「失敗するのは構わない。失敗を恐れて挑戦しない方が罪」
地域に根付いた多彩な観光ツアーを企画するその会社の、自社紹介文に目が止まった。何も知らなければ、よくある企業の宣伝文句だと読み飛ばしてしまったかもしれない。しかし、インタビュー取材を終えた後で冒頭の言葉を読み返すと、この会社の本気度がわかる気がした。
国内外のメディアで注目されている「うどんタクシー」を運営する琴平バス株式会社は、香川県琴平町にある。人口1万人弱のこの町で、60年以上地元民に愛されてきた老舗企業だ。もともとタクシー事業から始まったが、今は多種多様な観光ツアーを手掛けており、瀬戸内の島々を舞台に開催される現代芸術祭「瀬戸内国際芸術祭2019」では、県外から2,800人(そのうち600人は海外)の観光客を地域に呼び込んでいる。
20年で5割がつぶれてしまう日本企業の現実の中で、半世紀以上生き延び、地域に賑わいを生み出している同社。その背景には、不断なる挑戦があった。
兵庫県と香川県、2拠点生活を送りながら、この会社の新規事業部に勤める山本紗希さん(30歳)に、話を聞いてみた。
バス会社らしくないバス会社
「バス会社らしくないバス会社なんです」
山本さんはそう言って笑った。琴平バス株式会社には、バスを使わない観光ツアーが多数存在する。香川県各地にあるうどん屋さんを巡る貸し切りタクシーサービス「うどんタクシー」もその一つ。黒塗りのタクシーの頭には、赤いうどんの行灯(あんどん)をつけている。2016年から2019年の4年間で、30回弱各種メディアに取り上げられている注目のサービスだ。
「カヤックツアーをやったこともあります。通常、バスツアーに参加するお客様はご年配が多いんですね。だから企画当初は、スタッフから『うちのお客さまで、カヤックやりたい人いるの?』『雨降ったらどうするの?』と色々な声が上がりましたが、結果満席でした。『ここに参加しなければ、一生カヤックなんてやらなかったわ』と、言ってもらえたりして。何がヒットするかは、やってみないと分かりません」
他にも「京大キャンパスツアー」「神戸ムスリムモスク巡礼ツアー」など、さまざまな個性的なツアーが実行されている。神戸のモスクのツアーは山本さんが入社して最初に企画したツアーだそう。なぜ、モスク?とたずねると、「行ってみたい!と思って」とシンプルな答えが返ってきた。
神戸ムスリムモスク巡礼ツアーの様子。向かって右は山本さん
世間では、若い社員のユニークなアイデアが、さまざまなリスクを想定して潰されてしまいがちだ。なぜ、琴平バス株式会社では、面白い企画が次々実現されるのだろうか?
「社長の楠木がGOを出してくれるからですね。だいたい『やってみたら?』『おもしろいから、やっちゃいなよ』って言われます。莫大な予算がかかるものでなければ、とりあえずやってみる。入社1年目からでも、どんどん企画提案できます」
多くの旅行会社が、女性は窓口案内業務にあてがわれがちな中、琴平バスは、入社1年目の女性も企画から添乗まで一気通貫で任せてもらえる。山本さんは、この裁量の大きさに惹かれて入社したという。
そして私が思うに、琴平バスは『おもしろいから、やっちゃいなよ』の守備範囲がかなり広い。それが分かるエピソードを一つ、ご紹介したい。
バスの中に囲炉裏!?乗客の代わりに案山子!?
