気候変動や海洋汚染など、地球からのSOSは、待ったなしの状況にあり、世間の関心も、今までにないほど高まっています。企業は「収益性を確保しなければならないので、社会問題は二の次」とは言えない風潮にあります。
では企業はどのように、持続可能な社会への貢献と自社の優位性・事業性を両立することができるのでしょうか?
米国・日本それぞれで、ビジネスと市民活動・アドボカシーの両サイドより社会課題に取り組むフィリップ・サイオン氏と川北秀人氏を迎え、「SDGs/ESG時代に、企業に求められる変化とは?グローバル企業の実践を支えてきた社会変革の専門家に学ぶ」をテーマに、ETIC.主催の特別講座を開催しました。企業はこれから社会とどう向き合っていくのかを参加者のみなさんと探究した、当イベントをダイジェストでお伝えします。
◆Philippe Sion氏 プロフィール
Humanity Unitedマネージングディレクター
世界経済フォーラム事務局、およびマッキンゼー・アンド・カンパニー、ブリッジスパングループでのコンサルタントを経て、社会変革のための戦略コンサルティングファームである米 FSG 社のマネージング・ディレクターとして、日系企業を含むフォーチュン 500 企業へのフィランソロピー、CSR、CSV の取り組みへのアドバイザリーに従事。中東、南米やアジアなどにてコレクティブ・インパクトを推進し、セクターを越えた協働をリード。2018年よりHumanity Unitedに参画。eBay創業者の設立した同社で、人身売買などグローバルな社会課題の解決へ向け、インパクト投資、コレクティブ・インパクトなどを組み合わせアプローチしている。
川北秀人氏 プロフィール
IIHOE [人と組織と地球のための国際研究所] 代表
(株)リクルートに入社。国際採用・広報・営業支援などを担当し退職。国際青年交流NGO「オペレーション・ローリー・ジャパン」の代表や国会議員の政策担当秘書などを務め、94年にIIHOE設立。NPOや社会責任志向の企業のマネジメント、市民・事業者・行政などが総力を挙げて地域を守り抜く協働・総働の基盤づくり、企業のみならず、NPOや自治体における社会責任(CSR・NSR・LGSR)への取り組み推進を支援している。
社会問題をビジネスチャンスに変える、世界の先進的企業
フィリップさん:私は、世界の先進的な企業と仕事をする機会が多くありました。そのような企業では、社会問題をいかにビジネスチャンスとして捉えられるか、という視点が広がってきています。
同時にミレニアム世代は、社会的な変化は「起こしたほうがいいもの」ではなく「起きなくてはいけないもの」であると捉えています。それだけ社会問題に対する取り組みは緊急性が高まっているのです。
まず、問題をビジネスチャンスに変えた例として、リーバイスの事例を紹介します。彼らの本拠地であるカリフォルニアは、山火事や干ばつが多い場所です。一方、彼らが扱うジーンズの生産には水がたくさん必要です。そのため、カリフォルニアで数年にわたる干ばつが起こった際に、リーバイスの株価は下落しました。その際彼らは、CSRやPRに関係なくその問題に向き合い、より少ない水でジーンズを生産する革新的な技術を開発しました。その結果、リーバイスは問題を解決するだけでなく、ブランドイメージを上げることにも成功したのです。
これはビジネスの利益が社会的ニーズとマッチしたということで、社会貢献事業ではなく、あくまでビジネスなのです。
他の企業の例も見てみましょう。
金融機関であるシティグループは、有色人種や移民、低所得層の人を顧客すべく取り組みを始めました。彼らの中には銀行の使い方を知らない人や口座を持たない人たちがいるので、銀行について教育をしたのです。その結果シティグループの新規顧客の23%が、これらのカテゴリーに当てはまる人々になりました。
また、ディスカバリーという健康保険会社では、健康的な生活習慣を送る顧客に特典を付与することで、顧客の健康促進に取り組みました。顧客が健康であればあるほど、企業にとっては優良顧客になります。この取り組みの結果、顧客の入院を10%減らし、保険請求の14%を削減、入院期間を25%短縮することに成功しました。
私の勤務するヒューマニティ・ユナイテッドでは、このように企業が社会問題に向き合うよう、企業に働きかけています。
例えば、私たちが企業の労働搾取問題に取り組む際、その問題が発覚した場合の企業のリスクを拡大するアプローチを用います。私は現代の労働搾取問題の原因は、長すぎるサプライチェーンによるものだと考えています。まず企業の長いサプライチェーンの先に何が起こっているかをジャーナリストに調査してもらいます。その調査結果を企業に見せながら、この労働搾取問題をどう解決するかという話を持ちかけ、企業のアクションを促します。
