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#ローカルベンチャー

大切なのは『秩序と調和を乱す』こと〜地方創生の「お手本」・日南市の8年

2022.05.11 

当メディアを運営するNPO法人ETIC.(エティック)が様々な地方自治体と共創する「ローカルベンチャー協議会」。多様な人が立場を超えて自身の専門性を持ち寄って、新しい事業構想を描いていく、一種の社会実験の場として生まれた。この協議会の中心自治体の一つだった宮崎県日南市。2022年3月末で協議会の幹事自治体からは外れたが、これまでの「ローカルベンチャー的」な取り組みを改めて振り返る。

 

前編はこちら

>> 成功モデルが多様化する中で、持続可能な自治体をつくるには?〜地方創生の「お手本」・日南市の8年

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油津商店街

 

「外部人材を活かせるかどうかは市役所の体質次第」。変わっていった日南市役所

 

日南市でマーケティング専門官をしていた田鹿倫基さんは、もともと前市長の知り合いということで登用された当時から、市役所内だけでなく地域にも「お手並み拝見」の空気があったという。﨑田前市長からは、プレゼンの時に無意味にカタカナ言葉を使わない、など細かいアドバイスも受けた。田鹿さん自身も、市役所の職員たちのプライドを傷つけず、むしろどうやる気を引き出すかを心がけた。田鹿さんが手がけたものでも、市役所の職員と一緒に成し遂げたからこその成果だ。実際、地元の商工会や農協などの各団体、議員との調整などは職員に負うところも大きかった。

 

「民間人を入れさえすればいいという発想は違うんです。自治体での民間人登用の事例は多いけれど、なかなかうまくいっている事例は多くない。外部人材を活かせるかどうかは、市役所の体質次第だと思います。その点日南市役所の職員、特に部長課長クラスの人たちが非常に柔軟でした」

 

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油津商店街内の創客創人センターで話す田鹿倫基さん

 

行政側も田鹿さんのような民間出身者と働くことで、「様々な苦手を克服した」という。かつては民間企業から相談があっても、前例がないと言って、結論を出すにも2、3ヶ月かかっていた。それがIT企業を誘致したときには「こんなに対応が早い自治体は見たことがない」とも言われるまでになった。市役所職員がいちいち上司の判断を仰ぐのではなく、自分で判断する癖がついているので、問い合わせに対して同時に何人もがすぐに返事をしたこともあったという。

 

住民に対する接し方も変わったという。

 

「とにかく対応が早くなりました。マーケティングの担当者だけでなく、産業経済部全体が変わったと思います。小さな挑戦を繰り返すことで、自分たちにもできるんだ、やっていいんだという手応えを感じられるようになりました」(前出の甲斐さん)

 

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油津商店街内のコンテナ店舗

 

甲斐さんたちの部署ではGoogleカレンダーで予定を共有し、企業とのやりとりにはメッセンジャーも使うなどデジタル化も進んだ。仕事の効率や生産性が上がることで、働き方も変わった。甲斐さんはインタビュー時に「今本当に仕事が楽しくなってきた」と話した。

 

市役所を変えた存在としても、甲斐さんは田鹿さんの存在を挙げた。田鹿さんは就任してすぐに、I T界の著名人を日南に連れてきた。そのことで、甲斐さんたち職員の間には、「日南だったらできるかもしれない、自分たちも変われるかもしれない」という空気が広がり、励みになったという。

 

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市長が代わった日南市。田鹿さんがこれから取り組みたいこと

 

田鹿さんを登用した﨑田さんは2期8年で市長を退任し、その後継と目された候補は2021年4月の市長選で敗れ、「刷新」を掲げた現在の高橋透市長が当選した。市長選の後、田鹿さんに仕事への影響を聞いてみると、影響はなく、IT企業の誘致も若者の雇用創出も継続できているという答えが返ってきた。

 

「今の高橋市長も若者に行政のリソースを投下することは共通しています。役所の内部も担当課の名前が変わったぐらいで、働き方などは8年かけて変化し根付いていたものは、そうそう元に戻ることはないと思います」

 

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油津商店街内の無人古本書店「ほん、と」

 

第2次安倍政権によって、東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目指した「地方創生」が掲げられたのは2014年。いまだに多くの自治体が地方創生の「解」を模索し続けている。その間にも大きな災害が起き、ますます課題が膨らんでいった自治体もある。

 

