「奇跡の一本松」で知られる、岩手県陸前高田市。ここで、エネルギーの地産地消や地域経済循環(地域内でお金を生みだし、使い、循環させる)のモデルを作ろうと、東日本大震災後に木質バイオマス普及プロジェクトが立ち上がった。そこに右腕として飛び込んだのが、31歳の溝渕康三郎さんだ。
長谷川社長と右腕の溝渕さん(撮影:和田剛)
プロボノの経験を経て、右腕派遣プログラムで陸前高田へ
溝渕さんはもともと高知県出身。大学卒業後は飲食店チェーンを展開する企業に就職し、店舗内外装の設計・施工に関し、そのスケジュール管理などのプロジェクトマネジメントを担い、東京で働いていた。ある時、社会人が仕事を通して得た専門知識や能力、経験を社会貢献に生かす「プロボノ」と呼ばれるボランティア活動を知り、サービスグラントを通して、あるNPOのウェブサイトをリニューアルする活動に加わった。会社の業務とは畑違いだったが、仕事でのプロジェクトマネジメントの経験を生かして課題を取りまとめることが出来た。
そうして、これまで培ってきた自らのビジネススキルで社会に貢献できる手応えを感じた時に思い出したのが、地元の商店街のことだ。小さい時から、商店街がだんだん衰退していく姿を見ていた溝渕さんは、いずれ町おこしや地域活性に携わりたいという思いを抱いていた。地域活性に携われそうな道を検討しはじめ、地域おこし協力隊や地元の行政職員などの募集を探していたところ、出会ったのが右腕派遣プログラムだった。
リーダーのすぐ隣で働くことができ、現地で起きている課題にもすぐ関わることができるという所に魅力を感じ、応募を決めた。 しかし、本業と並行しながらNPOに関わるプロボノとは違って、右腕には約1年間フルタイムで勤務することが求められる。溝渕さんは会社を退職して右腕になったが、その選択に不安はなかったのだろうか。
「東京での仕事は年々任される内容も増え、大変やりがいがありましたが、地域活性化に取り組みたいと思う気持ちは高まる一方でした。そこで、会社で培った知識や経験を異分野で生かせるかどうか実感するためプロボノにチャレンジしました。そこで手応えを得られたため、右腕への応募を決心しました」と彼は話す。
ペレットストーブについて説明する、長谷川社長
『田舎に仕事はない』というイメージは崩れた
木質バイオマス普及プロジェクトでは、家庭やお店にペレットストーブを普及させることを目指し、その燃料として、従来廃棄されていた木材や製材屑くずなどを圧縮した固形燃料である木質ペレットの利用を推進している。
「『田舎に仕事はない』という話は、多くの人がなんとなく抱いているイメージだと思います。陸前高田での生活を通して、身の周りの豊かな資源やそれらを生業にしている地域の方々と触れあう中で、そのイメージは崩れました。都会の慌ただしい生活では見ているようで見えていなかったモノ・コトへの気づきに恵まれた生活を送っています」と、溝渕さんは語る。
溝渕さんはペレットストーブのイベントでの展示や設置、木質ペレットの配達などに取り組んでいる。
「何かしらの理由で配達が途切れてしまうと、寒い中我慢させてしまうことになります。エネルギーについては今まで一利用者としてたいした問題意識もありませんでしたが、このプロジェクトを通して安定供給の大切さを実感しています」と話してくれた。
その話を聞いてふと思い出したのが、「生産者の顔が見える食品」のことだ。どこの農園で誰が作ったかがわかる農産物に対して、安心感を持ち、大事に食べようと感じる人も少なからずいるだろう。地域で育った木を、地域の林業者さんたちが切り倒して、知っている人が配達してくれる――そうして溝渕さんたちが地域で作っているものは、「顔の見えるエネルギー」とも呼べるものなのかもしれない。
溝渕康三郎さん(撮影:和田剛)
右腕がプロジェクトを推進し、新たな人材の雇用へ
このプロジェクトのリーダーである長谷川順一さん(33歳)は、陸前高田で建設会社を営んでいる。当初は長谷川さんがほぼ1人で動いて進めていたプロジェクトも、右腕が入ることによっていろんなことが進むようになった。
長谷川さんにとって溝渕さんがどんな存在かを尋ねてみると、「彼とは志が一緒。助けになるというよりも、パートナーのように思っています」という答えが返ってきた。
また、株式会社長谷川建設では、木質バイオマスを広げていく3人目のメンバーとなる人材も募集しはじめた。長谷川さんや溝渕さんと一緒に木質ペレットの配達・ペレットストーブの設置や、市場調査、広報活動などを行っていくことが仕事となる。
業務を通して気仙地域の林業家・製材所経営者・商店主・行政など様々な業界の方々と交流する機会もあり、木質バイオマス普及の先進事例を視察するため、他県へ出張することもあるそうだ。 溝渕さんは、2014年の夏には右腕としての1年間の活動を終える。ただ、1年だけではなかなか地域に密着できないと感じ、修了後も陸前高田に残って、引き続き関わっていくことを考えている。
いずれは自分の地元である高知でも、木質バイオマスの普及に取り組んでいくつもりだそうだ。
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