高原や温泉地で有名な関東有数の観光地、栃木県の那須塩原。新幹線が止まる那須塩原駅からもう一駅先、“裏那須”とも呼ばれる黒磯駅の存在をご存知だろうか。
西口を出て徒歩10分、山のふもとまで真っ直ぐに伸びる道を進むと、個性的な店舗が半径1km圏内に10件近くも軒を連ねる、まるで海外の街を思わせる一角がある。
1988年、今では東京表参道にも店舗を構えカフェブームの火つけ役とも語られる「1988 CAFE SHOZO」が黒磯に誕生してから、街には続々と店が生まれ、新しい人の流れが生み出されてきた。そして2014年、那須で年に2回開催されていた朝市が実店舗となり、「Chus(チャウス)」が誕生。"那須地域のうんまいもの"が一堂に会する「大きな食卓」をコンセプトにした、直売所とカフェ、そしてゲストハウス機能を持つ複合施設Chusには、日本全国から那須の美食を求めて多くの人々が訪れる。
今回お話を伺ったのは、このChusの仕掛け人である宮本吾一(ごいち)さんだ。東京都出身、この黒磯に移住してもう20年が過ぎたという宮本さんは、どのような道のりを歩み、ローカルベンチャーを生み出してきたのだろうか?
その空間に居るだけで、自然と地方の心地よさが伝わってくる「Chus」
那須の朝市を日常的にたのしめる「MARCHE(直売所)」、ローカルの食材を使用した料理を楽しめる「TABLE(ダイニング)」、そして那須の旅の拠点となる「YADO(宿)」。Chusには、この3つの機能が揃う。
取材に伺ったのは平日月曜の昼間だったが、これが平日の地方の人だかり具合なのかと疑うくらい多くの、それも年代・性別ともに多様な人たちでダイニングは溢れかえり、直売所にも途切れなく人が訪れていた。そんなChusの風景を見渡しながら、宮本さんはこう語る。
「普通、飲食店はマーケットをどこに持つかや、ターゲットをどこに設定するかを考えるものですが、Chusにはそれがないんですよ。外国人でも障がい者でも、おじいちゃんでもおばあちゃんでも誰でも来て欲しいと思っています。子どもが走り回ることを嫌がる飲食店も多いと思うのですが、一軒くらい子どもが走りまわっている店があってもいいじゃないかと思っていて」
Chusの空間は、とにかく広く天井も高く、不思議と息が深くなる。コンセプトである「大きな食卓」は、実際の食卓の在り方にしっかりと反映され、ダイニングに並ぶ机のほとんどは大きな8人掛けだ。「見知らぬ相手と相席なんて居心地が悪そうだ」なんて思ったら大間違い、計算し尽くされた絶妙な距離感は、不思議なほど心地よい空間を生み出している。宮本さんいわく、それは「影響し合っているけれど、関わってはいない気持ちよさ」だ。
「このスペースの広さが田舎っぽくていいなと思うんです。空間があり余っているのが地方ならではの面白さだと感じていて。そしてその隙間がある、余白があるということが“気持ちよさ”につながって、その“気持ちよさ”が地方っていいなという感情につながると思っています」
この空間にいるだけで、自然と地方の心地よさが伝わればいい。そんなふうに宮本さんは考える。そうした宮本さんの思いは宿泊機能である「YADO」のスペースにも行き渡っていて、宿泊者用のラウンジのソファに深く腰かけたときの、大きな窓から眺めることができるまちの景色からも感じとることができる。
「この物件は元々家具屋だったんですけど、ラウンジの窓の一部はそのときからあったものです。リノベーション前にふとここから見えるまちの景色が気持ちいいなと感じて、そのまま活かすことにしたんですよ」
普通よりも低めの位置についているその窓枠に合わせて、他の窓も低く、大きく形をとった。「自分が気持ちいいなと思ったことを形にしていく、ただそれだけです」。宮本さんは、そう気負いなく話す。
いたずらできる余白を見つけて、1位になる
高校卒業までを生まれ育った東京で過ごしたという彼の経歴を知る人たちからは、「なぜ黒磯なのか」と問われることも多いと言う。この日の取材でもやはり話題にのぼったが、「もう20年もここで過ごしていて、長く住んでいるからという理由しかない。もはや地元の人だと自分のことを思っている」と彼は答える。