日南市はローカルベンチャー協議会の幹事自治体として、走り続けてきた。地方創生とは一体何かと問われたときに、私は一つ、目に見えないものだけれど、甲斐さんが話した市役所の変化を思い出した。行政の職員たちのモチベーションを上げ、公務員が「仕事が楽しい」と思えるようになること、結果的にそれが住民の幸福度につながっていくのではないだろうか。

 

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田鹿さんは2022年3月でマーケティング専門官を退任したが、今後も日南市に住み続け、行政と民間をつなぐ“中間支援機能”として、日南市のまちづくりに引き続き関わっていくという。

 

「これまで民間企業が市場の力で解決できない社会の問題には行政が公金で対応してきましたが、社会が複雑化するにつれて民間だけでも行政だけでも解決できない問題が生まれるようになりました。私は両者を橋渡しする“中間支援機能”を作ることで、新しい地域の問題解決モデルを構築したいのです」

 

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油津商店街

 

もう一つ、田鹿さんが取り組みたいことが移住ドラフト会議の運営だ。プロ野球のドラフト会議のように、移住者を受け入れたい地域が移住を希望する人を指名するというこの会議は、2016年に鹿児島県で生まれ、現在は九州移住ドラフト会議として毎年開催している。これまで180人ほどの移住希望者が参加、約40組が実際に移住した。移住先でパン屋を開業したり、ITベンチャーを起業したり、観光協会の事務局長に就任したりと様々な動きが生まれている。

 

「『誰でもいいけど付き合ってください』と言われるより、『あなたと付き合いたい』と言われる方が付き合いたいと思うじゃないですか。なので、地域の方から移住希望者にオファーを出す企画にしました」(田鹿さん)

 

エティックが事務局を担うローカルベンチャー協議会とも関係を続けたいという。

 

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ローカルベンチャー協議会WEBサイト

 

「ローカルベンチャーって基本的には地域から疎まれやすいんです。これまでなかった動きがボコボコ出てきて、多くは地域の年配者には理解されにくい。人間の本質かもしれませんが、そもそも変化を嫌うし、特に安定した立場にいると保守的になりやすい。そういう人たちにとって足元に変化が生まれるのは気持ち悪いわけです。口では『若者に移住して欲しい』と言っても、それは“地域のルールを守り、言うことを素直に聞く可愛げのある”という修飾がつく若者です」

 

しかし、そういう寛容性が低い地域は当然ながら若者にとっては魅力的ではない。田鹿さんは「地域の寛容性と地域の持続可能性には強い相関関係がある」と指摘する。

 

「ローカルベンチャーが生まれる地域はこれまでも、これからもワチャワチャしたいざこざが続きます。でもその定期的ないざこざが生まれつづける状態こそが地域の持続可能性を高めるのです。日南市がローカルベンチャー協議会で活動していた時も一貫して、『秩序と調和を乱す』ことを第一に考えていました。これからもそんな地域が一つでも増えればといいなと思います」

 

集合写真

ローカルベンチャー協議会の日南市での自治体合同合宿(2017年)

 

改めて「地方創生とは何か」という質問に田鹿さんはこんな話をしてくれた。

 

「はじめはまちを活性化することを目的にしてました。しかし途中からは、市民それぞれの個人的な喜びが仕事のモチベーションになっていきました。孫が地元に戻ってきた、宮崎市内まで通勤しなくて済むようになり子どもに留守番させることがなくなったなどと言われ、自分がやったことで誰かの人生に貢献できる。そんな実感を持てたことが何度もあったのです」

 

地方創生のお手本も曖昧で、人々が期待するものがバラバラだと、誰が担い手になっても、全ての人を満足させることは難しい。でも「誰かの幸せに少しでも貢献する」という原点に立ち返ることは、地方創生の一つの解になるのかもしれない。

 

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浜田 敬子

ジャーナリスト / 前 Business Insider Japan 統括編集長。 1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。記者として女性の生き方や働く職場の問題、また国際ニュースなどを中心に取材。米同時多発テロやイラク戦争などは現地にて取材をする。2004年からはAERA副編集長。その後、編集長代理を経て編集長に就任。編集長時代は、オンラインメディアとのコラボや、外部のプロデューサーによる「特別編集長号」など新機軸に次々挑戦した。 2016年5月より朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーとして、「働く×子育てのこれからを考える」プロジェクト「WORKO!」や「働き方を考える」シンポジウムなどをプロデュースする。2017年3月末で朝日新聞社退社。2017年4月より世界17カ国に展開するオンライン経済メディアの日本版統括編集長に就任。2020年12月末で退任。 「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターや、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。

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