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街は「つくる」ものではなく、結果的にできあがるもの。ブックカフェ、宿、銭湯と、長野県松本市の街を彩る「栞日」代表インタビュー

2021.12.27 

アートを通して各地域の文化を耕している人々の取り組みを届ける特集が、「アートをひらく、地域をつくる」です。

 

第3回目は、クラフトの街としても有名な長野県松本市で、独立系出版物を扱うブックカフェ「栞日(sioribi)  」を経営する菊地 徹(きくち とおる)さんにお話を伺いました。

 

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菊地 徹(きくち とおる)/株式会社栞日 代表取締役

1986年、静岡市出身。筑波大卒業後、旅館、ベーカリー勤務を経て、2013年、松本市で独立系出版物を扱う書店兼喫茶〈栞日〉開業。翌年からブックフェス「ALPS BOOK CAMP」主催。2016年、現店舗に移転。同年、旧店舗で中長期滞在型の宿〈栞日INN〉始動。2020年、本店向かいの銭湯〈菊の湯〉継承。同年〈株式会社栞日〉設立。

ブックカフェ、湖畔でのブックイベント、宿、そして銭湯。街を彩る「栞日」の試み

 

2013年8月、松本にオープンした「栞日」。代表の菊地さんは当時26歳。個人や同志で制作から流通までを手がける「独立系出版物」(一般に「ZINE」「リトルプレス」と呼ばれる)を扱うブックカフェとしてスタートしました。

 

3年後には、数軒隣の物件に移転。長野県諏訪市を拠点に古材と古道具を扱う「ReBuilding Center JAPAN(当時medicala)」代表、東野唯史さんによる空間デザインとリノベーションを経て、現在の新店舗がオープンしました。旧店舗は中長期滞在者向けの宿として改装され、現在は「栞日INN」として営業されています。

 

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「栞日」外観。リノベーション前の物件外観を活かした店舗は、街並みに溶け込むよう

 

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民家で使われていた和箪笥や、農家が使っていた林檎箱など、地元から出てきた古道具を組み合わせて作られた、壁一面の書棚

 

さらに2014年には、「ALPS BOOK CAMP」という湖畔のキャンプ場で本を愉しむフェスティバルを始めた菊地さん。年々規模を拡大し、近隣エリアの書籍・雑貨・食品などを扱う個性的なお店が集うイベントとして首都圏からも人々が訪れる人気イベントとなっています(※2020〜2021年は新型コロナウイルス感染拡大の影響により開催中止)。

 

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2019年には、蔵を改装したギャラリー「栞日分室」もオープン(※2021年10月末で営業を終了)。続けて2020年には、お向かい の銭湯「菊の湯」を事業継承されました。

 

ブックカフェから始まり、ブックイベント、宿、そして銭湯と、数々の試みで地域を彩る「栞日」。その始まりは、菊地さんの大学時代にありました。

グローバルよりもローカルの距離感に手応えを感じ、地域でサードプレイスをつくりたいと思った

 

国際関係学を学ぶため、筑波大学に進学された菊地さん。専門的に学びを深めていく中で、 向き合うスケールの大きさに「何をどこまで実践したら自分が国際社会に貢献したと感じられるのか」と、途方もない感覚を抱くようになったそうです。

 

そんな時期、フェアトレードを早くから取り入れたグローバル企業として関心を持ち、仲間内でちょっとした自慢になるというミーハー心も手伝って、スターバックスでアルバイトを始めた菊地さんは、常連客の顔が曇っていた日も店を出るときには少し晴れやかな表情に変わっていることに気がついたといいます。

 

「一人の常連さんが『また明日』と言って少し元気になって帰っていくのを見送れるのは、良い仕事だなと思ったんです。それからは、グローバルというスケールで働くよりも、自分なりのスターバックス、地域の人々のサードプレイスをつくろうと考えるようになりました」

 

実際に地域のサードプレイスとなっている場所を知るために、車中泊をしながら近隣地域のカフェなどに通い詰めるようになったという菊地さん。その旅の中で、現在「栞日」が取り扱っているような独立系出版物―――街のことを紹介した小冊子など、その地域やその店でしか手に入らないような出版物―――を購入することが、気がついたときには癖になっていたのだと語ります。

 

「好んで通っていたのは個性的でインディペンデントなカフェが多かったのですが、そうした場所には『ここで買わなかったらこの本とはもう出会えないだろうな』という本がよく置かれていました。つい集めてしまうようになって自分の本棚に増えていき、当時は無意識だったのですが、後に『栞日』の構想に繋がっていきました」

同じ夢を持つパートナーと出会い、二人が魅力を感じる街でブックカフェをスタート

 

スターバックスの新卒入社を志すも、ちょうどその年はリーマンショックの煽りを受け、新卒採用の枠そのものがなくなってしまいます。諦めきれず、大学卒業後もフリーターとしてアルバイトを続けますが、半年経った頃に「他の業態のサービスも経験してみよう」と思い立ち、長野県松本市の山奥に位置する旅館「明神館」に就職を決めた菊地さん。そこで同僚だった現在の奥様と出会えたことが、大きな転機となったと語ります。

 

「彼女も自分の焼菓子などを売る機会を設けたいと考えていたので、それならば二人で店を開こうと決めて。僕は小商いの感覚を身につけるため旅館を辞めて、二人が好きだった軽井沢のパン屋『ハルタ』で修行することにしました」

 

