当たり前のものではなくなっていますし、いい大学に入ったからといって希望通りの仕事につけるとも限りません。

 

メインストリームから外れていった人達は、新しい価値観の下で全く違うライフスタイルを構築しているのではないか、違うスピード感や規模感でがんばっていこうとしている人達がいるんじゃないか、ということで地方に目を向けるようになりました。

 

多くの人が考える成功例や価値観というものは、無意識のうちに都会中心の視点で形作られているように思います。卒業論文では、UIターン等で地方に向かう人々がどのようにして価値観を組み立て直しているのかを探りたいと考えていたんですが、調査対象と一定期間生活を共にするエスノグラフィー調査の候補地として見つけたのが、島根県大田市の大森町だったんです」

アメリカで見たテレビ番組をきっかけに飛び込んだ大森町

 

都会基準の価値観の幸せに対して、新しいことに取り組んでいるのはどこなのか。伊藤さんのアンテナに引っかかったのが、NHKオンデマンドの『サキどり↑』という番組でたまたま見かけた、大森町の古民家再生プロジェクトでした。古民家をカフェやショップにリノベーションし、若者がUIターンしている様子を見て大森町に興味をもった伊藤さん。

 

「テレビだと本当のことはわからない。実際に行ってみろ」という父にも背中を押され、番組に出ていた松葉大吉さんにインターンさせてほしいとメールを送ります。そして2017年の6月に大森町へのインターンが実現。その後一度大学に戻り、2018年の冬に再び大森町を訪問して、インタビューとフィールドワークを実施します。それを基に卒業論文を書き上げ、2018年4月に大学を卒業しました。

 

「他の学生は就職活動をしている中で、普通に仕事をしたくないという思いがあったんです。そんなときに松野さんからとりあえず大森に住んでみないかと誘われて、2018年8月に移住しました」

 

大森町では、松野さんが立ち上げたライフスタイルブランド「群言堂」の発信部門「根のある暮らし編集室」の一員として、様々な仕事に取り組みました。

 

「世界遺産関連でユネスコ関係者の訪問があったときの通訳やレセプション、教育関係の方向けの視察ツアー、梅の花の酵母菌でクラフトビールづくりなど、仕事の内容は本当に幅広かったですね」

 

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梅の花の酵母でクラフトビール造りに取り組む

希望学のフレームワークで読み解く、現状をくつがえすためのアクション

 

大森町に根ざして活動する中で、希望学は伊藤さん自身の研究にどのように活かされているのでしょうか。

 

「将来人口推計のグラフのように、これから地域の人口がどうなっていくかはある程度決定されています。そんな今確定している現実を、いかに確定していないものにくつがえしていくのか。そのプロセスを研究することが希望学につながっていると思います。

 

ユートピア的な考え方だと批判されることもありますが、まだないものに対して行動を重ねていけるのは、ビジョンがあるからです。ビジョナリーカンパニーとかもそうですよね。地域にも同じように希望をもてるビジョンが必要ですし、それに向けて現状をくつがえしていく活動がどう積みあがっているかというのは、具体的に観察・研究することができます。そこから、消滅という未来を覆すような思考や行動パターンを見出すこともできるのではないでしょうか」

 

伊藤さんは、自身がコミュニティに溶け込んで収集したデータの整理に希望学を活用しているそうです。例えば地方在住、年収300万円の30代女性という個人を経済学的に見ると、毎年どのくらいの税金を地域に落としている存在なのかといった分析の仕方になりますが、希望学では違った見方ができます。

 

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大森町での視察受入の様子

 

希望学的な分析では、「現状をくつがえすためにどのようなリソースをもっているか」という観点から、移住者であり他地域とのつながりをもつ存在であるという風に、見落とされていた側面が浮かび上がってくるのです。このようにどのようなフレームワークを用いるかによって、集めたデータの意味づけは大きく変わってきます。

 

「日常的に見られる井戸端会議も、希望学的なフレームワークで分析できるんです。地元の人と、移住歴3年程度の人、3ヶ月程前に住み始めたばかりの人が話している様子をよく観察したところ、3年住んでいる人が地元の人と移住したての人の間に入って、通訳的な立ち回りをしていることがわかったとします。このシチュエーションが大森町の現状を覆しているとしたら、同じシチュエーションを他でも再現すればいいんです。

 