アクションの有無に関わらず調査結果の報道はしますが、企業がアクションを起こして問題解決に至った場合、それらも報道されるため、企業はイメージと透明性を上げることができるのです。
例えばシーフードの労働搾取問題に関してguardian紙に調査をしてもらったところ、アメリカの95%のシーフードがタイの強制労働によって生まれていたことが分かりました。この結果を報道することを、大手小売り企業に伝えたところ、彼らはすぐにこの問題を解決する方向に動きました。
今は、企業が社会問題に取り組み、それをビジネスチャンスにしていく時代です。先進的な企業は、次の時代が求めているもの、つまりサステナブルなブランドであること、をすでに理解して動き始めています。
CSR担当者が、いかに社会変革を起こすか
川北さん:フィリップさんのお話を伺っていて特に印象に残ったのは、すでにミレニアム世代が働き始めているということです。
ISO26000(国際標準化機構が、組織の社会的責任に関して検討しているガイドライン規格)において、どのテーマが一番大切だと思うか3万人に調査した結果があります。60代の方々は、雇用問題よりも環境問題を重視する人が多いのに対して、ミレニアム世代では環境問題よりも雇用問題を重視する人が多くなっています。
現場に立つ20代の若者たちは、雇用問題の重要性に気づいているのです。この結果から分かるのは、日本の人権問題において最初にすべきなのは雇用の是正であるということと、幹部と現場の間にはこれだけ世代間ギャップがあるということです。現場で頑張っているのはまさにこのミレニアム世代なので、彼らの声をきちんと反映できるような環境を作ることが大切でしょう。
日本企業にはまず本気でCSRをしてほしい、自社のサプライチェーンを本気で見直して欲しいと思っています。そうでなければ、何が自社の課題で可能性なのか、正確に捉えることができません。
また、日本は世界の成長率を追い風に成長のペースを取り戻す、という見方でビジネスを考えることが重要です。SDGsのDを、日本では開発と訳していますが、「成長」のほうが訳として正しいと考えています。開発と訳して、途上国に目を向けてばかりいる場合ではありません。現在の日本の経済成長率は0.2%ですが、世界の平均成長率は6%です。高齢化と人口減少のダブルパンチを食らっている、非常に特殊な国の中の基準だけで話している場合ではありません。
リーマンショック前までは、企業はいかにコストを抑えて競争に勝つかということばかりを考え、そのために従業員や環境、社会に負荷がかかるのはやむなしという価値観が主流でした。しかしリーマンショック後、イノベーションとサステナビリティを重ねて考える企業が増え、今では社会課題に対してイノベーションを当てはめるというケースがとても多くなっています。
事業を通じて課題解決と価値創出をして社会に貢献できるようになってきた、というのがイノベーションの最大の価値だと私は考えています。
そして、この社会の変化の中で、日本の企業における最大の問題は、こういった社会の動きをどうしたら企業の経営者に理解してもらえるかということです。そのための判断力が、今の時代の経営者には必要であり、まずは自分のコミュニティの課題の自分ごと化を進めなくてはいけません。
今日は調査報道の例が載っている雑誌のバックナンバーを持ってきました。例えばビジネスウィーク誌では、錫の調達方法に関する問題を取り上げています。錫の調達は露天掘りのために環境に負荷がかかっているうえ、子どもしか入れないほどの小さな穴で児童労働がなされています。また、サムスンの工場で働く従業員が高確率で癌になっていることも伝えています。半導体の製造過程で、発がん性のある物質が使われていたからです。こういったサプライチェーンでの問題を防ぐには、商社等を挟まずに、原料を現場で直接調達することが有効です。
また、フォーチュン誌では「働きがいのある会社ランキング」という読者に人気のある特集に被せて、チョコレートがどういうところで調達されているかという調査報道を載せています。現場で起きていることを伝えようという思想が、メディアの中でも広まってきているのです。このように、社会問題に対するアクションをNGOではなく大手メディアが起こし始めている、という事実を突きつけると、日本の経営者たちはやっと重い腰を上げます。
繰り返しますが、日本企業の問題の一つは、現場と経営陣との間にある意識のギャップです。企業のCSR担当者は、こういった社会の風潮を噛み砕いて経営陣に伝えて動かす、ということも役割の一つなのです。
