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1970年代のベーシックインカム社会実験、カナダ・マニトバ州の「ミンカム」の成功と失敗

2016.04.27 

前回の記事「AIで仕事が無くなるときのために? BI/ベーシックインカムを巡る世界の議論まとめ」では、ベーシックインカム導入に向けた世界各国の動向を取り上げました。

世界各国で議論が進む中、かつてベーシックインカム導入に向けて5年(実施期間は4年間)のパイロットプログラムを実施した自治体があります。それは、カナダのマニトバ州ドーフィンという小さな街です。その取組みはMINCOME(Minimum incomeの造語)と呼ばれ、2011年にその成果をまとめた最終レポートが発行されました。

マニトバ州の5年間のパイロットプログラムの成果はどのようなものだったのでしょうか。結果的に、なぜベーシックインカムは導入されなかったのでしょうか。今回はマニトバのパイロットプログラムの報告書からの示唆をお届けします。

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出典:Wikipedia

カナダのマニトバ州パイロットプログラムの概要

カナダのマニトバ州ドーフィンでは1974-79年の5年(実施期間は4年間)、ピエール・トルドー首相の下、カナダ連邦政府とマニトバ州政府が共同でベーシックインカムのパイロットプログラムを実施しました。その取組みは「MINCOME」と呼ばれています。

MINCOMEの目的は、無条件に支給される所得によって「人々の労働意欲は削がれてしまうのか否か」を明らかにすることでした。しかし、当時の政権が力を失い、パイロットプログラムはやむなく終了、そのデータは分析されることのないままお蔵入りとなってしまったのです。そのデータが2009年に分析され、2011年に報告書としてリリースされました。

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出典:Wikipedia

パイロットプログラム導入の経緯

北米では、「保証された年間収入」(Guaranteed Annual Income, 以下GAI)と呼ばれるアイデアがありました。今でいうベーシックインカムと同じく、資産や労働の有無に関わらず「すべての個人に対して無条件に支給される所得」です。

当時は、障がいを持った人などの特定の人々の貧困対策としてGAIが議論されていました。GAIが注目されていた背景には、国民の社会保障についての政府の責任が問われていたことにありました。 多くの研究から、健康問題の最大要因として、「貧困」が注目されていました。

そこで政府は「貧困を削減することは、国民によりよい健康状態をもたらし、かつ健康維持かかるコストの抑制につながる」と考えたのです。北米において、1968-80年の間、5つの分野でGAIのインパクトを調査するための実証実験が開始されました。その1つが、このアイデアを長年検討していたカナダのマニトバ州ドーフィンで実施された「MINCOME」です。

MINCOMEの実施内容と成果

MINCOMEの特徴は、障がいを持った人など一部の人(世帯)ではなく、マニトバ州ドーフィンに住むすべての人(世帯)を対象とした点があります。

MINCOME以外の収入がある場合、1ドルにつき、50セントMNCOMEの支給額を減らすなど、MINCOME以外からの収入を考慮して、支給額が算出されていました。 2011年に発行された最終レポートによると、大きく社会保障(入院期間の減少)、教育(学校の進級)の2つの分野で成果が得られたと報告されています。

パイロットプログラムの結果、最も大きなインパクトがあったのが「入院期間の減少」でした。特に、メンタルヘルス、交通事故、傷害に関連する入院の大幅な減少がみられ、メンタルヘルスを診断する内科医との面談時間が減少したと報告されています。

教育については、Grade11-12(高校課程)への進級に大きな伸びが見られました。一方で、ベーシックインカム導入による「出生率の向上」、「家族関係の解消」はみられなかったと報告されています。 また、新生児の母親、10代の若者の間では、労働時間の減少が見られました。

しかし、これは労働意欲の喪失ではなく、子どもや家族と過ごす時間が増えたり、10代の若者が家計を支えるために家の仕事を手伝わなくてもよくなったことが労働時間減少の要因であると報告されています。

パイロットプログラム終了の理由

1970年代は、オイルショックやスタグフレーションなど経済だけでなく政治も不安定な状況下にあり、失業率も当時は過去最大を記録していました。最終的には、政権交代によってMINCOMEのパイロットプログラムは終了し、当時のデータを分析する予算も残されてはいませんでした。

パイロットプログラムでは、各世帯に対するアンケート調査なども実施されていたようですが、そのデータも不明なままです。また、各世帯に支給されるMINCOEは、インフレ調整が反映されていましたが、MINCOMEのパイロットプログラム自体の実施費用は、インフレが考慮しておらず、物価や人件費の上昇により、実施予算が足りなくなったことも大きな要因といえそうです。

最後に、マニトバ州ドーフィンは、農業に依存した地域で多くの世帯が農家(自営業)でした。農業は、農作物の価格変動や気候の変化などリスクを抱えています。そんな人々が多く住む地域に毎月決まって無条件に支給される所得は、彼らに経済的な安定と備えを提供しました。ハフィントンポスト(カナダ)誌は当時のMINCOMEを振り返り、「貧困を撲滅した」と評価しています。

参考文献

◯A Canadian City Once Eliminated Poverty And Nearly Everyone Forgot About It http://www.huffingtonpost.ca/2014/12/23/mincome-in-dauphin-manitoba_n_6335682.html

◯THE TOWN WITH NO POVERTY

http://public.econ.duke.edu/~erw/197/forget-cea%20%282%29.pdf

◯Wiki; Mincome

https://en.wikipedia.org/wiki/Mincome

この記事を書いたユーザー
Erika Tannaka

Erika Tannaka

岐阜県出身。シンクタンク研究員を経て、現在は外資系戦略コンサルティングファームリサーチャー。プロボノとして政策提言や課題調査などNPOの支援に携わる。

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