再現性をもたせるために、地元の人をネイティブ、地域への理解を深めた移住者やUターン者をトランスレータ―、地域に入ってきたばかりの人をアウトサイダーというように、抽象化して考えてモデル化する。2022年に上智大学大学院のグローバル・スタディーズ研究科に入学して執筆した『希望の場所』という論文では、こんな風に、希望をもてる場所をつくっていくには何が必要かを検討しています」

自治体消滅の未来をくつがえす、継続的な場作り

 

2014年に発表された「増田レポート」では、2040年までに日本の約半数の市町村が消滅する可能性があるとして波紋を呼びましたが、そういった未来を乗り越え、地域を「希望」がもてる場所へと変えていくためには何が重要なのでしょうか。

 

「1つは、危機感をもつということだと思います。大森町は、絶望の未来に向かっているという感覚はないのですが、田舎というものの存在自体が、都会と比較して人や資本が少なく、都会にリソースを吸い上げられていく不平等・不均衡な関係性にあるということに自覚的だと感じます。

 

自分達の地域のことだけを考えるのではなく、面として『田舎』とカテゴライズされる側にいる中で、その流れをひっくり返すために大局的な観点をもって行動しなければならない。そういった意識をもったプレイヤーが、新しいソーシャルビジネスで現状を変えていこうとしているのが大森です。

 

もう1つは、1回きりではなく、くつがえすための場を積み上げていくということです。新しい可能性を論じて実行に移していくような、継続的な話し合いの場が必要ですが、既存の会議体は自由な発言がしにくかったり、すでに決定したことを承認するだけの場になっていたりするケースも多いのが現状です。

 

外部の人材等も含め、現状をくつがえそうという人だけを集めた会議の場を設定するというのは、意外と実践している地域が少なく、画期的な取組だと言えるのではないでしょうか」

 

伊藤さんは、実際に大森町でそういった議論の場づくりにも取り組んでいます。伊藤さんが理事を務める石見銀山みらいコンソーシアムでは、月に1回勉強会を開催して他地域の事例を共有するなど、議論しやすいコミュニティづくりを行っています。

 

また2023年4月には、かつて銀鉱石を採掘していた龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)という観光施設の指定管理をコンソーシアムで受けることになり、観光振興課、教育部の石見銀山課、土木課、都市計画課等、大田市の様々な課を巻き込みながら、周辺地域も含めたグランドデザインの再構築に取り組んでいるところです。

 

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龍源寺間歩への入口

 

「龍源寺間歩観光を軸に連携し、会議を積み重ねることで、新しいアイデアやイノベーションが生まれます。今は入場料が500円ですが、周辺のコンテンツも増やして1,000円にする方法を考えることで、新しい雇用や、観光客の満足感、地元のプライドにもつながっていくという手応えを感じています」

 

こういった場に住民がどう参画できるかを設計することで、確定した未来をくつがえす「希望の場所」づくりは更に加速していきそうです。

「ローカルリーダーズミーティング in 宮崎県日南市」で考える、希望の未来

2024年7月13日(土)~14日(日)に開催予定の「ローカルリーダーズミーティング in 宮崎県日南市」では、「DAY1 ロカデミック・まーけっと!」のコーナーに伊藤さんも登壇予定です。

「僕もまだ駆け出しで、すごく成功しているというわけではありませんが、希望学は従来あったものをまだないものに変えていく学問です。悲観的な未来予測をくつがえすために、住民1人1人に何ができるのか、一緒に議論できれば幸いです」

伊藤さんと直接お話しできる貴重な機会ですので、ご関心のある方はぜひお申込ください。お申込はこちらから。

 


 

こちらも合わせてお読みください。

>未来意志を持つための「希望学」入門 ーみちのく復興事業パートナーズレポートー

この記事を書いたユーザー
茨木いずみ

茨木いずみ

宮崎県高千穂町出身。中高は熊本市内。一橋大学社会学部卒。在学中にパリ政治学院へ交換留学(1年間)。卒業後は株式会社ベネッセコーポレーションに入社し、DM営業に従事。 その後岩手県釜石市で復興支援員(釜援隊)として、まちづくり会社の設立や、組織マネジメント、高校生とのラジオ番組づくり、馬文化再生プロジェクト等に携わる(2013年~2015年)。2015年3月にNPO法人グローカルアカデミーを設立。事務局長を務める。2021年3月、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。

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