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コロナショックで問われる存在意義—家業の革新に取り組んできた「みやじ豚」の宮治さんが語る、経営危機を乗り越える「決断」と「信念」

2020.07.14 

意外と語られることのない「経営者のあたまのなか」を明らかにしていく今回のシリーズ。第3弾は、神奈川県の湘南で養豚業を営んでいる株式会社みやじ豚の宮治勇輔さんにフォーカスしました。

 

宮治さんは養豚業を営むだけでなく、「NPO法人農家のこせがれネットワーク」を立ち上げ、自身と同じ立場にある家業後継者の支援にも取り組まれています。

 

今回のコロナショックによる経営危機。そんな時代の転換点だからこそ、自らの存在意義の見直しや次世代の経営者が考えるべきことを、同じ経営者として、そして家業後継者支援に携わってきた宮治さんならではの視点からみなさんにご紹介します。

 

宮治さん

お話をうかがった宮治 勇輔さん

 

宮治 勇輔

株式会社みやじ豚代表取締役社長/NPO法人農家のこせがれネットワーク代表理事

2001年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、株式会社パソナに入社。営業・企画・新規プロジェクトの立ち上げ、大阪勤務などを経て2005年6月に退職。実家の養豚業を継ぎ、2006年9月に株式会社みやじ豚を設立し代表取締役に就任。生産は弟、自身はプロデュースを担当し、兄弟の二人三脚と独自のバーベキューマーケティングにより2年で神奈川県のトップブランドに押し上げる。 日本の農業の現状に強い危機意識を持ち、2008年に農家とこせがれのためのプラットフォーム「NPO法人農家のこせがれネットワーク」を設立。家業の事業承継、事業革新等の支援を行う「家業イノベーション・ラボ」に共同主催として参画。

湘南の豚農家を襲ったコロナショック。飲食店向け売上8割減でも大切にしたかった想い

――コロナショックがおきた時、どんなことを考えていましたか。

 

僕は神奈川県藤沢の地で、親父の代からやっている養豚業を引き継いで、経営をしています。普通、スーパーに並ぶ豚肉はいろんな農家の豚肉がミックスされていて、どこの農家の豚肉を食べているのかわからないんですよ。でもうちは親父の育てていた豚肉の味に誇りを持っていました。だから僕の代でビジネスモデルを変えて「みやじ豚」としてブランド化をはかり、オンラインショップで個人向けに販売し、飲食店向けにも「みやじ豚」だとわかる形で販売しています。今回の新型コロナウイルスでは、外出自粛の動きもあって、売上のメインだった飲食店からの発注が減ったことが何よりも深刻でした。

 

流行し始めた3月ごろの飲食店向けの売上はほぼ例年通りだったのに、緊急事態宣言の出た4月には突然8割も売上が減り、みやじ豚設立以来最大の経営危機でした。名物イベントのバーベキューも、3月以降開催できていません。これまでは個人向けのEC販売にはあまり力を入れていなかったので、対策を考えていました。

 

でもそこで葛藤があったんですよね。

 

ちょうど家業を継いで15周年の節目だったこともあり、経営危機とは関係なく今までの事業を振り返るタイミングでもありました。そこで思ったのは、みやじ豚がブランドを確立できたのは、飲食店が希少性や品質を評価して取り扱ってくれたから。その評価に報いるためにも、みやじ豚は飲食店向け、つまりプロ向けの食材であるというスタンスは崩したくなかった。

 

応援してくれる方から、「今後飲食店向けは厳しくなるから個人向けのECに注力した方がいい」というアドバイスも頂きました。でも、そうじゃないだろう。お互い厳しい時だからこそ、取引先である飲食店とこれからも歩んでいきたい。そう思って、改めて飲食店重視の方針を打ち出しました。

既存の経営資源を使って、オンラインショップの売上が5倍増。コロナショックを、今まで出来なかった事に挑戦するチャンスと捉える

――具体的にどうやって売上を確保していったのでしょうか。

 

とはいえ、緊急事態宣言時の飲食店への販売は諦めるしかない。

 

まずはいろんな人の話を聞きました。例えば、僕も事務局を務める家業イノベーション・ラボのメンターです。このコロナショックの中やるべきことは何か、と情報交換をしていました。すると、皆が同じことを言うんですよね。

 

まず、「できるだけ多くの資金を集める」こと。

そして「勝負できる分野を見定めて経営資源を投入する」こと。

最後に、「オンラインへのシフトなど、コロナ下での経営戦略を見直す」こと。

以上の3つの取り組みが大事だと。

 

それを受けて、うちも今まで力を入れてこなかったネット販売をてこ入れしました。今までは各商品を個別で売っていたものを、巣ごもり消費に対応すべく複数の商品を組み合わせて冷凍にして商品化しました。また、毎月1回発行していたオンラインショップの顧客向けのメールニュース「みやじ豚通信」を月3〜4回発行することにしました。そして、自分の友人知人に個別にメールをしました。すると、普段購入しない方も応援というカタチで購入してくれました。その結果、ネット販売が前年に比べて単月で5倍になったのです。

 

別に新商品を投入したとか、特別な事はしていません。在庫の状況を見ながら、お肉の組み合わせを毎週変えて新セットを作るなどはやりました。売上が下がった当初は大変でしたし、うちはオンラインショップに注力しましたが、こういう局面だからこそ、緊急じゃないけど重要な案件にチャレンジしていく良い機会なんじゃないかと思います。