質疑応答
Q:企業は往々にして、社会に貢献したプラス面の情報については進んで発信しますが、自社のサプライチェーンの問題に関しては発信したがらないものです。企業イメージにマイナスになる問題に対して、CSR担当者はどう動けばいいのでしょうか。
川北さん(以下、川北):課題に関して、経過段階でも発信・共有する窓口を作っていくしかありません。問題の解決は、発信してからしても良いのです。
世間で話題になる社会問題には、流行があります。例えば最近パーム油問題の後、ゴム問題が話題に上るようになってきています。ポイントは、他が作った波に乗るのか、それとも自分たちで波を作ってしまうかということです。問題が出る前から始めるか、出てから対応するかの違いです。出る前にアクションを起こす方が、かかるコストは安く済みます。
フィリップさん(以下、フィリップ):今までは、問題が発覚するまで手をつけないスタイルが企業にとってうまくいっていました。しかし、今の時代は違います。積極的に、事前に手を打たなければならない上に、その問題がチャンスに変わっていく時代に入ってきています。
Q:社内会議でこの課題に取り組もう!と決めても、この問題も足りない、これも取り組まなければと抜け漏れがたくさん出てきてしまい、さらなる議論が必要となって前に進めません。どう説得して、行動に移していけばいいのでしょう?
フィリップ:戦略を持って課題に取り組むことは非常にいいことです。しかし、考えすぎて行動に移せないという問題もありますね。私が日本で活動を始めたのは2015年ですが、その頃から日本企業はSDGsの話をしていました。あれから4年経った今、日本企業はまだSDGsの話をしています、進んでいません。
解決策としては、「誰と話をするか」を考えて動くことです。CSR部だけで話しているのではなく、全社を巻き込んでCSRをしていくことがとても大切です。
川北:日本の文脈だと、誰がGOサインを出すかということを考えて会議を進めることです。そして今のCSRにおいて大切なのは、現場力です。CSRを実践するのは現場だからです。現場力を重視しているところは、小さな実践を繰り返すことが許されているので、判断・行動が早く、レベルが高いです。CSRも現場から進めていく時代にしたい、だからこそ現場が動きやすくなるようにサポートしていきたいですね。
Q:どうすれば社会問題に取り組む機運を、社内で起こしていけますか?
フィリップ:ミレニアム世代の声にしっかりと耳を傾けることです。こういったウェーブが社内で起こる企業の特徴は、マネジメント層が若い世代の声を聞いているということでしょう。また、CSOがいかに広い視野を持っておくか、構想力を持っているかということも重要です。
川北:誰に対する働きかけからすべきか、というのによります。例えば現場が動きやすい環境を作るのであれば、他の企業の現場での事例を見せてあげればいいと思います。
しかし問題は、経営陣への働きかけです。業界の標準を調べた上で、自社が何をしているか、ライバル会社は何をしているかを調べた上で、業界団体を利用しながらライバル会社を口説いていくという方法もあります。トップを動かすためには、誰の言うことなら聞くのかということを考えた上で、外圧、特に他社からの働きかけを使うのが得策でしょう。
最後に一言
フィリップ:今この場を共有した皆さんから、イノベーションは始まっていくのだと思います。戦略を考えている時間に、競争相手は動いています。しかも今や競争相手は日本国内だけではなく、グローバルです。どんどんチャレンジしていってください。
川北:直近20年間で、ノーベル賞を取った日本人の共通点は何だと思いますか?答えは、全員が実験の名手であるということです。つまり、仮説スピード、検証スピードが早いということ。日本企業は、仮説検証のスピードがとても遅いです。チャレンジをしたい若者を海外に逃がさないようにするために、ぜひトライする人の応援団になってください。
結びにかえて
イベントでは、参加者のみなさんの「なんとか変化を生み出したい」という強い熱意と、一方で社内で上手く進められないもどかしさ、難しさの両面が伝わってきました。
この分野では、欧米の強いリーダーが推進する成功事例が語られがちですが、現場力の高いボトムアップ型の日本企業は、それらとはまた違うアプローチで、自分たちの組織・業務をよりサステナブルな形へ進化していくモデルを見いだしていけるのではないかという可能性を感じる場となりました。
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