高校卒業後、1年間のオーストラリアでの暮らしを経て黒磯へ移住、2003年にはリアカーを屋台に仕立てた「リアカーコーヒーUNICO」を開業、続く2005年にはハンバーガー専門店「HamburgerCafeUNICO」として生まれ変わると、2008年からは「OrganicParty」と銘打った音楽イベントをUNICOを中心に開催し始めた。そして2010年、Chusの前身となる那須地域のマルシェ「那須朝市」をスタート。2014年のChus開業に至る。
その歩みは、とても自由で多彩だ。その背景を伺うと、「僕いたずらっ子なんですよ」とおかしそうに笑う。
「でもいたずらって、自由度がない窮屈な場所ではできないですよね。だから田舎はおもしろいんです。たとえば東京でお店を出そうと思ったら、初期費用として家賃だけで数百万はかかるかもしれませんが、黒磯なら小さな店舗であれば5万円くらいから始められてしまう。お小遣い程度の金額で始められるんですよね。僕は、そうしたいたずらできる余白が多い場所の方がおもしろいと思う。東京は塗り潰されていて、そこから上塗りするのはけっこう大変です」
彼にとって「いたずらできる余白」とはどういうイメージなのだろうと思い尋ねると、「たとえばハンバーガー屋さんをやろうと思ったとき、ここにはマックすらないし一人勝ちじゃん! と思った。競合店が多くあると、どれだけ頑張っても後追いで3位くらいにしかなれないけれど、一つならまちで一番美味しいハンバーガー屋さんになれる」と宮本さんは語る。
「1位になれるんです」。そう楽しげに笑う彼の名前は、「吾一(ごいち)」さんだ。
「吾一って、われひとり、ユニークという意味なんです。この名前は自分にとってけっこうアイデンティティになっていて、他がやっていることはやらないという気持ちにつながっていると思っています」
信頼を行き来して生み出されていくもの
Chusが地元の生産者と共に生み出した看板商品「バターのいとこ」も、無脂肪乳を使っためずらしいお菓子だ。ごく薄いながらバターの風味がしっかりとしたワッフル生地に、無脂肪乳からつくられたシャリシャリした食感とトロリとした食感が交わるクリームが挟まれている。その味わいの珍しさもさることながら、箱売りのパッケージには印象に残るキャラクターがデザインされ、人に自慢したくなる個性的な商品に仕上がっている。また、店舗でのみ食べることのできるバラ売りはつい食べ歩きを楽しみたくなる可愛らしい存在感だ。詳細は、インスタグラムのハッシュタグ「#バターのいとこ」で検索してみてほしい。
とにかく、そんな商品であるからには開発にはさぞかたい決意があったのだろうと開発秘話を尋ねると、意外にもこんな話が返ってきた。
「バターのいとこの開発は、完全に勢いと思いつきです(笑)。Chusでは、ポップアップレストランという、東京のレストランから美味しい食事を黒磯に持ってきていただき、代わりに僕らは黒磯の生産者さんたちとのつながりをレストランの方に提供し、さらに生産者の人たちにも自分たちの食材から生み出された予想もしないような料理を食べてもらうという取り組みを定期的に行っています。
代々木八幡のレストランPATH(パス)と一緒にポップアップレストランをしたとき、森林ノ牧場の経営者の山川将弘さんがバターを作るとスキムミルクが余ってしまって困るんだとこぼされていて、それならばスキムミルクを使ったお菓子を作ればいいんじゃないかとその場の全員で盛り上がったことから生まれました。」
自分の行動は「大体が勢いと思いつきだ」と苦笑する宮本さん。そういえば、「YADO」スタートのためのクラウドファンディングの際にも、予算含めいろいろなことが綱渡りだったとどこかで読んだことがあるような。
「いつも綱わたりですよ、それも楽しみにしているくらいで。普通の価値観だったらもう少し安全策をとると思うんですけど……」
そんな姿に、その理由を尋ねたくなる。
「たとえば、不安があるから貯金したりしますよね。でも、僕は社会に対して不安がないんです。僕が何かできるわけではなく、頼れる相手がいるという感覚で。ここが不思議なところで、案外、周囲は頼ると助けてくれるものだけれど、実際に頼ることができる人は意外と少なくありませんか? でも僕、自分は能力的にはまったく秀でたものがないと思っていて、だから何でも人に頼ってしまえるようなんです」
宮本さんは、信頼関係があるシェフにはレシピを教えてくれないかと頼むこともあると言う。普通は嫌がられるのではないかと感じるこの行為も、それまでの関係性から快諾されることがほとんどなのだそうだ。