 

商品写真

オンラインショップで販売しているみやじ豚の写真「ロース(左上)、ソーセージ(右上)、バラ(下)」

 

「良いと思った情報はシェアしてこそ」困難な状況で再認識した情報発信の大切さ

――お付き合いのある方々に対して、時々近況報告のメールを送るそうですね。今回は数字を盛り込んで上記のような内容に言及していましたが、どういう想いで情報を発信したのでしょうか。

 

大変な時だったから、応援してもらおうという気持ちはありました。でも、ただの「買ってください」というメッセージはあまり求められていないと思いました。メールをお送りしているのは昔馴染みの人や、みやじ豚を応援してくれる個人もいるけど、ほとんどがビジネスパーソンです。だから、ビジネスネタとして少しは参考になる情報を出したいと思いました。

 

具体的に飲食店向け売上8割減など数字を出しつつ、メンターから聞いた3つの取り組みを共有しました。また、オンラインショップでの具体的な取り組みも紹介しつつ、農業界や経営に関する内容にしました。

 

ありがたかったのは、「みやじ豚頑張れ」というメッセージや他の農家や経営者からの情報提供等、いろんな反響を頂いたことです。良いと思った情報をシェアすることで、より多くの事を教えてもらったんです。メールを見てか、ビジネス雑誌と新聞社からも取材をいただきましたし、改めて情報発信の重要さを理解するいい機会になりました。

 

▽メールにて配信された内容▽

アフターコロナを考える前に僕たちが取り組むべきこと

家業が持つ危機への強み。経営危機は後継者が育つチャンスと成り得るのか

――宮治さんは家業後継者の支援にも取り組まれていますが、家業全体でもそういったチャレンジの例や特徴があったら教えてください。

 

経営には、調子の良い「上り坂」、うまくいかない「下り坂」、そして今回のコロナショックのような「まさかの坂」があります。家業は、そのまさかの坂に強いところが多いことです。

 

家業によっては400年以上続いているところも普通にあります。その歴史の中で、戦争、関東大震災、飢饉とかコロナどころではない危機を何度も乗り越えてきているわけです。そういった危機が30年に1回くらいのサイクルで必ず来るものだと考えているからばたつかない。そういう強さがあります。

 

コロナショックは若い後継者候補が本当の後継者に成長する機会になるのではと思っています。本当の後継者というのは、先代の代わりがいつでも務まる存在ということです。先代の代わりが務まるようになるには、先代から仕事をもらうだけではなく、後継者から積極的に仕事を奪いにいく。それくらいの強い気持ちがないと、先代が元気なうちの事業承継なんてできません。

 

例えば、リモートワークとか新しい働き方に変えていく過程に、若い後継者の活躍の機会があると思います。本当の後継者になるため、今回のような大きな時代の変化を活かせるのではないでしょうか。

 

Zoom

自社の事業を磨き上げる為に集まった若き家業後継者たち【5月24日実施 事業ブラッシュアップ会】

 

コロナは自分と向き合う機会。新時代に向け、自らに存在意義を問う

――コロナショックの中、チャレンジをしたいという人に向けてどういうことが大事だと思いますか。

 

今の時期、無理してチャレンジをすることはないと思います。まずは自分を律して慌てず騒がず通常運行に戻ること。例えば自宅で仕事をするとなると、集中力を保ちながら一日しっかり仕事をすることが難しいです。そんな時に僕は、脳波を整える音楽を流して、集中する時間、休憩時間を分けるようにします。25分仕事して、5分休むとか、自分を律しながらやっていく事が重要です。

 

みやじ豚は、経営規模が小さいから気が楽というのもありましたが、あんまり深刻に考えすぎるのもよくないのではないでしょうか。精神的にもゆとりを持ちながら、起こっていることや目の前の仕事に冷静に対処していくことが大事だと思います。

 

――最後に、特に家業を継ごうか迷っている人に向けてメッセージはありますか。

 

コロナで大きく世の中が変わりつつある中、家業だけでなく多くの企業が存在意義を問われています。はっきり言うと、事業を続けていくのか、たたむのか。特に今の時期は事業を続けるだけでも大きなエネルギーが必要です。既存事業を維持するために、新たに借金してでも続けたいか。自分は何のために事業をやっているのかを改めて問い直す必要があります。

 

その点家業には、強い存在意義があります。100年、200年と先祖が数々の危機を乗り越えて守ってきたものを自分が終わらせてしまってもいいのか。そうなると、そもそも事業をたたむという選択はしないと思います。長い家業の歴史に想いを馳せれば、自分の代でつぶそうとはなれないですよ。その歴史を次につなげることこそが、自分がこの世に生を受けた理由かもしれないわけですから。

 

「継ぐべきか継がざるべきか」は一旦考えずに、家業の紡いできた歴史に想いを馳せて、「自分にとって家業とは何か」を考えてみてほしいです。

 

――ありがとうございました。

 

 

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光野達也

愛媛県西条市出身。大学時代、住民主体のまちづくりや社会的企業について学ぶ。卒業後は地元地方銀行に就職し、約2年間の勤務を経て転職。現在はNPO法人ETIC.ローカルイノベーション事業部に所属し、長期実践型インターンのコーディネートや家業後継者の支援に携わる。