松本と軽井沢、住む場所が離れた二人が休日に一緒に時間を過ごすようになったのが、現在の「栞日」がある松本の市街地。多くの時間を過ごすうちに、文化的な土壌があり、個人で店を営む人たちの気質に好感を持てるこのエリアで自分たちも店を持とうと思うようになったと語ります。

 

一方で、すでに魅力的な喫茶店も数多くあったエリアで、「一体何があったらこの街が文化的によりおもしろくなるのだろう?」と悩んだのだとも語ります。そこで着目したのが、菊地さんが集めてきた独立系出版物でした。

 

「松本は市街地の規模の割に本屋は多いですし、古本屋のクオリティも高いです。そんな中、唯一足りないと感じたのが独立系出版物と出会う場所でした。松本は民芸、工芸、手仕事や、芸術の文脈で語られることがある街です。そこに親しみを持つ市民や、この街の芸術文化に惹かれて移住する人も多そうだという感覚があったので、独立系出版物を扱うことはこの街とも相性が良いのではないかと考えました」

 

売れることが至上命題にならざるをえない大手出版社の出版物に対し、著者が自分の表現や伝えたい想いを伝える媒体として存在していることが独立系出版物の魅力だと感じてきた菊地さん。そのため純度や熱量が高く、読み手の心に届きやすい本が多いと語ります。

 

「独立系出版物は誰かのこころを揺さぶったり、思考に良い意味で介在してくると感じていて。読み手のクリエイティビティが豊かになることに繋がっていくように思うんです」

 

そうして「栞日」をオープンさせた翌年には、同じベクトルを持っているインディペンデントなプレイヤーたちと一緒に「ALPS BOOK CAMP」をスタート。「栞日」は地域を豊かにする試みを続々と始めていきました。

「僕の」栞日から、「僕らの」栞日へ意識が変わった、松本の冬

 

現在は「『栞日』があることで地域がどうなるか?」ということが、経営で最も意識していることだと語る菊地さん。

 

一方で開業した当初は、「店と顧客」という関係性のみを見て、「お客さんが元気になって帰っていく、“シェルター”としての『栞日』」という視点や、「自分が住み続けたいと思える街であるために何をするか?」という視点で経営していたと語ります。そんな菊地さんの意識が「地域」に向かっていったきっかけは、開業して初めて迎えた松本の冬にありました。

 

「松本の冬は厳しく、観光客が激減します。この街の事業者たちは夏の間に稼ぎ、冬は耐え凌ぐことが通例になっていて、開業した年には周囲の先輩方に『冬は街の人たちも外に出歩かなくなるし、夏に頑張りなね』と言われました。初めての冬はとても不安で、夏の終わりごろに親しい先輩たちに『冬にスタンプラリーを一緒にやってくれませんか?』とお願いしてまわって。そこから地域との関係が生まれていきました。

 

この街で事業を営むみなさんは、どちらかというと一匹狼気質で、自分の守備範囲をわきまえて距離感を適切にはかっている場合が多いです。良い店だと思えば紹介し合えますし、自分の表現を思いっきり実践しても自由にトライさせてもらえると思える街です。そうした魅力的なプレイヤーが多くいる中で、『栞日』がやることは何なのだろうと考え始めたとき、主語が『僕』から『僕らの』へと変化していきました」

 

卒業論文では、「地域ブランド」をテーマに研究していたという菊地さん。「気づけば卒論の実践編をやっているような状況になっていた」と楽しそうに笑います。

街は結果的に育っていく「生きもの」のようなものだと思う

 

コロナ禍という苦境の中、新店舗のお向かいで街の暮らしを支えてきた銭湯が閉業予定だと知り、事業継承することを決心した菊地さん。現在はこの新しい大事業を波に乗せることに力を注ぎつつ、街のクリエイティビティを刺激する新しいものを届けるために引き続き様々な独立系出版物の紹介に精を出したり、地方紙を中心に連載を持ち執筆や編集に励んだり、地域通貨の導入に取り組んだりと、松本の街を豊かにする企みを続けています。

 

一方で、「僕は、『街をつくる』という考え方を、個人・企業・行政どこが持つにせよ、それはおこがましいことだと感じていて」とも語る菊地さん。

 

「街は結果的にできあがるもので、特定の何かや誰かの思惑でつくれるわけがないと思うんです。それぞれの価値観、正義がある人たちが、なすべきことと信じているものをなしている、そのフィールド、舞台が“街”です。この街の誰にとっても、この街がこうあってほしいという思いがある。街は生き物、という方がしっくりくるなと感じています。

 

自分自身も含めて、この街に暮らしている人たちにとって住み良い、前向きでいられる街であり続けてほしいという願いは常にあり続けます。僕も自分が信じることを好き勝手やるというスタンスは変わらず、結果的に誰かにとっても『栞日がああいうことやってくれてよかった』と感じられることを続けていきたいと思っています」

 

流れ続ける毎日に、そっと栞を差す日。あってもなくても構わないけれど、あったら嬉しい日々の句読点。さざ波立っていた心が凪いで、ふっと笑顔が咲くような―――そんなイメージを持って菊地さんが大学時代に名付けた「栞日」は、今日も松本の街で人々に“ふっと笑顔が咲くような”企みを続けています。お近くに立ち寄りの際には、ぜひその扉を開いてみてください。

 

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この記事を書いたユーザー
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桐田理恵

1986年生まれ。学術書出版社にて企画・編集職の経験を経てから、2015年よりDRIVE編集部の担当としてNPO法人ETIC.に参画。2018年よりフリーランス、また「ローカルベンチャーラボ」プログラム広報。