「そのシェフとの間には、これまで地元農家さんとの橋渡しのサポートをする中で築いた信頼関係があるからこそなのかなと。料理人に生産者を紹介することって、実はそれ自体が仕事にもなり得ることです。そこに金銭が発生しない代わりに、信頼を行き来している感じなのかもしれません」
同じ価値がある方法ならば、そこにハッピーが生まれる方を選ぶ
「信頼」という感覚は、宮本さんの体に通奏底音のように流れている。
Chusでは有料の広告は打たない。その理由を宮本さんは、「本当にいいものがいいと、人々の間で伝わっていくことを信じていたいから」だと語る。
「きっとしっかり機能する有料の広告もあるのでしょうが、そこに労力を割くくらいなら、さらに良いものを作るために力を使った方がいいと思っていて。広告費は商品に上乗せされるものなので、それならばその分を原価に乗せたいと考えているんです。そうすれば美味しいものを食べてお客さんは喜んで、口コミで広まっていくと信じていて。
同じ広告価値があるならば、そこにハッピーが生まれた方がいい。だからこそ、お客さんが満足する方に原価をかけたいと思っているんです」
Chusの原価率は47.5%だ。一般的な飲食店の平均である25〜30%と比較すると、どれだけ高いかよく分かる。「大体が15%と言われる広告費をそのまま乗せているからできること」だと宮本さんは言う。プロモーションはあくまで、インスタグラムなど無料でできるもので頑張る信条なのだそうだ。
スタッフ一人ひとりに考えてもらってこそ、信頼して任せることができる
「頼る」というキーワードは、スタッフとの関わり方にもあらわれている。
Chusの採用方法は独特だ。4時間もの代表面接を耐えきれた人物だけがそこで働くことを許される(辞退されることもあると宮本さんは言うが)。その理由は、「内容というよりは、その時間の熱量に耐えられるくらいの気持ちで挑んでもらわないと、多大な時間を割いて教える先輩スタッフたちに失礼だと思うから」。実際は面接に来てくれた時点で一緒に働きたいという気持ちなのだそうだが、それはあくまで熱意と熱意がマッチングできたらのこと。
「僕はスタッフには、サバイブしようよ!とよく声をかけるんです。まるで無人島にたどり着いた気持ちで、教わるのではなく考えていってほしいと思っているので。また、ChusのコンセプトとこれからChusをどういう場所にしていきたいのかを伝えて、アプローチなんて人それぞれでいいから、そこに近づける方法を一人ひとりに考えてもらいます。そうした背景があるからこそ、皆に仕事を任せられるようになっているのかもしれません」
とはいえ、「辞めていくスタッフもいるし、うまくいかないことなんていっぱいある」と言う宮本さん。スタッフは一人ひとり違うから、ケースは似ていれど違うものだし、本当に日々勉強だと続ける。
「ずっと勉強していくんじゃないかな」。そう語る声には、本当に困ったという気持ちもあれど、不思議と冒険に向かう少年のような響きもある。
それにしても、彼の持つ周囲の人たちや社会への信頼感は揺るがない。どうしてそこまで信頼感を持ち続けられるのかと尋ねると、少し黙り込んだあと「自分の生まれ育ちが関係しているのかもしれない」と教えてくれた。
「家が教会で、親がいないときも自分以外の人が周りにたくさんいて面倒をみてくれる環境で育ったので、何かを不安に思ったことがあまりないんですよね。小学校5年生で2週間一人で留守番したことがあるんですけど、当時のことなので携帯もなく親と簡単に連絡も取れない状態で、それでも夕飯は隣の家のドアをトントンと叩けばもらえるし、まったく不安にも思いませんでした。今思えば、両親が自分をすごく放任してくれたことはありがたかったですね」
黒磯という地域をつなぐ「ホテル構想」
取材中、宮本さんの知人と思われる二人組が、ランチ後彼に一声かけて店をあとにした。店内で食事を楽しむお客さんには、地元の方も多いと言う。通りを歩いていても感じていた店同士の不思議な連帯感の秘密を尋ねると、「黒磯はホテル構想という考え方をしていて」と、素通りできないキーワードを教えてくれた。
「黒磯駅の駅前にパン屋さんがありましたよね。そして隣に珈琲屋。そこから少し歩くにつれて、ブティック、カフェ、グローサリー、宿、ピザ屋とバーと店が続くんですが、この50mくらいの距離の通りを縦にしてみるとホテルみたいになるんです。ほら、1階にラウンジがあって、中階層に部屋があって上層階にバーラウンジがあったりするでしょう?」