「2018年に、高松空港から徳島県の祖谷(いや)という場所にバスを運行することになったんです。祖谷はかなり山奥にあるんですよ。こんな辺鄙なところに行くバスでお客様を満席にさせることは無理だろうと思ったので、変な企画にしようとしたんですね」
変な企画・・・。まず、そこの発想からして独特だが、
「バスの中に古民家つくるの無理かな?と思って」
と言う山本さんの一言に度肝を抜かれた。バスツアーは多くのお客様に参加してもらってなんぼの商売である。バスの席をいかに埋めるか、を考えるところを、バスの座席を潰して古民家をつくるというのだから常軌を逸している。
「社内で相談したら、座席を取り壊して古民家つくるの、技術的にはできるらしいよって話になって。『おもしろいから、やっちゃえ!』って、結局実行したんです」
その時のバスの様子がこちら。
「後部座席を取り外して、本物の囲炉裏を置いたんです。靴を脱いで、座って写真を撮ることができます。走行中は座れないから、無駄なスペースなんですけどね。無駄でいいんです!って突き通しました」
「あと、後部座席を囲炉裏にしたとしても、それでも席が余るだろうな、と思ったんですね。だったら、マネキンを乗せたらいいんじゃない?って話が出て。『あのバス、いつも満席だぜ!』みたいな感じにしましょうよって。そうしたら、祖谷のさらに山奥に、案山子(かかし)をつくる有名なおばあちゃんがいることが分かったので、マネキンじゃなくて案山子を座席に乗せることになりました」
バスの座席に座る案山子たち
案山子は、スタッフでおばあちゃんの所に出向いて行き、作り方を教わりながら手作りしたそうだ。
「おばあちゃんから、案山子は生きているから、荷物置き場に入れるのはやめてな、と言われていたので、お客様が多い時には案山子には降りてもらい、事務所でお留守番してもらいました。案山子が全員降りてくれる日が来ればいいなと思いますけど(笑)
でも、地元の人は喜んでくれて、『かかしバス』と呼んで下さっている方もいました。かわいい愛称つけてもらって、それはそれでありがたいですね」
企画の破天荒さは、一見ハチャメチャに感じられるが、実は理にかなっている。大手旅行会社と同じ企画を打ち出していては、価格や設備で負けてしまう。スタッフ自身が面白がって出す斬新なアイデアは、琴平バスの強みなのだ。
スタッフの関係性のよさが、よい企画をつくる
琴平バスでは、「うどんタクシー」にしろ、数々のバスツアーにしろ、ほとんどが現場の社員からの企画提案である。トップダウンではなく、現場の社員からアイデアが湧き出てくる、その秘密は何だろうか?
「そもそもが、『これやりたい!』と自分の意見を持っている人が採用されているのもあります」
山本さんは事業部で一番年上。他に3人の後輩がいる。ニューヨークの職場から転職してきたり、事務職で入社した後、「タクシーの運転手になりたい!」と免許をとって「うどんタクシー」の運転手になってしまったり、活発で行動力がある人が多いそう。
「あとは、職場の雰囲気がとてもフラットで意見を言いやすいです。社長のことは、社長とは呼ばずに『楠木さん』と呼んでいます。逆に年上の人に呼び捨てにされることもありません」
スタッフの関係性の良さは、こんなエピソードにも表れている。
「サプライズが多い会社かな、と思います。添乗業務が終わってオフィスに帰り着くと、『お疲れさま』と書かれたお菓子が机の上に置いてあったり、誕生日にケーキが突然運ばれてきたり。一時期、机の引き出しにゴキブリのおもちゃを入れる、というイタズラが遊びで流行ったりもしました(笑)小さなことですが、そういう企みが社員間のコミュニケーションにつながっている気がしますね」
オフィスで後輩と一緒になる時は、積極的に話しかけるようにしている、という山本さん。日常の会話の中から、その人のやりたい事を感じ取って背中を押せたり、次の企画の種を育てたりできるという。挑戦は、心理的安全に支えられる。社員同士が険悪では、失敗を恐れずに挑戦することなど出来ないのではないだろうか。
琴平バスの挑戦の種が育まれる背景には、温かい人間関係の土壌がありそうだ。
地域の宝を編集して、届ける
同社の挑戦は、とどまるところを知らない。これからは、バス会社の枠をさらに超えて宿泊施設も立ち上げる予定だと伺った。
バスツアーは、「人を地域に呼び込む仕事」で、地域活性化に直結する。さらに、琴平バスは、ツアー参加者に有名な観光地をただ見てもらうだけでなく、「琴平バスだから見つけ出せるローカルの魅力」を発見した企画をつくり、何度も足を運んでもらう中で関係人口を増やすことを目指している。
「よそからきた観光客の方の中には、地域のおもしろい情報までたどり着かない人たちがたくさんいると思うんです。でも、こうやって私たちがツアー企画にすることで、知ってくれる人が増えたらいいな、と思っています。仕事をしていく中で、地元の人から、自分たちの地域の良さに気づいてもらえたり、『(琴平バスが)頑張っているから応援したい』と言ってもらえたりすると、もっと地域のいいところを発信していきたいな、とモチベーションが上がりますね」
固定観念を取り払いながら、次々と進化していく琴平バス株式会社。ただいま、山本さんの所属する新事業部でスタッフ募集だ。地域の小さな宝に、ユニークなアイデアを掛け合わせて、観光ツアーに編集していく仕事。ちょっと変わり者でもOK!むしろ歓迎!あなたのアイデアを思いっきり形にしてみませんか?
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