「言葉をデザインして共有すると、皆の意識が変わるのだ」と付け加えながら、これは皆でそのように通りをつくろうと意識している結果だと宮本さんは語る。
「だから、競合するはずの飲食店も、競うのではなくこの地域を一つのホテルと考えて、このエリア一帯をお客さんにどう巡ってどう満足してもらえるのかを考えているんです」
ゲストハウス機能を持つChusでは、利益率を考えれば夕食付きでプランを提供してもいいはずだが、あえて夕食はChusでとらなくてもよいようになっている。それも、「地域にお客さんがめぐって欲しいから」だと宮本さんは言う。
「一番はお客さんに黒磯をリピートしてもらいたいんです。それには、行ききれなかった、まだ満足できないという感覚が必要です。Chusで必ず夕食をとってもらうよりも、そうして黒磯をリピートしてもらえた方が僕は力になるんじゃないかと思うんです。そして、このことを自然に共有できる人たちが集まっているのは、CAFE SHOZOが生まれて30年の歴史がある黒磯だからだと思います」
お客さんがハブになり、地域の人々をつなげる。「それはとても素敵で、ポジティブなこと」だと、宮本さんは笑う。
ハッピーは、ちゃんとした材料とちゃんとしたレシピでつくれる
現在Chusでは、就労支援施設を作るチャレンジをしている。「障がい者の人にこのテーブルについてもらうためにはどうすればいいのだろうと考えてみたら、仕事としてコミットしてもらえることが一番いいのだろうと結論を出した」と宮本さんは語る。
「出会ってみたら、彼ら自身はあまり外出が好きではないようだし、それなら働き手になってもらうのはどうだろうかと考えました。これまでは地域にケアされる側だった人たちのエネルギーが動き出して、結果この地域の生産者のエネルギーを助けることができれば、逆転現象が起きますよね。それはとても素晴らしいことだと思うんです」
その姿からは「大きな食卓」というコンセプトに向けて着実に歩みを重ねる気概を感じる一方で、不思議なほど無駄な気負いを感じない。この自然体な在り方が、宮本さんの大きな魅力でありその行動力の源なのだろう。
取材の時間も終わりに近づき、個人的な今後の人生のビジョンを最後の問いとして尋ねると、少し悩んだあと返ってきた答えは「幸せになりたいですね」というとてもシンプルなものだった。
「僕の尊敬するミュージシャンの方の受け売りなのですが、『ハッピー産業』をしたいと思っているんです。ハッピーって、たとえばおみくじを引いて大吉だったらハッピーだというように、ラッキーと同じだと思う人たちも多いですよね。けれど僕はそれは違うと思っていて、たとえて言えばハッピーはカレーみたいなもので、ちゃんとした食材でちゃんとしたレシピで作ればおいしいカレーが作れるように、ちゃんとした材料でちゃんとしたレシピで作ればそこに行きつくものだと思っているんです」
たとえば温かいご飯を食べることができるか、くつろげる部屋で過ごせるかという、普段皆が当たり前のように目指しているものも材料の一つになるし、コミュニティや余白も、少なくとも自分にとっては材料の一つになると語る宮本さん。
「自分が幸せになるために何が必要で、そのためにどういう工程・プロセスを経たらそうなれるのか、そこに向き合えばいいと思うんですよね。いきなりすごいことはやらなくていいし、正直こんな何も秀でていない僕にだってできるんだから、皆できることだろうと本気で思っています」
どれだけお金があっても、どれだけモテてもきっと虚しさにつながっていく。自分がすごくいいなあと思うのは、ご飯を食べておいしい、誰かがすごく幸せそうに笑った、そんな瞬間なのだとここ数年で気がついたという。
「周りが幸せじゃないと自分はだめなんだなあって、最近やっと気づいたんですよね」
そう笑う宮本さんは、これからも黒磯で自らと仲間たち、そして地域の幸せを作り続けていくのだろう。
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ローカルベンチャーPROFILE
株式会社チャウス
所在地: 栃木県那須塩原市高砂町6-3
設立: 2014年8月5日
設立代表者: 宮本 吾一
売上: 1億4000万円
従業員: 16名
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